『 ビジター XIV 』
どきどき・・・ ばくばく。
否、自分の心臓の音は、そんな生易しい音量ではない。
早鐘どころか、心臓病の発作一歩手前か、くらい、動揺著しく、目眩、息切れ、
とにかく、病と称する症状が一気に噴出してる感じがする。
このまま、急救車が横付けされたら、手をあげて飛び乗ってしまいそうだ。
・・・なんで!?
なんで、なの!!?
今日は、隊長は、司令部に居るはずじゃ。
イザークの休みに関しては、やはり顔を合わせるのは、どうも具合が悪い、
とシホは端から思っていたので、そういう調べは抜かりなく、やっていたのに・・・
なんで、今日、居るのよぉぉーーーッ!!
彼女は、蹲り、声にならない叫びをあげ、頭を抱えて仰け反った。
その、続く、奇怪なパフォーマンスを見、イザークは冷汗を浮べ、呆れた視線を
投げつけた。
彼の身長は、180cm以上ある、生垣からは、丁度、両肩と顔だけが見える感じ。
「・・・なにを、やってる、と聞いている。 ・・・ハーネンフース。」
ウエイターが、トレイを肩の位置まで、あげる格好で、イザークは利き手に
シホの愛犬、チャロを乗せ、覗き込んでいる。
そんな、飼い主の心境など、おかまいなし、いや、唯単に事情がわからないだけ
なのだが、子犬は嬉しそうに尻尾を振っていた。
恐る恐る、後ろを振り返り、シホは青ざめた顔で立ち上がる。
「きょ、今日は、司令部詰めではなかったのですか? ・・・隊長。」
なにを云っても、イザークが何故、自宅に居るのか、その言及をしなくては、
彼女自身が納得できない。
下調べも、へったくれもない現状に、彼女の顔は引き攣ったままだ。
「あ? ・・・いや、有休をずっと溜め込んでいたんでな、いい加減消化しろ、と
うえの人間に催促されたんで、偶々だ。」
偶々で、なんで、今日居るのよぉぉーーーッ!!!
シホは、心のなかで絶叫する。
幾ら、偶然、とはいえ、こんなの出来すぎのコメディでしかない。
涙がどっと、溢れそうになる気持ちを抑え込み、彼女は重い溜息を吐いた。
30分後。
シホは、ジュール家の居間で、お茶の持成しを受けていた。
庭先に眼をやれば、ノコギリやら、金槌やらと、日曜大工の道具が散乱している。
「あの〜 なにか、作ってらしたんですか?」
自然な疑問を解決させたくて、シホは素直にイザークに問うてみた。
「ああ。 猫たちの専用出入り口を作ろうと思ってな。 帰ってくれば、いつも窓が
開きっぱなしだから、無用心もいいところだからな。」
はあ〜 と息を吐き、イザークはカップのお茶を啜った。
ソファ横のフローリングの床では、猫一家と、子犬が戯れ・・・
とはいえ、とても和やかな雰囲気には、お世辞にも見えない。
翠の瞳の猫は、毛を逆立て、自分の背に家族を背負い、怒っている。
子犬の方は、純粋に遊んでもらいたくて、近寄ろうとしているのだが・・・
あまりにも、『感情』というもので喩えるなら、猫たちと子犬の関係には温度差があり過ぎる様子。
猫の方は、敵意丸出し。
対して、犬の方の感覚は、遊び相手。
・・・という感じだからだ。
フゥゥーーーッッ!!
翠の瞳の猫は、まるで『お前たちは、オレが守るッ!』と云わんばかり。
その後ろでは、金の瞳の愛妻が『アナタッ!頑張ってッ!』状態だ。
わんわん!!
チャロは、そんな空気も読むことが出来ず、猫に突進していく。
尻尾、ふりふり、『遊んでくれーーーッ!』と体が云っていた。
勢いよく翠の瞳の猫の背に、どすん!と、圧し掛かり、・・・そして、悪夢再び。
でてしまったのは、喜びのあまりしてしまう、『お漏らし』に、翠の瞳の猫1の絶叫が、
家のなかで炸裂した。
ふんぎゃああぁぁーーーーッッ!!!
そのあまりの、猫の大音量の悲鳴に、シホもイザークも、飲んでいたお茶を噴出す。
びしょびしょ・・・。
翠の瞳の猫の、美しいグレーの毛皮は、ものの見事に濡れ鼠。
水の類いを何より嫌う習性で、体を振ろうとしたのを、飼い主のイザークが飛びついて
その寸前で静止させる。
有無言わさず、イザークは愛猫を脇に抱えると、風呂場にすっ飛んでいく。
素早い。
感心したくなる程、早いスピードだ。
呆然とするシホを尻目に、イザークの怒号が廊下の奥から飛ぶ。
「ハーネンフースッ! そこ、雑巾で拭いておけッ!!」
「は、はいッ!!」
起立!
シホは、直立で勢いよく立ち上がり、上司の指示のまま、命令を実行する。
刹那。
風呂場から響いてきた、猫の凄まじい悲鳴。
事情を知らない人間がこの声を聞いたら、動物愛護団体に通報しそうだ。
人間の怒声と、猫の抗う、抵抗の悲鳴。
ばしゃばしゃと激しい水音と格闘しているような、物音。
浴室でなにが繰広げられているのか、見なくてもわかる。
・・・修羅場、とはよくいったものである。
「爪を立てるなッ!!引っ掻くなッ!!馬鹿者ッッ!!」
イザークの声が風呂場から響く度、シホは派手な溜息をついた。
足元で尻尾を振る愛犬を見下ろし、彼女は顔を両手で被った。
「・・・もう、チャロ〜〜 お前、なんてことしてくれるのよぉ〜 馬鹿ぁ〜〜」
泣きたいくらい、彼女は愛犬がやってくれた失態に、なんとイザークに謝っていいのか
言葉も浮ばない。
数分後。
風呂場からあがってきた人間と、猫の惨状は凄まじい。
暗く澱んだ形相で立ち尽くすイザークに、シホの顔は強張る。
彼の、着ていた前開きのシャツはボタンが弾け飛び、片方の肩が剥き出し。
オマケに、頭はぼさぼさで、全身水浸し。
猫の方も、びしょびしょのまま・・・ で、ある。
脇に抱えられ、猫は、にゃーとも鳴かない。
人間も猫も疲労困憊。
その様に、シホは絶句し、唾を無意識に飲み込む。
謝るよりなにより、上司と愛猫のおどろおどろしい姿に恐れをなしてしまったのだ。
「・・・あ、 ・・・あの〜」
とにかく、話の取っ掛かりを掴みたくて、シホは思い切って口を開いた。
彼女が、口を開きかけた瞬間。
家の呼び出し鈴がなった。
「誰だッ!!こんな時にッ!!」
怒り心頭のまま、イザークは足音も荒く、玄関に応対にでて、言葉を失う。
「よっ!」
見知った顔、金の瞳に金糸の髪を揺らし、カガリはにこやかに笑みながら、
軽く手をあげている。
彼女の背後には、複雑な表情を浮かべた、アスランが居た。
「・・・なんで、ここに居る、カガリ・ユラ・アスハ・・・」
驚いた視線で瞳を開き、イザークはすっぽ抜けてしまった、云ってはならない
禁句を口に乗せてしまう。
ダンッ!!
イザークの足先に響く、地打の音。
「!!」
彼は、声にならない叫びで身悶えた。
カガリは、対峙したイザークの片足を、思いっきり踏みつけ、迫力ある、翳った
笑顔で釘を差す。
「『ザラ』だ。」
蹲ったイザークを見下ろし、カガリは鼻息荒く、決まり文句を吐き捨てた。
そんな光景を見て、アスランは額を抑え、小さな息を零した。
〜 続 〜
※ お待たせしました! ビジターシリーズ更新です。
(^-^ ) ニコッ 地球でも大騒ぎ、プラントでも・・・
もごもご。;; さて、どうなることやら・・・
な、このシリーズ。 次は、区切りの15話目に
なります。(o^<^)o クスッ
この壁紙イラストは「M/Y/D/S動物のイラスト集」よりお借りしています。
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