『 ビジター W 』
一週間の工程ではあったが、オーブ国内のことも含め、
自分の仕事も加味し、実に慌しかった。
本来なら、カーペンタリアでの仕事のみを済ませれば、直ぐにでもプラントへ
帰ってこれたものを・・・
ディアッカの失踪騒ぎのせいで、いらぬ手間を取り、慣れない家での、強制宿泊。
単純と笑われそうだが、枕が変るとなかなか寝付けない、という習慣性は誰しも持つものだ。
オマケに、家に置き去りにも出来ず、仕方なく同伴させるハメになった猫たちのおかげで
寝付けなくて、まともに寝ていない。
アスランにはいらぬ恨みまで買うわ、踏んだり蹴ったりだ。
・・・まったくもってついていない。
なぁお〜〜〜ん!!
ガリガリ。
激しく、ケース内を引っかく爪音。
早くだせ、とばかりにキャリーケースの中で、猫の鳴き声があがる。
自宅の玄関扉をあけ、自分の靴を脱ぐより先に、イザークはケージの扉をあけてやる。
飛び出してくる、猫たち。
やっと戻った我が家、とでもいうかのように廊下に飛び出し、居間に向って走っていく姿は、
イザークの溜息しか誘わない。
ブーツを脱ぎ、主である自分が家にあがる頃、猫たちは家主を無視して、ボール遊びに夢中だった。
「お前たちは気楽でイイな。」
皮肉なのだろうか。
半分以上は嫌味にも聞こえるが。
ふと、室内の電話に視線が向く。
点滅する赤ランプ。
留守の間に電話があったようだ。
録音ボタン、再生のスイッチをイザークは押した。
《イザークさん。留守のようだから、またかけるわね。》
「母上?」
彼がひとり暮らしをするようになってから、母であるエザリアは、様子伺いの電話を
度々するようになっていた。
慌て、彼は、折り返しのコールをする。
母ひとり、子ひとりの環境で育った彼は、とりわけ、エザリアに対する思慕は過剰に思えるほど。
端からみれば、マザコンのように見える息子。
エザリアはエザリアで、異常すぎる、とも受け取られ兼ねないほど、息子を溺愛している。
その姿を微笑ましい、と取るか、それとも、唯の猫可愛がりと見るかは人それぞれだが。
数回のコール。
電話の相手がでた。
《母上、すみません。出かけている間に電話をいただいたみたいなので。》
いつもの乱暴な口調は、どこにいってしまったのか?と、疑いたくなるくらい、イザークの口調は
穏やかで丁寧。
《なにか、用事でも?》
緩い笑みさえ浮かべ、イザークは嬉しそうな表情で、母親であるエザリアと会話を交わした。
《はい。・・・わかりました。では、明日の夜、お待ちしています。》
話の顛末は、どうやらエザリアが、イザークの自宅を訪ねたい、という旨。
約束を交わし、イザークは受話器を置いた。
なぁ〜〜ん。
とてとてと、翠の瞳の猫がイザークの足元に擦り寄ってきた。
「・・・なんだ?お前が甘えるなんて。」
眉根を寄せ、イザークは視線を落とす。
その刹那、室内の壁掛け時計が午後9時を告げた。
「・・・腹が減っただけか・・・」
なおぉ〜〜〜ん。
相槌を打つ様に、翠の瞳の猫は鳴く。
正直なヤツだ。
ぼやき、彼はキッチンに足を向けた。
収納棚の上部の扉を開けた途端、足元をうろうろしていた猫が勢いをつけ、彼の軍服の
胸元に飛びついた。
「痛いッッ!!馬鹿者ッ!飛びつくなッ!爪を立てるなッ!!よじ登るんじゃないッッ!!」
猫はイザークの軍服に爪を立て、肩を辿って、頭をふんずけ、棚の上部に身を躍らせる。
前足で、翠の瞳の猫は、ぽんと缶詰めをひとつ蹴りだす。
ぽとん。
落ちた先は、イザークの両手のひらの中。
「・・・」
それを見て、彼は眉根を寄せた。
《キャットフードの王様。 金印》 の文字。
マグロと鳥のささみがブレンドされた、高級猫缶。
とん、と棚に居た猫が、ジャンプをし、ダイニングテーブルに飛び降りる。
ステップして、床に飛び降り、今度は自分の餌皿を鼻先で押して、イザークの足元まで運んできた。
にゃう〜〜ん。
甘えた声。
まさに、猫なで声まんまだ。
「・・・これを開けろ、て?」
イザークは、不機嫌そうな顔で、足元を見下ろした。
小さく息をつき、彼はしゃがみ込み、缶の蓋を開けた。
途端、匂いを嗅ぎつけた、他の猫たちがキッチンに殺到してくる。
皿に群がろうとしていた子猫三匹の首根っこを摘み、彼は別の皿を引っ張ってきた。
「お前らは、こっちだ。」
そろそろ、子猫たちは離乳の時期。
だが、いきなり親猫と同じものを与えてしまっては下痢をおこしてしまう。
子猫たちには、子猫たち用のキャットフードを用意してやる。
その様子に苦笑を浮べ、イザークは優しい笑みで様子を見守っていた。
翌日。
仕事を終え、帰宅すれば、自宅の前に停まる一台の車に、彼は慌てた。
「母上ッ!」
「ちょっと早かった?」
エザリアは、美しい笑みを湛え、愛車から降りながら、愛息に視線を向ける。
「待っていたんですか?」
「帰ったら、また貴方とすれ違いになってしまうでしょう?」
イザークによく似た容姿。
美しい銀髪を揺らし、エザリアは微笑む。
とてもじゃないが、21歳の子持ちには見えない、美しさ。
イザークが自慢するだけある。
「よかったら、どこかで食事でもしましょう。貴方もまだでしょう?」
「ええ。 あ、でも、少し時間をいただけませんか?餌をやっていかないと。」
「餌?」
扉を開けたと同時に、猫たちの腹減ったコールが響く玄関先に、エザリアは驚き瞳を開いた。
「猫なんて、いつ飼ったの?」
「・・・飼った、というよりは・・・勝手に来たが正しいのですけど・・・」
イザークは困ったような仕草で、エザリアを見た。
一通りの世話を済ませ、イザークは私服に着替え、再び自宅をあとにする。
食事を終え、帰宅した時には、夜の10時を迎えていた。
積もった話題に花を咲かせていたせいもあるが、イザークはただ、母親を帰すのも不憫で
お茶に誘う言葉を漏らせば、喜んだ笑みが返ってくる。
久し振りの息子の家。
あがり込んだ、居間には猫たちが歓待するように雁首を並べ揃えていた。
「躾けが行き届いているのね?」
躾け?
・・・別に、そんなものに躍起になった覚えはないが、コイツらは客人に対しては愛想だけは良い。
特に、翠眼の猫の、振る舞いはご機嫌取りに近い。
エザリアは、満悦気味に微笑む。
「ねぇ。 イザークさん。」
「はい?」
猫を腕に抱きながら、エザリアはイザークに話題を振る。
「このコ。お見合いさせてみない?」
「・・・は?・・・見合い、・・・ですか?」
イザークは、突然振って沸いた話題に眼が点。
「薄紫の眼で、とっても可愛いペルシャの牝なの。知り合いが交配させたい、っていってたんだけど。」
エザリアの言葉に、イザークは手にした紅茶のカップとソーサーを落としそうになった。
「・・・ソイツ、雑種ですよ、・・・多分。」
「子供ができれば良いのよ。」
「・・・はぁ。」
ピクン。
猫の耳が、反応を示すように動く。
話に耳を傾けていたのか、解ってか解らずか、エザリアの腕の中の猫が突然暴れ、逃げ出す。
「な、なに?突然!?」
エザリアは驚き、逃げ去った猫に視線を向けた。
翠の瞳の猫は、金の瞳の猫に擦り寄ると、体全体で、愛情表現を示し始めたことに、イザークは
苦笑を零した。
「折角ですが、母上。そのお話はなかったことにしていただけませんか? 見ての通り、この二匹は
夫婦ですし、仲も良い。それに、多分交配だけを目的にしても、成功はしないと思います。」
「・・・そうかしら?」
たかが、猫がそこまでパートナーに固執するとは思えないエザリアは首を傾げるばかり。
「それに、私自身、積極的にこの二匹を離れさせたいとは思いませんから。」
「・・・そう。・・・貴方がそういうなら、仕方ないわね。」
エザリアは苦笑を浮べ、イザークが持成した紅茶に口をつけ、答える。
「じゃあ、猫がダメなら、人間の方はどう?」
「はあっ!? ・・・人間、って・・・」
「貴方に決まっているでしょう? イザーク。」
ガチャンッ!
手から零れ落ちたカップが床に激突した。
顔面蒼白。
ぱくぱくと、言葉のでないイザークの唇が、母親に無言の抗議をしている。
それを受け流し、エザリアは優しい笑みで彼に応えたのだった。
・・・ To be continued
※ さて、お待たせしました。『ビジター4』またまた再びです!
ププッ ( ̄m ̄*) 一応、今回は続き。ちと、長くなってしまい
そうなので。;; そんなわけで、見合い話が持ち上がった
イザークの運命はいかに。・・・「5」に続きます。
次で完結の予定。壁│・m・) プププ
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※この壁紙イラストは「M/Y/D/S動物のイラスト集」よりお借りしています。
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