『 ビジター ][ 』






走り出したら、止まらない〜 そんな歌い文句でもでてきそうなほど、
滑りだした話は急加速に進んで、あっと云う間な勢いで波に乗った。
ビッグウェンズデーも真っ青だ。
いや、これは昔見た、古い映画の一部分な話だけど・・・
波乗りジョニー? な気分にものの見事に重なってしまう。
引越しに関する段取りをスタートさせたばかりだというのに、シホの
母親の動きは、本人置き去り。
呆気に取られている隙に、不動産屋の案内をしてくれた、あの、濃紺のスーツ、・・・
もっとも、それは仕事着なのだろうけど。
『売家』の告知看板がでていた、イザークの家の隣家を案内してくれた営業マンの
お兄さんが、契約書を持って、仕事場まで押しかけてきた。
シホは、その場をどう取り繕っていいかわからず、私用は私用でも、
『超』がつくほどのプライベートな用件という建前から、イザークの仕事部屋兼、
隊長である彼の執務室を間借りさせてもらう・・・ ということになってしまう。
恐縮しつつ、シホは接客用のソファに座り、話を詰めていく。
「困ります。 基地にまでこられては・・・」
先に、苦情を申し立てた処、謝罪しながらも、言い訳が飛び出すのは、
営業マンの常等手段。
「申し訳ございません。ですが、奥様、あ! お母様ですね? が、できるだけ
迅速に、とのご要望をいただいたものですから。」
ぺこぺこと米搗きバッタの如く、頭を下げても、営業のお兄さんは、『ここで逃してなるものか!上客!!』
というオーラーをぷんぷん身体から匂わせ、滲み漂わせている。
・・・恐ろしい。
『営業』という、足で稼がねば、給料は入ってこない、という職柄なだけに、
自分に迫ってくる迫力は、鬼気染みていて・・・
やっぱり、怖い。
心なしか、目まで血走っているように見えるのは、気のせいにしておこう。
はあ〜 と派手な溜息をつくと、シホは契約書類に目を通し始めた。
じっくり時間をかけて読み込む。
10分経ち、20分経過した頃、営業のお兄さんの様子がおかしくなってくる。
トントンと、自分の片足の膝に当たる、右手の指先。
リズムを刻んでいる様が、不自然で、シホは不快感を覚える。
苛立ちを隠せず、・・・ということなのだろうが・・・ 客を目の前にして、この姿態は
拙い、ということに気がついてないのだろうか? この男は。
シホは、手にした書類を態と目線近くまで持ち上げ、隠しながらちらりと真向かいに
座る営業マンを垣間見遣る。
その彼女の視線にも気づかず、営業のお兄さんは、持成しに出された、すっかり
温くなってしまったコーヒーを一気飲みした。
30分後、ようやっと全ての項目を読み通し、同意の欄には、シホの父親の名が
署名してあるのを確認する。
もう一度、シホは不動産屋の営業マンを一瞥し、溜息を零した。
大方、両親、と言っても、母親の方にせっつかれて、父親はロクに内容は見ていない
だろうことは明白だった。
署名された名の、殴り書きに近い筆跡を見れば、その時の様子は手に取るように
伝わってくる。
家を一軒買うという、大きな買い物をするか、しないかの瀬戸際だというのに・・・
恐らく両親と、この営業マンのやり取りは、5分と掛からなかったことだろう。
故に、このお兄さんの苛立ちぶりは、理解もできる。
「内容は、全て了解しました。 で? 支払いに関しては、30年ローンで、私が
お支払いしていく形で良いんですね?」
「そりゃ、もう! ぜひ!」
身を乗り出し、お兄さんは、ころっと態度を豹変させた。
どんな形であれ、利益の収入が確保できれば、なんでも良いのか。
オマケに時期も時期。
お盆前なら、自分のボーナスにも絡んでくる成果なら、・・・やはり力は入ってしまうだろう。
なんだか、ひしひしとサラリーマンの悲哀を感じる。
むしょうに感じる疲れを払拭し、シホはまた溜息をつく。
「ローンに関しては、これから銀行に話を持っていきますので・・・」
「あ!そのことでしたら、既にご両親様が、融資先の銀行を決められております!」
「はあぁ!?」
寝耳に水。
そんな話、欠片も聞いていない。
シホは、目をぱちくりさせ、瞠目する。
一体、家主になる自分を差し置いてどこまで話が進んでいるのやら、ちんぷんかんぷんだ。
「ささ!こちらの項目の欄に署名を!」
どこまで図々しいのか。
お兄さんは、恥も外聞もかなぐり捨てたのか、シホの目の前に署名する書類を差し出してきた。
私には考えるゆとりすら与えられないの?
シホはひと唸りし、渋々と軍服の胸ポケットに差さっていたボールペンを抜き取った。
自分がサインをした、項目の欄の下には、『連帯保証人』として、シホの両親の名が記載
されている。
・・・これで、どこにも逃げることが出来ない。
半ば、陰謀にも近いものを感じ、シホは重く溜息を漏らす。
そういえば、昔、溜息をつくと幸せが逃げる・・・ なんて逸話をどこかで聞いた記憶がある。
今日、この営業のお兄さんと面会して、一体、何度溜息をついたことか。
幸せが逃げる、というなら、今も洩らしたものを含めたら、自分の幸せなんて、銀河系を
軽く通り越しているに違いない。
思っている間に、また溜息が零れる。
嬉々として、基地を後にしていく営業マンを見送り、シホは空を仰ぐ。
引越し日は、天気の予告、『晴れ』の日にするとして・・・。
まずは、荷造りせねばなるまい。
あ! じゅうたんも変えるんだったっけ?
リフォーム代って、どのくらい掛かるのかな?
一気に沸いて出てきた現実問題。
わくわく、というよりは、正直気分はネガティブ気味である。
・・・幸せ、脱走したまま戻ってこないかも。
ふと思い、シホはまた深く息をついたのだった。





                                          〜 続 〜





※絶好調!「ビジター」シリーズ、18話です!!(^-^ ) ニコッ
さて、次はいよいよ、新居へGO!な展開になりそう。
ご訪問、感謝です!!



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※この壁紙イラストは「M/Y/D/S動物のイラスト集」よりお借りしています。
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