あれから半年。
ミューズが家をでてから、月日が経過していた。
アスランとカガリは揃って、軍司令部に足を運び、齎されるべきであろう、
報を待つ。
ふたりは、オーブ軍の慣れ、親しんだ軍服姿。
カガリは椅子に腰掛け、アスランはその横に立っていた。
コンコン。
扉がノックされる音にカガリは、入室の許可を与える返事をかえす。
「失礼します。」
入ってきたのは、ソガ准将だ。
過去、参戦した戦争を経、生き残った彼は昇進し、佐官から一階級特進をしていた。
「久し振りだな、ソガ一佐、・・・あ、じゃなくて、今は准将だったな。すまん。」
「いえ、カガリ様こそお変わりなく。」
ソガは、カガリの笑顔の挨拶に、苦笑を浮かべる。
「それより、今日は本当に雑務を押し付けて、すまなかった。 アレは、どうしてる?」
カガリは、やや口重く、様子を伺うような口調で、ソガに問うた。
「ええ、頑張っておられますよ。学科、実習、どれをとってもトップをキープなされています。
流石は、おふたりのお子様だ。 素晴らしい成績に、教官も満足していました。」
そう言い、ソガは手にしていたレポート調査表のファイルをふたりのデスクに置いた。
それを手に取り、カガリもアスランも齎された結果報告に眼を見開く。
どの項目も、『A』ランクの表示。
実技に至っては、一部、特Aまでついている。
僅かに安堵の息を漏らしたものの、その結果には驚きも加味し、まさかここまでミューズが
やりきるとは思いもせず、アスランもカガリも複雑な心境に晒される。
顔を見交わし、苦笑を互いに浮かべた。
きっと、あまりの厳しい訓練に根を上げて、さっさと帰ってくるのかと思えば・・・
意外だった、と言うしかない。
「お会いにはなられないのですか?」
ソガは何気に、カガリに問う。
小さく首を振り、カガリは苦笑いを浮かべた。
「いや、・・・あの娘が自分から『ただいま』って言わない限りは、会わない。」
きっぱりと、はっきり言い告げた言葉は、ソガに苦笑を齎しただけだった。
獅子は子に試練を与え成長させるのに、千尋の谷へと突き落とす、という。
今のふたりは、正にその言葉通り。
甘えを見せれば、そこで挫けてしまうかもしれない。
それをさせないように、と思う親心を汲み取り、ソガは一礼をし、部屋を後にした。
「なかなか頑張ってるみたいだな。ミューズ。」
感嘆の息を漏らし、カガリは呟く。
「ああ。」
僅かな安堵。アスランも小さく相槌を打った。
複雑な思いは、相変わらずあったが、今は、愛娘の成長を見守る、ふたりの緩い笑顔。
士官学校を卒業すれば、自動的に「尉」級の称号が与えられる。
そこからは当人の努力いかんで、昇級していくのだ。
ミューズはパイロットになることを希望しているので、また新たな試練が待ち受けている。
パイロットになるために与えられた、訓練規定。
単独飛行、40時間。第二操縦過程に入って決められた期間の中で行われる、85時間
の基礎訓練。基本操縦過程に移行すれば、100時間。 戦闘機操縦基礎90時間、
戦闘機操縦過程60時間。 更に今、オーブ海軍で使用されている『ムラサメ』に乗るには、
機種転換過程、30時間をこなさなければならない。
女としての体力の限界を感じれば、ここで脱落するのみだ。
そして、十中八九、この訓練で半数の人間が落ちていく。
ミューズが挑もうとしている世界は、そんな環境なのだ。
仮に、乗れる許可がでた、としても、日々重ねなければならない訓練メニューは
過酷の一言。
ただ笑ってパイロットになど、なれるわけがない。
アスラン自身、アカデミーに居た頃、メニューの差こそあれ、嫌という程、その実情を
知っていた。
だが、ここまでくれば、やらせるだけやらせてみよう、という気持ちにもなっていた。
彼は苦笑し、隣のカガリを見た。
緩い笑みで、それに応え、カガリも彼を見る。
ふと、ふたりが窓辺から見た青空。
この空の下、ミューズは今も、訓練に励んでいることだろう。
思い馳せ、ふたりは優しい笑みを浮かべたのだった。
時は流れ、また更に半年が過ぎた。
ミューズは無事に、士官となり、空母への配属が決まった。
『アマテラス』 ・・・過去の大戦の折、クレタで沈んだ『タケミカズチ』の後に造られた、新造艦だ。
『ムラサメ』を駆るパイロットであるならば、誰もが憧れる、巨大空母艦。
乗艦まで、いくらか、休暇を兼ねての準備期間が各乗員には割り当てられる。
ほぼ一年ぶり。
ミューズは、自分が育った家を、懐かしそうに立った玄関先から見上げていた。
自分が家をでて行った時は、ジーンズにTシャツの普段着だった。
だが、今、彼女が纏っているのは、真新しい、オーブ海軍の白の軍服。
その姿はどこか、誇らしく思えるほど逞しい顔つきになっている。
家をでる時、彼女の髪は、腰まで伸び届くほど、美しい、カガリ譲りの金髪だった。
しかし、今は肩口で切り揃えられ、勇ましさすら感じる。
ミューズは、意気込みをつけ、扉の玄関チャイムを鳴らす。
待つ間もなく、ドアを開け、出迎えたのは、カガリと妹のディアナ。
「おかえり、ミューズ。」
「ただいま帰りました、・・・マ、・・・じゃなくて、お母さん。」
何時の間にか、呼び方の呼称まで変ってしまい、カガリは緩く笑った。
「パパ、・・・でなくて!・・・お父さんは?」
ミューズは慌てて言い繕う。
「居間に居る。」
ミューズを招き入れ、カガリは即答する。
僅かに紅潮した頬。
ミューズは、居間に居ると教えられた、愛する父親のもとに急いた歩を向ける。
居間の扉を開ければ、アスランはソファに座り、新聞に眼を通している姿が、ミューズの
瞳に飛び込んできた。
「ただいま!・・・パ・・・」
弾んだ声で飛びつきたい身体を抑え込み、ミューズは姿勢を正す。
「只今、帰りました。 ・・・お、・・・父さん。」
ぎくしゃくとした声音。
アスランは苦笑を浮べ、愛娘を見詰める。
「おかえり。」
一言の返事。
だが、その言葉はミューズにとって、なによりも温かく、重い言葉に聴こえる。
立派に成長を遂げた、若鳥。
雛から、翼を得た、その姿は、アスランにとっても、カガリにとっても、なによりも
掛け替えのない存在として立っていた。
「ほら、ミュー。 着替えて、食事にしよう。」
カガリは軽くミューズを促し、ソファのアスランへも目線を向ける。
久し振りの食卓は、家族が揃った喜びに満ち溢れ、戻ってきた穏やかな時間の
流れは、和やかな時を刻んでいった。
食事を終え、尽きることのない団欒。
笑顔と笑い声が絶えない風景は、懐かしさを含んだもの。
会話が一段落した処で、ミューズは息を整えるように呼吸をひとつした。
「お父さん、お母さん、・・・話があります。」
居住いを正し、ミューズは背を伸ばす。
また、一年前のように爆弾発言でも飛び出しそうな、ミューズの構えに、
カガリもアスランも僅かに身構えた。
「お父さん、一度で良い。私と実戦してください。・・・自分の力がどのくらいのものなのか、
知りたいから。」
アスランは驚き、言葉を直ぐに発せず、向かいに座るカガリの顔を見る。
まったく、この娘は、どこまで親を驚かせれば気がすむのか、とさえ思ってしまう。
実戦と言われても、アスラン自身、もう何十年とモビルスーツに乗っていないというのに。
それでも、過ぎ去ってしまった過去の称号でも、ミューズにはなにかを感じさせていたのだろうか。
「もし、その実地戦闘で私が勝ったら、お母さん・・・『アカツキ』を私にください。」
「えっ!?」
瞳を開き、カガリは声をあげた。
『アカツキ』は、カガリの父、ウズミが残した、遺産。
過去、オーブに侵攻してきた、ザフト軍を退けるため、カガリは『アカツキ』に乗った。
ウズミがカガリに残した、『守りの剣』 ・・・ミューズは、なにを思ってその言葉を紡いだか
解らず、ふたりは困惑する。
が、暫く考える素振りをし、カガリは緩く笑み、愛娘を見た。
「良いだろう。 ミューズ、お前がアスランに勝ったら、『アカツキ』をやろう。」
「カガリっ!?」
驚き、アスランは僅かに荒げた声を発する。
「ありがとう!お母さんッ!」
嬉しげな声をあげ、ミューズはダイニングテーブルの席を立った。
「私、ちょっと出かけてくるね。」
言うなり、ミューズは家を飛び出していく。
ミューズがばたばたと家をでて行ったあと、アスランは眉根を寄せ、カガリを緩く睨んだ。
「俺は、了承してないのに、勝手に決めるなよ。」
「ああ、ごめん、ごめん。 でもさ、なんだかおもしろそうだな〜と思ってさ。」
カガリは能天気にケラケラ笑った。
そんな両親の会話も知らず、家を後にした、ミューズが向った先。
それは、自分の叔父にあたる、キラの家。
辿り着き、玄関ベルを鳴らせば、すぐに鈴のように柔らかい女性の声が応対する。
扉にでてきたのは、ラクスだ。
キラと結婚し、子供はなかったが、夫婦仲良く、オーブで居を構えて暮らしていた。
出されたお茶を飲むのもそこそこに、ミューズが身を乗り出した姿勢で、訴える言葉。
キラは怪訝な顔つきで言葉を反覆した。
「今、なんて言った?ミューズちゃん。」
「叔父さん、パパと同い年なのに、耳でも遠くなったの?」
姪の強烈な皮肉。
キラは笑顔を引き攣らせる。
「ストライクフリーダム、私に貸して、って言ったの!」
事の一部始終を聞き、キラは唸る。
「パパはどうせ、インフィニットジャスティスが愛機だもの。私が普段乗ってるムラサメじゃ、
パワーが追いついていけないから。」
言われれば、その通りかも知れない。
確かに、過去に活躍した、中古の機体であれ、核が原動力の機体である、ジャスティスを
持ってこられれば、現段階、幾らかの改良やカスタマイズが成されていても、ムラサメでは対抗しきれない。
ならば、その兄弟機である、フリーダムならなんとかできるはずだ。
安直すぎる、ミューズの考え。
しかし、これはあながち、間違いではない判断である。
キラは、唸り続け、ミューズをきつい目線で見た。
「カガリは? お母さんは、なんか言ってる?」
「許可はもらったわ!」
半分は本当、半分は嘘だ。
だが、ミューズは父親との一戦を前に、自分も同じ力を求めたのだ。
負けたくない。
その思いだけが、彼女を動かしていての、行動。
「貸してあげてはいかがですか?キラ。」
「ラクス!?」
「おもしろそうじゃありませんか。」
突如、間を割って入ってきた、美貌を湛える、未だプラントの現役歌姫の微笑にキラは困惑するだけ。
「・・・ラクスが言うなら、・・・」
それだけを言うと、ミューズは飛び上がらんばかりに歓喜の声をあげる。
これで条件は対等になった。
決戦はまじか。
それでも、力の差を埋めることは難しいかもしれない。
憧れた、父の後ろ姿。
越えられた時、きっとなにかが見つかるはずだ。
ミューズは硬く決心した思いに、瞳を輝かした。
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