布陣された、配備。
マハムール基地から、発進した大型艦から、三機のモビルスーツが飛び立っていく。
アスランの駆る、“インフィニットジャスティス”を先陣に、続くのは、ミューズの愛機
となった、“アカツキ”。 それを追う形で、イズミの“ムラサメ”が空を舞う。
《固まっていると、的にされる。 ミューズ、イズミ、散開しろ。》
《了解。》
アスランの指示に、後方についていた、二機は、左右に展開する。
相手の出方を伺いながらの、慎重な進軍。
だが、遮蔽物のない、広大な荒地では、身の隠しようもない。
射程の距離を測り、相手の一撃を誘うような動きを繰り返す。
ひとつ、判断を間違えれば、それは即、死に繋がる。
砲の斜線軸を見極め、ギリギリでの回避をすることが、今回の目的。
しかし、それに伴なっての、敵モビルスーツ“ウィンダム”の攻勢は、かなりしんどい。
敵側も迂闊に手をだしてこれないことを見越して、調子ついているのが、傍目にもわかり、
アスランは苛立たしげに舌打ちをした。
《もう! こっちが近づけないの、わかってて、バカスカ撃ってくるの、頭くるッ!!》
ミューズのあげた、癇癪の声に、アスランは、冷静になるよう促す。
《挑発にのるな!ミューズ。 のれば、相手の思うツボだ!》
《わかってるけど、バズーカ撃ってくる、なんて訊いてないよッ!?》
敵である、配備された“ウィンダム”は、容赦のない砲撃を、三機に浴びせかけてくる。
気のせいにしたい処だが、コクピットのなかから、嘲りを含んだ笑い声が聞こえてきそうだ。
巨体なボディを、軽やかに操り、ミューズは回避行動を続けた。
《ムカつくッ!!》
遠慮に遠慮を重ねていた、ミューズの神経が限界点に近づく。
頭に昇った、血の気が、憤怒に変る。
射程距離を計るモニター画面から、視線を外した、一瞬。
アスランは、前面に突出し過ぎた、“アカツキ”に、焦り、怒声が彼の口をついた。
《なにをやってるッ! 出過ぎだッ!!下がれッッ!!ミューズッ!》
空に飛び出した、“アカツキ”。
それをモニタリングしていた、敵陣のコントロールルームで、リーダー格と思わしき男が、
眼を血走らせ、狂喜と勝利を確信した、命令を下した。
「見せしめだッ!!あの、飛び出してきた、派手な色のモビルスーツを狙えッ!!」
砲身に集束していく、光の粒。
臨界態勢で、待機状態にしてあったエネルギー砲が、火を噴いた。
真っ直ぐに、“アカツキ”に向かっていく、眩いばかりの、凶刃な光。
かわす間もなく、ミューズの“アカツキ”は狂気の耀きに包まれる。
《ミューーーッッ!!》
眼にした光景。
アスランとイズミは、恐怖に凍りつき、強張った絶叫を迸らせる。
巨大な熱量は、爆風を起こし、砂と砂利を跳ねあげ、アスランとイズミの機体に、砂塵を
叩きつけた。
「・・・くぅッ!!」
“アカツキ”のコクピットのなかは、計測しきれない、膨大な熱量の威力に、危険領域の
警戒音が、けたたましく鳴り響いている。
握り締めたレバーを、Maxまで引き上げ、ミューズはペダルを踏み込んだ。
機体に装備されているシールドを面前に掲げ、ミューズは、襲いくる、狂気の光に
対抗しようと、歯を喰いしばる。
こんな、状態なのに・・・
頭に浮んだのは、父、アスランの古い友人の顔。
ミューズにとっては、親しい部類に属する、金髪と青眼の、長身を持った、かのひと。
父は、云った。
『彼は、俺にとっては、兄貴のような存在だ。』・・・と。
昔、彼に会って、からかわれながらも、話した内容は、『“アカツキ”は最高の機体だ』と
云った、そのひとの言葉。
軽く、冗談を含んだ言葉使いで、漏らした、一言。
『“アカツキ”なら、一発くらい、陽電子砲でも受け止められるぞ!』
不思議と、その言葉だけが鮮明に思い出され、ミューズは叫んだ。
「こンのぉぉーーーッッ!! 舐めるなあぁぁーーーッッ!!」
雄叫びをあげ、ミューズは更にペダルを踏み込む。
“アカツキ”に装備された、空戦用パック、“オオワシ”が、翼を広げる形で、停滞空のまま
踏み止まる。
渦の塊と化した、眩い光が徐々に終息していく。
空に佇む、黄金のボディ。
アスランも、イズミも驚きに眼を見張り、見開いた。
持ち堪えた。
“アカツキ”は見事、放たれた、陽電子砲の巨大な威力を跳ね返し、そこに居た。
全身を覆った、ミラー装甲、“ヤタノカガミ”。
“ヤタノカガミ”という名称は、神の神具の意を持つと知ったのは、随分前のこと。
邪を祓い、及ぼす悪意を跳ね除ける力があるという。
その威力を目の当たりにし、ふたりは、あまりの驚きに言葉を失う。
驚愕したままの、アスランの瞳は、“アカツキ”を見詰めた。
無事な姿で、在する、“アカツキ”。
間髪入れず、ミューズは、激を飛ばし、ふたりの名を叫んだ。
《お父さんッ!! イズミッ!!》
ミューズの、奮起する声音がインカムから洩れた、刹那。
ふたりは、我にかえる。
反応は、早い。
二機のモビルスーツは、空を舞い、砲台に襲い掛かる。
イズミは、“ムラサメ”の腰部ビームサーベルを引き抜き、砲身を切り飛ばす。
アスランは、誘爆を引き起こさない箇所を狙い、手にしていたラケルタを動力部に突き入れた。
機を逃さず、雪崩込んできたのは、待機していた、ザフト軍。
配備されていた、敵の“ウィンダム”を蹴散らし、歩兵部隊が内部に突入する。
事件が発生してから、一週間弱。
事の沈静化に成功し、現場は歓喜に沸きかえった。
反旗を翻した、アジト内部のテロリストたちは、全員射殺され、人質は奇跡的にも無傷で解放される。
コクピット内部から眼下に、それを見下ろし、アスランは小さく安堵の息をつく。
安全帯に機体を集結させ、アスランはラダーを使って、地面に足をつけた。
先に、地上に降り立っていた、ミューズの顔を見た途端、彼はカッと頭に昇った怒りに
振上げた手のひらをミューズの頬に打ち下ろした。
乾いた、空気を裂く、平手打ちの音。
見る間に、ミューズの左頬が、紅に染まっていく。
「・・・お ・・・父さん?」
驚き、ミューズは、何故、自分がこんな制裁を受けなければならないのか、
わからず、瞳を見開いた。
「馬鹿者ッ! あれほど、無茶をするな、と云ったのに、なにをやっているんだッ!
お前はッ!!」
しゅんとし、ミューズは俯く。
「・・・ごめん ・・・なさい。」
小さく洩れた、ミューズの謝罪の声音。
「お前も軍人なら、チームワークを乱すことが、どんな混乱を引き起こすことになるか、
わかっているだろう!? まして、乗ってる機体が“アカツキ”だったから無事だった
ものを。 普通の機体なら、今頃死んでるぞッ!!」
「・・・はい。」
俯いたまま、ミューズは小さく返事をかえす。
「お前の身体は、もう、お前ひとりのものじゃないことも自覚しろッ! お前に万が一の
ことがあったら、イズミは? サクラはどうなる!? もっと、先のことを考えて行動しろ!」
「・・・」
ミューズは黙りこくり、返事も出来ず、下を向いたまま。
踵を返し、自機体に戻っていく父親の姿に、ミューズは緩々顔を起こした。
「・・・痛っ。 ・・・もう、思いっきり叩いてくれたわ。」
ぼやいた、彼女の声に、傍に居たイズミは、声を漏らす。
「・・・お義父さんがやらなきゃ、俺がやってたぞ!? ミューズ。」
「・・・イズミ? ・・・ひょっとして、怒ってる?」
「ひょっとしなくても、怒ってるさ!」
「・・・ゴメン。」
「反省するんだな。 お義父さんの云ってることは、正論もイイ処だ。」
また、しょぼんとしょげ返り、ミューズは俯く。
「結果的には、良い方向で終わったけど、君が犠牲になって、成功したって意味ないだろ?」
「・・・うん。」
ぐい、とイズミは、ミューズの顎を片手で持ち上げる。
「帰ったら、冷やさないと、明日は青痣だな、これじゃ。」
「い、痛いってばッ!! 触らないでッ!」
「・・・つったく、・・・どうしようもない、じゃじゃ馬だな、君は。」
瞬間、ふわりと、彼の腕がミューズの身体を抱き締めた。
「・・・イズミ?」
「“ローエングリーン”が、“アカツキ”を直撃した時、俺がどんな気持ちだったか・・・。
・・・無事で、・・・良かった、・・・ミューズ。」
イズミは、心の底から、神に感謝するような声で、ミューズを掻き抱く。
優しい、彼の抱擁に、ミューズは甘える姿態で、顔を彼の胸元に寄せた。
「・・・ごめんなさい。」
イズミの腕のなかで、洩れた、小さな、小さな、ミューズの悔いた言葉。
事を終息させ、拠点であるマハムール基地に帰還すると、アスランの怒りは、まだ
溶けておらず、むすっとした表情に、ミューズは慌ててイズミの背の後ろに身を隠した。
「ミュー? 悪いと思っているなら、ちゃんと心から謝らないと・・・」
「・・・う、・・・ん。 わかっているけど、・・・お父さん、むちゃくちゃ怖くて・・・」
びくびくした様子で、彼女らしからぬ行動に、イズミは苦笑する。
「怖い? なんで?」
彼は、普通にミューズに問うた。
「・・・私、・・・お父さんに叩かれたの、初めてなんだもん。」
「へっ!? ・・・嘘だろ?」
びっくり眼で、イズミは背後のミューズの顔を見やった。
「でもさ〜 別に、虐待されているわけじゃないんだから。」
「わかってるよ。 でも、もうちょっとだけ、・・・ほとぼり冷める時間が欲しい。」
ミューズの言葉に、苦笑がイズミの顔を彩る。
翌日、後を追ってオーブを離れた、『アマテラス』は、無事にスエズに入港を果たす。
五日は掛かる、航路の道筋を、三日という快速で、辿りついたことに、待ち受けていた
面子は喜びの色を浮かべる。
先に、イズミたちと無事の再会を分かちあった、スカンジナビア王国、国王は、感謝と親愛を
込めて、カガリを迎え入れた。
小規模な会談が臨時的に行われ、カガリの薦めもあり、その足で、国王は帰国を決める。
一通りの、行程をこなし、アスラン、ミューズ、イズミは、オーブへの帰還準備にはいった。
今日で、4日が過ぎた。
カガリは、久し振りにあった、伴侶の浮かない顔に、『アマテラス』の展望デッキに佇む、
彼に声を掛ける。
満天の星空。
闇夜にかかる、天の川は、きらきらと美しく、煌めき、心を潤す。
だが、その美しい景色でさえも、アスランの落ち込んだ気持ちを復活させる手助けには
ならない様子。
「どうした? 元気ないじゃないか?」
振り返り、アスランは、軽い驚きに瞳を開く。
「・・・カガリ。」
「無事に、任務を遂行できたのに、なんでそんな顔してる?」
デッキの手摺に、両腕を組置き、アスランはそのうえに顔をおいて、小さく呟く。
彼の口から告げられた経緯の顛末を訊き、カガリは声をあげた。
「叩いたぁ〜!? お前が? ミューズを!?」
「・・・うん。」
覇気のない、アスランの返事。
カガリは、小さく息をつく。
「でも、なにもなくてやったわけじゃないだろ? お前だって、今は後悔していても、
その時は抑えられなかったなら、仕方ないじゃないか。」
「・・・そうだけど、 ・・・もう、ずっと、ミューと口、利いてないから・・・」
「普通にしてれば、イイじゃないか。 そのうち、ミューズの方から、寄ってくるさ!」
「・・・ホント?」
カガリは苦笑し、言葉を紡ぐ。
「あのこは、賢い子だ。 自分がお前に怒られた理由だって、ちゃんと理解してる筈だ。
余計なこと考えないで、待ってれば良いさ。 ミューの方から、近づいてきたら、受け入れて
やれば、済むだろ?」
「・・・うん。」
やっぱり、アスランの返事は、気迫ゼロ。
「明日、早朝、出発が決定したんだから、もう寝よう。 疲れて、ボケた頭で物事考えても、
妙案なんて、でるはずないし。」
「・・・うん。」
「かーーーッ!! もうッ!! その、『うん、うん』ていうの、止せッ!! 辛気臭いッ!!」
カガリは、髪を掻き毟りそうな勢いで、アスランをねめつけた。
「・・・うん。」
彼の返事は、愛も変わらずのどんよりとしたもの。
「アスラァーーーンッッ!!」
苛立ち、怒鳴り、カガリは、ぱこんと、彼の後頭部を一発殴る。
「・・・」
言葉なく、無反応の彼の腕をとると、カガリはずるずるアスランの身体を引っ張り始める。
「カ、カガリ!?」
「部屋は、どうせ一緒だけど、悪さはするなよ? 添い寝だけだからなッ!」
落ち込む彼を、少しでも慰めようとしてるのか。
カガリは赤面した顔を明後日に向け、彼を引っ張り続けた。
翌日。
定刻通り、『アマテラス』はスエズを離れた。
行き道を急いだ分、帰りは、のんびりと・・・
カガリの提案に、艦長のソガは頷く。
昼食時。
イズミとミューズは、食堂に向かう、艦の通路を闊歩していた。
何気な会話を交わし、ふたりは、歩を進める。
「なんで、こっちの食堂、来るのよ?」
「そんなの、俺の自由だろ!?」
ミューズと一緒に、食事を摂りたい、と騒ぐ、彼の意見に、ミューズは閉口する。
イズミは上級士官なのだ。
わざわざ、自分たちが利用する、下士官用の食堂に来なくても、イイだろうに。
「そっちの、使える食堂の方がメニュー、豪華なのにねぇ。・・・まったく、
物好きもいいとこだわ。」
男心を理解しない、ミューズの毒舌に、イズミは複雑な顔を作った。
刹那。
反対通路方向から、歩んできた人影に、ミューズは慌て、イズミの背に隠れる。
隠れる理由は、ひとつだけ。
父である、アスランの姿を視認したから。
イズミは、歩を止め、アスランに対して敬礼をする。
艦に於いて、カガリが今、一番の最高責任者。
アスランは、それに続く地位を有しているので、イズミの行動は極、当たり前のこと。
だが、彼の背に身を隠したまま、でてこようとしないミューズに、イズミは彼女の軍服の袖を、
後ろ手で、引っ張った。
「ほら! ミュー!!」
つんのめる姿態で、ミューズはアスランの前に引っ張り出される。
相対し、アスランの無表情な顔に、ミューズは緊張し、唾を呑み込んだ。
「・・・あ、・・・あの、 ・・・本当に、ごめんなさい。心配、かけさせてしまって・・・」
小さく洩れた、愛娘の声に、アスランは苦笑を浮かべる。
「俺の方こそ、女の子なのに、顔、殴ってすまなかったな。」
一言、言葉を残し、アスランは、ミューズたちとすれ違っていく。
ほけ〜 とし、彼女は、視線で、父親の後ろ姿を追う。
「良かったな。お許し、でたみたいで。」
イズミの、苦笑を伴なった、優しい顔に、彼女は彼を見やる。
「・・・うん。」
安堵感に包まれた、ミューズの声音が、小さく洩れた。
Back トリビアの種 Next