『 その背に在りし、白き翼 ー The history ー 』
「い、いやだったらッ! 行かない、って言ったら、行かないッ!!」
「なにここまで来て、駄々こねてんのよ?」
空母、『アマテラス』の渡河用タラップで、揉み合うようにふたりの
女の子が声を荒げている。
「付き合い悪いわよ?ミュー。」
傍らにいた、アイスブルーの瞳に、白銀の混ざった金髪をもつ、もうひとりの女の子、
ナギサが呆れた口調で言葉を漏らす。
目立つ、母親譲りの見事な金髪を揺らし、腕を強く引っ張られ、激しい抵抗を
示しているのは、ミューズだ。
ミューズの腕を掴んでいた、灰紫の瞳に金茶の髪の持ち主、サキは嘆息し、
肩をあげ、手を離す。
オーブ軍の白の軍服に身を包み、余暇の時間をパイロット仲間と過そうと
していたらしいのだが・・・
どうも様子がおかしい。
一番の友で、心の芯から打ち溶け合ってるはずの、関係なのに。
サキ・コートニー、ナギサ・ハヤセ。
士官学校からの、竹馬の友である、この三人の姿は、艦のなかでは、
ちょっとしたアイドル的な存在になっている。
ふたりは、どうやらミューズをどこかに連れ出そうとしている様子だ。
ほっと、息をつき、ミューズはふたりを睨み見据える。
「ボーリングとか、ビリヤードとか、他のことなら付き合うけど、『クラブ』は絶対、嫌ッ!」
「なんでよ? だって、軍服着てれば、男の子、よりどり緑じゃない!」
艦が寄港する港の周辺には、乗員たちを目当てとした、歓楽的な店が幾つも軒を
連ねている。
オーブ海軍のクルーたちが、溜まり場として出入りする、酒を嗜める店では、
女子隊員たちは、甚く歓迎されるのは、どこの軍港でも同じ風景。
ひと時の安らぎを求め、男女が集う場所には、妖しい誘惑も数多、あった。
サキの言葉に、ミューズは更に突っかかる。
「私は、男の子をナンパしにいく、っていう、その目的が嫌なの!」
「まったく、なんで貴女は、そんなに硬いわけ?」
今時の婦女子とは思えない、と呆れた口調で、傍らのナギサが溜息を漏らした。
「行くなら、ふたりで行ってよ。私は遠慮するわ。」
ミューズの目の前に居た、ふたりは揃って大袈裟な息を吐く。
刹那、そんな面子に掛けられる声に、三人は振り返った。
「失礼します!」
真新しい軍服。
父親譲りの濃紺の髪。母親譲りの金の瞳の少女が三人の背後に佇んでいる。
肩甲骨まで伸びた髪を、一本に編み込み、ぶかぶかの制帽が頭のうえで
頼りなげに被せられている。
「デ、ディアナッ!? あ、あんたッ!なにやってんのッ!? つか、その制服・・・」
「本日付けを持って、空母『アマテラス』に移乗命令を拝命いたしました、ディアナ・アスハ・ザラです。
CIC管制官として、乗艦いたします。よろしくお願いします。“先輩”。」
にっこりと、ディアナは微笑んで、可愛らしく敬礼をした。
あがっ。
開いた口が、地面に届きそうなくらい、間抜けな顔でミューズは対面する妹の顔を見る。
はっと我に返り、彼女は妹の背後に廻り込み、後ろからがしっとディアナの両肩を掴んだ。
「ご、ごめん!サキ、ナギサ!! ほ、ほらッ!新人を艦長のトコ連れて行かないと
拙いから、そういうことでッ!」
そそくさとその場を後にし、ミューズはディアナの身体を押し、艦へと戻る道を辿った。
サキも、ナギサも呆然。
取り残されるように、ミューズに去られてしまい、突然の展開に感覚が追いついていかない。
「助かったわ。」
ディアナと並んで、タラップを進み歩きながら、ミューズは息を吐いた。
「話、ちらっと盗み聞いちゃったけど、“逆ナン”しに行くとこだったんでしょう?」
にこにこと笑み、ディアナは何事もないように言葉を漏らす。
「男の子、なんて興味ない。 大体、そんじょそこらに居る男なんて、お断りよ!
お父さんを越えるくらいの男じゃなきゃ、問題外ッ!」
鼻息荒く、ミューズは言葉を紡ぐ。
ミューズの、アスランに対する思慕は、半端ではない。
幼い頃は、よく在りがちに、「パパのお嫁さんになるの!」と云い、アスランを困らせていた。
苦笑を漏らされ、「パパは、ママのものだから。」と答える父親に、ミューズは泣きじゃくった、
などという可愛らしい思い出は、懐かしいものだ。
成長してからは、流石にベタベタとまではいかなくても、その想いの強さは変らない。
15歳の時、まだパイロットとしてひとり立ちしたばかりのミューズは、アスランに
実地での、対戦を申し込む。
それに応え、始めて愛する父と刃を交わしたのは、ミューズにとって貴重で
大きな経験となった。
前線を退のき、何十年と経っていながら、“戦士”としての彼は、やはり強かった。
あの模擬戦闘を境に、ミューズのアスランに対する思いは、深くなるばかり。
憧れであり、その背に、どれほどの尊敬を持ったか、想像に難くない。
理想ばかりが大きく膨らみ過ぎて、ミューズは常に自分の追い求める男性像を
アスランに重ねてしまう癖がついてしまっていた。
比較の対象が、アスランでは、他に存在する男など、ミューズの眼から見れば、
ジャガイモか、カボチャ程度にしか見えないだろう。
そして、なによりもミューズの胸のなかで一番のウェイトを占めるのが・・・
母、カガリへの変らぬ彼の愛情の強さだった。
結婚して、20年以上も経つというのに、アスランのカガリを見詰める視線は、
まだ恋を覚えたての少年のような瞳。
深海よりも、深い、ひとりの女性だけを恋、慕える、想いの大きさは、娘である
ミューズの眼から見ても、羨ましいくらいに感じる。
ひとりの女性だけを、伴侶と決め、パートナーを裏切らない、というそのアスランの
姿は、ミューズにとって益々、良い意味でも、悪い意味でも、自身の恋愛感を
遠のかせていた。
そんな彼女が、遊びでの恋など、器用にこなせるはずがない。
「やれやれ、相変わらずねぇ〜 お姉ちゃんは。 いい加減、その病的なまでの
ファザコン、どうにかしないと、そのうち行かず後家のお局さま、って言われるよ?」
愛する妹に、嫌味混じりで揶揄されても、仕方ないと自覚しながら、ミューズは
癇癪の篭った目線でディアナを見た。
「ほっといてよ!」
顔を赤らめ、ミューズは口から火炎でも噴きそうなくらいの勢いで、並び歩く、
隣の妹を睨んだ。
「話変るけど、あんたも軍人になる、なんて聞いてないわよ?」
「だって、内緒にしてたもん。」
ディアナは、実姉とは対照的に、明るい笑顔で微笑む。
「最近、メールの返信も寄越さないと思えば、・・・まったく。 でも、よくお父さんと
お母さんが同意書にサインなんて、素直にしてくれたわね?」
管制官になることが目的でも、一応は士官学校に通わねば、その道は開けない。
入学にあたって、未成年の場合は、当然、保護者の了認が必要だ。
ミューズが、軍人になる、と宣言した時、少なからず、両親であるアスランとカガリは
反対の意を示し、家では揉めた経験がミューズの頭を掠めた。
「我が家には、前歴がございますので。」
にこにこ。
ディアナは、やはり変らず笑んだまま、姉の顔を見る。
ミューズは、渋面で渋々、書面にサインする、父母の顔を思い浮べ、複雑な気持ちに
なってしまう。
どんな言葉で、両親を丸め込んだのか。
奇しくも、実の妹である、ディアナまでが軍人としての道を選択したことに、ミューズは
複雑な思いを抱いていた。
父親に似て、物静かで、自室に篭っては、本ばかり読み耽っているような子だったのに・・・
と、ミューズは思う。
妹の内情を諮れないまま、ミューズは小さく息を吐いた。
艦長室に案内をし、乗艦許可を受領してから、ミューズは艦内の居住スペースへと
妹を案内した。
ミューズが使っている部屋は、ふたり部屋である。
しかし、今まではルームメイトもなく、悠々自適、ひとり部屋同然で使用していた部屋だったが、
妹の突然の登場により、その半分をあけ渡す羽目になってしまう。
「うわぁ〜 せまっ!」
ディアナは、戦艦での与えられる、部屋というのは当然始めての経験。
二段ベッドなど、下に寝る人間は、アラートに叩き起こされたら、頭をぶつけて
しまいそうだ、と嘆いた声をあげる。
自宅での、広々とした、自室がだだっ広く感じるくらいの狭さ。
もっとも、戦艦の居住区域なのだ。
比較する方が間違えであって、それだけ自分が置かれた家庭環境というのが
いかに恵まれたものであったのかを、ディアナは知る事になる。
「文句言わないッ! 私たちは、まだ下士官なんだから。 広い部屋に移りたければ、
さっさと昇級するしかないでしょう?」
ミューズは、妹の文句に、極当たり前のことを口にする。
現在、ミューズは4年の軍歴で、二尉に昇進していた。
ディアナは、士官学校でたてのほやほや。
階級は、三尉である。
「お姉ちゃんと、部屋が一緒なんて、小学校の時、以来だね?」
少し嬉しげに微笑み、ディアナは下段のベッドに腰を下ろした。
「アンタは、うえのベッド使ってね。 下は私が使っているから。」
「は〜い!」
姉の言葉に、ディアナは緩慢な口調で返事を返す。
慌しく、艦内を案内し、顔見知りのクルーには、新人として配属された妹を紹介して廻る。
そんなことをしているうちに、陽は西に傾き、夕食の時刻へと移り変わっていった。
バイキングスタイルでの、食事。
向かい合って、トレーの皿に盛った料理を突付きながら、ディアナは感嘆の息をつく。
「部屋は狭くてどうしようもないけど、食事は美味しい。」
「・・・」
ミューズは、一々、妹が口にする言葉に眉を潜める。
そういえば、この子は、一体なにを思って軍人になったのか、まだ目的を訊いていない。
あまりにも、軽薄な言葉しかでてこない妹の態度に呆れ、ミューズは苛立たしげに
皿のグリーンサラダを突き刺した。
「私、あと三時間したら、夜間訓練に入るけど、アンタは、シフト、どうなってるの?」
ミューズは、食間に目の前の妹に聞き尋ねた。
「私も同じ。」
ディアナは、やっぱり屈託のない笑顔で応える。
「なんか、わくわくしちゃうな〜 お姉ちゃんが駆る機体の誘導できるなんて!」
「海に落っことしたら、末代まで祟るわよ!?」
「あははは! そんなことするわけないじゃない!」
ディアナは、姉がぼそりと漏らした言葉に、大爆笑で切り返した。
どんなに、口で言い争っても、基本的には仲の良い、姉妹であるふたり。
食事を終え、僅かの仮眠をとってから、ふたりはそれぞれの配置につく。
ミューズは、フライトデッキの発進位置に待機させてある、愛機“ムラサメ”に搭乗した。
彼女が愛用しているヘルメットには、白翼をモチーフしたイラストが描かれている。
ヘルメットを被り、ミューズは計器のチェックに取り掛かる。
誘導係りのクルーの指示に従い、彼女は機体を滑らせる。
アフターバーナーを全開にした時に起こる、爆炎を防ぐ防火板が甲板でせり上がった。
カタパルトの射出フックに、“ムラサメ”の前輪が固定される。
レバーを最大限に引き上げ、管制官の指示を待つ。
《針路クリア、オールグリーン、“ムラサメ” ザラ二尉、発進どうぞ。》
僅かに緊張した妹の指示を促す声に、ミューズは苦笑を漏らす。
気持ちを切り替え、ミューズはキッ、と漆黒の暗闇を見据えた。
ペダルを踏み込む。
“ムラサメ”の排気炎が、青白い炎から、灼熱の赤へと変る。
《ミューズ・アスハ・ザラ、“ムラサメ” 発進しますッ!》
一声と共に、カタパルトから打ち出される、ミューズの機体。
空母の発進滑走路は、ひとの足で歩けば、果てしなく広く感じるが、飛行形態の
戦闘機が発着するのは、短いくらいの距離。
発進システムは、カタパルトで打ち出す。
丁度、パチンコ玉を打ち出す要領と同じ原理だ。
機体は、なにもない空間に放りだされた状態になる。
打ち出された瞬間、僅かに沈み込んだ機体が海面に激突しないようパイロットは、
フルバーナーで加速し、機首をあげて上昇するのだ。
ゼロから、一気に300m/kmに近い状態のスピードに達する、加重力の凄まじさは、
言葉では言い表せないほど、過激なショックと圧力を操縦桿を握るパイロットに与える。
爆音を響かせ、ミューズの機体は、闇に溶け込んでいった。
今日の訓練メニューは、暗視爆撃の訓練だ。
音速で飛行する機体。
当然、昼間の風景とは違い、視界飛行はできない。
計器と、与えられた情報のみの操作で、目的空域に到達、味方機の“ムラサメ”が、
敵の放ったミサイルと想定し、ダミー弾を発射する。
暗視界で、そのミサイルを迎撃することが、今日の訓練課題。
培った、鍛練での勘と、レーダーだけが頼り。
なにより、“暗闇”という条件下で、正確な爆撃を行わなければならない。
低空飛行で、海間を飛ぶ“ムラサメ”は、波飛沫を跳ね上げ、空を舞う。
無線スピーカーから、ミューズの背後についた、僚機、サキとナギサが声を掛ける。
《夜間訓練なんて、かったる〜い。》
あふっ、とひとつ欠伸をし、サキが眠そうにぼやく。
《文句ばっかねぇ〜 サキは。》
ナギサは呆れ、僚友を蔑むような言葉を漏らした。
昼間の一件もあってか、ミューズは無言でふたりの会話を訊いている。
《こらッ!!小雀どもッ!なにをふざけた会話しているッ!》
《げっ!艦長ッ!》
驚いて、サキとナギサの声が被さった。
無線に割り込んできたのは、『アマテラス』の艦長を任されている、ソガ准将のものだ。
《す、すみませんッ!》
慌て、謝罪の言葉を口にするふたりに、ミューズは思わず噴き出す。
程なくして、ミューズは母艦との無線交信に応答を求める。
《これより、作戦行動に移行します。》
《了解しました。》
オペレーターの任に就いた、妹の声は、まだ緊張感を含んでいた。
やはり、その声を訊くと、ミューズは苦笑を漏らしてしまう。
刹那、暗闇に飛行する、排気炎の青白い炎が、彼女の視界に捕らえられる。
作戦開始直後、発射された、ダミー弾の炎煙。
《あれね。 サキッ! ナギサッ! いくわよッ!》
ミューズは、一声吼え、雄叫びで、僚友の機体を駆り立てた。
《了解ッ!》
一糸乱れぬ、あうんの呼吸。散開し、三機の“ムラサメ”は、猛然と目標物へ
突撃をかけた。
一番手に攻撃をかけたのは、サキの“ムラサメ”だ。
装備されている、72式高エネルギービーム砲を撃ち放ち、標的を撃ちにかかる。
が、ダミー弾には、小型センサーが取り付けられているようで、サキの撃ったビーム砲を
軽やかにかわしたことに、彼女は驚愕する。
《なにッ!?コイツ、方向変えて避けるよ!?》
《そう簡単に終了、ってわけにもいかなさそうね?》
ミューズは、楽しげに鼻を鳴らし、獲物を見据える。
相手は、ただ飛行するだけ。
撃ち返してはこない。
ミューズは瞬時に、ふたりに指示を与える。
《サキッ!後ろから追い込んで! ナギサッ!針路を塞いでッ! 私が横から撃つからッ!》
《了解!》
ミューズの指令に、ふたりは迷わず愛機を駆った。
針路を阻まれ、ダミー弾が行方を迷っている隙を狙って、ミューズは操縦桿にある切り替え
スイッチを入れ替えた。
ビーム砲から、腰部アーマー内ミサイルに仕様を替え、ボタンを押す。
白煙を噴き上げ、放たれる66A空対空ミサイル“ハヤテ”。
ミューズの撃ち放ったミサイルは、見事ダミー弾の胴部を貫く。
闇夜に花開いたかのように、明るい爆炎が一瞬、耀いた。
《よっしゃッ!ナイスコントロールッ!流石、士官学校、射撃Aクラスは違うわね?》
サキは、感嘆の声と共に、ミューズの腕前を褒め称える。
《作戦終了、22:00(ニイニイマルマル)これより、帰投します》
ミューズは、無事に訓練を終了できたことに息をつき、報告を母艦に告げた。
その時、自機体を揺さぶる、僅かな不快感を感じ、彼女は眉を寄せた。
「なに!?」
コンソールに目元を泳がせ、ミューズは唸る。
油圧計器に、レッドランプの明かりが灯り、点滅している。
《サキ、ナギサ、トラブル発生だわ。》
《トラブル?どうしたの?》
サキは、ミューズの無線に応え、首を傾げた。
《ちょっと、ヤバイかも。油圧器系統の故障みたい。このまま帰っても、多分、主車輪が
下りないと思う。》
油圧の故障であれば、当然、モビルスーツ形態にも変形は出来ない。
《ふたりは、先に母艦に帰投して。》
ミューズは、嘆息し、大きく息を吐いた。
《なに、云ってんの!?アンタを置いて、さっさと帰れって云うの!?》
ナギサは、怒った口振りで、ミューズを攻め立てた。
口調は厳しくても、見捨ててなどいけない、という、仲間の労わり。
ミューズは、その仲間の言葉に苦笑を零した。
《先に、艦に降りて。私は最後で良いから。》
《馬鹿云わないでよッ!海にでも降りる気なの!?》
《最悪、そうなるかも・・・》
苦笑を堪えたかのような、ミューズの返答が返ってくる。
《もう! エマジェーシー、こちら、“ムラサメ”、ハヤセです。『アマテラス』、聞こえますか?
応答願いますッ!》
《こちら、『アマテラス』。どうしましたか?ハヤセ二尉。》
《ディアナちゃん?》
《はい!? どうかしましたか?ハヤセ二尉》
《緊急事態なの。艦長と無線変ってくれる?》
《は、はいっ!》
声の緊迫感を感じ取り、ディアナは、無線に艦長のソガを呼び出した。
《どうした?ハヤセ。》
《艦長、ザラニ尉の機体に、トラブル発生です。緊急着艦の用意を願います。》
《緊急着艦だと!?》
焦りを思わせる、ソガの声が無線で響く。
《油圧系統の故障で、主軸輪がでないようで。》
《なにッ!? ザラニ尉、応答しろ!》
《は〜い》
緊迫してるはずの空気をさらっと受け止め、ミューズは陽気な声で応えた。
《は〜い、じゃないッ!詳しい報告をしろッ!》
《今、ナギサが云った通りですよ?艦長。》
緊迫感がピークに達すると、むしろ開き直れるのは、ミューズの性格のようだ。
《主軸がでなければ、艦に降りるのは無理だ。直ぐに地上の基地に連絡をとるから、
そっちに廻れ!》
《・・・そうしたいんですけど、燃料が足りません。》
肩をあげ、ミューズは笑顔で応えた。
《なにッ!?》
《先に、ナギサとサキを降ろしてください。私は、最後で。 私の機体が、着艦針路を
塞ぐことになったら、ふたりまで巻き込んでしまいます!お願いしますッ!艦長!!》
焦りと、緊張を含んだ声。
ミューズは真剣な声でソガに嘆願する。
おちゃらけた態度は、表面的なもの。
ミューズは、内心の恐怖を隠すために、態と態度を軟化させようと勤めていただけなのだ。
《・・・わかった。》
ようやっと、艦の最高責任者の了承を得、ミューズは安堵の息をついた。
最悪、自機体が、海上に降りることになっても、僚機の二機が、無事に母艦に
辿り着けるなら、それで良かった。
《ミューズッ!》
その交信のやりとりを聞いていた、サキとナギサは叫ぶ。
《ま、そういうことだから、先に行って、ふたりとも》
ミューズは、極力ふたりを安心させるように言葉を紡ぎ、旗艦への帰投を促した。
《ハヤセ、コートニー、命令だ。直ぐに『アマテラス』に帰投しろ》
《艦長ッ!》
悲鳴のような、ふたりの声が無線で響いた。
《お前らが、うろうろ上空飛んでいても、今のザラの機体にはなんの手助けもならんッ!
さっさと着艦しろッ!》
ソガに怒鳴られ、サキとナギサは渋々、返答を返した。
《・・・ミュー、落ちて死んだら、許さないからね。》
《解ってるよ。》
ナギサの、心配げな声が無線から漏れた。
ミューズは、思わず苦笑を零す。
《今度は、絶対『クラブ』付き合ってもらうからね!》
諦められない、という声音で、サキが怒鳴る。
《じゃあ、一回だけなら。》
ミューズは、さらに苦笑を濃くし、サキに応える。
《待ってるからね!必ず、無事に着艦するのよ!》
《ありがとう、ふたりとも》
先行する、二機の“ムラサメ”は速度をあげる。
離れていく、友の愛機を見送り、ミューズは漆黒の暗闇をきつく睨んだのだった。
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