翌日。
イズミとミューズは、空母『アマテラス』の甲板上に居た。
そこで、ふたりは各々の用事を済ませるため、別れる。
闊歩し、ミューズが向かった先は、機体格納庫。
懐かしい視線で、自分の愛機を見詰め、ミューズは苦笑する。
「機体の整備は万全だ。 あとは、最終チェックをするだけだから、ちぃ〜と
時間、もらえるか? お嬢。」
マードックは、相変らずの口調で、ミューズの機体の腹をぱんぱん叩きながら、
言葉を漏らす。
頷いた刹那、格納庫に飛び込んできた、ふたつの影。
いきなり後ろから抱きつかれ、ミューズは悲鳴をあげた。
『久し振りッ!ミュー!!』
ハモった、合唱がミューズの背後であがる。
「サキ! ナギサッ!!」
懐かしい、僚友との再会に、三人は手を取り合い、ぴょんぴょん飛び上がって、
喜びを分かち合う。
「あれ? 旦那様は?」
きょとんとした顔で、サキはミューズに問う。
「艦長のトコ。今日の予定の許可を取りに行ってるわ。」
「まだ、時間は?」
「ん〜 特別急ぎじゃないけど、最終チェックが済む間だけで良いなら・・・」
「じゃあ、レクルーム、行こうよ!」
「私が動いちゃうと、イズミに会えなくなっちゃうから、ちょっとメール打たせて。」
軍服のポケットから、自分の携帯を取り出し、彼女は素早く内容文を作成した。
「ぽちっと、送信。 これで、OK。」
ミューズが顔をあげた途端、にやにやと意味深な笑顔の、ふたりの顔と遭遇する。
「・・・な、なに?」
「尋問は、レクルームに行ってからね?」
ナギサは、いやらしい笑いを浮べ、ミューズの右手に自分の腕を絡めた。
透かさず、サキがそのフォローとばかりに、ミューズの左腕を拘束する。
『連行ッ!!』
「へっ!? あっ!?? れ、連行って!? ちょっと、ふたりとも!?」
拒否する間もなく、ミューズは、サキとナギサに身を引きづられていく。
レクルームに入り、ミューズを中心に、その左側にはサキが、右には、ナギサが
長ソファに腰を降ろす。
「ぶっちゃけ、彼とは上手くいってるの?」
・・・初っ端の質問が、なんで、そんな事柄なのだろうか。
ミューズは、苦しげに微妙な笑顔を浮べ、小さく、言葉を返す。
「・・・ま、まあ・・・ ね?」
「はあ〜 でも、なんか、ミューが三人の子供のお母さん、なんて未だ信じられないよ?」
サキが洩らした問いに、ミューズは困った顔を作った。
・・・これは、どう答えたら良いのだろうか。
「彼、優しい?」
ナギサは、下からミューズの顔を覗き込むような仕草で、問い詰める。
「えっ!? あ、・・・うん。 色々、忙しいけど、家のことも、育児もすごくやって
くれるから、助かっているわ。」
僅かに身を引き、ミューズは言葉を紡ぐ。
「夜は?」
「は? 夜ぅ〜〜!?」
サキの切り込み質問に、ミューズは顔を引き攣らせ、戸惑う声音を洩らす。
彼女の顔は見事なまでに茹であがり、上手く言葉がでてこなくなってしまう。
「そう、夜。」
止めに、ナギサが言葉を紡いだ。
にやにや、とふたりは、ミューズの顔を見遣り、笑む。
「そ、そういうことは、いくら親友でも、・・・云えないよッ!」
「な〜にぃ〜 そんなに秘密にしなくちゃ、いけないこと?」
「・・・だって、恥かしいわ。」
俯き、ミューズが答えたことに、ナギサは嘆息する。
「別に、上手くやっているなら、イっけど!」
背をソファに預け、ふたりは再び息を吐いた。
「あ〜 もう、アンタが羨ましいわ。」
サキは、ぼやき口調で洩らした言に、ミューズは瞳を開く。
「羨ましい? ふたりが!? 私のなんで?」
男関係の付き合いでいうなら、自分なんかより、ずっとこのふたりの方が器用に
こなしていたのに?
疑問顔で、ミューズは、両サイドの僚友の顔を交互に見遣る。
「あ〜 もう、この、ニブちんッ! 良い伴侶に巡り合って、結婚できる。 女に生まれたなら、
取っ掛かりともいうべき、幸せのひとつを掴んだも同然じゃない!」
「・・・そ、そういうモンなの?」
どちらかと云えば、イズミに強引に押し切られた、という感が強かった彼女にとっては、
ふたりの言葉は今一、理解不能。
既成事実の方が先攻で、結婚式は後回し。
状態を思案しても、ミューズにとっては、殆ど、なし崩し、という感じでしかない。
泡を喰う間もなく、慌しいなかで、出産、育児が重なり、自分の状況を冷静に判断するとか、
そんなことは、全くなく、どう考えても、彼女の現状は、後手であるから。
「下手な鉄砲、数打ちゃ当たる、の私たちのやり方じゃ、ダメなのよね? ホントは。」
サキの言葉を訊き、ミューズは瞳を瞬かせる。
「そうそう。 なんていうの? 『運命』を感じられる、相手、というか、そういうインスピレーション
が、ビビって、くる男、っていうか・・・ あ〜 もう! どっかに転がってないかしら!?」
ナギサも、追い討ちをかけるように、言葉を吐き出した。
「・・・運命?」
ミューズは、小さく、僚友たちに語られた言葉を反覆し、俯く。
確かに、初めての出会いは、最悪だった。
それでも、同じ環境で時を過ごしていくうちに、どこか、イズミに対して、求めている
なにかを感じていた。
だから、それを確かめるために、スカンジナビアに行ったのは・・・
多分、彼のことをもっと知りたいと願う自分に気づいてしまったからなのだろう。
「・・・運命かぁ〜 なんか、そういう、占い的な言葉も悪くないわね?」
にっこり笑み、ミューズはふたりの顔を見遣る。
初めて、自分の無垢を捧げた相手。
抱かれて、知ってしまったことは、女の悦びと、彼を欲しいと思う、・・・心。
心も、身体も満たされていく、あの感覚は、イズミにしか感じない。
もし、彼以外の、違う男なら・・・ 同じ気持ちになれるか、甚だ疑問だ。
そう云えば、随分前、母である、カガリが口にしていた言葉が頭のなかで、突然、甦る。
『あれは、本当に、好きな男とするから、気持ち良いモンだ。』
あの時、その言葉に、自分は確かに頷いた。
愛される、喜び。
包まれる、温かさ。
彼が、行為の最中に囁いてくれる、愛歌は、天に昇れるほど、高揚を覚える。
耽っていた思考のなかで、突然、思い出してしまったことに、ミューズは、これでもか、
というくらい、赤面した顔を作った。
彼女の様子を見、サキとナギサは、呆れた息を零す。
「訊くだけ、野暮よね? ・・・アタシたち。」
「ホント、ホント。 アホらしくて、やってられんわ。」
サキが呟き、ナギサが答える。
刹那、室内を覗いた人影を認め、ミューズは言葉を掛け、手を振った。
「こっちよ!」
「メール見たら、ここに居る、って書いてあったから。 許可、下りたから、そろそろ
どうかと思って。」
イズミは、微笑み、ミューズのもとに歩を向ける。
彼女もソファを立ち上がり、彼との合流を果たす。
『こんにちわ!』
サキとナギサが、揃ってイズミに会釈をした。
「あ? どうも。 久し振りだね? 俺も、官僚府詰めが多くて、こっちなかなか来れないから。
ミュー? 少しは、楽しめた?」
「うん。」
素直な返事と笑顔を返し、ミューズは彼を見遣った。
ミューズは、振り返り、親友達の顔を見る。
「じゃあ、またね? 今度、時間とれたら、子供たちの顔、見にきてやって。」
『OK!』
快い快諾を僚友から受け、ミューズとイズミは、レクルームを後にした。
ふたりがでて行ってしまってから、またもや派手な溜息が漏れる。
「・・・別に、どこぞの国の王子様、なんて贅沢言わないから、適当に見繕って、私も結婚、
しちゃおうかしら?」
「ホント。」
サキの言葉に、ナギサは相槌を打つ。
よっぽど、このふたり、ミューズの今の現状が羨ましいらしい。
乙女心は、複雑。
なれど、現実は、思うようにいかないのも、これまた、・・・理。
再び、ふたりは盛大な溜息を零した。
久し振りに袖を通した、パイロットスーツ。
狭苦しいコクピットのなかは、嫌でも緊張感を高めていく。
甲板の射出フックに取り付けられた、愛機の主車輪。
防炎板が競り上がり、ミューズは真っ青に開けた、前方を睨んだ。
《針路クリアー。 シグナルオールグリーン。 ザラニ尉、発進、どうぞ。》
インカムから聴こえてくる、管制官の指示。
ミューズは、ごくりとひとつ、唾を溜飲し、スティックを握り直した。
《了解。 ミューズ・アスハ・ザラ、“ムラサメ”発進しますッ!》
轟音とともに、打ち出される、ミューズの機体。
爆音を響かせ、彼女の駆る機体は、青空へと吸い込まれていく。
それを追う形で、イズミの機体も、艦を離れた。
指定を受けた、訓練ポイントまで機体を駆り、二機の“ムラサメ”は、モビルアーマー
形体から、モビルスーツへの、機体変換をした。
《遠慮はいらない。好きに撃ち込んで来い、ミューズ。》
無線を通し、イズミは真剣な眼差しで、モニター越しのミューズの顔を見る。
《わかった。》
一言返し、スタートの合図は、彼女が撃ち放った、ライフルの一撃だった。
唯の、回避行動なのに、考えていた以上に、彼の機体の動きが素早い。
なんで、見切れないの?
いくら、身体が鈍っているから、って!!
焦りは、より判断を鈍らせるだけ。
ライフルの撃ち過ぎでエネルギーゲージが、レッドラインを切ったことに、
彼女は汗を浮かべた顔で、驚愕の瞳を見開く。
こんなことが!?
判断ミスもイイ処だ。
撃ち尽くしてしまえば、ビームサーベルも使えなくなってしまう。
否、それどころか、機体が動かなくなってしまう方が先だ。
「くぅッ!!」
ミューズは、やにわにライフルを投げ捨てると、腰部ビームサーベルを引き抜いた。
《こンのぉぉーーーッッ!!》
だが、気が乱れきった、彼女の隙を突くことなど、容易い。
一瞬の間合いの遅れ。
横に振り遣った、彼女のビームサーベルを、イズミは簡単にやり過ごし、距離を詰める。
刹那、イズミの視線が、鋭い煌めきを放った。
駿足で、眼前に迫る、彼の機体の動きに、ミューズは小さく悲鳴を洩らす。
《!!?》
左アームで、ミューズの機体の右腕部を掴み、自機体の方に引っ張り込み、拘束すると、
イズミは瞬時で、間合いを狭める。
彼女のコクピットを狙った、彼の“ムラサメ”は、手に構えたライフルの銃口を突きつけ、
寸止めで止めた。
《意気込みは認めるけど、動きが大きすぎて、無駄だ。》
ずばり、と欠点を見抜かれ、ミューズは歯噛みする。
・・・こんなはずじゃなかった。
昨日、と今日。
たった二日の間で、何度同じ思いを味わったか、わからない。
行き場を失った、憤りと、自分への不甲斐なさ。
様々な感情が入り乱れ、ミューズはぎりぎりと、奥歯が砕けてしまうかと思うくらい、歯を噛み締める。
《今度は、俺が勝つ、って昔、云ったよな?》
《えっ!?》
《あれれ? 忘れちゃった?》
彼の、促す声に、彼女ははっとなる。
数年前に行われた、スカンジナビアとの、合同模擬練。
確か、その時は、逆の立場だった。
あまつさえ、あの時は、イズミの機体をミューズは蹴り落としているのを、彼女は思い出す。
《・・・知らなかったわ。 貴方、結構、執念深い性質だったのね?》
《そういう言葉は違うよ? ミュー。 俺は、やられっぱなしが嫌いなだけさ。》
にっこりと笑んだ、彼をモニター越しに確認し、彼女は大きく肩を落とした。
《で? 評価は?》
《まあ、『C』と云いたい処だけど、もう一度だけ、チャンスあげるよ。 ちゃんと、身体を
もとの状態に戻して、勘を取り戻すこと。 こんなんじゃ、いざって時に使いモンにならない。
オマケに、いのいちに撃墜されて、ジ・エンドだ。》
《・・・了解。》
渋々の風体で、彼女は拗ねた返事を返す。
《次は、俺に、評価『A』、つけさせてくれよな?》
《はい、はい。》
彼女の惰性な返事を聞き、イズミは、苦笑を洩らした。
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