『 ビジター XII 』
「おんや〜? なんとまあ〜 うら若き乙女が、なに、そんな色気のない
雑誌なんか、読んでるかなぁ〜?」
シホは、広げた雑誌に翳った人影に、顔をあげ、視線を向けた。
掛けられた、能天気な、軽薄そうな艶声。
ばちっ、と目線があったのは、イザークの副官を務めている、ディアッカである。
腰掛けた、食堂のテーブルで、昼食を済ませたあと、シホは持参していた
雑誌を広げ、余暇の時間を過ごしてる最中だった。
許可もなく、彼女の対面の椅子に腰を降ろし、ディアッカはにこにこといつも
漏らしてる、楽天的な笑顔を振り播いている。
「・・・住宅情報誌、なんて。 引越しでもするの? シホちゃん。」
「ですから、副官殿。 その“ちゃん”付けは、止めていただきたい、と
何度も具申した筈ですが!?」
話題を態と噛み合せず、シホは軽く、目の前のディアッカをねめつける。
プラントに戻って、数日が経過している。
シホは、引き取ってきた、あの子犬が原因で浮上した新たな問題に頭を痛めていた。
彼女が、今、住居としているのは、軍の官舎。
ザフト軍に所属する、軍人たちが居住を許された私設にいる。
軍の官舎でのルール。
ペット、厳禁なのを、彼女はすっかり忘れて、情に絆された結果、現在、退室の勧告を
受けている真っ最中だった。
なんとか、イザークの口利きで、一ヶ月の猶予を与えてもらったものの、その僅かな
期間で、新しい住処を見つけねばならない危機に晒されていた。
「なにか、御用ですか? 副官殿?」
「用がないと、話しちゃ駄目なの?」
「言いつけますよ? あんまりちょっかい掛けると。」
「は?」
なんぞや? と、云いたげに、ディアッカは首を捻る。
「地球に居る、彼女さん、です。」
「うえっ!? ちょっと、それは・・・ 」
連絡先までは知らないと高を括って、自慢気に、話を披露したのは、拙かったのか。
まさか、そんな話題で足を掬われるとは思わず、ディアッカはバツの悪そうな笑みを浮かべた。
「私、情報処理もエキスパートなの、知っていますよね? 調べようと思えば、幾らでも
調べられるんですよ? プライベート情報とか、そういうのも。」
「わ、わかった!もう、からかわないから、勘弁してよ。」
降参、と云わんばかりに、ディアッカは顔の前で両手を擦り合わせた。
はあ〜 と溜息をつき、シホは、また新しいページを捲る。
「相当、困ってる?」
「まあ、結構、切実です。」
シホは、ディアッカからの問いに、素直に今の心境を吐露した。
「・・・そういえば。 確か、イザークん家の、隣の家が『売家』の看板、でてたような気が
するんだが・・・」
「はあ!?」
右手で頬杖をつき、ディアッカは思い出す仕草で、視線を明後日に向けながら、ぽろりと
そんな言葉を漏らした。
「いっ!? あ!?? えぇっ!?」
見る見る、シホは顔を真っ赤に染め、動揺著しく、言葉がどもり始めるのに、ディアッカは
苦笑する。
端から見ても、イザークにその気はなくても、シホは充分に脈ありなのは、彼女の視線を
見れば、わかることだ。
なんともまあ、物好きといえば、物好きな部類だろう、とディアッカは思う。
だから、シホの反応が面白くて、遂からかってしまう。
「一軒屋なら、ペットが居たって、誰も文句云わないと思うけど?」
「・・・そ、そ、そうですね?」
俯き、シホは口篭った。
「それにさ、将来、万が一のことがあって、『結婚』とかの展望が見えてきたら、隣同士なら、
敷地広いし、生垣取っ払って、家の増築だってできるじゃないの?」
ディアッカの突飛押しもない発言に、シホは益々動揺する。
「け、け、結婚って!? そんなの、ある訳ないじゃないですかッ!!」
思いっきり否定。
シホの言葉を聞いて、ディアッカはにやりと笑う。
「わかんないよ? 人間、人生、どう転ぶかさぁ〜 あ、でも・・・」
「・・・で、でも!?」
シホは、思わず真剣に耳を欹てる。
「アイツと一緒になるなら、生命保険、三つは入っておかないと、駄目だな?」
「はあっ!?」
「ほら! いつ、血管切れて、逝っちゃうか、わからないだろ!?」
「・・・」
シホは、楽天越えて、道楽的発言をする、上官の言葉に、頭を抱えた。
・・・よりにもよって、なんて事を言うのだ、・・・このひとは。
と、彼女はカラカラ笑うディアッカを上目でねめつけた。
刹那。
「あっ!?」
シホは、驚きの声をあげる。
視線の先に捉えたのは、ディアッカの背後に立った人物。
「・・・ディアッカ、お前、いつから保険屋のセールス始めたんだ!?」
掛けられた、氷を研いだような鋭い声音に、ディアッカは一瞬で凍りつく。
「・・・訊いてたの?」
「お前の、その馬鹿笑い声、聞こえてない方がおかしい。」
「あ!そうそう!!まだ、仕事残ってたんだ!」
へらへらと愛想笑いを浮べ、ディアッカは席を立った。
「ふん! 逃げ足だけは早いヤツだ。」
鼻息荒く、イザークは走り去っていくディアッカを一瞥した。
「ハーネンフース。」
「は、はいッ!」
「新居選びも結構だが、時間は守れ。」
「えっ!?」
「定期哨戒の時間、とっくに過ぎてるぞ?」
ぎょっとして、シホは自分がしている腕時計に視線を落とす。
「す、すみませんッ!直ぐにでますッ!!」
わたわたと慌て、シホは食堂を後にしていく。
自分の愛機に飛び乗り、忙しく計器チェックをするなかで、彼女はふと思う。
呼び出しなら、軍の内部アナウンスで呼び出せば良いものを・・・
イザークが、態々シホを探しだし、呼びに来たのに気が着き、彼女は頬を赤らめた。
ディアッカが、冗談口調で云っていた言葉が鮮やかに甦る。
次の休日には、『売家』になっている、その家とやらの下見に行ってみようかと・・・
見るだけなら、『タダだ!』と、彼女は思ったのだった。
・・・続。
※ さて、この処のお話には、「猫」がでてきません。;;
「犬」も・・・。 次こそは、イザークさん家の「猫」と、
ハーネンフースさん家の「犬」をだしたい・・・ デス。;;
一応、希望。(’-’*) フフ つったく、この字数制限は
やっかいだわ〜〜。α~ (ー.ー") ンーー
※この壁紙イラストは「M/Y/D/S動物のイラスト集」よりお借りしています。
イラストの転載はできません。