『ディザイア −前編ー』A


プラントへ赴くにあたり、訪ねるとの旨をアイリーン・カナーバ宛に
打電したのち、二日間を開けてラクス、ディアッカ、アスラン、カガリは
エターナルからシャトルに移乗してプラントを訪れた。
指示された港にシャトルが入港すると、カナーバ自身が彼らを迎えいれた
ことに、一同は驚きを隠せなかった。
その場にはカナーバをはじめとする、穏健派の議員の数名が同席していた。
にこやかにラクスを歓迎するカナーバは、友好の意味も込め、握手を
ラクスに求めてきた。
「よく戻られた、ラクス・クライン。今回はこちらの要請に応えていただき、
感謝する。」
握手を交わしながらも、僅かに強張ったラクスの表情にカナーバは
安心させるような、柔らかい微笑を浮べた。
「安心なされよ。我々に貴女方を拘束する理由はなにもない。
純粋に話をしたかっただけなのだ。」
「ありがとうございます。」
ラクスもカナーバの言葉に、緩く微笑を漏らした。
「ところで、シーゲル・クラインの行方について、何かご存知か?」
さり気ない、カナーバの質問ではあったが、その言葉は深くラクスの
胸を抉った。
「・・・父は・・・亡くなりました。ザラ議長の息の掛かった者に撃たれて」
「・・・そうであったか。・・・ジェネシスの発射が決定されてから、我々も
囚われの身であったので、情報がなくてな。・・・お気の毒なことを」
カナーバは、ラクスの父、シーゲルとは、穏健派の同士として、互いに
知恵を分かち合った仲である。
その崇高な思考は、平和に向けての意思を、極力血を流さず、いかに
戦争を早期終結させられるか、と話合える知己であったから。
「このような場所で立ち話も無粋であろう、部屋でゆっくりと語り
合おうではないか」
そう、言葉を紡いだカナーバの視線の先には、見知らぬ顔の金の髪の
少女が映った。
「ラクス嬢、そちらの方は?」
アスランの後ろに控えるように佇むカガリに、カナーバは首を傾げた。
「オーブ国の首長、ウズミ・ナラ・アスハ様のご息女、カガリ様ですわ」
オーブの軍服に身を包んだカガリに近づき、カナーバは手を差し出す。
「そなたがウズミ氏の。・・・戦時中もウズミ氏には多大な尽力を頂いた。
こちらでモニターはしていたが、オーブもあのようなことになるとは・・・」
連合に加担しないオーブに、地球軍が総攻撃を掛け、倒壊してしまった
自分の国の過去に触れられ、カガリの顔が一瞬だけ曇った。
「戦争だったのですから・・・仕方ありません」
やっとの思いで、それだけを口にするカガリに、傍らのアスランにも
彼女の痛みが伝わってくる。
「いずれ、正式な話し合い、となれば、またオーブにも力を借りる時がこよう。
その時には、ぜひ我々と地球との橋渡しをお願いすることになるだろう」
カナーバの言葉に、カガリは握手する手に力を込めた。
「微力ではありますが、尽力は尽くしたいと思います。・・・それが父の遺志でも
ありますから」
「かたじけない。・・・このような場所ではゆっくり語れぬ。こちらへ」
一通りの挨拶を済ませ、カナーバは四人を導くように、港を後にした。
港から車へと乗り替え、案内をされたのはプラント内にある高級ホテルの
一室だった。
迎賓用の備えが成された調度品が並ぶ部屋に案内されると、ディアッカは
下品にも口笛を軽く吹いたことに、アスランに視線で窘められた。
客人の扱いのマニュアル通り、お茶が運ばれ、和やかな時間が過ぎ去っては
いったが、話される内容はあまり楽しいものではないのはいたしかたなかった。
「エターナル、そしてジャスティス、フリーダムの建造に関しては、ザラ議長の
独断であって、我々には一切知らされない事柄であった。」
「・・・では、我々の処分は?」
ラクスは毅然とした態度で、カナーバに言葉を投げる。
当然、ラクスにはエターナルの強奪、フリーダムの奪取の容疑が。
アスラン、ディアッカには、軍属にあったにも関わらず、脱走という形で処分が
成されるものと思っていたのに、カナーバの発する言葉は何れも、皆の
考えに反するものばかりで、驚きの方が強い。
「ラクス殿、先ほども申したであろう? 我々は、貴女方がしようとしていたこと、
戦争を止めようと尽力したことはちゃんと解っておるのだ。 それに必要な力で
あったのなら、いたしかないと思っておるのだがな」
にっこりと、カナーバは微笑んだ。
「で、・・・俺達は?」
自然な流れで、ディアッカが自分を指差しながらカナーバに問うた。
「脱走兵、としてそんなに処分されたいのか?ディアッカ・エルスマン」
皮肉な笑みを浮かべるカナーバに、ディアッカはぷるぷると首を振った。
「不問でよい、と思っている。もともとザフトの軍としての構成は特殊もので
あるのはそなたたちも解っていることだとは思うが、評議会で決定した
事項が運用されるものだしな。そなた達がプラントを守る為にした行為を、
良きと判断しさえしても、悪とは言うまいよ」
ほっと、安堵した息を漏らしたのは、ディアッカとアスランである。
固めた処分への厳しい判断への覚悟が、異例な処遇に、身体の力が一気に抜けた。
「もう、あなたたちは自由の身だ。拘束するなんの理由も我々にはない。
安心されよ」
「あ、あのッ!」
「なにか?ディアッカ・エルスマン?」
「イザークの・・・おふくろさん、・・・じゃなかった。イザーク・ジュールの母上、
エザリアさんの処分は?」
唐突なディアッカの質問に、カナーバは瞳を開いた。
エザリア・ジュール。
パトリック・ザラの右腕として、最後まで武力での終結を望んだ急進派に
属してはいたし、その発言も過激思想を匂わせてはいたが。
処分、という形であえて言うのであれば、第一級戦犯として処置されてもおかしくは
ない立場の人物である。
暫く考えてから、カナーバは口を開く。
「今は、自宅での謹慎ではあるが、私達は粛清という形での処分は望んではおらぬ。
エザリアとて我々の仲間。戦争を終わらせたい、と思っていた気持ちは同じであった
はず。唯、我々とはやり方が違っただけだ。力で圧さえつけ、見せしめにしたところで
なんの解決にもならぬ」
「では・・・」
縋るような視線を向け、ディアッカはカナーバを見た。
「彼女の息子、イザーク・ジュールのプラントへの核攻撃を防いだ活躍は
きっと彼女を貢献、弁護する助けとなるだろう。」
「あ、ありがとうございます!」
思わずでてしまったディアッカの感謝の言葉に、カナーバは苦笑する。
「良い、友であるのか?イザーク・ジュールは?」
「ええ、・・・まぁ。」
仲のよい親子であるのは、ディアッカにはなんとなく解ってはいた。
時々ではあったが、軍にいた時、同室であった彼が母を心配する言葉を小耳に挟んだ
ことが何度かあったからだ。
もし、母親であるエザリアが拘禁、囚人の身の上にでもなったなら、イザークの苦悩は
計り知れないものになるであろうことは明白であった。
自分の処分も含め、肩の荷がまたひとつ降りたことにディアッカは息をついた。
話し合いがひと段落すると、四人はホテルから解放された。
が、部屋からでようとしたところで、カガリだけがカナーバに呼び止められる。
軽く首を傾け、カガリはカナーバを見た。
「もし、プラントの中を動かれるのであるのならば、こちらで私服を用意させるので
そちらに着替えた方がよいと思う。まだ時期も時期ゆえ、内政も安定しておらぬ
のでな、そなたの軍服は目立ちすぎる」
ああ、と同調するようにカガリは自分が身に纏っていたオーブの軍服を見た。
納得し、着替えが済むまでは、アスランは別室のドアの前でカガリの衣替えを
待つことになった。
暫くの時間待たされ、ドアからでてきたカガリの姿にアスランは両の双眸を見開いた。
ライトピンクのワンピース姿のカガリ。
驚いた、なんてもんじゃなく、あまりの変貌ぶりに思わず、
「女の子だ・・・」
と、呟いてしまったことに、カガリのげんこつが飛んできた。
「怒るぞ!!」
「ぶってから言うなよ。大体、俺はカガリのスカート姿なんて見たことないんだから!」
言われてみてからカガリは思い返した。
そう言われれば、アスランの前ではオーブのオレンジ色のジャケットにパンツ姿か、
軍服しか見せたことがないのに思いあたった。
「つったく、キラといい、お前といい、なんでひとの姿見て、確認するようなこと言うかな」
失礼だ、とぷりぷり怒るカガリに、
「なんだ?キラも言ったのか?」
噴出すのを懸命に堪えながら、アスランは歩き出す。
苦笑を浮かべ、ホテルの廊下を歩くふたりの会話は明るかった。
「ああ、レジスタンスにいた頃、街に買い物にでて、そこでブルーコスモスのテロに
遭遇したことがあるんだけど、その時ちょっとしたアクシデントで着替えるハメに
なってな。スカート履かされた私を見て、キラも同じこと言ったんだ。」
「そいつは悪かったな」
アスランはカガリに視線を向けながら苦笑し、返事を返した。
ホテルではディアッカはアークエンジェルに戻ると云い、ラクスもエターナルに戻る、
ということで、それぞれが別行動をすることとなった。
ホテルの玄関からでると、外にはカナーバが手配してくれた車が用意されていた。
カガリをエスコートしながら、アスランは助手席のドアを開け、彼女を車に乗せる。
「どうする?これから」
アスランが運転席につくと、カガリは彼に問う。
「・・・俺の家、くるか?」
「行って良いのか?」
何故か明るいカガリの声に、アスランは苦笑する。
「なにもないぞ。それでもいいか?」
「私は客じゃない!」
きっぱりと言い切る彼女に、アスランは遂に耐え切れず噴出す。
「なんで笑うんだ!」
赤面しながら彼を詰るカガリに、アスランは滑らかに車を走らせ始めた。
車の窓を開けると、爽やかな風が車内に流れ込んでくる。
人工的に作られた空気。
それでも、地球のものとなんら変わらない、その空気の感触にカガリは呟いた。
「・・・プラント、守れてよかったな」
「ああ・・・」
苦笑を浮かべながら、カガリの言葉にアスランは静かに頷いた。
守りたかったもの。
そして、ふたりで守ったもの。
今の時間は、それを体感できる幸福な時間、そのものであるのかも知れない。
穏やかな時間の流れがふたりを優しく包み込んでいった。