それから二ヵ月後。
『アマテラス』は、新しい任務と訓練に、海洋を航行中だった。
今回の訓練は、友好国、スカンジナビア王国軍との合同模擬演習である。
『アマテラス』のほかにも、国内を警備する、数隻の艦以外は、すべてこの演習に
駆り出されていた。
一個大隊にも相当する、大規模なものだ。
この演習は、二年於きの実施を目標とし、過去、執り行なわれた演習では、
オーブ軍は惨敗を記している。
まだ、パイロットとしては、未熟の域だったミューズにとっては、雪辱戦になるだろう、
実践配備と同じ条件下で行われる、演習。
ミューズは闘志の篭った眼つきで、前方を睨む。
次々と、艦から発進していく、“ムラサメ”を見送り、カガリはシートの背凭れに
身体を緩く預けた。
「“ムラサメ”隊、全機、発進完了しました。」
「ご苦労。」
『アマテラス』の艦橋で、カガリは総司令官用の椅子に腰掛け、管制官の声に応える。
次女である、ディアナの仕事ぶりも見れる、とカガリは期待していたのだが、どうも
シフト編成で、今は休みのようだ。
馴染みのない顔のオペレータの声に、カガリは業務的に返事を返した。
その隣で、アスランは両手を後ろで組み、立っている。
「さて、今日の演習、ウチは白星かな?それとも、黒?どっちだと思う?アスラン。」
カガリは、不敵な笑みを浮べ、ちらりと横に佇む、夫を見やる。
「どっちだってイイよ、そんなモン。無事に終わってくれさえすれば、俺はなにも云うことなし。」
相も変らず、生真面目で堅物な伴侶の意見は、非常に硬い。
くすくす。
カガリは可笑しそうに、小さく笑う。
アスランのことだ。
威勢良く、飛び出していった娘のことが、心配で堪らないのだろう。
勿論、カガリだって、人の子の親だ。
心配でないはずがない。
だが、心配より以前に、信頼という感情の方がうわまわっていたので、表情は終始穏やか。
そんな彼女を、横目で見、アスランは小さく溜息を漏らした。
カガリの態度も、わかり過ぎるくらい、わかる。
だから、彼はあまり多くを語らない。
だが、外見はどうみても、楽しんでいるようにしか見えない姿態に、彼は頭痛を覚える。
緩く足を組み、カガリはシートの肘置きに右片手を預け、頬杖をついた。
「会敵まで、あと15分。」
「光学映像をだしてくれ。」
「了解。」
「音声もスピーカーで流してくれ。」
「はい。」
管制官の女性は、カガリの指示に、的確に応えていく。
一方、三機づつ、5部隊小隊の編成飛行で、オーブ海軍の“ムラサメ”は、海上、
1万フィートを飛行中だった。
《では、隊長。 先ほどの作戦通り、私たちはここで。》
《ああ、頼んだぞ、ザラ。 コートニー、ハヤセ、お前たちも健闘を祈る。》
通信回線を通し、ミューズは、大隊長を務める、カミヤに通告する。
それに応え、カミヤは、ミューズ、サキ、ナギサの駆る“ムラサメ”三機に離脱許可を与えたのだ。
《任せてください、カミヤ隊長、今日の今日こそは、ぎゃふん、と言わせてみせます!》
大仰な言葉使いで、ナギサは言葉を返した。
《あんまり、気負って、ヘマしないでよね?ナギサ。》
文句を、遠慮なく吐くのは、サキだ。
《ああ、もう!余計なおしゃべりはイイから、さっさといかんかッ!》
呆れ、カミヤはレシーバー越しに、辟易した声を漏らした。
《は〜いっ!》
まるで、学芸会の予行練習だ、と大隊長を務める、カミヤは嘆いた声をあげる。
緊張感の丸でない、女学生気分の、若いパイロットたちは扱い難い。
小さく、溜息をつき、カミヤは離脱していく三機に視線を向ける。
《会敵まで、あと5分》
《各員、気を引き締めろ。訓練だからといって、舐めていると、大怪我のもとだからな。》
《了解ッ!》
隊の士気が纏まった処で、カミヤは編成を左翼、右翼に振り分けた。
《さて、向こうはどうでてくるか。》
呟き、彼は前方の視界に眼を凝らした。
《敵機、確認。数、12。オーブ海軍の“ムラサメ”隊です。》
《12機? 偵察部隊からの報告では、15機だった筈だぞ?
なんで、3機足らない。》
演習訓練での、スカンジナビア王国軍のパイロット、隊長とその部下と思われる
機体同士で交信が交わされていた。
スカンジナビア軍の方も、使用している機体は、オーブ海軍と同じ、同型機、
“ムラサメ”である。
機体の種類も同じ、数の総数も、ほぼ一緒。
力関係の均衡は、同じ程度と考えて、間違いはないだろう。
双方、『敵同士』と仮定、想定をした、模擬空戦。
《残りの数はどうでもイイ。不明の3機の所在確認を急げ。》
隊長機の男は、冷静な言葉で、部下の機体に指示を与える。
受諾した刹那、上空に煌めく乱反射の光を認め、スカンジナビア王国軍の
パイロットは、驚愕の瞳でうえを見詰めた。
絶叫が迸り、焦った悲鳴が漏れる。
《上空より、敵機ッ!! 急速降下してきますッ!!回避、間に合いませんッ!》
《なんだとッ!?》
スカンジナビア空軍の、隊長を務める男は、慌て、空を仰ぐ。
だが、分単位の遅れは、作戦遂行に於いて、致命傷のなにものでもない。
《全機、散開ッ!!》
しかし、スロー過ぎる命令は、混乱を引き起こすもとだ。
《遅いッ!!》
ミューズは、叫ぶ。
彼女を先陣とする、“ムラサメ”三機は、錐揉み垂直降下で、スカンジナビアの
“ムラサメ”隊に襲い掛かる。
あっという間に、スカンジナビア軍の方は、ペイント弾の一斉射撃を喰らい、
中央に大穴が空いた形になった。
《撃墜マークつけられた機体は、さっさと離脱しなさい!》
ミューズは高らかに吼え、スカンジナビア軍の機体に、全周波回線を使い、勧告を促す。
舌打ちをし、スカンジナビア空軍の隊長は、勧告に従い、僚機に指示を下した。
《ペイント弾の制裁を受けた機体は、速やかに空域を離脱せよ。》
情けない、友軍機からの無線が、隊長を務める男の機体に、次々と報告される。
ミューズたちの、奇襲攻撃で、スカンジナビア軍の編成陣形が崩され、更に追い討ちを
かけるように、左翼、右翼に展開した、オーブ海軍機が止めを差す。
洗練された、巧みな連携プレーを披露し、勝機は既にみえていた。
ミューズは、降下姿勢から、一気に機体をモビルスーツへと変形させる。
スラスターを全開にし、急上昇をかける、ミューズの“ムラサメ”は、次の獲物に
襲いかかった。
《もう、降参したら?白旗あげるなら、許してあげてもイイわよ。》
皮肉たっぷりでの、ミューズの声。
その無線を傍受した、スカンジナビア空軍の隊長機は、唖然とする。
《・・・女、かよ?》
《だから、なに? その女にコテンパンにされてちゃ、世話ないじゃない。》
睨み合うように、停滞空する、二機の“ムラサメ”。
ミューズの愛機、モビルスーツ体に変形した“ムラサメ”の左肩口には、波を従えた
白獅子のエンブレムが描かれていた。
《女にやられる、ウチの部隊も情けないが、このまま引き下がるのも、性に合わんッ!
いざ、尋常に勝負ッ!!》
敵機と見なした、スカンジナビア空軍の“ムラサメ”が、ミューズの機体に突撃を
かけてきた。
にやり。
ミューズは、不敵に笑む。
《そうこなくちゃ、面白くないわッ!こっちこそ、望む処よッ!》
ビームライフルに武装を切り替え、ミューズもその立会いに挑む。
コンマゼロの撃ち合い。
だが、今一歩の処で、互いの弾は、致命弾とは成り得ない。
ミューズは巧みな運動姿勢で、スラスターをコントロールし、相手機の弾道を避ける。
僅かな隙を狙って、彼女はライフルを投げ捨てた。
代わりに手にしたのは、腰部に装備された、ビームサーベル。
《てえぇぇいッ!!》
《のわッ!? ちょっと、待てッーーーッ!タンマッ!》
ミューズの凄まじい攻撃に、相手の隊長機は、情けない悲鳴をあげた。
静止の声も届かず、敵機である、隊長機の“ムラサメ”の右腕手首のアームが
切り飛ばされる。
間隙を縫って、ミューズはその機体の胴部に思いっきり蹴りを喰らわした。
《お前、男に可愛くない、って云われるぞッーーーッッ!!》
虚しい捨て台詞が尾を引き、相手の隊長機は、仰け反った姿勢のまま、墜落していく。
海面に没する寸前、二機の友軍機が、隊長機をキャッチする。
《『王子』お怪我はありませんか?》
《今は、『隊長』だッ!『王子』って呼ぶなッ!》
《す、すみません!》
《まあ、イイ。今回はウチの全敗だ。全機撤収。訓練は終了だ。》
《了解しました。》
自軍の陣地に引き上げていく、スカンジナビア軍を見やり、ミューズはほっと息を吐いた。
その様子を伺っていた、カミヤは、停滞空していた、自軍の“ムラサメ”隊に、帰投の
号令をかけた。
清々しい気分で、ミューズはにっこり笑むと、機体を飛行形態に戻し、バーニアを噴かした。
《お先に失礼します!カミヤ隊長ッ!》
云うが早く、ミューズの機体は、バンクをし、速度をあげ、空域を離脱していく。
《待ってッ!ミュー!》
あとを追うように、ナギサとサキも機首をミューズの機体に合わせる。
その頃、旗艦『アマテラス』では、模擬戦闘の一部始終をライブ中継のオンラインで
艦内放送が成されていた。
勝敗が決した途端、見守っていた艦の乗組員たちは、歓喜に沸きかえる。
勿論、艦橋でその様子を見ていた、カガリも可笑しそうにくすくす笑っている。
が、その横のアスランは頭痛を覚えたような仕草で、額を抑え唸っていた。
「あの娘の、パイロットとしての『才』はお前譲りだな?アスラン。」
「ミューは、女の子だぞ?戦闘機を上手く乗りこなせたからって、なんの得にも
ならないだろうが!?」
カガリは、横目でちらり、とアスランを見やった。
「もう少し、おしとやかにしろ、って?」
にやり、と彼女は笑う。
「いや、元気が一番だけど、・・・」
複雑な表情で、口篭り、アスランは俯いてしまう。
休息も兼ね、艦の下級兵士が、カガリたちのもとにコーヒーを運んできた。
不意に、アスランは、視線を右側に向けた。
彼の耳元が微かに捕らえた、戦闘機の排気音。
雲間にちらり、と見えた乱反射に、彼は眉を寄せた。
コーヒーを受け取り、カガリは口をつけようとする。
「・・・今は、やめておいた方がイイと思うぞ。」
丁寧に、持成しのお茶を断り、彼は呟く。
「えっ?」
呆け、カガリは瞳を開く。
「右舷、三時方向、・・・来るぞ。」
彼が云い告げた、刹那。
『アマテラス』の艦橋前を距離もおかず、フライパスしていく、三機の“ムラサメ”に、
カガリは飲んでいたコーヒーを噴出した。
ブリッジのなかの揺れは、まるで震度4強の強震を体感させた。
その衝撃に、艦橋は、ちょっとしたパニック状態。
クルーたちは、掴まり、自身の身体を固定できる場所を求め、右往左往している。
カガリの白の軍服の膝元は、零したコーヒーで、茶色の染みが浮び、彼女は慌てたついでに
席を思いっきり起立している。
床に転がる、紙コップ。
カガリは、盛大な溜息をつくと、どっかりシートに腰を降ろした。
「・・・忠告するなら、もっと早く云ってくれ、アスラン。」
「今度は、そうするよ?」
彼は、意地悪気な表情で、彼女を見、可笑しそうに小さく笑った。
先陣を切って、ミューズの“ムラサメ”が、着艦を果たす。
次々と、母艦に帰投してくる、“ムラサメ”隊に、艦のクルーたちは、盛大な拍手と歓喜の声で
パイロットたちを出迎える。
交わされる、ハイタッチでの手を打ちかわす音、親愛を込めたハグが繰広げられ、さながら
艦上は、パーティのような様相だ。
どこの誰かがやりだしたかはわからないが、シャンパンの封まで切られ、フライトデッキは
大騒ぎになっていた。
艦橋から、その様子を見ていたソガは、透かさずマイクを手にし、怒鳴った。
《お前らッ!!あとで、きちんと、掃除しておかないと、罰則処分でトイレ掃除、一週間、
させるぞッ!!》
『はぁ〜〜〜いッ!了解でぇ〜す、艦長ッ!』
のんびりした、クルー全員の、大合唱が、フライトデッキであがる。
派手な溜息をつき、ソガはがっくりと肩を落とす。
「色々と気苦労が絶えないな、艦長。」
労いに、カガリはソガに言葉をかけた。
「申し訳ありません、カガリ様。 どうも、この艦の乗組員たちは、今一歩、けじめが
つけられない奴らばかりのようで。」
「気にするな。」
カラカラと笑い、カガリは手首を振った。
最後の最後くらい、恰好をつけたい、と思っていた、艦長の目論見は、淡い夢と化していく。
自国の元首が見守る、演習訓練なのに・・・
そんな言葉ばかりが、ソガの胸のなかで木霊していた。
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