『 ビジター Ⅲ 』
居間に放された、猫たちの戯れる風景に、時間も経つのを忘れてしまっていた。
久し振りの解放感。
猫たちは、元気過ぎるほどのはしゃぎよう。
思わず笑みが零れた。
カガリも、動物は決して嫌いな方ではない。
床に座り込み、遊んでくれ、といわんばかりの猫たちの相手に勤しむ。
その愛らしい仕草に、ついつい、構ってしまう。
簡単に作った、猫を遊ばせる道具で、一緒になってはしゃぐ姿はアスランの苦笑を誘った。
壁掛けの時計が、夕方4時の時間を告げると、イザークはソファから腰をあげた。
「そろそろ、帰らせてもらうとするか。長居をして済まなかったな。」
「えっ!?帰るのか!?」
驚く声をあげるカガリの反応に、逆にイザークの方がびっくりして瞳を開く。
「・・・あ?・・・ああ。 ・・・いや、今日はもうプラントに帰るシャトルはないから、一泊して、
明日の早朝便で帰る予定にしてるのでな。 これから、ホテルを探さないと・・・」
「だったら、ウチに泊まっていけばイイじゃんか!」
『えっ!?』
カガリの突発的にでた言葉。
仰天したふたりの男の声が重なった。
「部屋はたくさんあるし、一晩くらい泊めても問題ないだろ?アスラン! それに、こんなことで
無駄な金、使うこともないだろ?」
無邪気な新妻の顔。
「え?・・・いや、・・・しかし。・・・イザークにも都合があるだろ?色々と。」
焦った声音で、アスランは子猫を腕に抱いたカガリを見た。
都合が悪いのは、むしろアスランの方だ。
まかりなりにも、新婚なのだ。
・・・やりたい盛りの20歳。
健全な男子であるなら、今の時点で客を泊めるなんて馬鹿なことは・・・
出来るだけ遠慮したい。
冷汗を浮べ、アスランはカガリの顔を伺った。
「友達だろ?なに、ケチくさいこと言ってんだ!? それに、ホテルなんかじゃ、またこのコたちが
ケージに入れっぱなしにされちゃうじゃないか!」
「いや、だが・・・」
なんとか言え、とばかりにアスランはイザークに視線を配る。
その視線を受け取り、彼女を納得させる言葉を紡ごうと、イザークは四苦八苦する。
イザークとて、アスランの視線の意味がわからないほど、無粋ではない。
「ホテルをとっても、金の心配はない。領収書を持っていけば、軍部の経費で落ちるし・・・」
なに、とんちんかんな事言ってんだッッ!! イザークッ!!
アスランは頭を抱えて、髪を掻き毟りそうな勢いでイザークを睨む。
「人間のことなんかどうでもイイッ!私はこのコたちの方が心配なんだ!」
子猫たちを抱き締め、カガリが放った止めの言葉に、男ふたりは敢無く撃沈した。
流されるがまま、イザークは半ば強制的にザラ家、一泊の段取りを組まされてしまう。
「さて、夕飯作らないとな。」
意気揚々と、彼女は立ち上がり、キッチンに足を向けた。
そのカガリの行動に、随伴するような仕草で猫たちはぞろぞろと後を追っていく。
一体、誰が本当の飼い主なのか・・・
アスランは、頭を抱え唸った。
そんな合間を縫って、玄関口の呼び鈴が再び鳴る。
・・・今日は、やけに『訪問者』が多い日だ。
溜息をつき、アスランは来客が訪れた玄関に足を向ける。
玄関の扉を開けた瞬間、驚きに瞳を開く。
「ミリアリア。」
「こんにちわ。」
にっこりと笑顔の小柄な女性の後ろには・・・
バツの悪そうな表情を湛えたディアッカが居た。
「イザーク、来ているでしょう?」
女の勘なのか。
ずばりと本筋で切り込むミリアリアに、アスランは複雑な笑みを湛える。
「居る、・・・けど。」
やっとこの時間になって、イザークの怒りが和らいだ矢先だったのに・・・
また、火に油を注いでくれそうなカップル登場に、アスランは僅かな頭痛を覚える。
タイミングの悪さとは、こういう時に重なるものだ。
ひょっこりと、キッチンから顔を覗かせ、カガリは声をあげた。
「ミリアリア!?」
その、聞き覚えのある名前に、居間に居たイザークの眉がつり上がった。
ドドドッ、と地響きをたて、イザークは玄関に走り出、爆発2秒前の怒り心頭の表情で走ってきた。
「で、でたッッーーーッ!!」
ディアッカは、鬼の形相を湛えるイザークの顔を確認した途端、自分よりも全然小さな身体の
ミリアリアの後ろに隠れる。
頭隠して尻隠さず、そのままで。
「貴様ッーーーッ!!一体、今まで何処に行ってッ!!」
ミリアリアの背後に隠れたディアッカを引き摺りだし、イザークはその胸倉を鷲掴み、怒鳴りあげる。
「ウチに居たわよ。 今まで。」
あっさりと、ミリアリアは失踪者扱いの彼氏の行方をイザークにばらし、呆れた息をついた。
「私が連れてこなくちゃ、ず~~っと居座りそうだったから、多分の検討でここに来たのだけど、
外れてなくて良かったわ。」
「ミリアリア~~~」
ディアッカの情けない悲鳴が玄関で漏れた。
「話聞いたら、仕事、放ってきた、って言うから。・・・軍人のクセに、そんなことしちゃいけない、
て言ってなんとかここまで引っ張ってきたの。」
事の全容を聞き、イザークは憤りの収まらない目線でディアッカを睨み、見据える。
「帰ったら、覚悟しておけよな。」
「そんなこと言ったって、あんなに頼んだのに、休暇はくれない、て言うからッ!出来心だったんだ!」
「隊長は俺だッ!!決めた事に文句言うなッッ!!」
相変わらずの、迷コンビ。
会話は健在といった処か。
「ああ、もう!さっきからなに、玄関先で騒いでいるんだ!? とにかく、みんな、居間に来いよ。」
呆れ、カガリは腰に手を当て立ち、場を静めた。
彼女の言葉に従い、居間に場所を移してからも、収まることのない活火山のイザークを始め、
ディアッカは身をちじませながら、ミリアリアの傍に座り、呆れた表情でそれを見る、アスランとカガリ。
中立の意見をカガリは真っ先にイザークに提示する。
「こうなっちゃった以上、帰る日程は変更は出来ないんだろ?」
「当然だ。」
憮然とした態度で、イザークはぎろり、とディアッカを見た。
「だったら、最後の夜、ってことになるんだから、ここは譲歩して、ディアッカにはミリィの家にもう一泊
してもらって、イザークはウチに泊まるでイイじゃないか。明日は港で時間に来るのは厳守、でどうだ?」
・・・やっぱり、泊まらせるのか。
アスランは胸の中で、どんよりと暗く落ち込んでいた。
カガリの意見はできるだけ尊重したい。
反対を唱えて、彼女を悲しませることは極力避けたい。
余程のことがない限り、アスランがカガリに意見することは少ない。
端からみれば、これは充分に尻に敷かれている状態・・・なのだろう。
「・・・まあ、ここでじたばたしても、済んでしまったことをどうすることも出来んからな。」
イザークはむすっ、とした表情で、カガリの意見に賛同する言葉を漏らす。
「なら、この話は終りだ。」
カガリの明るい声で、終了の鐘が打ち鳴らされた。
場の雰囲気を変えるかのように、カガリは抱き上げた子猫の一匹に頬擦りした。
「可愛い!」
歓喜の声をあげたのはミリアリア。
抱かせて、と強請れば、子猫はカガリの腕からミリアリアの腕に譲られる。
「いつ、飼ったの?猫なんて。」
「いや、私のじゃない。イザークの猫だ。」
「・・・へぇ~~」
「なんだ?その『へぇ~』て、いうのは!?」
不機嫌さに、輪を掛けたかのようなイザークの発言に他の面子が僅かに焦りを覚える。
「らしくない、と言いたいのか?」
「わかっているじゃない。」
「喧嘩でも売ってんのか!?」
「別にぃ~~」
イザークがいくら怒鳴ろうが、ミリアリアは怯まない。
むしろ、上手はミリアリアの方に軍配がありそう。
ばたばたな様相を湛え、夕飯の時間に差し掛かると、キッチンに再びたったカガリの応援に
ミリアリアも席を立つ。
居間に残された男三人。
奇妙な沈黙が訪れる。
折角、軍の同期が顔を揃えたというのに・・・流れる静けさは・・・
不気味だ。
突如、ディアッカは、イザークに全然違う話題を持ちかけた。
「あのさ、イザーク。・・・猫、・・・一匹、譲ってくんないかな?」
「なんだ?突然。」
「ミリィが・・・ひとりは寂しい、て言うから・・・その。・・・よければなんだけど。」
考え、イザークは俯いた。
「悪いが、猫たちの里親は見つけるつもりはない。」
「え?!どうして? だって、このまま増えたら困るだろ?」
「望んだわけではないが、縁あって我が家に来たのだから、・・・最後まで面倒みようと思うんだ。」
「・・・イザーク。」
「ま、確かにこのまま増えるのは困るからな。次の発情期が来る前に、親猫の方は去勢と避妊手術は
受けさせようと思っているが・・・」
その言葉を聞き、何故かアスランは片手で口元を被い、俯いてしまった。
「どうした?アスラン?・・・具合でも悪いのか?」
何気ないザークの気遣い。
「・・・いや、・・・ちょっと・・・痛いな・・・と。」
頭に浮んだのは、翠の瞳の猫のこと。
アスランは自分の股間にじっ、と視線を向けた。
・・・なにかが被ってしまったようだ。
猫と自分を重ねるなど、実に馬鹿馬鹿しいが、それでも同じ瞳を持った牡猫をちょっとだけ
気の毒に感じたようだ。
アスランの言動に、首を傾げる、ディアッカとイザークは、最後まで彼の言葉が理解出来なかった。
「メシ、出来たぞッ!みんな、こっちに来いッ!!」
元気なカガリの声がキッチンから響いた。
わいわいと、談笑を楽しみ、空腹を満たし、ディアッカとミリアリアは早々にザラ家を後にしていく。
その夜。
イザークは貸し与えられた、客間の一室で、シャワーを浴び終り、バスローブを纏った姿で、自分が
就寝に使う『はず』のベッドに視線を落としていた。
ダブルベッドの中央には、猫一家の塊が陣取り、広いスペースのベッドは自分の寝る場所もない。
手で堰を作り、イザークはショベルカーが地ならしをするように、猫たちをベッドの隅に追いやる。
やれやれ。
一息つき、安らかな眠りに入ろうと枕を引き寄せた瞬間。
のそのそと、一匹、また一匹と、イザークの身体のうえに猫たちが群がってくる。
「どけッーーー!!重くて寝れんだろうがッ!!」
隣室から響く怒鳴り声に、アスランは眉根を寄せた。
・・・なにをこんな夜中にひとりで騒いでいるんだ? イザークは。
思った刹那、彼に背を向けていたカガリの身体が寝返りを打ち、ことりと彼の方に向く。
「・・・はぁ~~ これって、凄く辛いんだけど・・・」
襟首から二個、ボタンを外したカガリのパジャマの胸元が彼の視線の先に留まる。
就寝に入る前、彼女にきつく言われた、お達し。
『今日は、我慢しろ!』
アスランは小さく溜息を漏らすと、彼女に背を向け、自分の枕を引き寄せた。
「・・・早く、明日にならないかな。・・・ちくしょう。」
怨嗟に近い、恨みがましい声を零し、アスランはきつく瞼を落としたのだった。
◆ End ◆
※ 『 ビジター 』好評につき、第三弾、懲りずに再びです。
ププッ ( ̄m ̄*) しかし、漠然とした内容から始まって、
こんなに構想が膨らんでいくとは夢にも思わず。
自分自身がこの話を書くのがとても楽しいです!!
さて、四弾はあるのか、ないのか。
まずはご訪問、そしてポチッとな、どうもありがとう
ございました!!ぺこ (_ _)
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※この壁紙イラストは「M/Y/D/S動物のイラスト集」よりお借りしています。
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