『 ビジター U 』
ピンポーン。
某日、ある晴れた日の休日。
ザラ邸の玄関口の呼び鈴がならされた。
キッチンで昼食の用意に仲良く取り組んでいた、アスランとカガリは顔を見合す。
「誰だろう?」
訪問者の予定はなかったはずなのに・・・
ふたり、首を傾げ、カガリはエプロンを外そうと、自分の腰の後ろの留め紐に手を掛けた。
それを制し、アスランは素早く自分が身に付けていたエプロンを外した。
「いいよ、俺がでるから。」
「すまない。」
素直に礼を述べ、カガリは中断していた料理の下拵えに視線を戻した。
然程、待たせるほどの時間ではなかったはず。
なのに、玄関のチャイムは五月蝿いくらい連打され続けた。
アスランは眉根を寄せる。
一体、誰だ!?
僅かな憤りを覚えながら、彼は扉を開けた。
勢いよく扉を開けた途端、感じていた怒りはすーと息を潜め、代わりに驚きが彼を支配する。
「・・・イザーク。」
「イザーク、じゃないッ!この家は客を何分も玄関先に立たせるのが礼儀なのかッ!」
とんだ言い掛かりだ。
相手の都合はどうでも良いのか?
アスランは再び不愉快そうに、顔を歪ませた。
だが、イザークの立ち姿に彼は不信気な表情を作る。
右手にはアタッシュケース。
手首から覗いた手錠が、取っ手に繋がり、左手にはなぜかペットを持ち運ぶキャリーケース。
ザフト軍の隊長服での仁王立ち姿は、甚だしく滑稽だ。
暫し、アスランは呆然としたが、招き入れるように、身体をずらし、イザークを家の中に迎え入れた。
「ア〜スラぁ〜〜ン! 誰だった!?」
キッチンからは、のんびりとした、低いキーの声が間延びして聞こえてくる。
廊下と接した、ダイニングキッチン。
カガリの背後からは、聞き覚えのある声が響く。
「久し振りだな、カガリ・ユラ・アスハ。」
その声に驚き、カガリは振り返った。
「・・・イザーク。」
「つったく、アスランといい、お前といい、なんでふたりして俺の顔を見ると驚くんだ!?」
口には出さないが、珍しいからだ、とはふたりとも言えない。
呆然とした空気を破り、カガリは緩く眉を寄せた。
「今は『ザラ』だ!私の苗字はッ!」
訂正をイザークに求め、カガリは頬を膨らます。
ふたりの結婚式にも招待され、場の証人にもなったはずなのに、呼び方の呼称は相変わらず。
「まあ、丁度良い。今、昼食ができるから喰っていけ。」
カガリは緩く笑み、突然の訪問であったにも関わらず、イザークを歓待する。
「昼?・・・ そんな時間だったのか?両手が塞がっていたので、時計を見なかったんでな。」
素直な謝罪を口にし、イザークは苦笑を漏らす。
薦められるまま、食事を持成され、本筋の話題に移っていくと、イザークは携帯していた
アタッシュケースを開いた。
居間に移動し、食後のコーヒーを飲みながら、、話題が提議され始める。
刹那、キャリーケースから漏れ聞こえる、猫の鳴き声。
まるで、『出してくれ〜〜』という声に聞こえなくもない。
「ずっと狭いケースに入れっぱなしか?」
カガリは緩く眉根を寄せ、ケースを見た。
「ああ。家に置いてくるわけにもいかないし、ここでヘタに開けて、逃げられたらやっかいだしな。」
「それって、虐待じゃないか。」
「虐待!?そういう言葉は失敬だぞッ!大体、ここに来なけりゃならない理由だって、そもそも・・・」
言い始めたら、なんだか延々と続きだしたイザークの乱言に、目の前のふたりは閉口した。
もともとは、彼が所持していた書類自体、モルゲンレーテのシモンズ主任宛のもので、それを届ける
役回りを負っていたのがディアッカだった、とういう事。
が、その肝心な男が、シャトル到着と同時に『トイレにいく』と告げたまま行方不明になり、仕方なく
イザーク本人が訪れたのだが、事前のアポはディアッカの名前でされていたので門前払いを喰った、
などなど・・・ 本来ならば、カーペンタリアでの自分の仕事だけを済ませて帰るはずが、とんだとばっちりだ!
と憤る始末。
ここに来た時、やけに彼の機嫌が悪かった要因が理解でき、アスランとカガリは揃って溜息をつく。
ふと、カガリは顔を起こし、自分の隣のアスランに視線を向けた。
「じゃあ、昨日のアレ、やっぱり人違いじゃなかったんだな?」
「みたいだな。」
相槌を打つアスランに、イザークは眉を潜める。
「・・・どういうことだ?」
問われ、アスランは昨日の出来事を彼に説明した。
夕方、カガリと街の中心街に買い物に出かけた折、遠眼に見た人物の姿のことを。
しかし、似てる、というだけであって、まじかで確認したわけではなかったし、すぐに人ごみに紛れてしまって
見失ってしまった経緯を話すと、イザークは額に血管を浮びあがらせ、毒を吐く。
「帰ってきたら、営倉にぶち込んでやる。」
「あ、でも本人かどうかは・・・」
フォローするようにカガリは引き攣った笑みで答える。
「ここはオーブだぞッ!ヤツの目的なんて、調べるまでもなかろうがッ!!」
そう、ここはオーブ。
オーブには、ディアッカの意中の想い人が居る。
言わずとも、ディアッカ失踪の原因は解りきっていた。
はぁ〜。
カガリとアスランは再び溜息をついた。
今日はこれで何度溜息を漏らしたか解らない。
話の軌道を修正し、イザークはふたりの前にアタッシュケースの中身を渡した。
書類の内容は、Nジャマーの中和装置についてのもの。
「技術開発部から預かったものだ。結論からいえば、地球にまかれたNジャマーを除去するのは不可能だそうだ」
イザークは淡々と言葉を続け、書面の内容をふたりに説明した。
「詳しいことは俺にはわからん。あとはそっちでなんとかしろ。」
詰まりは、モルゲンレーテのエリカ・シモンズへ渡されるものが、カガリとアスランを経由して渡る、ということに
なったわけだ。
ふたりは真剣な眼差しで、その資料に眼を通し始めた。
一通り、その内容に眼を通し、カガリは笑顔でイザークを見た。
「ありがとう。これは私の方から責任を持ってエリカに渡すから。」
確約を受け取り、イザークは苦笑を漏らす。
これでお役ご免だ。
重荷から解放されたと思ったのか、イザークは軍服の襟元を緩めた。
それを待っていたかのように、ケージから猫の鳴き声が漏れた。
「だしても良いか?」
「ああ、勿論。」
カガリは書類をアタッシュケースに戻しながら、頷く。
ケースの扉を開けたと同時に、でてくるでてくる、後から後から・・・
翠の瞳を持った猫を先頭に、金の瞳、以下子猫が三匹。
とてもじゃないが、イザークがペットを飼うようなタイプの男には見えなかったこともあってか、
アスランは疑問を投げかけた。
「知るかッ!気が着いたら、扶養家族が増えていたんだッ!俺の意思じゃないッ!!」
返ってきた答えに、アスランは引き攣った笑みを零す。
何時の間にか増えていたとしても、それを見捨てるほどイザークも情がないわけではないようだ。
カガリが手を差し伸べると、翠の瞳の猫は素直にその手に縋ってきた。
「コイツ、アスランと同じ瞳の色してる。可愛い。」
ごろごろと喉を鳴らし、カガリに甘える姿にイザークは瞳を開いた。
「・・・珍しい」
「はぁ!?」
カガリは猫を抱き上げながら、眉を寄せた。
「いや、俺には甘えないからな、ソイツ。」
イザークが声を漏らした瞬間、金の瞳の猫がカガリの腕の中の、翠の瞳の猫に飛びついた。
バリバリバリッ!
凄まじい音をたて、立てた鋭い爪先が、翠の瞳の猫の頭から背中を滑り落ちる。
ぎゃおぉぉーーーん!!
悲鳴にも近いその声に驚き、カガリは手を放してしまう。
途端、室内の中で始まる猫の鬼ごっこ。
「こらーーーッ!家の中は運動場じゃないんだぞッ!」
カガリの怒鳴り声も虚しく、一向に収まる気配がない。
その光景に、イザークはまた驚き、瞳を開く。
「・・・これも珍しい・・・」
自宅では、いい加減うんざりするくらい、仲が良い二匹の様子に呆れていただけに、喧嘩する風景は
不思議な情景にイザークには見えた。
壁隅に追いやられ、翠の瞳の猫は体をちじこませ震え、なんだか金の瞳の猫に『ごめんなさい』と
言ってるように感じ取れた。
甘える相手が人間でも、対象が『女』なら、ヤキモチという感情は動物でもあるのだろうか?
憤りを収めるような仕草で、翠の瞳の猫がぺろり、と金の瞳の猫の鼻先を舐める。
ふん!
そっぽをむく金の瞳。
その姿態がどこか、カガリは自分に重なる気がして、アスランに視線をちらりと向ける。
どういう顔を作っていいかわからず、アスランは複雑な笑みを漏らした。
よたよたと、カガリの足元に近寄る、三匹の子猫。
視線が移動すると、カガリは何気に子猫の名前をイザークに聞き尋ねる。
「翠の眼のヤツがタロウ、金のヤツはジロー、オッドアイのヤツは、サブローだ。」
タロウにジローにサブロー・・・!?
カガリは自分の視線の高さに、子猫たちを持ち上げ、眉根を寄せる。
何度見ても、子猫たちには牡猫のシンボルはない。
どこからどう見ても、全部牝猫だ。
「ちなみに、親猫の名前は?」
カガリは眉を寄せたまま、イザークに更に問う。
「猫1と2。」
普通の顔で答えるイザークに、カガリは顔を伏せる。
改名をした方が良いんじゃないか?・・・という進言は、余計な御世話なのだろうか・・・
彼女は溜息をつき、人事なのにとても他人事では処理できない気分になった。
◆ End ◆
※さて、好評をいただいております、拍手SS第二弾です。
今まで拍手は殆ど更新がなかったので、異例のチェンジに
自分が驚いております。(^。^;) ま、一言、楽しんでください、
ということで。 まずは拍手、そしてご訪問感謝です。
※この壁紙イラストは「M/Y/D/S動物のイラスト集」よりお借りしています。
イラストの転載はできません。