『 ビジター XV 』
トントントン・・・
閑静な住宅街から聞こえてくる、木を打つ金槌の音。
不釣合いな音源は、一軒の家屋の庭から規則正しく聞こえてくる。
青い屋根がトレードの、ジュール家。
その庭先からは、日曜大工をしていると明らかにわかる音が終始洩れ聴こえていた。
青々とした芝生の絨毯に座り込み、アスランは熱心に、なにかを作っている。
「なあ、『2』?」
「んにゃ〜〜あ?」
惚けたような、のんびりとした猫の受け答え。
アスランは、疲れたような姿態で、自分の左肩に視線を移す。
「重いから、降りてくれないか?」
「なぉ〜〜ん?」
わかっているのか、いないのか。
アスランの肩には、手乗りインコ並みに、肩乗り猫と化した、金の瞳の猫がちょんと居座っていた。
猫の通常体重は、4、ないし5kgが普通だ。
しかし、片一方の肩にその重みは、結構辛いものがある。
どうしたわけか、ジュール家の猫は、飼い主本人よりも、時たま来るだけの『客』、または、『時々』
訪れるだけの家の、『家主』に懐く傾向が強い。
案の定、室内のソファで寛ぐカガリの膝では、翠の瞳の猫『1』が体を丸め、惰眠を貪っている。
小さく溜息をつき、説得(?)した処で、言うことは聞いてくれそうにない、イザークの愛猫、
『2』を肩に乗せたまま、アスランは作業を続ける。
が、何故、アスランがこんなところで日曜大工に励んでいるのか。
不思議な光景と云えば、説明を施さねばならないだろう。
用向きを携え、アスランとカガリが、イザーク宅を訪ねたのは、ほんの数刻前。
庭先に放置しっぱなしだった日曜大工の道具一式を目敏く見つけたカガリの発言がきっかけだった。
「なに、作っているんだ?」
何気なカガリの問いに、別段隠すこともないと思ったのか、イザークは素直に経緯を教え
告げたのだったが・・・
突然、降って沸いたかのように始まった、カガリの夫自慢が、今に至るアスランの現状なのだ。
「アスランは、この手のことは凄く器用だから、この間なんか、『将来のため』とか云って、
子供用のシーソーとブランコ作ってたぞ!」
から始まって、庭に置いてある、ベンチやら、バーベキュー用の炉を作っていたなど、
数えあげたらキリがないくらいの実例を並べ立て・・・
状況的にアスランを追い込んでいった、という経路。
集中する、羨望の眼差しに、やらざる終えなくなった、という結末。
横1m弱、縦30cm少々。
キレイに形作った厚めの板を手で支え、猫たちが出入りする為の穴を開けて、アスランは
作った物をじっと凝視する。
「・・・こんなモンかな?」
云ってから、出入り口と定めた周りの木に紙ヤスリをかけ、散らばった細かい木屑を
息をかけて吹き飛ばした。
ヤスリをかけ、滑らかにしたのは、猫たちが出入りする際に、体を傷つけないように・・・
という配慮からだ。
芸が細かい。
開けた穴の上部に、ネジで固定した開閉ができるバネのついたプラスチックの一枚板を取り付け、
とりあえずは完成。
「『2』?」
「にゃ?」
彼の肩に乗ったままの、金の瞳に問いかけ、アスランは出来上がったばかりの板を芝生に立て置いた。
「ここ、潜ってみてくれ。」
不思議と会話が成立している、アスランと猫のやり取り。
彼の言葉を理解したのかどうか。
猫はとん!とアスランの肩から飛び降りると、立て置かれた木板の出入り口に身を滑らせた。
見上げた金の瞳は、喜んだ(?)鳴き声に聴こえなくもない。
『OK!』が貰えたと判断したのか、アスランは緩く笑み、板を持って立ち上がった。
脱走用、とイザークが銘打った硝子窓を完全に取り外し、彼は代わりに自分が作った板を
そこにきっちりと嵌め込み、視線をあげる。
「終わったぞ、イザーク。 後のなかのリフォームは、プロの業者に頼んでくれ。 蹴り押したら
直ぐに外れるからな。」
自分の仕事は終わったとばかりに、アスランは云い、室内にあがり、ソファに座り込む。
透かさず、金の瞳の猫は、再びアスランの肩に飛び乗った。
「・・・だから、降りろって!重いんだってばッ!」
アスランの苦情もなんのその。
金の瞳の猫2は、喉を鳴らし、自分の顔をアスランに擦りつける様は、どういった表現なのだろう。
愛情、なのか・・・ はたまた気まぐれなのか。
とにかく、何を言っても、イザークには『絶対』しない仕草であることには変わりない。
すっかり遊び疲れたのか、シホの愛犬、チャロは、窓際の陽射しの差し込む床で、
腹を仰向けにして寝ている様子が、一同の笑いを誘う。
警戒心ゼロ。
用向きのひとつを終え、本題に踏み入る。
「で? 今日、ウチに来た理由は?」
単刀直入に切り出した、イザークの声は、やはり若干の嫌が混ざっている。
無理もない。
カガリが坐るソファ、丁度アスランと挟んだその間にある、見覚えのあるアタッシュケースが原因。
「今日は、本当に偶々だ。折角、プラントに来て、トンボ帰りじゃなんだし〜 普通に寄っただけだ。」
カガリは、持成しにだされた紅茶を啜りながら、しれっと言葉を放つ。
「でも・・・」
「でも?」
カガリの切り替えの言葉と視線は、イザークの表情を曇らせるのには充分なアピールだ。
「次回の、『コレ』の運搬は、ぜひ頼みたいのだがな。」
有無言わせず、考える間もなく、イザークは怒り剥いた顔を隠さず、勢いよく立ち上がり、
自分とカガリたちのソファを挟んで鎮座するローテーブルを激しく一度叩いた。
「その件なら、断った筈だぞッ! カガリ・ユラ・アスハッ!」
「お前も物覚え、とことん悪い男だなッ!私は、『ザラ』だ、と何度も云ってるだろうッ!!」
互いに、取っ組み合いでも始め兼ねない雰囲気に、アスランは彼女の服裾を強く引っ張り、
落ち着くように促した。
・・・そ、そうだ。
ここで怒りに任せたら、なんのためにここに来たのかわからないじゃないか。
カガリは一度大きく深呼吸をし、深々と頭を下げた。
「頼む、イザーク。 この鞄に入ってる書類は、最重要の類のなかでも、もっと上級に値する
大切な物なんだ。 プラントの技術がまだ不可欠な今、うかうかと他の者に託すには危険が
大きすぎる。 それをわかってくれ。」
オーブの代表者、責任者としての、彼女の下手の態度は、イザークを揺り動かす。
「お前は、軍人としても一級。体術、それに負けず劣らず、銃の扱いも並み外れて優秀な人材。
だからこそ、安心して任せることもできるんだ。」
懇願する、金の瞳に、イザークはあまりの持ちあげられように、薄く頬を染め、冷や汗を
一滴流し、身を引く。
ソファにどさりと腰を落とすと、彼は疲れたようにため息をひとつ零し、俯いた。
「・・・わかった。 一国の首長の頼みというならば、断ることも厳しい。 但し、俺の仕事外の
ことであることだけは弁えて、今後は考慮する形にしてくれるなら。」
「それで充分だッ!」
感謝に溢れた笑みを浮べ、カガリはソファを立ち上がり、イザークの両手を握り締めた。
ぶんぶん振り回す勢いで、上下に振り、彼女の感情、あるがままを伝えるかのように。
漸く、イザークの了承を得、カガリは満足気に宇宙港に向かうタクシーのなかで
はしゃいだ笑顔をアスランに向けた。
「やった、やった!」
「・・・」
沈黙を守るアスランの対照的な仕草は、カガリに訝しげな表情を齎す。
「随分、ご機嫌だな。」
「当たり前だろ? これで、運搬の安全保障は完璧だからな!」
「まあ、そうだけど、・・・あんなに、ぺこぺこしなくても。」
彼女の頼み込む様が、どうやらアスランは気に入らなかったらしい。
あそこまで低姿勢にならなくても、別に他の人間だって構わないじゃないか・・・
と彼は、そう思っていたのだ。
「私が頭のひとつやふたつ、下げて、イザークがちゃんと動いてくれるなら、私はなんとも
思いはしないさ。」
「・・・ん。」
カガリの言葉を聞いても、彼は納得できないようだ。
「それにさ〜 今回は、ちょっと作戦もあったしな。」
「作戦?」
してやったり、という表情のカガリを見、アスランは眉根を寄せた。
「イザークの誕生日、知ってるだろ?」
「は?」
突然、なにを言い出すかと思えば・・・ あまりにもとんちんかんな、カガリの言葉に、
益々アスランは眉間に皺を寄せる。
長く、イザークとは、『一応』は付き合ってきてはいるが、正直、プライベートなことは
無頓着な、アスラン。
「・・・カガリの誕生日なら、わかるけど。」
「おいおい。軍の同期だろ?」
カガリは呆れ、目を眇めて隣のアスランを見遣った。
「野郎の誕生日なんか、なんで俺が知ってなきゃいけない? 必要ないじゃないか。」
「・・・お前、冷たいな〜」
「つ、冷たいって・・・ 云われても。」
言葉に詰まり、アスランは返答に四苦八苦する。
軍に居た頃だって、別に関心もなかったが、誕生日を祝ったり、祝われたり、などあった
試しがない。
大体、殺伐とした訓練生時代然り。
配属された軍の内部でも、男の誕生日を祝う・・・ そんな乙女チックな行事、誰がやるものか。
子供じゃないんだぞ。
小さく息を吐き、アスランはうめく。
額を抑え、彼は俯いた。
「イザークの誕生日は、8月8日。 獅子座だ。」
嬉々として語りだすカガリに、アスランは横目でそんな彼女を見る。
「それと、今回のカガリ云う処の『作戦』と、どう繋がるわけ?」
「獅子座の特徴、『おだてに弱い』って、訊いたことないか?」
「俺、そういう占い関係、興味ないから。」
また溜息を漏らし、アスランは後部座席のシートに深く身を沈める。
「獅子座は、リーダー気質が強い。 だから、そういう部分を上手く擽ってやれば、役に立つぞ?」
「ふ〜〜ん。」
それで、あの手のひらを返したようなカガリの態度だったのか、と今更アスランは思い返した。
「しかし、イザークのプロフなんて、よく知ってたな?」
思いつきのまま、言葉を口にして、アスランはカガリを見詰めた。
「あ? それ? キラに頼んだら、3分で結果報告してくれたから、全然楽勝だったぞ!」
からから笑い、カガリは手のひらを軽く自分の胸の前で振る。
「・・・キラ?」
愛妻の口から洩れた、親友、かつ義弟の名。
アスランは、目を眇めてカガリを見遣った。
「・・・そういうの、個人情報閲覧にならないか?」
犯罪じゃないか・・・。
キラの趣味は、ハッキング。
個人のプロフィールを覗き見るなど、キラにとっては雑作もないこと。
「あんまり細かいこと、気にするな。」
気にしたくなくても、充分、気にする事柄だ。
余計なことまで詮索していたらどうするんだ?
カガリの能天気さとは裏腹に、アスランの表情はどんより暗く沈んでいく。
「余計なことばかりに考えるエネルギー使うと、禿げるぞ? アスラン。」
「禿げる、とか云うなッ!」
一番云われたくないことばかり、ここ最近カガリには言われているような気がする。
「ほら、もう直、着くぞ。」
どこまでもアクティブな彼女とは対照的に、アスランは疲れを感じる身体を引き摺り、
タクシーを降りたのだった。
※久々の拍手更新です。(o^<^)o クスッ
丁度、お話の展開もキリのいい、「15話」まで辿り着きました。
これも、このお話が好き、と言って下さる、閲覧者の皆様の
おかげでございます。ぺこ <(_ _)> 感謝、感謝。
時期見計らって、このお話も「トリビア〜」の方にお引越し
いたします。 「16話」に続くかどうかは未定ですが、
また色々と楽しんでいただければ幸いです。
ご訪問、ありがとうございます!
※この壁紙イラストは「M/Y/D/S動物のイラスト集」よりお借りしています。
イラストの転載はできません。