『 ビジター [ 』
「こういうのを直すのは、してやらないのか?」
イザークは、カガリの愛車に視線を落とし、アスランの顔を伺った。
「そのウチ、しようと思っているさ。 で? どれにするんだ?」
ちらっ、とイザークは、他の三台、傍目、どう見ても公用車に見える車たちから、
視線をアスランの愛車に移動させる。
「お前の車を貸してくれ。」
決定を含んだ声音をイザークが漏らしたことに、彼は素直にキーを手渡した。
「云っておくが、傷つけたら、自腹で直してもらうからな。」
さり気に、アスランは、釘を刺し、緩く笑んだ。
「馬鹿者ッ!貴様の女房と一緒にするなッ!!」
雑言を吐き捨て、イザークは車のアクセルを踏んだ。
走り去っていく、自分の愛車に、アスランは再び、息をついた。
残された、車のひとつ、カガリの赤色の“RX−7”のボディを撫で、彼は呟く。
「ホント、イザークじゃなくても、これは云いたくなるな? ・・・来週の休みは、コイツ
のメンテでもするか。」
苦笑を零し、アスランは自宅への道を戻っていった。
玄関を潜り、彼は廊下を歩く。
通路に接してる、ダイニングキッチンを覗けば、早速、カガリが用意したミルクの皿に、
猫が五匹、たむろしている。
「あはは! そんなに慌てるなよ。ミルクはまだ、たくさんあるからなっ!」
彼女は笑み、しゃがみながら、その様子を見ている最中。
その姿を見、アスランは苦笑を零した。
普段の生活のなかで、生き物に接する機会がない、カガリにとっては、どんなに
この光景が『癒し』の効果を齎すか、アスランにはよく理解できていた。
別に、意地悪をして、家に生き物を置かないわけではない。
唯、純粋に、仕事だけでなく、その他の身体の負担をさせないための気遣いなのだが・・・
それに関しては、カガリも納得していることではある。
しかし、そうは思っていても、生き物に接している、彼女を見ると、少し心が揺らいでしまう。
やはり、なんでも良いから、ペットと呼べるものを、手元に置くべきなのだろうかと。
彼女を思う、気持ちも半分。
が、その他にも別の心も存在する。
喩え、それが『可愛いペット』というものでも、自分以外のモノに、愛妻が心を奪われる
ことになったら・・・
本当に小さな邪心でしかないが、アスランのなかには、そんなものも少しはあったりもする。
どっちにしても、当座は、ペット購入の意志がないことだけは、ここだけの秘密。
情にほだされて、取り返しがつかなくなるのだけは、ご免だ。
「あ!丁度、イイとこ来たッ! 悪いけど、テーブルのお茶、リビングに運んでくれないか?」
カガリは、ダイニングの入り口で佇むアスランに気が着き、用事ことを彼に頼み込む。
「ああ。」
笑顔で、素直にそれを受諾し、彼はダイニングテーブルに置かれた、トレイの茶器とお菓子を
持って、その場をあとにした。
リビングに入れば、緊張した面持ちで、イザークが連れてきた、あの女性が、固まったまま
ソファに坐っている。
その姿に、アスランは苦笑を零す。
「そんなに畏まらないで、もっとリラックスして下さい。」
「あ、・・・いえ、そんな!」
女性は、顔をあげ、縺れる唇で、言葉を紡いだ。
タイミングを計ったように、猫たちを引き連れたカガリが、リビングに入ってきた。
「自己紹介がまだだったな? 私は、カガリ。 彼は、アスランだ。」
カガリは、少しでも、女性の緊張感を和らげようとするように、手を差し伸べ、アスランと
自分の名前を告げた。
「いえ、あの! 知っています。お話は、隊長からよく聞かされておりますのでッ!」
起立し、女性は、敬礼をする。
「俺たちに、敬礼は必要ない。 軍属の人間じゃないんだから。」
女性に坐ることを促し、アスランも、ローテーブルを挟んだ対面のソファに坐り、
カガリを自分の横に手招く。
カガリも慣れたもので、ちょこんとアスランの横に腰を降ろす。
それを待っていたかのように、翠の瞳の猫1が、カガリの膝に飛び乗ってくる。
なあぁ〜〜ん。
甘えた声を漏らし、カガリの膝に頭を擦りつけてくる仕草は、堪らなく可愛い。
刹那、ふぅーーーっ!という、威嚇の声をあげ、カガリの足元から鋭い猫の唸り声が
あがった。
ぎょっとした姿態で、猫1は、カガリの身体にしがみつく。
「お前は、こっちに来るか?」
何気に、アスランは自分の膝を叩くと、金の瞳の猫は、素直にアスランの膝に
身を躍らせた。
ふんッ!
アスランの膝で、そっぽを向く、金の瞳。
にゃうぅ〜〜ん。
翠の瞳の猫は、「こっち、向いて」とでも云うように、つんつんと金の瞳の猫の体を
前足で突っつく。
それには、応えず、金の瞳の猫2は、アスランの膝で体を丸める。
無視。
見事なまでの、無視加減に、アスランもカガリも噴出した。
中途半端になってしまった自己紹介に、女性の緊張も漸くほぐれた様子。
座り直し、苦笑が彼女の顔を彩る。
「私は、シホと言います。 シホ・ハーネンフース。 ジュール隊長の隊に配属されて、
二年あまりですが、まだまだ至らないことばかりで・・・」
「イザークは、見ての通りの性格だから、色々とやり難いだろう?」
アスランは、苦笑し、なにかを見透かしたような言葉を漏らした。
「いえ、全然。 隊長が怒るのは、私たちがいけないことが、殆ど原因ですから。」
シホは、イザークを庇う言葉を紡ぎ、焦った声を漏らす。
「君は、隊長思いの、良い部下だな。」
アスランは、嘗て、軍に在籍していた頃、イザークと同じ部隊であった時、なにかと
あったトラブルを思い出し、苦笑するばかり。
もっとも、揉め事を呼び込むのは、大抵、イザークの方ではあったが・・・。
今は、彼も、それなりに部下の人望を集めていることを伺え、アスランは緩く笑った。
人柄は悪くない。
唯、ほんの少し、短気なだけ・・・
対面的には、あまり良い印象を抱かせないのは、イザークの欠点。
理解し合えれば、こんなに頼もしい味方はいないのだが、彼の場合はそこに
至るまでの過程が大変なのだ。
幸いにも、アスランの眼から見て、このシホと名乗った女性には、イザークは好かれている様子。
アスランは、安心した息を漏らし、ほっと胸を撫で下ろした。
軍での出来事やら、なにやらと、普段の話に花が咲き出し、気が着けば、時刻は
午後3時を指し示していた。
「・・・隊長、お帰りが遅いですね。」
何気に、シホは溜息をつき、壁掛けの時計に視線を向けた。
そう云われてみれば・・・
イザークがでて行ったのは、確か、1時過ぎだった筈。
アスランもカガリも、車で出かけたのなら、とっくに戻ってきていてもおかしくない時刻に
ふたりで首を傾げる。
暇を持て余し始めた、空気の流れに、カガリは居間のテレビをつけた。
流れる画面は、他愛もない話題・・・ のはずだった。
「・・・こんな時間に特報、なんて珍しい。」
呟き、画面に見入り、カガリは眉を寄せる。
「・・・どっかで見た車。」
彼女の声に、アスランもテレビ画面に視線を向けた。
「え? ・・・俺の、車?」
生中継のライブ放送。
街中の、中心部のメイン道路が映しだされている。
テレビのなかからは、レポーターの、悲鳴にも似た、応援の声があがっていた。
《頑張ってッ! あと、少しッ!!》
途中から、テレビを見始めた、三人は、なにをやっているのか、さっぱり状況がわからない。
どっちにしても、メインストリート、車の流れが一番激しい現場で、なにかが起こっている、
ということしかわからない。
アスラン、カガリ、シホは、吸い寄せられるように、テレビ画面の前に移動し、座り込む。
テレビのモニター画面が、車の波を止めている、一角に集中した。
ちょこちょこと動く、小さな、生き物の姿。
道路の端では、親カルガモが、「こっちよ!」と、呼ぶような声で、騒がしく鳴いている。
ビルの谷間の、噴水池から、道路対岸の、大きなお堀への、親子カルガモ引越しの映像。
そういえば、この時期は、その風景は、毎年あったな〜 と、カガリは思う。
いつものことではあるが、この“引越し”が始まると、オーブ市民は、全協力一致で、無償
の応援をする。
ビルの池から、道路を横断するまで、約20m弱。
上下の交通の波を止め、カルガモの横断行進を優先する、というイベント行事。
が、その停められた、交通の先頭に居るのは、アスランの愛車を借りた、イザークだった。
イライラとした姿態で、ハンドルに打ち付けられる指先が、しっかりカメラに捉えられている。
子カルガモは、よちよち、ふらふら。
中州の分離帯の生垣のなかで、動けず、戻るか行くかを戸惑っていた。
『・・・』
その画面の様子に、三人は、口を閉ざし、言葉なく見詰めるだけ。
・・・帰ってきた時のことを考えると、ハリケーンの予感、レベル5クラスになるな、と
三人三様、同じことを思う。
はあ〜
漏れる、同時の溜息は、暗い暗示を示していた。
午後、5時。
忙しく、鳴らされる、ザラ家の呼び鈴の音に、猫たちは、フローリングに座り込んでいた
カガリの背に一斉に隠れる。
なにかを感じとっての行動なのか。
猫たちは、怯え、カタカタと体を震わせている。
カガリは、小さく息を漏らし、嵐、到来に気持ちを構えた。
ドカドカと、足音を響かせ、居間に現れる、その姿。
イザークの顔は、鬼の形相。
猫5匹は、様子を伺っていた首を、慌て引っ込める。
「なんなんだッ!? この国は、平和ボケでもしているのかッッ!!」
『・・・』
カガリも、アスランも、黙して語らず、返事をしない。
「たかだか、“アヒル”の横断で、交通の波を停めるなど、信じられんッ! 帰るぞッッ!
早くしろッ!! ハーネンフースッ!! お前たちもさっさとケージに入れッ!」
半分、八つ当たりの言葉をぶつけられ、シホは慌てて席を立った。
シホは、ぺこり、と頭を下げる。
猫たちは、イザークの怒鳴り声に、我先にとケージに飛び込む。
これ以上のとばっちりを受けるのは、ご免とばかりに。
ろくな礼も述べず、イザークは憤慨したまま、ザラ家をあとにしていく。
「・・・あれは、“アヒル”じゃないよな? アスラン。」
見送りにでた玄関先で、カガリはぽつりと、隣に立ち並ぶ夫に言葉を紡いだ。
「・・・そうだな。」
アスランも嘆息した肩で、言葉を愛妻に返す。
「・・・俺、車庫見てくる。」
「?」
カガリは、きょとんとし、アスランの顔を見やった。
「・・・車、・・・バックミラーとか、もげてないか心配だ。」
アスランの呟きに、カガリは乾いた笑いを漏らしたのだった。
※ ひさびの「ビジター」シリーズです。
楽しんでいただけたでしょうか?(笑)
そして、サイトへのご訪問、感謝。
遊びにきていただいています、お客さまに
心よりのお礼を!!
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※この壁紙イラストは「M/Y/D/S動物のイラスト集」よりお借りしています。
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