『 ビジター \ 』
ビキビキ!・・・。
そんな、擬音が聴こえてきそうなくらい、怒りは心頭中だった。
イザークのこめかみは、薄青く血管が浮びあがり、今にも切れそうだ。
本当に切れたら、さぞ勢いよく、血が噴出すことだろう。
・・・縁起でもない話だが。
イザークは、接客用の応接ソファに座し、真向かいに坐る、白衣を纏った
男を睨みつけていた。
「・・・で? 俺に、またコイツをオーブに届けろと?」
男は、イザークの殺気を含んだ声音に怯え、恐る恐る頷く。
「・・・前にも云ったがな。 俺は宅急便屋じゃない、と云ったのを忘れたのか?」
「・・・は、はい! そ、そ、それは! ですが、この書類は、地球の運命を左右する
内容の第一級の物です。迂闊に他の者になど託せませんッ!!」
道理は一応、通ってはいる。
流れ落ちる汗を、自前のブルーのハンカチで拭いながら、男はイザークに懇願した。
小さく嘆息し、イザークは片足を組み、両腕を胸の前で組む。
「プラントが、それ程人材不足というのは、困ったことだな。」
「はぁ〜・・・」
「はぁ〜、 じゃないッッ!!」
イザークは怒鳴り、目の前の木製のローテーブルを叩く。
その音に、男はびくりと肩をちじ込ませた。
「・・・まあ、良いだろう。 だが、次は俺でなく、違う者に頼んでくれ。 俺も、
こうみえて、忙しい身の上なんでな、理解して欲しい。」
「・・・は、はい。」
相手の、小さな返事は、怯えたまま。
イザークは再び、重い息を吐きだした。
軍の統括指揮と、行程の指示を、副官であるディアッカに託し、イザークは、
恒例となった、随員であるシホを伴ない、地球へと向かうシャトルに飛び乗る。
シャトルのなかでも、怨嗟の呟きは絶えることなく、シホは些かうんざりした表情を作った。
地球に降りるのは、実に半年振り。
いつも通り、ザフトの白の隊長服に身を包み、右手には施錠を施した手錠つきの
アタッシュケース。 その足元には、猫一家を詰め込んだ、キャリーケースが置かれていた。
猫たちも、毎度の小旅行に、慣れたもので、暴れることもなく、おとなしいものだ。
・・・一家の家長である、翠の瞳の猫、1も、居眠りするまでに達観していた。
丸めた体のうえには、愛妻である、猫2、金の瞳の猫が頭を預けるように被い被さっている。
子猫三匹は、既に親猫と大きさも変らないくらい成長し、キャリーケースのなかは
積載オーバーの状態。
まさに、ぎゅーぎゅー詰め。
満車率、120%とは、このような状態を云うのだろう。
無事にシャトルは地球に降り立ち、イザークはシホと共に、オーブにあるザラ邸を目指す。
勿論、目的は車を借り受けること。
そして、護衛と称して、万が一のことがあった場合、自分以外の人間が書類を届ける
役目を負うための役割を担っているのは、シホ・ハーネンフース。
オーブに着けば、彼女の身柄は、半分、自由になる。
イザークが帰るまで、『待機』と名打って、彼女をアスランとカガリに預かってもらう。
これは、いつもと同じ光景。
何事もなく、無事にザラ邸に戻る道すがら・・・
イザークは、アスランから借り受けた車のブレーキを踏んだ。
丁度、本邸の屋敷前の門前。
出かける時は、確かなにもなかった筈・・・
門の右脇のレンガ前に置かれた小さな箱が彼の目にとまった。
首を傾げ、イザークは車を降りた。
仮にも、アスハの本邸前の門前。
不信物? ・・・怪しい代物であるならば、それは撤去しなければいかないだろう。
爆発物である、という可能性も無きにしもあらず。
まず、耳を欹てる。
爆発物であったなら、少なからず、時間のカウントをする、秒針の音でもする筈。
がさがさ!
イザークが、箱に近寄った途端、箱は奇怪な音をたて、左右に小さく揺れた。
一瞬、慄き、イザークは身を引いたが、その後はなんの変化もみられないことに
思い切って箱の蓋を開けてみる。
開けた瞬間、ひょっこりと覗いたのは、茶色の頭。
瞳は鮮やかなグリーンの双玉を持った、ミニチュアダックスの子犬。
「・・・犬?」
《わん!》
子犬は、人懐っこい仕草で、小さな尾を振っている。
よくよく見れば、箱の側面には、『可愛がってやってください。』と殴り書きがされていた。
彼は、辺りをきょろきょろと見回した。
ひょっとしたら、この子犬が誰かに拾われるのを、見届けるため、捨てた人間が様子を
伺っているかも・・・ と考えたからだ。
だが、陽が傾き始めた空のしたには、それらしい人影は見当たらない。
どうすれば・・・
選択その1。
このまま見捨て、新しい拾い主が現れるまで放置する。
選択その2。
連れ帰る。
イザークは悩み、だした結果は、後者をとった。
イザークが連れ帰った珍客に、当然、カガリは狂喜乱舞。
『可愛い、可愛い』を連呼し、頬擦りすると、途端、アスランは口を『へ』の字に
曲げ、不機嫌そうな表情になっていく。
自分以外のモノに、そんな零れる笑顔を向けるな!
という、アスラン一流のヤキモチ、大爆発だ。
が、連れ帰ったの・・・後は、この子犬の処置をどうするか・・・
という問題が持ち上がるのは、当然至極。
「ウチでは、飼えないぞ。」
一番に声をあげたのは、家主である、アスラン。
アスランの拒否の声に項垂れたのは、勿論、カガリ。
だが、これはふたりが結婚をするにあたり、『約束』したことのひとつだったので、
彼女は口を閉ざす以外、術がなかった。
『生き物、ペットは飼わない』という決め事。
互いが多忙故に、その世話が滞ることを防ぐ、ということが目的だから・・・
「俺も、この猫たちだけで手一杯だ。これ以上、扶養家族が増えるのは遠慮したい。」
イザークの憮然とした表情に、カガリは今にも泣き出しそうな顔を作る。
頼みの綱を断ち切られたような心境に、カガリの瞳に涙が溜まっていく。
なら、このコは、また捨てられるのか?
と、無言で瞳がアスランに訴えていた。
一瞬、カガリの直訴の瞳に、アスランの気持ちが揺れた。
しかし、約束事は、約束。
決めたことを曲げるのでは、約束ではないだろう? と、彼はカガリの潤んだ瞳に
応えるように、肩を撫でた。
場が沈黙し、迷いが生まれ始めた。
その空気を裂き、シホが名乗りをあげる。
「だ、だったら、私が飼いますッ!」
その声に、一同の視線が注目する。
カガリは、シホの両手を掴むと、ぶんぶん振り回す勢いで、握り締めた。
救いの女神は、すぐ傍に居たのだ、と云わんばかりに。
シホの腕に託された、子犬。
彼女が、膝に子犬を抱いた刹那。
膝うえに感じる、生暖かい感触に、シホは眉根を寄せる。
子犬の両脇を抱えるように持ち上げると、ぽたぽたと滴る、黄色の雫。
「・・・まずは、躾からしないといけませんね。」
シホは、小さく息を吐き、子犬を見詰める。
翡翠の双玉は、愛らしい瞳で、新しい飼い主になった、彼女を見返す。
《わん!》
愛らしく、無垢な瞳で、子犬は一声、鳴いたのだった。
■ End ■
※久々の拍手、ビジターシリーズ、再来でございます!
さて、ニューアイドルが登場いたしました!(^凹^)
この後の展開がどうなるかは未定ですが、「]」は
ぜひにトライしてみたいな、と思っております。
今回は、とりあえずサワリの部分を。
※この壁紙イラストは「M/Y/D/S動物のイラスト集」よりお借りしています。
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