『 ビジター XIII 』








「・・・また、やってくれたわね?」
シホは、玄関先で、小さな尻尾を懸命に振る、愛犬を見下ろした。
派手な溜息をつき、彼女はしゃがみ込む。
「私が、帰ってきたの、嬉しいのはわかるけど、お願いだから、その
お漏らしするの、どうにかなんない? チャロ。」
茶色の体毛を持つ、チャロと名付けられたミニチュアダックスは、嬉しそうに二度鳴いた。
愛犬の体の下には、透黄色の、小さな水溜りが出来てる。
シホが、とある経路を経て、引き取ってきた、この子犬は、すっかりシホを主と認め、
今は仲良く、同棲中の間柄。
「ここで、お座りよ!お座りッ!!絶対、動いちゃ駄目ッ!わかった!?」
きつく言いつけたにも関わらず、子犬は、自室にあがった彼女の後を追って、とことこ
歩くのに、シホは先ほどよりも、ボリュームの高い声で、子犬を叱りつける。
「動いちゃ駄目だ、って言ってるでしょうッ!?」
子犬が歩いた、後ろには、点々と続く、水分を含んだ足跡が残っている。
仕事を終え、司令部から、自分の住まいになってるこの官舎に戻れば、子犬の、
毎度の歓待に、頭の痛い日々。
ちゃんと、用意をしたトイレで、きちんと用を足すのに、愛犬、チャロの奇異なクセの
せいで、こんな風景が日常と化していた。
洗面所の端に置いた雑巾を手にとり、シホは居間に続くフローリングの床を拭く。
彼女が部屋に帰ってきて、まずすることは、掃除である。
一息つき、居間にある、ソファに疲れた身体を降ろし、敷かれた室内の絨毯を見て、
彼女はまた息を吐いた。
処何処、水色カラー、でのはずの床絨毯に残された、沁みの跡。
犯人は、いわずもがな、彼女の足元で、やはり懸命に尻尾を振っている、愛犬の
困ったクセの残痕。
引き取ってきた、その当時は、名前をどうするかで、考えあぐねていた。
茶色の毛・・・。
茶色、・・・ちゃいろ ・・・チャイロ、を口ずさみ、繰り返していくうちに、ひょんなことで、
『イ』が抜けた。
チャロ、と口端に乗せた途端、語呂のあまりの良さに、即、名前決定。
シホの愛犬は、単純明快に、『チャロ』と名付けられた。
今、彼女は、残り期限、僅かに迫った、退室の危機に晒されている。
ペット厳禁の規則。
軍人専用の官舎で住んで、随分と長い。
軍に入隊した時から、この2LDKの部屋は、彼女の城となった。
退室勧告を受け、仕事以外に、『新居探し』に振り回される、日々。
なんとか、上司である、イザークの口利きで、一ヶ月の猶予を貰ったものの、その期限は
残す処、二週間余り。
仕事の合間に、彼女は、新しい住処を求め、休日の度に、奔走する、といったことを
繰り返していた。
だが、住み慣れた居住を離れ、新しい場所、となると、なかなか即決できず、彼女の
悩みはパンク寸前の状態。
「・・・頭痛する。 ・・・薬、あったっけ?」
のろのろと立ち上がり、シホはキッチンへと歩を向ける。
従順無垢。
そんな言葉を真に受けたかのように、茶色の小さな体は、彼女の後を追った。
「・・・この部屋、でる時は、絨毯、変えていかないと、私の後に入るひとに申し訳ないよね?」
独り言を呟き、彼女は嘆息し、がっくりと肩を落とした。
翌日。
振り当てられた、公休日。
どうしよか、どうしようか・・・ と、迷った挙句、シホは、ディアッカご推薦の、一軒の家の前に
佇んでいた。
「では、お客さま。中をご案内いたしますので、こちらへどうぞ。」
カッチリとした、濃紺のスーツを着た、若い男性の案内に従い、シホは歩を踏み出す。
スーツを着た男性は、この家の管理を受け持つ、不動産会社の社員だ。
玄関を潜り、廊下を進む。
シホは、その家の造りに首を傾げた。
・・・見覚えのある、間取り。
「・・・あの〜 この家って、ひょっとしたら、御隣の家と同じ造り、・・・なんですか?」
「ええ、そうですよ? この辺に建ってる家は、全て我が社の推薦するモデルハウスと同じ
なんで、間取りは変わりませんね? まあ、変わっている所は、如いて言えば、屋根の色、
・・・くらいですかね?」
そう云えば・・・
この家に入る前、ちらりと見た、自分が敬愛する隊長の家の屋根の色は、『ブルー』だった。
因みに、シホが今、見学に訪れている、この家は『赤』だ。
何度か、イザークの家を訪問して、間取りに関しては、シホはある程度熟知している。
廊下を進めば、・・・右手には『居間』。その反対側は、『ダイニングキッチン』。
が、彼女が知っているのは、ここまで。
恐らく、その先は、『浴室』と『寝室』、『書斎』に兼務できる部屋があるはずなのだが・・・。
案の定、廊下を進んで行った先にには、『バスルーム』がある。
二階に続く階段が伸びているのに、うえは6畳の二部屋がある、と説明された。
居間に歩を向け直し、広々とした造りは、見知った風景。
等身大の引き戸窓と、イザークが、よくグチを零している、猫たちが脱走専用に使っている、
押し開きの窓もしっかりあった。
くすり、とシホの顔に笑いが込み上げる。
シホは、腕に抱いていた愛犬をフローリングの床に下ろし、引き戸式になってる、
硝子窓を開ける。
青々とした、芝生が迎え出る、中庭は、隣家と同様だ。
家と家を仕切る、生垣に自然に眼が向いてしまう。
刹那、彼女の足元をすり抜け、庭先に飛び出した、茶色の体に、彼女は慌てた。
「チャロッ! こらッ!!戻りなさいッ!!」
子犬は、彼女の命令を無視して、生垣に突っ込んでいく。
ぼすん! という音とともに、消えた、子犬の後ろ姿。
泡を喰って、シホは追い掛ける。
「チャロッッ!!」
怒鳴り、子犬が消えた生垣に、彼女は顔を突っ込んだ。
そして・・・
見合ってしまった、驚いた視線で凝視する、イザークと対面。
イザークは、黙し、生垣から右手首と顔だけ突き出した、奇怪なオブジェと化してるシホを見詰める。
「・・・こんな処で、・・・なにをやってる? ・・・ハーネンフース。」
「・・・」
あまりに驚き過ぎると、人間、言葉がでてこないものだ、ということを彼女は痛く痛感する。
次にでた、彼女の行動。
絶叫に近い悲鳴をあげると、シホは一気に身を引いた。






                                                 ・・・続。





※とりあえず、ここで、切ります。;;
続きは、できれば近いうちに。
いつも、見えて下さる、心の広い訪問者の
方々に、感謝。(^-^ ) ニコッ
拍手、ありがとうございます!!



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※この壁紙イラストは「M/Y/D/S動物のイラスト集」よりお借りしています。
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