子供たちは、大好きな両親と約束をした。
だから、待っていた。
その約束を果たすために。
ケガをしないようにとの配慮から、メインフロアーにしている、20畳の
フローリング間には、毛足の長い絨毯を敷いた。
これなら、ちょっとやそっと転んだところで、大したことはない。
並んで、左から長女サクラ、真ん中にツルギ、その隣は、ヒビキの順で
三人仲良く座っている。
注がれる、六つの視線は、じっと玄関にあたる扉を見据えていた。
今か、今か、と待ち人を待ち受ける視線は、怖いくらいに動かない。
キッチン前に接する、カウンターの脚長椅子に座って、その様子を伺っていた
アスランとカガリは苦笑を零す。
「なんか、ああいう姿を見ると、小さい頃のミューズとディアナを思い出すな。」
ぽつりと呟き、カガリはカウンターテーブルに置いた、マグカップを手にとった。
淹れたコーヒーを啜って、隣を見遣れば、アスランも、懐かしげに眉尻を下げて苦笑していた。
こんな風に、幼かった子供たちを、出張の折には本邸のマーナに預け、出掛けることが
ふたりには度々あった。
滅多に泣くことがなかったミューズとディアナだったが、一度だけ、帰ると約束した
時間を大幅に遅れたとき、随分泣かれたのは、懐かしい思い出。
我慢をさせていたことに、呵責の念を抱き、あの時は唯、抱き締めてやるしかなかった
苦い、苦い過去。
そのあとは、泣き疲れて眠ってしまった、幼い頃の娘たち。
そんな姿が、やはり目の前の三人と重なってしまうのは、どうしようもなかった。
あんなに、この家には時計は入れない、と言い切っていたのに、こんな状況が続けば
入れざる終えなくなってくる。
というより、時計は必要だ、と云われ、ミューズが「新築祝い」と称して、持ってきたのを
飾っただけだったのだが。
玄関口から、右に沿ってある窓の前には、長ソファ。
ふたつある窓の丁度真ん中に、貰った時計を飾りつけ、一時間毎に鳴るオルゴールの音に
時刻の感覚を嫌でも知らされるはめになった。
座り込んだ子供たちは、しきりに時間を気にしている。
幼いが故に、今が何時かということは解らなくても、時間於きに鳴るオルゴール音に、気持ちは
落ち着く間もない。
「長い針が12のとこにきて、短い針が9になると帰ってくるんでしょう?」
サクラの問いにも、アスランたちは言葉を濁すだけ。
説明をしたからと云って、到底目の前の孫たちが納得できるとは思ってないからだ。
今しがた、午後の9時を告げる、オルゴールがなったばかり。
幼い三人にとって、夜の9時はそろそろ就寝の時間。
「オルゴール鳴ったのに、どうしてダディとマミィは来ないの?」
再びでたサクラの質問。
アスランとカガリは互いの顔を見合わせ、どうしたもんかというような顔を作るしかない。
昼間、これでもか、というくらい遊ばされているせいか、瞼が重くなってきているのは、
後ろで様子を見遣っている、アスランとカガリには丸解りだった。
ゆらゆらと、緩い風に靡く草花の如く、子供たちの身体が揺れている。
無理をして、起きているのは、歴然。
小さく嘆息して、カガリは三人に諦めたような言葉使いで説明を施す。
腹を括って、正直に言葉を紡ぐ。
「天気が悪くて飛行機が飛べないって、さっき連絡あったから、まだ帰ってこないぞ?
寝て、明日だっていいんじゃないか?」
『やっ!!』
合唱するように、三人の声が返ってくる。
「待つって、ダディとマミィに約束したんだもんッ!」
振り返って叫んだサクラの眼には薄っすらと涙が浮かんでいた。
まったく、罪作りなもんだ、とカガリは自分がしてきた非を棚にあげ、内心でごちた。
時刻は容赦なく時を刻む。
頑張って、頑張って、過ぎた30分。
ふらふらとしていた、ツルギの身体がふう、と意識が遠のくかのように、後ろに倒れた。
俊敏な動きで、アスランは脚高椅子から飛び降りると、予め用意して手に持っていた
クッションを床とツルギの頭の間に差し込む。
幾ら、毛足の長い絨毯でも、頭を勢いに任せ打ち付けたら、ちっとは痛いだろうから、
そんな配慮もあって、アスランの行動は、素早い。
「よっ!」
軽快な掛け声をかけた瞬間、ツルギの頭がぽふん!と音をたて、すっぽりクッション嵌った。
「ツルちゃん!寝ちゃ駄目ッ!」
叫び、云ったサクラも、既に意識は朦朧としている。
「兄ちゃん、おっき!」
懸命に寝入った兄の身体を揺する弟も、そろそろ限界なのだろう。
こっちも、姉に負けないほど、身体も、意識も混濁といった状態。
しゃがんで、ツルギの頭の方向に居たアスランは、サクラとヒビキに部屋に移動しよう
と言葉を掛けた。
だが、撃沈した兄以外のふたりは、なかなか強情だ。
首を横に振り、がんとして譲らない。
「ほっとけ、アスラン。そのうち、そのふたりも寝るから、そしたら部屋に運べがいいさ。」
「寝ないもん!」
カガリの言を否定する仕草で、サクラは再び声をあげる。
腰をあげ、アスランは微苦笑を浮かべる。
再度、カガリのもとに戻り、彼はまた椅子に腰を降ろした。
「コーヒー淹れ直すよ。すっかり冷めてしまったしな。」
「すまない。」
素直に礼を言って、彼は立ち上がったカガリに自分のカップを渡した。
9時40分。
いい加減、限界の限度は超えた。
ヒビキは、上下する兄の腹のうえに頭を預け、瞼を閉じている。
サクラに至っては、座ったまま上半身をがっくりと曲げ、すごい格好で爆睡している。
「やっと寝たな。」
笑い、カガリは椅子から腰をあげた。
「手伝ってくれ、アスラン。」
同じく椅子から腰をあげたアスランに声をかけ、カガリは三人のもとに歩みを向ける。
「大分重くなってきたからな、私じゃ持てない。双子は任せていいか?アスラン。」
「ああ。」
緩く笑み、アスランは頷く。
既に、二歳を超えた双子。
一歳当時は、カガリでも抱き上げることが出来たが、今は到底無理だ。
ふたり合わせれば、軽く15Kgはある。
サクラだって、それなりに体重はあるが、ふたりよりは抱き易い。
アスランは、器用に右肩口にヒビキ、反対側にツルギを抱き上げる。
子供部屋へと模様替えしたベッドルームに移動し、アスランとカガリは愛おしそうに
優しい視線を交わし合う。
愛娘ミューズが生んだ、三人の子供たち。
掛け替えのない、宝。
実娘に寄せる親愛と同等に、変わらない思いが腕に抱く温もりから伝わってくる。
部屋に入って、先に壁側にぴったりと寄せたベッドに双子を降ろし、際側にサクラを降ろす。
「重くなったな。」
ほっと息をつき、カガリは解放された腕を撫で擦った。
「健康な証拠だろ?これも」
アスランの、苦笑を浮かべた顔を見遣って、カガリも微笑む。
灯りを落として、そっと扉を閉めてから、カガリは言葉を零す。
「どうする?私は、もう少し、ミューズたちが帰ってくるの待つけど?」
「なら、俺も付き合うよ?」
「何時になるか解らないぞ?」
「構わないさ。深夜までは、待ってても」
「そっか。」
付き合いのいい、愛夫の言葉にカガリは微笑み返す。
尽きることのない話をするうちに、時の針は午後の11時半を差し示した。
「…今日は、もう来ないかもな?」
諦めた声を漏らした刹那、外の闇から微かに響くヘリのローター音に、ふたりは視線を交わす。
来たっ!という、声無き相槌。
待つこと数分。
慌てた姿態で家に飛び込んできたのは、愛娘のミューズだった。
「ごめんなさいッ!お父さん、お母さんッ!」
そろそろ就寝の準備をするかと思った矢先、娘夫婦が今日迎えに来るのは無理だろう、と諦めていた。
けれど… ミューズたちは時間を大幅に遅れても『来る』という約束を守った。
「子供たちは?」
矢継ぎ早の愛娘の問いに、アスランとカガリは苦笑するしか出来ない。
「今、何時だと思っているんだ?とっくに寝ているよ。」
「…そっか。」
しゅん、と項垂れ、ミューズは言葉を零す。
ヘリを格納したあと、イズミも遅れて家にあがるなり、謝罪の言葉を紡ぎ頭を下げた。
「仕事なのだから、仕方ない。私たちに謝るより、明日、子供たちにちゃんと謝る方が先だろ?」
はあ〜と派手に溜息をつき、ミューズとイズミは顔を見合わせた。
カガリの言葉に含まれる、僅かな嫌は、ミューズたちの顔をどんよりと曇らせる。
態とではなくても、大人の事情は、幼い子供たちに解らせるのは、苦労するものだ。
「それよりも、腹とか空いてないか?軽食なら用意するぞ?」
カガリの気を利かせた物言いに、ミューズは苦笑を浮かべる。
「ハムのサンドウィッチが食べたいなぁ〜」
甘えた、愛娘の言に、カガリは意地悪気な笑みを零した。
「太っても私のせいにするなよ?」
「しないもん!」
子供のような言葉使いで、ミューズは頬を膨らませた。
注文を受けるまま、カガリは手早く用意をし、イズミとミューズにサンドウィッチの皿を差し出した。
カウンターテーブルが、もっぱら食事をする場所である。
家に訪れる訪問者が多ければ、近いうちにダイニングテーブルも必要になるだろう。
幼い三人の孫たちに、脚の高い、カウンターテーブル用の椅子を使わせるのは、やはり少し怖い。
当初、アスランとカガリが考えていた家の設計内装予定は、大幅に狂い始めている。
それでも、そのことに対して文句がでないのは、きっとこの状況を態度とは裏腹に喜んでいるのだろう、
甘い、両親の存在があるに他ならない。
軽い食事を済ませ、深夜の時刻。
時間は、午前0時過ぎを指し示していた。
ミューズは、カガリとカウンターテーブルで。
イズミは、アスランに誘われるまま、玄関をでたポーチの階段に腰を降ろして、それぞれが話し込んでいた。
「ホント、男同士で仲が良くて結構なことですこと。」
皮肉を利かせたミューズの言葉使いに、カガリは噴出す。
「そんな風な焼もち焼くなら、お前も混ざってくればいいじゃないか?」
「遠慮するわ。それに、どうせ、あとで聞けば同じじゃない。」
「正直に白状するのか?婿殿は。」
眉根を寄せ、ミューズは複雑な顔色を浮かべる。
「…微妙、…かも。」
あはは!と、カガリは声をあげ笑う。
「それより、今日は泊まっていくだろう?」
「泊まるっていっても、着替えなにも持ってきてないもん。」
呆けて、ミューズは凝り固まった身体を解すように背を伸ばした。
「私とアスランのパジャマでも着ていろ。それと、こういう状態もこの先あると仮定してだな、子供たちの
着替えのストック少し持ってこい。勿論、お前とイズミの分もな。」
「でも、そこまで甘えられないよ。子供たちみててもらうだけで充分迷惑かけているのに…」
「それじゃ、汚したからって、洗濯して乾くまで素っ裸で居させる気か!?」
「そういう意味じゃ!」
「使おうが使わまいが、用意だけはしてくれないと、預かる身としては困るんだ。」
「…は〜い」
バツが悪そうに俯き、ミューズは母親に返事を返したのだった。
「男同士の話は長くなりそうだから、先にシャワーでも浴びて疲れをとれ。」
「うん、そうさせてもらうわ。」
微笑み、ミューズはカウンターテーブルの椅子から腰をあげた。
部屋に歩みをカガリと共に向け、着替えのパジャマを受け取る。
その合間に、彼女はそっと子供たちがいるだろう部屋を覗きこんだ。
母親らしく、幼子の頬に唇を落とし、謝罪の言葉を紡ぐ。
「…ごめんね。時間守れなくて。」
心からの謝罪。
だが、深い眠りを貪る、幼い三人には届くはずもなく…
罪悪感だけに苛まれ、ミューズは顔を寂しげに揺らすしか出来なかった。





                                     

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