『 ビジター ] 』
「タ、タオルッッ!!」
カガリは青ざめた顔で、ソファを思いっきり起立する。
「い、いや、雑巾だッ!雑巾ッッ!」
カガリの勢いに押され、アスランも立ち上がったが、かなりの狼狽状態。
夫婦ふたりで、右往左往し、ばたばた走り廻っている。
そんなふたりの様子がわかりながら、イザークは半ば呆然としたまま、呆気に
とられ、固まったまま。
ソファに糊付けでもされたかのように、動かない。
ついでに云うなら、なんだか瞳孔が開きっぱなしのようで、瞬きもしないで。
驚き過ぎると、彼は動かなくなってでもしまうのか・・・。
まるで、乾電池切れの人形のよう。
数十分後。
漸く、場に平静が戻る頃、アスランもカガリも騒ぎ過ぎて、息切れして
座り込んでしまっていた。
「・・・あ〜 シホさん?」
「は、はいッ!」
アスランの呼びかけに、シホは慌てて返事を返す。
「着替えは、・・・持ってはきてませんよね?」
「・・・はい。」
困ったように頷き、シホは返事をする。
一両日中には、プラントへ戻る予定だった、彼女。
まさか、こんなアクシデントに見舞われるなど・・・ 想定外。
「カガリ。 着替え、なにか貸してあげて。 それと、クリーニング屋の手配を。」
アスランの指示に頷き、カガリはシホを連れ、居間を後にする。
「やれやれ。」
疲れた風体で、アスランがどっかりソファに腰を降ろすと、やっと我に帰ったか、
イザークも重い溜息をついた。
《わん!わん!!》
お漏らしをした張本人、いや『犬』だが、現金なもので、自分がやったことは、
すっかり時の彼方。
愛想を振り撒き、千切れんばかりに小さな尻尾を振る様に、居間に残った男ふたりは
派手な嘆息を零した。
「・・・イザーク。」
「・・・なんだ?」
アスランの問い掛けに、イザークも疲れた声音で応える。
「時間は、大丈夫か?」
「大丈夫なもんか。できることなら、こんなトラブル、背負い込む前に帰りたかったな。」
トラブル?
アスランは、イザークの漏らした言葉に、眉根をしかめた。
その、“トラブル”とやらを持ち帰ってきたのは、お前だろ!?
と、喉元まで出かけた言葉をアスランは呑み込む。
また、いらんことでイザークを怒らせると面倒だ、という判断だ。
僅かな時を経て、カガリの衣服を借り受けたシホが居間に戻ってきた。
白地のプリントシャツと、ジーンズ姿のシホ。
たった今まで、『赤』の軍服に身を包んでいただけに、この様変わりのギャップは大きい。
なにより、イザーク自身、シホの私服姿というのを見たのは、これで二回目。
以前、本人の望まぬ形でシホとの見合いを画策された時に見た、ワンピース姿での
彼女しか知らないから・・・
なかなか新鮮。
というのは、下世話な言葉ではある。
だが、これはこれで、普通の学生のように見えたりするから、驚きも一入。
気を取り直すように、イザークはひとつ咳払いをした。
「アスラン。」
「ん?」
カガリは、ソファに座すアスランに声をかけた。
「買い物、付き合ってくれ。 車と荷物持ちが必要なんだ。」
「構わないけど・・・。」
「今、クリーニング屋に連絡とったら、集配車がでてしまったばかりで、こっちは廻れないって
云われて。持って行った方が早いみたいだし、それとプラントに帰るのに、『そのコ』、素で
乗せられないだろ? だから、ケージ買いにいかないと。」
『あっ!』
カガリの口にした指摘に、イザークもアスランも同時に気が着いた、といった表情。
「もう! 男はこれだからッ!」
カガリは呆れた風体で両腕を胸の前で組んだ。
「イザークも行くよな!?」
当然、とばかりに、カガリは笑んで、イザークを誘う。
「お、俺も!?」
「当たり前だろ?淑女のお使いに、紳士が同伴しなくてどうする? 私にはアスランが
居るけど、彼女がひとりになってしまうだろ!?」
「・・・」
むうぅ〜 とひと唸りし、イザークは不承不承で返事をする。
「あ、あの・・・」
おろおろとした姿態で、シホはイザークとカガリを代わる代わる見やる。
「遠慮は無用だぞ! 使えるものは何でも使うべきだッ!」
あははは!と明るく笑い、カガリはシホの肩をばんばん叩いた。
「だって。」
苦笑を零し、アスランは肩をあげ、イザークに視線を向ける。
面白くなさそうな表情を浮かべているのは、イザークだけ。
「先に行ってるぞ!」
思い立ったら吉日型のカガリは、シホの手を掴むと、さっさと家をでていってしまった。
「・・・アスラン?」
「なんだ?」
「お前の女房の行動理論、俺には甚だ、理解し難いのだが。」
「こんなの今に始まったことじゃないさ。でも、今日は道理に叶っているから、文句は
云わないでくれ、イザーク。」
早く、と彼を促し、アスランも居間をでていく。
イザークも、歩を進めようとして、はたっと思いやる。
「1と2ッ!」
『にゃおぉぉ〜〜ん?』
夫婦猫が、仲良くイザークの掛け声に返事をした。
「コイツの面倒、ちゃんとみておけよ。」
イザークが指差したのは、例の子犬。
『にゃッ!?』
なんだと!?と云わんばかりに、猫二匹は、仰天の声を発する。
なんだかんだと云いつつも、イザークと猫たちのコミュニケーションは図れている様子。
飼い主の意図する処を、理解しているように見えるのは、面白い構図だ。
普通、飼い主に忠誠を誓う動物というのは、『犬』が相場であるが、ジュール家の
法則は猫にも適応しているようだ。
項垂れた猫二匹は、諦めた姿態で、尻尾を振った。
それは、合図。
歓迎というよりは、傍迷惑、といった姿だが・・・
猫に留守を頼む、というのも、どうかとは思う。
が、これはプラントの自宅では、おそらく当たり前の行動なのだろう。
違和感がなにもない方が驚きである。
俯きながら、玄関の扉を開けた途端、イザークはぶよん、とした柔らかい塊に衝突した。
「・・・?」
「お留守をお預かりしておきますので、ごゆっくりお出掛けくださいまし。」
顔をあげた途端、柔和な中年の女性の身体に衝突したことに、やっと彼は気がつく。
のしのし、とザラ家に、勝手知ったる様子で、入っていった、その姿に、イザークは
呆然として見送った。
刹那、彼を呼ぶように鳴らされた、車のクラクションの音に、イザークは視線を振り向かせ、
家の方を気にしつつ、歩を進める。
アスランがハンドルを握った車の助手席に、イザークも乗り込む。
坐ってシートベルトをしてから、彼はぼやくように言葉を漏らした。
「・・・肉の壁にぶつかったぞ。」
『はい!?』
車中に先に居た三人は、一斉に首を傾げ、イザークに問う顔を向ける。
なにを云っているのか、始めはわからなかったが、それが、乳母のマーナのことだと
わかると、カガリは眉根を寄せた。
「失礼なこと云うな。彼女は、私の乳母だぞ!」
「・・・そうか。いや、ああいう体格の持ち主をプラントではみたことがなかったのでな。」
「失礼なことを。 人間が居ない家に、動物だけ残していけないだろ? 私が頼んだんだ。」
カガリが、自分のことのように憤慨したことに、イザークは素直に詫びた。
「カガリ・ユラ・アスハ。 すまんが、今、云ったことは内密だぞ?」
「わかってるよ!そんな事。 ところで、何度も云っているが、私は『ザラ』だ!!お前、
コーディネイターのクセに、何度云ったら覚えるんだ!? 私は、カガリ・アスハ・ザラに
なったんだッ!!」
「・・・ああ。それも、すまん。 身に付いた習慣には逆らえなくて・・・」
「もう、その辺にしておけ、カガリ。」
やんわりと仲裁に入り、アスランは苦笑を浮べている。
走り出した車のなかで、切れない話題に、男ふたりは曖昧な返事をかえすばかり。
主導権は、完全にカガリのものだ。
時々洩れる笑い声を乗せ、車はオーブの市街地を目指した・・・。
・・・続。
※ ということで、このお話はまだまだ続きます。
一体、どこまで続くのか。|(−∇−)| キコエナイ♪
まあ、とりあえず、やれる処までは・・・という事で。
予定が変更の嵐だ。;; 書きかけいっぱ〜い。
ははは。;;
この壁紙イラストは「M/Y/D/S動物のイラスト集」よりお借りしています。
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