何時の間にか・・・
言葉で言えば、簡単に云うことができる。
大切に育み、惜しみない愛を注ぎ、慈しんだ・・・我が子。
ついこの間まで、子供だ、子供だ・・・と思っていたのに・・・
気がつけば、愛しい幼子は、その背に翼を持ち、飛び立とうとしていた。
温もりに満ちた、腕の中を・・・ 風雨から守ってきた、巣を離れ、
旅立とうとしている。
ひとりで考え、大地を踏締め、未来を夢見る、迷いのない瞳。
親であるのならば、子の成長を頼もしく静観できるのがなにより・・・
なのだろうが・・・
同時に湧き上がる思い。
まだ手離すのは、早過ぎる。
その考えは、気付かず、意識せず、僅かな溝を生むことになる。
ミューズ。
愛しい娘。
大切だからこそ、まだ早い、と思うことは・・・
・・・複雑な思いでしかなかった。










『 その背に在りし、白き翼・・・ 』








のどかな、一風景。
何気ない、いつもの夕食時。
家族四人での、食事は時間が許す限り、しようという家の決め事。
カガリの目の前には、アスランが座り、その隣は長女で今年14歳になる、
ミューズ。 カガリの横は次女ディアナが。
この座り位置は、定番である。
カガリはダイニングのテーブルで、いつもと変らぬ口調の言葉を口にする。
「そういえば、学校の方から、そろそろ高校の制服、採寸しろ、って通知きてたな。
ミュー、空いてる日っていつだ?」
今日のメニューは、ハンバーグ。
フォークに切り分けた肉具を乗せ、問われた張本人、ミューズは軽く返事を
返しながら、口にそれを放り込んだ。
「私、高校行かない。」
『はあ!?』
食事をとっていた、ミューズ以外の家族の手が静止した。
驚いた声。
突然の長女の爆弾発言に、場が静まり返る。
取り分け、一番の驚愕の声をあげたのは、父親であるアスランと、母親であるカガリだ。
夫婦ふたりで顔を見合わせ、今、娘が口にした言葉は間違いじゃないのか?
と、確認めいた視線を交わし合い、視線をミューズに向け直す。
『・・・い、いかない・・・って!?』
なんでだ?
夫婦揃って、口調を合わせ、同じ言葉を紡ぐ。
当然でてくる、問い掛け。
ミューズは中学から付属で、苦なくストレートに進学できる、私立の名門に在学している。
することといえば、高校に向けての備えと進級に於ける、推薦入試だけ。
安穏としていた、カガリは突然・・・ そう、まさに晴天の霹靂とも思える事態に戸惑う
視線を愛娘に注ぎ続ける。
至って、素っ気無い程の、冷静な顔つきは、ミューズだけ。
ぱくり。
ミューズは何事もないような表情で、再びハンバーグを頬張る。
「私、4月から士官学校に行くから。 あ、願書もう出しちゃったからね。」
「し、士官学校ッ!?」
アスランは驚き、瞳を開いた。
持っていたフォークとナイフは、耳障りな金属音をあげ、鉄板に落ちた。
「うん。 私、軍人になるの。モビルスーツに乗りたいから。」
あっけらかんと、言放つ我が子の発言に、カガリは怒鳴った。
「ちょ、ちょっと待てッ!そんな相談もなく、いきなり言われても!」
「相談したら、パパもママも反対したでしょう?」
ミューズが放った言葉に、アスランもカガリも反論の余地はなかった。
「と、とにかく・・・ もっとよく考えて。・・・第一、士官学校なんて、お前が
考えるほど、甘い場所じゃない。」
アスランは、自分の経験をもとに、諭すような言葉を漏らす。
「決めたの。だから、反対しても無駄よ、ふたりとも。 ご馳走様。」
言うなり、ミューズは席を立ち、自室への道を辿る。
「ま、待ちなさいッ!とにかく、落ち着いて話をしようッ!」
焦った声音の、アスランの声が愛娘を追った。
「云ったでしょう?決めちゃった、って。話すことはなにもないわ。」
「ミューズッ!」
カガリの心配気な悲鳴に似た声。
その声すら無視し、ミューズは早足で二階への階段を駆け上って行ってしまった。
反射的に、席から立上がった、アスランとカガリは、予期もしなかった出来事に
力が抜けたかの如く、椅子にヘタリ込んでしまう。
このまま、平凡に、愛娘は高校に進学する・・・ 筈だった。
しかし、それは、思わぬことで反転してしまうなど・・・
考えもしなかった。
自分で考え、望んだ道なら、反対することには値しない。
そう、今までは思っていた。
だが、可愛い我が子が選んだ道は、親から見れば棘の道にしか見えない。
一体、どうすれば・・・
考えあぐね、アスランもカガリも大きな溜息を漏らすだけ。
「ディアナ、・・・お姉ちゃん、今までなにか言っていたか?」
首を横に振る、次女の姿に、食事をすることすら忘れ、カガリは深く息を吐いた。
次女の態度を見、カガリは上目遣いで、長年連れ添ってきた伴侶の顔を伺った。
見合った、視線の中。
アスランも戸惑いの色を隠せない視線で、カガリを見るだけ。
同時に洩れた、ふたりの溜息。
こんなこと、想定外だ。
考えもしていなかった出来事は、ふたりを打ちのめした。
その日の夜。
就寝につく前、アスランとカガリは、自室の寝室で、当然のごとく、愛娘の話を重ねる。
「・・・どう、思う?」
カガリはベッドの縁に腰掛ながら、夫であるアスランを見詰める。
彼もカガリの横に腰掛、俯く。
「難しいな。一長一短には答えは出せないけど、・・・でも、ミューが決めたことなら、
頭から反対したら、反発するだけだと思うしな・・・。」
「・・・うん。」
カガリも、不承不承な返事で相槌を返す。
「少し、様子をみてみる、っていうのはどうかな? 士官学校なんて、あの娘が考えてる
程、甘い場所じゃない。 俺はその道を通ってきたからわかるからな。」
「・・・アスラン。」
「もし、あの娘が挫けて、挫折した時は、なにも言わず受け入れてやれば良い。 ミューは
まだ若い。 やり直しなんていくらでも出来る年齢だし。 それにさ、やってみて始めてわかる
経験、ていうのもあるじゃないか?」
カガリはアスランの言葉に静かに頷いた。
「わかった。お前がそう言うなら、その判断を信じてみる。」
カガリは小さく笑い、彼を見た。
そんな話題が持ち上がってからの何日かは、家の中は重い空気が漂っていたが、本来の
カガリの快活さ、アスランの優しい気遣いが功を奏したのか、程なくして、自宅の中はいつもと
同じ変らぬ雰囲気を回復させた。
ミューズの口は、変らず重かったが、それでも問い掛けられれば、応える、といった様子。
時間は瞬く間に過ぎ去り、愛娘が生まれ育った家を離れる時、ふたりはなにも言わず、
彼女を送りだした。
大きなボストンバッグを右肩に掛け、ミューズは苦笑を浮かべた。
「じゃあ、行ってきます。パパ、ママ。」
見守られる温かい視線。
ミューズはそれを感じ、気合を込め、踵を返す。
踏み出した一歩。
それは、彼女にとっての新しい変革の時だった。










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