あんなに、『アマテラス』って、ちっちゃかったけ?
ぼう、とした視線の先に、帰り着くべき、母艦の姿を捉え、ミューズは
虚ろな頭で考えめぐらした。
闇に浮ぶ、明かりの集合体のような、光体。
蛍が集まっているようで、綺麗だな〜 と、彼女は思う。
海上に浮ぶ、戦艦は、煌々と眩い光を放ち、まるでミューズを待ち、出迎えて
いるかのように海を航行している。
ミューズは、無線を開き、交信にはいる。
《『アマテラス』応答願います。》
《こちら、『アマテラス』 ・・・お姉ちゃん。 じゃなくてッ!状況報告をお願いします。》
くすり。
一瞬、任務を忘れ、妹が漏らした心配げな声音に、ミューズは苦笑した。
《これより、艦の上空を低空旋回します。主軸輪がどの程度でているか、
確認願えますか?》
《了解しました。》
ゆっくり、弧を描くように、ミューズの駆る“ムラサメ”は、上空旋回をする。
刹那、無線からの確認通信がはいる。
《ザラ、聞こえるか?》
《はい、聞こえます、艦長。外部の状況はこちらからは把握できませんので。》
《車軸の出方は、30°だ。 こちらでの、受け入れは完了している。》
《・・・わかりました。ありがとうございます、艦長。》
《一度きりだ。やり直しは効かんぞ?》
《・・・はい。》
返事を返した瞬間、ミューズは、自分の背に冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。
チャンスは、一度。
このアプローチを失敗したら、海面に激突するしかなくなる。
燃料の残量を示す表示は、底をつき、こちらも赤色点滅をしていた。
都合が良い。
燃料タンクが空になれば、引火の可能性が低くくなる。
これで、少しは、生存確率が増えたかしら?
彼女は人事のようにそんなことを思う。
機体の故障箇所を知らせる警告音が、ミューズの神経を逆撫でる。
「ピーピー、五月蝿いッ!緊急事態は、わかってんのよッ!」
怒りの矛先を、コンソールにぶつけ、彼女は拳で力一杯、計器板を殴った。
「お母さんほど、信仰心は厚くないけど、ハウメア様、お願いです。機体を無事に
降ろしてやってください!」
願い、祈り。
縋れるものなら、藁をも掴みたい心境で、ミューズは言葉を紡いだ。
「しっかりしなさいッ!ミューズ・アスハ・ザラッ! 弱音、吐いたら、そこでゲームオーバー
なだけじゃないのッ!」
自分自身を鼓舞するように叫び、ミューズは気合をいれ、己を奮い立たせた。
すぅーと、大きく息を吸い、吐き出す。
深呼吸を一度し、彼女は前方を睨みつけた。
《アプローチライン、通過。 これより、着艦態勢にはいります。》
轟音を響かせ、ミューズの機体が滑走路目掛け、飛来してくる。
その機体の姿を確認した、フライトデッキのクルーたちは息を呑む。
「来るぞッ! 各員、準備を怠るなッ!!」
怒声が響き、甲板では慌しく、受け入れ態勢が整えられていく。
艦の滑走路中央より奥に広げられた、緊急着艦用ネット。
とにかく、どんな態勢でも良かった。
無事に、機体を掴まえられれば、あとの処置はあとで考えればいい。
クルー全員の、緊張した息を呑む、溜飲する音が聞こえそうだ。
重いエンジン部分が、慣性の法則に従って、沈む。
後部車輪の接地する、悲鳴にも似た、摩擦音。
後輪が着き、前輪方向の機首が下がった。
前のめりになった、ミューズの愛機。
「ダメだッ!!フックにワイヤーが引っ掛からないッ!スルーしたぞッ!!」
悲鳴のような、クルーたちの声があがる。
機体を引っ掛け、強制停止させるために張られた、ワイヤーのいずれにも、
彼女が駆る、“ムラサメ”のフックは、表面を撫で擦るのみ。
刹那、機体の重圧に耐えきれず、前輪の主車輪が折れ飛んだ。
「主車輪が折れたッ! 突っ込んでくるぞッ!退避ッ!退避ッーーーッ!!」
クルーたちの叫びが、甲板で再びあがる。
蜘蛛の子を散らしたように、甲板の作業員たちが安全地帯を求め、ちりじりに
逃げ出す。
バランスを失い、横滑り状態で、“ムラサメ”は滑走路を突っ込んでいく。
鉄と鉄が擦れ合う、悲鳴にも似た、不快な怪高音をあげ、滑る機体。
逆噴射はかけられない。
バランスを欠いた機体が、益々コントロールを失う。
ミューズは、脂汗の滲んだ額で、必死に操縦桿を固定しようと両手でスティックを
握り掴んだ。
「止まってっーーーッ!お願いッ!!」
接地した機体と甲板で急上昇する、摩擦熱。
赤い火花を散らし、機体は滑走路を滑り続ける。
その状態のまま、スピードを緩めず、機体は緊急用着艦ネットのなかに飛び込む形で
やっと静止した。
もうもうと発ち込める、白煙。
自機体が動きを止めたことに、彼女は安堵する。
その気持ちが、張り詰めていた神経を切らせた。
がくっ、と身体の力が抜け、ミューズは自分の意識を手放してしまう。
「ミューッ!!ミューズッ!!しっかりしてッ!!」
キャノピー(風防)をガンガン叩き、駆け寄ってきたナギサが、コクピットの
なかのミューズの名を呼び叫ぶ。
「医療班ッ!早くッ!!」
サキは、風防下の設置されている、手動ロックを解除した。
ヘルメットを外し、ふたりは、コクピットでぐったりとしているミューズを抱き起こした。
「どいてくださいッ!」
「遅いッ!早く、医務室に彼女を運んでッ!」
機体にとりついたふたりは、若い医師の男性に怒鳴り散らした。
「担架をッ!」
次々と新しい指示が飛ぶ。
“ムラサメ”から、ミューズが引っ張り出され、その細い肢体は、担架に乗せられ、
艦内に運ばれていく。
「お姉ちゃんッ!!」
駆けつけたディアナも、搬送されていくミューズの身体に縋る。
着艦したショックで、どこかにぶつけたのか。
ミューズの顔には、流血痕がある。
《全、乗組員に告ぐ。予定されていた訓練はすべて中止、これより『アマテラス』は、
オーブ軍港に帰投する。》
艦内の一斉放送で勧告される、ソガの声。
その声に促され、甲板上にいたクルーたちは、各々の配置へと戻っていく。
デッキクルーは、機体の事後処理にあたり、それぞれが己の役目へと散っていった。
ミューズの“ムラサメ”を見上げ、ひとりのクルーが呟く。
「しかし、よく止まったな。」
「ホント。奇跡としか云いようがないね。」
左翼は半分に折れ曲がり、主軸輪もなく、コントロールすら出来なかった機体の
惨状は凄まじい。
黒々と焼け爛れた、エンジン部分は、醜い形状を晒していた。
「ま、奇跡もあるだろうけど、きっとパイロットが愛されているのさ。我らの大地母神、
ハウメアに。」
「ああ、そうかもな。」
デッキクルーたちは、そう話して、苦笑いを漏らしたのだった。
「・・・痛ッ・・・」
程なくして、ミューズは医務室のベッドで意識を取り戻した。
身を起そうと、力を身体に入れた瞬間、激しい激痛に襲われ、彼女はベッドに
再び身体を横たえる。
「まだ、寝てた方が良いよ?」
声がした方向に視線を向ける。
「ディアナ・・・。」
痛々しげな、金の瞳を揺らし、ディアナは、姉の顔をみた。
「右こめかみ、2針。あとは、全身の打撲だけだって。 ドクターが驚いていたよ?
あんなすごい事故で、これだけの怪我で済むなんて信じられないくらい、頑丈だ、って。」
「頑丈なのは、お父さん譲りよ。」
ミューズは、苦笑を浮かべ、妹を見上げた。
「でも、顔に傷なんか作っちゃって。 お父さん、見たら泣いちゃうよ?女の子なのに・・・て。」
やや、呆れた口調で、ディアナが言葉を紡ぐ。
「泣く? あの、お父さんが?」
う〜〜ん、とミューズは唸る。
自分の歩んできた、19年の人生のなかで、父であるアスランが、泣いた処なんて、
見たことがない。
考えても、欠片もでてこない映像に、彼女は唸り続けた。
「貧困すぎる、私の脳味噌じゃ、お父さんの泣いた顔は、悪いけど、でてこないわ。」
どんなに記憶を引っ繰り返しても、でてくるのは、穏やかな視線で、自分を慈しむ、美しい
翠の双眸だけ。
はにかんだ、可愛らしい笑顔も・・・ あったかな?
あとは・・・
あとは?
考え続け、やっと浮んだのは、他愛もないことで発展した、母、カガリとする、口喧嘩。
その折に見せる、ちょっと拗ねた、子供のような仕草と表情。
『夫婦喧嘩は犬も喰わぬ。』 そんな標語で取り纏め、呆れて放っておくのは、いつものこと。
ミューズにとっては、そんな場面を思い浮かべるのが、精一杯だ。
「さてと、私はそろそろ任務につく時間だから。」
医務室に備え置かれた丸椅子から腰をあげ、ディアナはベッドの姉に声をかけた。
「ありがとうね、ディアナ。 ・・・あと、・・・心配かけさせて、・・・ごめん。」
ディアナは、その姉の言葉に緩く首をふる。
「看病、ずっとしててあげたいけど、そういうわけにもいかないから。 こっちこそごめんね。」
血の繋がった、姉妹の労わる言葉は、ふたりを温かく包み込む。
「次に来る時は、ご飯、持ってくるから。」
微笑み、ディアナは部屋をあとにした。
妹がでていってしまった医務室に静寂が戻る。
「・・・明日は、動けるかな?」
呟きながら、ミューズは僅かに訪れる、睡魔に身を委ねたのだった。
翌日。
身体の痛みは、昨日に比べ、随分と和らいではいた。
だが、時々襲う激痛は、流石に堪える。
息を整えるのに、随分時間が掛かるのは、当然だった。
むしろ、昨日の今日で、歩き回っている彼女の姿に、他のクルーたちの方が
心配げな視線を向けているくらいだ。
「マードックさん!」
ミューズがいのいちに向った先は、機体格納庫。
昨夜、なんとか艦に着艦を果たした、愛機の確認に、パイロットである彼女が、状況が
どうなったのか気にならないわけがない。
真っ直ぐ、ここに向うのは極当たり前だった。
ミューズの声に、機体を見上げていた、マードックが顔を向けた。
「よう、お嬢。身体は大丈夫なのか?」
「まあね。ピンピン、とまではいかないけど、なんとか歩けるから。 ・・・どのくらいかかる?
修理の時間?」
「あのな〜 お嬢。 こんなボロ雑巾みたいな機体、修理のレベルじゃねぇーぞ?
モルゲンレーテに運んで、D整備。 今、ざっと見ただけでも、外部だけじゃねぇ、なかも
ボロボロじゃねぇか! 一体、どんな飛ばし方したら、こんなにできるかこっちが聞きてぇぜ。」
マードックは呆れながら、自分が手にしていたチェックリストのボードに視線を落とした。
「電子装備は、ショートしてイカレちまってるし、油圧、内装部品は全部お釈迦。エンジンは
焼き切れて、バーストしてるわ。・・・よく、こんな状態の機体飛ばしてられたな? 飛んでたのが
不思議なくらいだがよ? 半分は、お前さんにも責任はあるんだぜ?」
「へっ?」
マードックの突っ込みに、ミューズはすっとんきょんな声をあげた。
「俺に内緒で、まだ学校でたての整備の『せ』の字も理解してないヒヨコども煽って、勝手に
システムの書き換えなんかするから、こうなるんだよッ!?」
嫌味たっぷりで、マードックは、ミューズを睨み見据えた。
「・・・な、なんで、知ってるの?」
冷や汗を浮べ、ミューズは上目遣いで、叱られた幼子のような顔でマードックをみる。
「馬鹿野郎ッ!なんのために、『報告書』があると思ってやがんだッ!?」
ぱこん、とマードックは自分が持っていた、チェックボード板でミューズの頭を軽く叩いた。
首を竦め、ミューズは片目を瞑る。
「とにかく、全部を全部、全てだがな、オーバーホールしなけりゃ、機体として飛ばすのは
この状態じゃ無理だ。 修復2週間って云いたいがな、ヘタしたらもっとかかるぞ?これじゃ」
「え〜〜」
ミューズは不満たらたらな声音をあげる。
「え〜 じゃねぇ!」
「じゃあ、私はその間、なにしてれば良いわけ?」
「筋トレでもしてろや? それだって、パイロットの鍛練のうちのひとつだろうが。」
途端、ミューズは口を尖らせ、不満げな表情を作った。
そんなミューズの顔を見て、マードックは真摯な顔つきになる。
「お嬢。悪いことは言わねぇ。今のうちに機種転換した方がいいぞ。」
「機種転換? それって、“アストレイ”に、ってこと?」
「ああ、そうだ。 もう、お嬢の腕前じゃ、“ムラサメ”では、機体のレベルが劣り過ぎてカバー
しきれなくなってきている。電子部品のショートが、いい証拠だ。これ以上、カスタマイズをあげても
同じことの繰り返しになるぞ?」
ミューズは、マードックの言葉に、考え込むように俯いた。
「俺はな、お嬢が生まれる、ずっと前に戦争も経験してきているがな、こんな風な壊れ方をした
機体を見るのは、この機体で二機目さ。」
「え?」
ミューズは、瞳を開き、今に至るまで、ずっと『整備』という畑で、活躍してきたであろう、
色黒い濃い男の顔を見上げた。
「私の機体が、二機目、ってことは、マードックさんが見た、一機目の機体は?」
ミューズの、当然の疑問と質問。
マードックは苦笑いを漏らし、ミューズを見た。
「お嬢の叔父上、キラ・ヤマトが始めて乗った機体、“ストライク”さ。 始めのうちは、機体に
振り回されていたのが、気が着いたら、いつの間にか、パイロットの性能の方が機体を上回って
いてな、今のこの機体みたいに、電子部品がオールアウトになって、大変だったさ。」
「・・・キラ叔父さん?」
過去に様々なことがあったと訊いたことはある。
叔父であるキラの武勇伝。
勿論、その仲間として立ち上がったのは、父である、アスラン、そして母である、カガリ。
そのバックアップを強力な力で支えたのが、叔母であるラクス、ということ。
他にも、一日でも早く、争いを止めさせたい、と集った、多くの仲間たちの話。
ほんの僅かな武力のみで、明らかに不利とわかっていながら、彼らは戦いに身を投じた。
今では、ミューズのなかでは、『歴史』の本で知るだけの、経験のない話の数々。
どんな思いで、その戦いを潜り抜けてきたのかは、若いミューズにとっては、推し量ることの
できない、大きな出来事でしかない。
「ん、ありがとう。でも、私、“ムラサメ”が好きだから。機種転換はしない。」
「勿体ねぇ話だな。そんなにコイツがイイのかい?」
「理屈じゃ、語れないわ。」
ミューズは苦笑を浮べ、マードックを見る。
「お嬢のレベルなら、同じ機構変換の機体、“セイバー”が乗りこなせるのになぁ。」
ぼやくように漏れた、マードックの言葉に、ミューズは瞳を開く。
「“セイバー”?」
始めて訊く、その機体の名称に、ミューズは首を傾げる。
「俺も、アークエンジェルに乗っていた時、一、二度見たっきりだがよ、ザフトの機体だが、
“ムラサメ”と同じ、変換機構システムを使っていた。 第一次の戦争の折、連邦が、この
オーブにも侵攻してきた話は知ってるか?」
ミューズは、マードックの言葉に強く頷く。
「その時、避難民として脱出した民間人のなかに、オーブの技術者が混ざっていたんだが、
コーディネイターに関しては、プラントは受け入れを拒否しなかったんだ。 奴らが食っていく
ために、その技術を提供し、造りあげたのが、セカンドシリーズの機体さ。」
「セカンドシリーズ・・・。」
ミューズは言葉を反覆し、頭のなかに思い描く。
“ガイア” “アビス” “カオス” といったか。
ファーストシリーズのXナンバーの機体にも、数多くの新機構が取り込まれた、地球側の機体。
その機体は、密かに宇宙コロニーで製造、生産されていた。
情報を嗅ぎつけたザフトによって、奪取され、辛くも残った機体が“ストライク”一機のみだった。
奪われた機体のデーターをもとに、更にそのうえを上回る技術が多用されたのが、セカンドシリーズの機体。
軍人であるなら、概要だけでも、知ってる事柄だ。
オーブの技術が、反映されているのなら、オーブ海軍の主力機である、“ムラサメ”の機能を
持ち得た機体が開発されていても、不思議ではない。
「・・・マードックさん、その、“セイバー”って機体、どんなシステム持ってるの?」
「俺も詳しくは知らねぇさ。 唯、“ムラサメ”のように、モビルアーマー形態から、瞬時のモビルスーツ
変換の移行をし、モビルスーツ変形時は、Xナンバーの要素が取り込まれていた筈だ。
戦闘能力は勿論、接近戦にも優れ、飛行形態時は高速移動を可能にし、戦略面に於いては、
活躍した、くらいしかわからねぇよ。」
「・・・見てみたいな〜 ねぇ、ねぇ。その機体って、どこにあるか知ってる?」
眼を耀かせ、ミューズは興味津々の顔つきでマードックににじり寄った。
「詳しいこと知りたきゃ、親父に訊けッ!」
「えっ? なんで、お父さん?」
「“セイバー”を駆っていたのは、他でもない、お嬢の親父さん、アスラン・ザラだからさ。」
眼をパチパチと瞬かせ、ミューズは更にマードックににじり寄った。
「・・・本当に? でも、“セイバー”はザフトの機体なんでしょう?辻褄が合わないわ。」
戦時中の成り行きなど、あまり語られもしなければ、積極的に訊きもしない。
戦の経験をしたことのない彼女にとって、知っていることなど、ほんの一握りである。
「あの頃は色々あったからな。 若さ、っていうのは、時には罪なモンでね、皆が皆、必死だった。
そんな時代だったのさ。 今でこそ、お嬢のご両親は『オシドリ夫婦』なんざ言われちゃいるが、
あのふたりにも、お嬢が経験したことがないような辛い事情があったのさ。」
ミューズは、マードックの口にする言葉に、再び俯いた。
自分が眼にする、両親の姿は、それは、仲が良すぎて、『オシドリ』どころか、『磁石』の
N極とS極かと思うくらい、離れるのを極端に嫌がるふたりの顔しかでてこない。
しかし、そこに至るまで、どんなに困難な山を越えてきたのか・・・
きっと想像もできない程、辛くて、大きな出来事に遭遇しての今のふたりなのかも・・・
そう、考えると、どんな理由があろうとも、離れたがらないふたりの気持ちも理解できる。
父である、アスランは、カガリを抱き締めたら、何時間だって、平気な顔をしてるし、
母である、カガリも、父の腕のなかでは、安心し、安らぎに満ちた微笑みを絶やさない。
まさに、幸せを絵に描いた、カップルそのもの・・・。
ひと時の休息を得た時、自宅のソファで肩を寄せ合って、眠りに落ちているふたりに
幾度、毛布をかけてあげたかわからない。
そんな思い出が、ミューズの脳裏に浮ぶ。
ミューズは、小さく含み笑いをし、勢いよく顔をあげる。
「マードックさん、機体の整備は、お任せコースだから、あとお願いします。」
「おうよ! 任せておきな。 でもな、お嬢、今度はもうちっと、優しく飛ばしてやってくれよ。」
「は〜い。」
「こんな乗られ方したら、機体が可哀想過ぎるぜ。 オマケに整備員泣かせにも、限度
考えてくれや!」
「肝に銘じます!」
びしっ、と敬礼し、ミューズは格納庫をあとにする。
オーブ軍港に停泊した、『アマテラス』のタラップを渡り、ミューズは港に足をつけた。
大きくひとつ伸びをしてから、彼女は清々しい空気を肺一杯に吸い込む。
刹那、ミューズを艦の甲板から呼び止める、ふたりの親友の姿に、彼女は視線をあげた。
「ミュー!約束ッ!『クラブ』に行く、って話ッ!!」
サキの言葉に、ミューズは青冷める。
「・・・あ、・・・やっぱ、それっ、パスッ!」
猛ダッシュで、ミューズは軍港の出入り口を目指し、走り出す。
「こらーーーッ!約束反故は、認めないわよッ!」
追い討ちをかける、親友達の声が、港に木霊した。
ゲートを潜り、ミューズはとにかく直走る。
なんだか、帰ってくるのが憂鬱な、そんな午後の一時だった。
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