『 ビジター ]Z 』
まだ、迷いは完全には断ち切れていなかった。
シホは、深い溜息を漏らすと、基地内の一角に設けられたレクルームの一室に
備えつけてある、テーブルにつっぷした。
ダレきっている姿態に、態と遠慮されているのか、誰にも声を掛けられることもなく
シホは鬱々とした顔を伏せる。
新居の購入。
それは、女として生まれたからには、一大決心にも等しい。
もっとも、引越しを迫られた理由が、ペットとの同居ができないという、『官舎』という
環境がわかっていながら引き取ってきてしまった、ミニチュアダックスのせいだとしても。
男が、不動産を購入する、となれば、将来性を加味し、やはり“財産”とみられることは通例。
しかし、女性が、不動産を購入する、となれば、やはりひとりで生きていくための糧と考えられて
しまうのは、どんなに時代の波が、男女平等を謳い、女性優位になっても、古典的であれ
変わることはない。
世間の目、とはそんなものである。
つまりは、結婚するよりも、自分ひとりだけの人生を歩む選択をする、と捉えられてしまう、ということだ。
そこには、個人の感情は含まれない。
それが世間体というもの。
オマケに、家一軒を購入するとなれば、頭金だけを考えても、やはり親に頼らざる得なくなってくる。
それなりに貯蓄はしていても、この先のローン返済を考えれば、頭が痛い。
簡単には結論はだせないのも頷ける。
だが、・・・あの、下見に行った、赤い屋根の家は、実に自分の理想に叶っていた。
むざむざ諦めるには、やはり踏ん切りがつかない。
「・・・どうしよう〜」
広々とした、青芝の植わった、庭。
部屋も広く、チャロを野放しにしても、誰にも文句云われない、スペース。
瞼を落とせば、鮮明に記憶はプレイバックしてくる。
今の自分が、あの家を持ったとして・・・ やはり、これは贅沢な部類に属するだろう。
名義は、親の名を借り、支払いは自分がしていく・・・ というのは?
それも悪くはない選択肢の内かも。
しかし、やっぱり、気持ちは鈍いままである。
今ひとつ、なにか決定打が欲しかった。
「・・・やっぱり、父さんと母さんに相談してみよう。」
思い、彼女は顔をあげた。
刹那、起こした顔の真ん前には、見慣れた浅黒い顔がドアップ。
シホは、数秒沈黙し、その後、絶叫を迸らせる。
あまりの、強烈な叫び声に、ディアッカは耳を塞ぐ。
「・・・なんて声だすの? シホちゃん。」
「ふ、ふ、副官殿こそ、こんな処でなになさっているんですかッ!!」
「陣中見舞い? なんか、落ち込んでいるみたいだから、様子見てただけ〜」
「・・・はあ。」
シホは身を引きながら、椅子の背に身体を持たれさせる。
ディアッカは、シホの視線を受け止めつつ、テーブルを挟んだ真向かいの椅子に腰を
かけなおした。
「決まったの? 新居は。」
気軽に問うたつもりだったのに・・・
シホの反応の鈍さを見てとり、ディアッカは息をつく。
「迷ってる原因は、なに? まさか、隣がイザークだから、やっぱり具合悪いってこと?」
「ち、違います!!」
赤面し、シホは身体中で否定をする。
「だったら、どうして?」
艶の効いた、ディアッカの甘めの問い掛け。
「・・・副官殿は、女が家を持つ、ということはどう捉えられますか?」
問われたことに、更に問い返し、シホは真剣な瞳をディアッカに向けた。
「それは、どういう意味?」
「つ、つまり・・・ 結婚を諦めたとか、思われないかと・・・」
「な〜んだ、そんなこと心配してるの?」
くすくす可笑しそうに笑い、ディアッカは頬杖をついた。
「気にし過ぎじゃない? そんなこと。 まあ、プラントに居住しているなら、婚姻制度に従うのは
基本ではあるけど、ぶっちゃけ、簡潔な結論からいけば結婚なんて縁だろ? 世間の評価なんて
気にすることないじゃん。 それに、女性が家を持ってる、って悪くないと思うよ? 俺は。
むしろ、お金とかきちんと管理できるからこそ、そういうモノを手に入れることができる女、
って俺は思うけどね?」
「・・・」
ディアッカの洩らした言葉に、シホは瞠目する。
「イイんじゃない? 決めるのは、シホちゃんなんだから。君がしたいようにするのが、
一番のベストだと思うけどね?」
「・・・はい。」
ディアッカの意見に驚きながら、シホは惰性で頷く。
退官期限まで、もう何日もない。
ディアッカと交わした会話が切っ掛けとなったかどうかは微妙なラインだったが、シホは
仕事を切り上げた足で、実家を訪ね、事の経緯を相談した。
話をした処で、もっと渋られる、と思っていた、彼女の考えはあっさりするほど簡単に
打破される。
一番、この話に身を乗り出して賛成の意を示してくれたのは、シホの母親だった。
「良いお話じゃない!ひとり暮らしなら心配は尽きないけど、隣がジュールさん家なら、
ボディガードが住んでるようなもんだし〜」
あまりにも明るく、かつ陽気過ぎる言葉に、シホは強烈な脱力感を覚える。
が、母親のこの言葉の意味返しに含まれる、小さな下心には、彼女は気がつかない。
過去、イザークの心構えの一端を聞き、立ち消えとなってしまった、見合いの一件。
シホの母親は、そのことに随分心を痛めていたが、周囲にはそれらしいそぶりは
見せず、自分の心の内にひっそりと仕舞い止めていた。
まさか、こんな形で、またジュール家の長子と縁が持てるなど、晴天の霹靂でしかない。
・・・上手くすれば、また。
あの、縁談は復活させることが出来るかも。
あまりにも、にこやか過ぎる笑顔の母親の姿に、シホは不信気に眉根を顰める。
「・・・云っておくけど、別に隊長とどうのこうの、なんて余計なこと考えないでよ?」
必死に繕う様で、シホの母親は首を振った。
滑稽すぎる、家族の肖像。
僅かな不安を抱えながらも、シホは両親を説得・・・ 僅かな疑問はあるものの。
し得た喜びに、僅かに彼女は顔を綻ばせたのだった。
〜 続 〜
※ すみません。ぺこ <(_ _)> 今回の話は、犬も猫も
またでてきません。つか、絡ませる話じゃないんで、あしからず。
まだまだ続くよ、「ビジター」シリーズ。;; さて、次はどうなる
ことやら。 フーン ( ゜┌・・ ゜) ホジホジ♪
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※この壁紙イラストは「M/Y/D/S動物のイラスト集」よりお借りしています。
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