「ラクスの、クリスマスコンサート?」
「うん、そう!」
某日。
ミューズは、夕飯が終わったあと、苦笑しながら、封筒に入ったチケットを
母親に差し出した。
イブの夜、オーブ市内にある、高級ホテルで開催される、歌姫のディナーショー。
カガリは、金の瞳を開き、テーブルに置かれた封筒を凝視する。
「ちょっと、早いけど、私とイズミから、お母さんたちへのクリスマスプレゼント。」
「・・・」
瞬きもせず、カガリはじっと、テーブルを見詰めるだけ。
「でね? コンサート終わったら、折角のイブだし、部屋もとってあるから、
泊まってきてよ。」
「へ、部屋ッ!!?」
赤面し、カガリは裏返った声で返事を返した。
「ディアナのことが原因なのは、わかってる。少しはマシになったけど、お父さん、
元気ないままだし、喝入れられるの、お母さんしかいないもん。」
「・・・やっぱり、そうなるのか?」
はあ〜 と大きな溜息を漏らすと、カガリは胸の前で腕を組んだ。
「わかった。 折角、お前たちが用意してくれたものだしな。 イブの夜は甘えて、
外泊させてもらうとするよ。」
「うん!」
素直に喜んだ笑みを浮べ、ミューズはカガリの顔を見遣った。
瞬く間に、当日を迎え、カガリは真っ赤なイブニングドレスに身を包み、アスランは、
正装の黒を基調とした、スーツを纏う。
「ほらッ! しっかりしろよッ!もう、世話が焼けるなぁ〜」
精気のない、虚ろな瞳で、ぼ〜と玄関口で立っている彼の肩に、カガリはロングコートを
羽織らせる。
この状態を鑑みれば、アスラン自身、自分がどんな状況に置かれているのか、ちゃんと
把握してるのかどうかさえ、怪しい。
「パパ、ちょっと、屈んで。」
見送りにでた、幼子に催促され、アスランは膝を折る。
刹那、ちゅっ、と小さな唇が、アスランの頬に当たった。
「今日は、イブだから、ママと楽しんできてください。 暗い顔ばっかしてると、鬼さんが
来て、おヘソ、取っていっちゃうんだからね?」
なにかの逸話とこんがらがっているのか。
サクラに云われ、アスランは一瞬、瞳を開き、直ぐに破顔した。
「そうだな、サクラの云う通りだ。ちゃんと、いい子で留守番しててくれよな?」
「はいッ!」
どこで覚えたのか、サクラはぴしと背筋を伸ばすと、可愛らしく敬礼する。
その仕草に、思わず噴出し、ふたりは、イズミとミューズに背を向けた。
「じゃあ、ふたりとも、後を頼むな。」
「うん、任せてッ!」
ミューズは、サクラを抱き上げ、小さく手を振る。
「気をつけて。」
イズミの声に、微笑を浮べ、玄関扉が開く。
ぱたん。
閉まった音に、家のなかが僅かな静寂を醸し出した。
「さてと! ちょっと早いけど、ご飯にしちゃおうか?」
にっこり笑んで、ミューズは腕のなかの幼子を見遣った。
「チキンッ!」
「そうだな、そろそろ焼け頃だな?」
サクラの言葉に呼応し、イズミも相槌を打つ。
踵を返し、三人は居間に続く道を辿る。
歩を進めながら、ミューズは、隣で並び歩くイズミを見る。
「初めてだね? 家族だけの、クリスマスイブ。」
「ああ。」
別に、アスランたちの存在が邪魔、というわけではない。
だが、純粋に、夫婦として、そして、授かった子供たちと過ごすのは、初めてのことで、
でてしまった言葉なのだ。
「・・・ミュー?」
「ん?」
僅かに、頬を紅潮させ、イズミは彼女を呼ぶ。
居間で、サクラを降ろし、ふたりでキッチンに足を運ぶなかでの呼び掛け。
ミューズは、なにも考えず、彼を見遣る。
「・・・あのさ〜 久し振りに、ふたりきり、だろ?」
「そうね?」
「子供たち、早く寝かしつけて、・・・しない?」
「うえっ!?」
仰天し、ミューズは夕食の支度にと、オーブンから取り出した天板を思わず落っことしそうに
なるほど、動揺し、真っ赤に染まった顔を彼に向けた。
「イ、・・・イズミ!?」
「だって、こんなチャンス、滅多にないからさ〜 声、抑えないで思いっきり、出来るかな〜と
思って・・・」
「あっ!? ・・・あうううぅ〜 」
ミューズは、奇妙な声で応えるだけ。
限界まで、染まった彼女の顔は、耳まで領域を広げ、更に拡大していく。
「駄目?」
甘えた、彼の、請う声音。
「べ、べ、別に、駄目じゃないけど・・・」
「そう? 良かった。」
にっこり、嬉しげな顔で微笑み、彼は、彼女の頬に唇を触れさせた。
「・・・でも、プレゼント、子供たちの枕もとに置いてからよ?」
「わかってるよ。」
頬を薄く染め、彼は彼女の意見に同意の声を紡いだ。
何人、子供を授かろうとも、まだまだ歳若いふたりにとって、身体の接触は、外すことの
できない、大切なコミュニケーションのひとつ。
それは、互いの欲望を満たし、愛情を肌で感じることが出来る、大事な手段。
同居、という環境下にあれば、おのず、そういう方面には、遠慮の気持ちが芽生えて
しまうのは、致し方ない。
全然、ないわけではないが、やはり、どうしても羞恥が先立ち、声を潜め、隠れて・・・
という状態になってしまう。
仄かに、高揚する気持ちを抑え、ミューズは、イズミの服の裾を引っ張った。
「・・・程ほどにしてよね?」
「程ほど? なんでさ?」
彼は、きょとんとし、水色の瞳を瞬かせた。
「だ、だからッ! 私が、気を失うまで、しつこくしないとか、色々よッ!」
にやり、とイズミは、彼女の訴えに、意地悪げな瞳を揺らした。
「それは、約束できないな。」
「えっ!?」
ミューズは、慄き、一歩身を引く。
「ちょっとは、覚悟してもらわないと、俺が困るもん。」
「な、なにも、困ることなんて、ないじゃないッ!!」
必死に、彼女は、声をあげる。
だが、そんなミューズの、慌てぶりを尻目に、彼は嬉しそうに微笑むだけ。
背に感じる、旋律。
ミューズは、僅かに顔を引き攣らせた。
「事に及べば、絶対、ミューの方から、俺に強請るんだから、なんでも一緒だろ?」
自信ありげな、妖しい笑みを浮べ、イズミは小さく笑う。
「馬鹿ッ!!」
朱に染まった顔で、ミューズは怒鳴る。
「・・・やっぱ、親子だな〜 段々、口癖がお義母さんに似てきてるぞ!?」
呆れたり、意地悪なことを云ったり、と、ころころ態度を変えながら、彼は苦笑する。
要は、ミューズをからかっているだけなのだが、当の本人はまったく気がついていない。
いい加減、慣れればいいものを、そういかない処は、このふたりらしかった。
「マミィ、おなか空いた〜」
てけてけと歩き、居間から、夕飯の催促を促してきた幼子の姿に、一時休戦。
「あっ!? ご、ごめんね? サクラ、直ぐにご飯にするからッ!」
動揺を隠せないまま、ミューズは愛娘に応える。
彼女の背後では、くすくすと可笑しそうな、彼の笑い声が響いてくる。
こうなれば、腹を括るしかない。
なるように、成れッ!!
ミューズは、心の中で、大音量の怒鳴り声をあげたのだった。
翌日は、クリスマス。
朝の9時を知らせる壁掛けの時計が、時を告げる。
イズミは寝ぼけ眼で、惰性のまま、居間のソファに腰掛、テレビをオンにした。
彼を追うように、起きてきたのは、ミューズ。
「おはよ〜」
ぼう〜 とした目線で、ミューズはソファに坐す、彼を見遣る。
「うん、おはよう。」
僅か、疲れたような、彼の風体。
ふわぁ、とひとつ欠伸をすれば、彼女もそれに習った。
昨夜は、相当、遅くまで、色々と堪能したらしい、ふたり。
疲れのせいで、会話が持続しない。
黙した時を破る、電話のコール音が突如響き、ふたりは顔を見合わせる。
「誰だろ? こんな朝っぱらから・・・」
イズミが立ち上がって、電話を取り、二、三事、言葉を交わし、彼は受話器を置いた。
「誰?」
ミューズは、眠そうな瞼を擦り、イズミに尋ねる。
「お義父さん。」
「お父さん? なんか、あったの?」
なにも考えず、ミューズはイズミに問うた。
「・・・お義母さんが、調子悪くて、動けなくなっちゃったから、もう一泊する、って。」
「はあ!?」
直感で、なにがあったのか、察することができたイズミは、頬を染め、ぽつりと零した。
「・・・お義父さん、・・・やっぱ、若いよな〜 泊まってきて良いって、云って、薦めたのは
俺たちだけどさ〜 これは、想定外だったな?」
「えっ!?」
状況の判断がつかず、ミューズは首を傾げるだけ。
「ミュー、ホントにわからない?」
彼は、困った顔で、愛妻の顔を見遣る。
「最後まで、俺に云わせるなよ〜 ミューズ。」
「あっ!」
漸く、彼の云わんとしてることに気づき、彼女も頬を染めた。
「・・・しかし、動けなくなるまでなんて・・・。 お義母さんも、大変だな〜」
呆れた仕草で、イズミは空を仰ぐと、ぽりぽり頭を掻く。
「ふたりが帰ってきたら、妙な突っ込み、しないでよね!?」
「するわけないだろ? そんなこと。」
はあ〜 と、彼は息を零し、ソファにどっかり腰を落とした。
「今日も、留守番だな? どうする?」
隣に腰掛けるミューズに、顔を向け、イズミは彼女に問う。
「そうねぇ〜 折角だし、行き先は決めないで、家族でドライブとか、買い物とか・・・
そんな感じ?」
ミューズも困り果てた様子で、息をついた。
「ねえ?」
「ん?」
ミューズは、ほんの少し、慈愛に満ちた視線を揺らすと、彼に尋ねた。
「サクラの意見、聞いてから決めない?」
緩く微笑み、彼は、彼女に応える。
「それ、名案。」
可笑しそうな笑いがふたりの唇から零れる。
タイミングを計ったかのように、長女が居間に姿を現すと、イズミは幼子の身体を
抱き上げ、尋ね訊く。
「リクエストをどうぞ、姫。」
大好きな父親の声音に、幼子は嬉しそうに笑んだのだった。




                                   

                                               ◆ Fin ◆






※ 久し振りの「翼」シリーズです。(^-^ )
今回は、アスカガがあんまり活躍しなかったんで。
・・・という訳で、番外偏Ver.二本が完成したので、
文章差し替えました。 中盤の、アスランとカガリ
そして、ミューズ&イズミのラブラブの、各話の
お話は、「〜寝室」を覗いてやってくださいませ。

またまたステキなイラストで華を文章に飾って
いただいた、かずりんさんのステキサイトは
下記↓よりどうぞ。(=^^=) ニョホ





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