『 海岸沿いで 』 〜 Side Athrun 〜
深く、深く・・・ 何処までも落ちていくような感覚。
その感覚に囚われながら、彼は不思議なヴィジョンを垣間見てるような
視覚でそれを見ていた。
まるで、上から覗き込んでいるような体感を味わえる。
『私の声が聞こえますか?アスランさん。』
「はい。」
彼は素直に応える。
『では時を遡っていきましょう。・・・貴方は16歳、戦争の真っ只中・・・
一番自分が心にしこりを感じる場面を思い出してください。』
ジェシカの声に導かれ、彼が見た光景は、最後の風景。
ヤキン・ドゥーエでの戦い。
父親の破滅的な行いを自らの手で止めるため、乗り込んだ、コントロールルームでの
光景だった。
空に浮ぶ、朱に染まった、実父の身体。
その姿を見咎め、彼の体が震える。
もし、父が行う、この暴挙を強行するのなら、差し違えても、止めるつもりで潜入を
果たしたのに・・・
眼に飛び込んできた、父親の姿に涙を止めることができなかった。
どんなに自分自身が、このひとに傷つけられようとも、彼はまごうことなき、最後の
肉親なのだ。
怒りは覚えても、恨みを抱くことはできないひとなのだ、と思い知った。
止めたかった。
たったひとつの思い。
こんなことになる前に・・・
だが、それは叶うことなく、父の命を散らしてしまったことへの後悔。
それは切ないまでにアスランの胸を締め付ける。
苦しくて、苦しくて・・・それでも吐き出すことのできない思いだけが、胸に澱のように
降り積もって・・・
アスランの頬に、一筋の涙が伝わっていく。
「・・・父上・・・」
愛していたのだ。
どんなに酷い言葉を投げかけられようとも、『愛していた』・・・最愛の父。
『貴方が、お父様に愛されていた、と一番感じていた頃まで、遡ってください。』
再び、ジェシカの声が聞こえる。
暗闇をゆっくり歩み、満ちる光。
その時は、アスランが4歳の頃の風景。
『逃げろ』
パトリックはそうアスランに伝え聞かせた。
レノアと共に月に。
身分を隠し、お前たちの命を守るために・・・と。
父は、確かに彼に云った。
議員となり、命の危険に晒されている自分から、離れろ。
「父は・・・そう言いました。」
『貴方は、お父様に愛されている、と感じてますか?』
「はい。・・・母と俺を守りたい、という父の気持ちが解ります。」
『お父様は、そこに居ますか?』
「・・・はい。」
『素直に身を任せてみて。』
ジェシカの言葉が響くと、パトリックはアスランを優しく自分の胸に抱き寄せた。
流れ込んでくる温かさ。
父が息子を抱く抱擁は、アスランの閉ざしていた暗い心の氷を解かしていく。
「・・・父さん。」
小さく言葉を口にして、アスランは涙を零した。
『お父さんのことを許せますか?』
「はい。」
再び、緩い闇が彼を包み込んでいく。
『今、全てのものに許しを請いたいことはあって?』
「・・・多くの命を・・・この手で奪いました。・・・正義という大義名分の名で。」
『心が傷ついているのね。では、貴方を救ってくれたひとを思い浮かべてください。』
「・・・カガリ。・・・彼女がいてくれたから、今の俺がいるのだと思います。」
『彼女はそこにいますか?』
「はい・・・光の中に。」
その言葉を紡いだ瞬間、アスランは無意識に隣のカガリの手を強く握り直していた。
『光に身を任せてみて。』
「・・・温かい。・・・とても。」
全てを解かし、包まれる優しさは・・・言葉では表せないほどの心地良さ。
光が消え、次に彼が見たものは・・・
硝子の容器とその液体の中に浮ぶ、胎児の自分の姿だった。
「・・・ここは嫌だ。白衣を着た男たちが俺を見ている。・・・ここは寒い・・・
早く、だして・・・」
彼がみていた映像は、人工子宮の中でコーディネイターとして調整を受けている
時の光景に違いない。
ジェシカは、そう判断した。
『生まれて良いのよ。きっとご両親は、貴方の誕生を心待ちにしているわ。』
導かれ、言葉に従えば、赤ん坊の自分を抱く両親の姿が浮かび上がる。
アスランの表情は、幸せに満ちた、優しい笑みを湛えた。
光は加速し、一面が白い耀きに包まれる。
『怖れないで。そのまま真っ直ぐに進んで。』
アスランは、光の中に飛び込んでいく。
・・・出合った、風景は、自分が見たこともない景色。
彼方に視線を向けた時、彼は微笑む少女が佇む緑の草原へと
踏み込んでいた・・・