滞在初日から、数えて、4日目。
市街中央に位置する、大聖堂で、ディアナとクトレの婚儀が盛大に催された。
街で配られた号外の見出し。
『宝珠の国から嫁いできた、月の女神』という、大層な見出しに、ミューズは
思わず、苦笑する。
「ミュー、そろそろ行こう。」
イズミに促され、ミューズは毛皮の絨毯から腰をあげた。
「ダディ! 抱っこッ!!」
イズミの足元で、ぴょんぴょん跳ね、サクラは彼に向かって両腕を伸ばしている。
「サクラは、甘えん坊だな〜」
困った風体のわりには、イズミの顔はデレデレ。
親馬鹿、まんまだ。
可愛くて、仕方ない、という彼の様子を見、ミューズは可笑しそうにくすくす笑う。
家に居る時は、どちらかと云えば、サクラの『所有権』は、アスランが握っている。
始めのうちこそ、それに反発していた彼も、段々と上手く立ち回る術を覚え、
争うことがないように、とアスランを立てるようになった。
そんな経緯もあり、ここぞとばかりに愛娘に甘えられれば、イズミの可愛がりようは、
半端ではない。
馬鹿のひとつ覚えのように、サクラに、『可愛い、可愛い』と云っては、頬擦りしている。
男親にとって、女の子は、眼に入れても痛くない存在らしい。
思えば、ミューズに対して、アスランもそうだった。
他の家族の事情は知らないが、それでも、サクラのみならず、ザラ家では、子供は
宝、そのもの。
惜しみない愛を注がれ、成長していくのだ。
そのお蔭か、ミューズもディアナも、曲がることなく、成人することが出来た。
自分の道は、自分で切り開くことを身に付け、飛び立つ若鳥。
ミューズは、永久の伴侶に、イズミを選び、ディアナは、彼の実兄のもとへ嫁ぐ。
個人的な感情を廃したとしても、国同士の繋がりを考えるなら、これほど理想的な
完成図はないだろう。
迎えの車に乗り込み、式が執り行なわれる、聖堂を目指す。
建物の前には、身動きができないほどの、祝福を捧げる国民たちが、大勢詰め掛けている。
王制の国、スカンジナビア。
国王だけでなく、その息子たちも、国民から愛されている。
その証拠に、イズミが車から降り立つと、老若男女問わず、クトレに対する祝いを述べられ、
彼は、緩やかに手を振った。
こういう姿を見ると、やはり、イズミも、まごうことなき、王家の人間だ、ということをまざまざと
見せ付けられる。
だから、それが誇らしくもあり、そんな彼を夫に迎えられたことが、ミューズは堪らなく嬉しかった。
「この、人気者〜」
一緒に、イズミと並び歩きながら、ミューズはぽつりと言葉を口にする。
「なに、云ってんだよ? 人気、なんて言葉使うなら、お義母さんとお義父さん、それに、
君の方が凄いじゃないか。公式行事に正装で並んだら、貧血起こして倒れた市民、
居たの、知ってるだろ?」
「・・・ああ、あれはねぇ〜 私も驚いたけどぉ〜 でも、私はオマケだもの。 本命は、
お母さんとお父さんだからね?」
「『知らぬが、仏。』 良い言葉だな。」
イズミは、今にも噴出しそうな顔つきで、ミューズを見遣った。
礼拝堂の入り口で、待ち受ける案内係の指示に従い、ふたり、プラス1は、巨大な扉を潜る。
定刻を迎え、聖堂の入り口から、花びらを撒き散らす、少女たちの導きで、ディアナがバージンロードを
歩み、祭壇に向かう。
厳かな、大鈴の音。
ミューズたちが立つ場所に、ディアナが差し掛かった時、視線が絡み合い、小さな微笑が互い
の唇を形作った。
「ねえ〜 あのコの着てる花嫁衣裳、なんか異常に眩しいんだけど・・・」
そっと耳打ちするように、ミューズはイズミに問うた。
「ああ、だろうね? 生地の隙間と隙間は、クオリティの高い宝石が縫い込まれているし、
衣装を纏めている、腰のベルトだけで、多分、オーブの年間予算、一ヶ月分の価値あるから。」
「げっ!」
ミューズは、鼻白んで眉根を寄せる。
下地には、床に届くような長さのワンピースのうえに、一反生地を半分から折、首を出せるような
裁断になってる、この国の民族衣装を基調とした、ドレス。
さっき、イズミが説明した、オーブの国家予算、一ヶ月分のベルトで、腰を廻し留める形のもの。
頭には、薄絹のベールを被り、それが落ちないように留めるのは、黄金の冠。
「まあ、金額どうのこうの云うより、あれ着てる、ディアナの方が大変だろうな、恐らく。」
イズミは苦笑し、ミューズを見遣る。
「なんで?」
「だって、あれの重量、全部合わせたら、軽く20kgあるもん。因みに、冠は5kg、だったかな?」
「ムチうちになりそう・・・」
ミューズは、彼の言葉を訊き、小さく息をつく。
「でも、あの衣装は、代々、王家に嫁ぐ妃が纏う、正式な物だから。 俺の祖母も、母も、他の
兄上たちに嫁いだ女は、みんなあれを着るんだ。」
「そうなんだ。」
イズミの解説に、ミューズは一々、興味深気な声音を零した。
「もし、ミューと俺の立場が逆で、君が俺の所に嫁いできてくれてたら、あれを着せてやれたかも
知れないな。」
イズミは、苦笑いを浮べ、ミューズを見た。
「・・・『婿』、 ・・・やっぱり、嫌だったの?」
不安げな瞳で、彼女は彼を見上げる。
緩く微笑んだ、イズミの答えは、ミューズに安堵を齎すものだった。
「それは、全然ないから、安心して。 どんな形式であれ、俺は、ミューを手に入れられるなら、
形はなんでも良かった。 君が、スカンジナビアに来てくれて、初めて俺と過ごしてくれた時、
俺が、どんなに嬉しかったか、君は知らないだろ?」
「・・・イズミ。」
薄く頬を染め、ミューズの瞳が僅かに潤む。
「俺が、オーブに行ってしまった分、その皺寄せは、他の兄たちに負わせてしまったけれど、
そんな犠牲を払っても、俺はミューと居たかった。 それだけのことだ。」
「・・・ありがとう、イズミ。」
きゅ、と彼の着ている、衣装の袖を握り、ミューズは嬉しそうに笑む。
場が許せば、彼女の唇を奪いたい衝動を抑え、イズミは微笑み返した。
「・・・なんか、重いぞ?」
ふと、話題が移り変わった瞬間、彼は自分の腕のなかを覗いた。
「つったく、サクラがおとなしいと思ったら、爆睡してるし〜」
ぼやき、彼は眉根を寄せる。
力の入っていない、弛緩した子供の身体の重さは、ずっしりと重石を抱いてるのと同じ感覚。
父親のイズミに、素直に身を預け、すやすや寝息をたてている。
苦笑し、彼は、愛娘の身体を抱き直した。
「変わろうか?」
「大丈夫。」
心配げな、ミューズの進言をやんわり断り、彼は笑んだ。
この重さは、幸せの重さ。
実感できることこそ、醍醐味と彼は思うから。
無事に、式を済ませ、翌日には、イズミとミューズ、サクラはオーブへと帰国の途につく。
家に戻れば、なんだか家屋の奥からトグロを捲いた、渦の気配を感じ取り、ふたりは、緊張した
面持ちで視線を交わしあう。
幼子は、そんな気配を汲み取ることもなく、玄関先に靴を放り投げ、久し振りに会う、大好きな、
パパとママの姿を探し、廊下を走っていく。
ダイニングルームを覗けば、テーブルには、どんよりと黒雲を背負ったアスランが坐し、その
横では、カガリがうんざりした顔つきで、隣の伴侶を見遣っていた。
「ただいま、お母さん、お父さん!」
ミューズは、少しでも活気を取り戻したくて、わざと大きな声で、ふたりを呼んだ。
「ただいま、戻りました!」
イズミも、彼女に合わせ、声をあげるが、・・・無反応。
待つ間もなく、盛大な溜息が、ふたりの口から零れた。
「すまないな、ふたりとも、帰ってくる早々で、家のなかが暗くて。」
カガリは、気を使って、ふたりを労う言葉を紡ぐ。
「お前たちが出掛けている間、漸く、ここまで引っ張りだしたけど、ここで限界のようで、
毎日、この有様だ。 ・・・どうしたもんか、全く、頭が痛い。」
ぱん!と手を打ち、閃きの様で、ミューズは自分の旅行鞄を漁った。
アスランの前に差し出されたのは、一枚の写真。
「ほら、お父さん、見て! ディアナ、とっても綺麗だったよ?」
元気をつけようとしたのに、その手段は逆効果だった。
写真のなかで、花嫁衣裳を纏い、微笑むディアナの姿を見た途端、アスランは、ほとほとと
真珠玉のような涙を流し始めた。
居合わせた面子は、ぎょっとし、思わず身を引く。
「・・・ディアナ〜 ・・・ディアナ〜〜 なんで、嫁になんか行っちゃったんだよ? 別に、行くなら
もっと近くでも良かっただろ〜?」
誰に向かって語っているのやら。
写真のなかの、笑顔を見て、アスランの悲嘆にくれた姿は、暗さを助長しただけ。
泣き続ける、アスランの傍に近寄り、サクラは彼の服の裾を握る。
「・・・パパ、泣かないで。 ・・・パパが泣くと、サクラも悲しい。」
云うや否や、今度はサクラまで、おんおんと泣き出した。
完全に、伝染してる。
・・・どうにか、してくれ、この空気ッ!!
と、カガリ始め、ミューズ、イズミは、三人三様、同じ考えに至る。
まあ、引き篭もりが終わっただけでも、よしとするか・・・。
カガリは、派手な溜息をつき、ツルギたちの様子を見に、居間に足を運ぶ。
ダイニングに取り残された、ミューズとイズミは、途方に暮れるばかり。
一体、この状況、どう収拾すればいいのかわからず、ふたりはがっくりと肩を落とした。





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