『 ビジター XVI 』
・・・なぁ〜〜ん ・・・んにゃぁぁ〜〜〜ん
玄関の、出入り扉の真ん前で響く、二匹の猫の鳴き声。
淋しげに尾をひく、その声に、イザークは呆れた視線で見下ろし、派手な溜息を零す。
「いい加減にしないか、お前たち。」
ほんの数刻前まで居た、友人夫婦が帰ってしまってから、ずっと翠の瞳の猫「1」と、
その愛妻の金の瞳「2」は玄関口に居座っていた。
哀愁を目いっぱい背負った、猫背。
アスランとカガリが、ジュール家を後にする前、二匹の猫は、まるでふたりを帰すものか
と言わんばかりに、引き止めともいえるような行為をした。
翠の瞳の猫は、カガリの背中に飛びつき、ぶら下がり、彼女の着ていた薄手のセーターを
危うく駄目にしてしまいそうになり、金の瞳の方は、アスランの足元に齧りつき、必殺猫固め、
ならぬ仕草で絡みついたのだ。
驚いたのは、当然、飼い主である、イザーク。
必死で、引き剥がそうとしたものの、猫たちの力は思いの他、強く、やっとの思いで
引き離したのが、15分ほど前のこと。
洩らす、その声は、『なんで、帰っちゃったの?』としか聴こえない、声音に、イザークは
頭痛を覚えた。
なんだか、わからない気分だが、妙な罪悪感を感じるのは気のせいだろうか。
自分が、アスランとカガリを追い返したような・・・ そんな気持ちになっていく。
・・・そんな気持ちになるのも、全て、この自分の足元で鳴いている、愛猫のおかげなのか・・・
「ああ、もうッ!煩いッ!! にゃーにゃー鳴くなッ!!」
癇癪を起し、怒鳴った刹那。
中央寄りで、二匹の頭が後ろを向いた。
うるうる・・・
め、目が潤んでるッ!??
今にも、ぽろり、と雫が零れ落ちそうなくらい、二匹の眼はうるうるしている。
お前らは、産卵中の亀かあぁぁーーーッッ!!
二匹の愛猫の顔を見た途端、イザークは頭を抱え、後ろに仰け反った。
自宅の玄関先で、奇妙な三文芝居(?)のような風景を繰広げ、イザークはヘタリ込む。
・・・こんな、二匹の顔を見たら、・・・益々、罪人気分直滑降だ。
別に、帰れ、なんて一言だって、あいつらには言っていない。
用は済んだから、と言ってそそくさと席をたったのは、あのふたりだろうがッ!!
イザークは、フルボリュームの大声で、心の中で叫ぶ。
それなのに。
なんで、そんな俺を責める眼で見るッ!!?
贖罪を抱えた罪びとよろしく、イザークは玄関に通ずる廊下で身悶えていた。
そんな彼に、遠慮気味な声が掛けられる。
「・・・あ、あの〜 隊長? 私もそろそろお暇しますので。」
はっと、我に返り、イザークは座り込んだまま、背後を見遣った。
振り返った視線の先には、腕に愛犬を抱えた、シホの姿。
「あ、・・・ああ。」
自分が曝けた痴態に、イザークは繕うように慌て立ち上がる。
「送っていく。」
なんとか、紳士然とした、いつもの風体に強制訂正し、イザークは苦笑を浮かべる。
「い、いえ!大丈夫です。」
イザークの進言を申し訳なく思い、断りの言葉が自然とシホの口から飛び出した。
「遠慮は無用だ。 車をだす。 官舎までは、距離もあるし、そいつを抱えて移動は大変だからな。」
目線を、シホの腕のなかの小犬に向け、イザークは小さく笑った。
「・・・す、すみません。」
玄関を出、車庫から愛車をだし、イザークは手馴れた仕草で助手席のドアを開けた。
いつの間にやら、ジュール家の猫たちは、アスランが作り置いていった、あの出入り口から
抜け出し、庭の壁のうえにちょこんと坐っている。
まるっきり、見送りである。
「お前ら、ちゃんと留守番してろよ!」
いつも通りの台詞を吐き、シホを車に乗せると、自分も運転席に廻る。
面白いもので、猫たちは、この家と庭こそが、自分たちのテリトリーと自覚しているのか。
庭の壁より外には、どんなことがあっても出ようとはしない。
別に、意識的にイザークが躾けたわけでもないのに、いつの間にかそうなっていた。
『にゃぁぁ〜〜ぅうん〜〜』
二匹の夫婦猫は、シホに別れの挨拶をしているが如く、先ほどとは打って変わって、
垢抜けた声音で鳴いた。
・・・不思議だ。
イザークは車のハンドルを握りながら、考え込む。
何故、あの二匹は、アスランとカガリにだけ、ああも執着するのか、理解不能だった。
特別、なにかをしたわけでもない。
ふつーに地球と、プラント間を行き来し、極短時間、泊まりも一度あったが、たった
それだけの関係(?)だというのに・・・
わからん。
嫉妬というには、あまりにもケースが違うにせよ、飼い主は、イザークなのだ。
これが面白い事態かどうかなど、言わなくてもわかる。
はっきり言って、ムカついていた。
なににムカついているかは、本人にもわからない。
もっとも、イザークにとって、『ヤキモチ』という低俗な言葉が浮ばなかっただけなのだが。
「ハーネンフース。」
「は、はいッ!」
突然、イザークに問い掛けられ、シホは泡を喰って返事を返した。
車中。
はっきり言って、体のいい、密室状態に、シホの緊張感はピークに達している。
尊敬して止まない、上司と一緒。
勿論、疚しい気持ちなど微塵もないが、イザークに対する仄かな憧れは、隠しようもない
事実なので仕方ない。
「新居は、もう決まったのか?」
何気に問われ、シホは俯いた。
「・・・正直、迷っています。 このコと一緒では、どうすれば一番良いのか結論がだせなくて。」
膝に抱いた愛犬の頭を撫で、シホは小さく返答した。
「お前が嫌でないなら、俺は、隣のあの家を薦める。」
「は?」
驚き、イザークの言った言葉に耳を疑い、シホは瞳を開く。
「まあ、ペット可のマンションも良いだろうが、やはり動物を飼うということは、それなりに
音とか、そういうものがでるだろう? だったら、一軒家の方がそういう気兼ねをしなくて
済むとは思わないか?」
「・・・」
イザークの提案は、的を得てはいる。
だが、こんなことを上司に言われるとは夢にも思わず、シホは瞬きも忘れ、瞠目したまま、
イザークの顔を凝視した。
「・・・まあ、俺の隣、といえば、何か言われるかも知れんがな。」
呟いた瞬間、イザークの脳裏に浮かんだのは、浅黒い肌の悪友の顔。
「考えて、あの家で良ければ・・・ あ、他意はないからな!誤解はするな。 と、とりあえず、
もし、保証人とかが必要なら、俺がなっても構わないしな。」
「い、いえ! そこまでご迷惑は掛けられません! でも、隊長がそこまで考えてくださって
本当に嬉しいです。」
素直なシホの返事に、イザークの頬が僅か赤みを増す。
反射的な反応とはいえ、女性に賛美されることは悪くない気分だ。
イザークとて、やはり普通の男。
増して、持ち上げられることに、異常なまでに快感を覚える性質なのは、カガリの折り紙つき
なのだから、この反応は自然なのだろう。
自分の知らない処で、性格分析されていることなど、本人も知らないことは、永遠に
伏せておくにこしたことはない。
煽てて、昇らせている、など彼が知ったら、活火山の大噴火どころではない騒ぎになるのは、
必然だろうから。
続かぬ会話に区切りをつける頃、車は、軍の官舎前の門前に滑り停まった。
車を降り、シホは廻った運転席に居るイザークに礼を述べた。
「明日も早いが、ミーティングには遅れず参加するようにな。」
「は、はいッ!」
「だから、プライベートの時は、敬礼はイイ。」
思わず習慣ででてしまった、部下の姿態に、イザークは苦笑を浮かべた。
走り去るイザークの車を視線で追い、シホはどっと疲れの感じる身体で、大きく溜息を洩らした。
「はあ〜 もう、めちゃくちゃ緊張したぁ〜」
ぼやきながら、彼女は官舎の門を潜る。
退官期限まで、あと何日もない。
迷えば、迷うほど、頭は混乱するばかり。
ほんの少しだけ、彼女は思い始める。
・・・決めてしまおうか?
あの、赤い屋根の家に。
・・・続く。
※お待たせしました!「ビジター」16話目です!(^-^ ) ニコッ
まだまだ続きます。・・・多分。;;
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※この壁紙イラストは「M/Y/D/S動物のイラスト集」よりお借りしています。
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