『 その背に在りし、白き翼 〜 Growing up! 〜 』
「うっ!」
「うっ?」
イズミは、自分が纏ってる、オーブ軍の軍服の合わせを直しながら、背後であがった
奇妙な声音に眉根を寄せ、首越しに後ろを見た。
ふたりに与えられた、自宅の私室での一風景。
クローゼットに備わった鏡を見つつ、イズミはちらり、視線を注ぐ。
「ミュー? どうした?」
「えっ!? ・・・あ〜 ちょっと、スカートがきつくて・・・。」
もごもご。
言葉を濁し、ミューズは赤面した顔を伏せている。
「ごめん、悪いんだけど、ウエストのフォック、止めるの、手伝ってもらえないかしら?」
苦笑し、イズミはミューズの背後に立ち、彼女の要望通り、軍服のタイトスカートに手をかける。
「・・・なんか、めちゃくちゃきつそうだけど、大丈夫?」
「・・・ぐ、ぐるじいぃ〜〜」
青ざめ、苦しげに身悶えるミューズを見て、彼は噴出した。
「ウエストは、お義母さんの方が細い感じだな。」
可笑しそうに、彼は口元に片手を持っていき、笑い続ける。
「悪かったわねッ!! 子供三人も産めば、多少は肉つくわよッ!!」
ムッキー、と顔を真っ赤にして怒る彼女に、彼は補足を加える。
「俺は、気にしないから。ちょっとくらい、お肉あった方が、抱き心地良いし・・・」
「ひとのこと、抱き枕みたいに言わないでよッ!! もう、失礼しちゃう。」
「ごめん、ごめん。」
謝罪を口にしながらも、イズミの笑いは止まらない。
無事、二度目に宿った、ふたつの生命を産み落としてから半年。
ミューズは、三人の子の母となった。
名付け親に、再びアスランを指名しようとしたら、嘆願する間もなく、却下を喰らった。
「もう、二度とご免だッ!!」
ばっさり斬られ、ふたりが困り顔のなかで、顔をつき合わせていた処、持ち掛けられた、
カガリからの進言。
「長男坊を『ツルギ』、次男坊は『ヒビキ』というのは、どうだ?」
と訊かれる。
どうやら、ミューズの出産に合わせ、前々から思案していた様子に、名前は即決される。
長子、『ツルギ』。
オーブを守護する、守りの剣とならん。
5分遅れて、この世に生まれ出でた、次男、『ヒビキ』は、人々の心に響く、言葉を紡げるように・・・
との願いを込めた、名の意味を聞き、ミューズも、イズミも喜んだ笑みを浮かべた。
二卵性の双生児。
顔は流石に、双子なだけに似てはいるものの、身体的な特徴が実に面白い。
どちらも、両親譲りの金髪ではある。
長男は、母親譲りの翠の瞳、次男は父親の血を受け継ぎ、水色の澄んだ瞳を持った。
だが、ふたりの髪の毛に混ざる、隔世遺伝の証、アスランの特徴をも持っていたことに、
居合わせた面子は目を見開く。
覗き込んだ上から見て、右に長男が、左側に次男が寝かされている。
双子の髪に混ざる、一房の濃紺の髪。
左右対象、ツルギには右側、ヒビキには左側に生え揃った、紺髪。
「面白ぉ〜〜い。」
自分が産んだ子供でありながら、ミューズは眼をぱちぱちと瞬せ、興味深気に見遣った。
そして、月日は瞬く間に過ぎ去り、出産を終え、6ヵ月を迎える頃、ミューズは、年に一度、
受けなければならない、訓練規定研修参加を申し渡される。
体調は万全。
まあ、多少の身体的変化は認められるものの、実習研修は、予備役だからこそ、義務が生ずるので、
サボる訳にもいかない。
そんな訳で、長女のサクラと、双子を家に残し、ふたりは軍司令部に赴いた。
その時は、なにも考えていなかったのだが、何故、イズミがオマケのようにくっ付いてきたのか・・・
明かされた詳細に、ミューズは泡を噴きそうなくらい、衝撃を受ける。
「さ、査定教官代理ッ!!?」
ミューズがあげた絶叫に、イズミはにこやかに笑む。
「うん。よろしくね、奥さん。」
「よ、よろしく、って!? 納得できるわけないでしょう!? そんなことッ!!」
司令部の受付センター前で、繰広げられる、奇妙な夫婦喧嘩。
殆ど、一方的ではあるが、髪の毛を逆立てて怒るミューズに対し、イズミは顔を引き締め、彼女に告げた。
「理由はどうであれ、俺は甘い査定はしない。 喩え、君でも。」
揺るぎのない、アクアマリンの瞳。
真摯な態度で言われ、ミューズは口を噤んだ。
「ま、そういう訳だから、最初は、射撃からイってみようか!?」
ころっと変わった、あっけらかん、とひょうきんな顔での彼の顔を見、ミューズはがっくりと肩を落とす。
「・・・もう、好きにして。」
呟く、彼女に、イズミはにこやかに笑む。
彼女が、軍人になるために、教えを請うた、士官学校の門を潜り、射撃訓練場へと導かれる。
古巣、とはよくいったもので、ミューズの胸には、懐かしい郷愁が漂った。
動き易い格好を前提とし、ふたりで訓練生が纏う、スゥエットに着替え、場に臨む。
「じゃあ、これ。」
イズミから渡されたのは、一丁の短銃。
コルト・ガバメント。
軍事用に開発された、45口径の銃。
扱いが簡単なわりには、威力が大きく、軍のみならず、警察関係機関でも使用されている拳銃だ。
殺傷能力が高いのに反比例し、女性でも扱い易い、シングルアクションを採用しているので、
幅広く活用されている物である。
「弾は、5発。 30m先の的を狙撃する。 簡単だろ?」
イズミは、相変らずの笑顔で、耳栓とゴーグルを彼女に渡し、微笑む。
準備を済ませ、ミューズは、右手人差し指をトリガーに掛け、銃身を安定させるように、
グリップの銃底に左手を添える。
イズミの一声で、連弾で撃ち込まれる、弾丸。
その様子を観察し、イズミは双眼鏡を覗きながら眉根を寄せた。
「どぉ〜こ撃ってんだぁ? 中央から20cmも外れているじゃないか。 ホントに訓練生の時、
クラス『A』だったのか? ・・・信じられない。」
「ち、ち、ち、ちょっと、外れただけじゃないッ!!」
動揺隠せず、ミューズは焦って叫ぶ。
やはり、年単位でのブランクは、重い。
すっかり、身体が感覚を忘れてしまっている。
「あれで、『ちょっと』?」
じっとりと、湿った視線で見詰められ、ミューズの焦りは益々濃くなる。
「だ、だったら、貴方はどうなのよッ!」
苦し紛れに、ミューズは八つ当たりで、反射的に叫び返す。
ふん! と、彼は鼻を鳴らすと、カートリッジを引き抜き、弾を装填するや否や、右手のみで
銃身を構え、撃ち放った。
仕切りを兼用した、渡し板に置かれた双眼鏡を手にとり、彼女は覗き込む。
全弾、ど真ん中にオールヒット。
「・・・」
愕然とし、ヘタリ込みそうな気分になるだけだった結果に、彼女は肩を落とす。
「という訳で、評価『C』。」
彼がボードのチェックリストにペンを走らせようとした刹那、ミューズは慌てた声で
嘆願を願いでる。
「ま、待ってッ!!もう一度、やらせてッ!」
意地になって声をあげれば、彼はにやり、と口端をあげ、不敵に笑む。
「いいよ?」
準備をし、構えの姿勢をとり直し、ミューズは的を睨んだ。
「身体に力が入り過ぎだ。 もっと肘を安定させる。ぐらぐらし過ぎ。」
彼女の背後に立ち、イズミはアドバイスを与えながら、ミューズの手に自分の手を添えた。
息が掛かるほど、まじかの、彼との距離に、ミューズの顔の温度が急上昇する。
今更、なにを感じることがあるというのだろうか。
彼は、生涯を共に過ごすと誓った、伴侶なのに。
小刻みに震えるミューズの手先の変動を敏感に感じ、イズミは顔を彼女に向け
覗き込み、傾ける。
「ミュー?」
「顔、近すぎッ! もっと離れてッ!!」
ぴん!となにかの閃きを感じたのか、イズミは小さく意地悪気な笑みを浮かべる。
ちゅっ。
彼女の頬に、奇襲の軽いキスをすると、ミューズは奇声をあげ、飛び上がった。
「な、なに、すんのよッ! 銃持っているのに、危ないじゃないッ!」
「俺のことは気にしないで、早く撃つ。」
無茶を言ってくれる。
どんなに長く、時を過ごしたと云っても、彼女の彼に対する想いは、まだまだ初恋と同じ。
恋愛慣れしない女心のまま、イズミの想いを受け入れた結果、互いの間に子を成そうとも、
感覚は、初心な女の子のままなのだ。
息を整え、神経を研ぎ澄ます。
彼女は、視線を戻し、的をきつく睨み見据える。
再試験の結果、漸く、評価がワンランクアップしたことに、彼女は盛大な溜息をついた。
・・・なんだか、お情けで、評をあげてもらった気分が拭えず、彼女はどんよりと暗い表情を作った。
次々と、休む間も与えられず、課せられる、課題訓練。
熱心に指導、指揮、をしてくれる彼には、感謝はしたい。
それでも、自宅で年単位で過ごすうち、衰えてしまった体力の方に疲れを感じ、彼に感謝を
するとか、そんなことは頭の隅にも浮ばず、ミューズは忙しい息をつくだけ。
約、1.5kmのフィールドアスレーチックコース。
勿論、軍事訓練の一貫が目的で作られたものだから、難易度はかなりのハイクラス仕様。
匍匐前進で、編み込まれたロープネットを潜り、切り株の飛び越えなどは、当然の如く、
身軽さが要求される。
2m強の立て板に下げられたロープを引っ掴み、登り切るのは、軍人を目指した意欲に
燃えていた頃は、容易に出来たことなのに・・・
身体が重くて、登り切ることができない。
見かねたイズミが、先に登り、そこから補助に手を伸ばされ、漸くうえに到達できる有様に
自分自身が情けなくて、ヘタリ込みそうなくらい、ミューズは落ち込んでしまう。
・・・こんなはずじゃなかった。
やってきて、こなしきっていた訓練なのだ。
余裕、余裕! なんて思っていた自分の甘さに反吐がでる。
いかに、自分が自分の能力を過信していたか、彼女は痛く痛感した。
蹲り、激しい息をつくなかで、彼女は決心の声をあげた。
「私、ダイエットするッ!!」
拳を振り上げた、彼女の姿を見、イズミは苦笑を浮べる。
このまま、普通に普通の主婦をしてても、別に良いんじゃないか、と彼は心のなかでは
思ってはいた。
だが、それは口にはしない。
どんな状態になろうとも、ミューズにはミューズの考えがあるだろうし、自分の思いを
押し付けることは、彼には出来なかったからだ。
やりたい、と思うことをまずさせてみる。
それで、迷いなりなんなり、悩みが発生したのなら、言葉を継ぎ足し、手を貸してやれば
いいことなのだから・・・
彼女の夫、という立場になっても、イズミは、彼女の思うままに生きることを願った。
拘束したり、まして、自分とこれからも長く過ごしていかねばならない、と感じるなら、
お互いの関係に息苦しさを感じてはならない。
思いやりに満ちた、彼の視線を、ミューズがどう受け止めているのかは、計ることは
できないけれど、それでも守ってやりたいという想いは強く、そして、詠が長く、人生を
彼女と歩んでいきたいと考えるが故に。
見下ろされる、彼の視線に気がつき、ミューズは顔をあげた。
「・・・なに?」
慈愛に満ちた、彼の視線。
意味が汲み取れず、彼女は首を傾げる。
「最終試験は、俺との、サシでのモビルスーツ戦だ。」
告げられた、彼の声に、彼女は意を決して立ち上がる。
闘志に満ちた瞳を燃やし、ミューズは強く頷いた。
「手加減はしないぞ?」
「望む処よッ!!」
正々堂々と、澱みない声で受け入れた、彼女の姿態に、イズミは緩く微笑んだ。
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