『ディザイア −前編ー』B


プラントの中では、いわゆる高級住宅街に相応する場所まで来ると、
アスランは慣れた仕草で一軒の屋敷の前で車を停めた。
門扉のセキュリティを解除し、玄関の前に車を乗り付ける。
車をふたりで降り、玄関ドアをカードキーと暗証番号を打つことで
開けると、アスランはカガリを中に招き入れた。
「でかい家。」
あんぐりと口を開けながら、カガリは呟いた。
旧世紀、中世ヨーロッパの貴族の豪邸をそっくり模ったような造り。
外装だけを見ていても、端から端の部屋数を確認しているだけで、日が暮れて
しまいそうな錯覚すらカガリは覚えた。
鬼ごっこでもしたら、さぞかしやりがいがあるだろうな、等とげんなりしながらでは
あったが・・・。
「オーブのお前の家は知らないから、どうだか解らないけど、
カガリん家だって、このくらいなカンジなんだろ? 一応、姫様なんだしさ」
くすっ、とアスランは笑いながら答える。
「そりゃ、ウチだって広いけど、こんなに絵画や美術品は飾ってないからな」
どちらかと言えば、カガリのオーブにある自宅は造り的には中世アメリカのカントリー
スタイルに近い富豪の屋敷という感じの造りなので、彼女は呆れるばかりである。
「別に父が集めた物で、俺はこういうものはさっぱり解らないから。興味もないし」
二階へと続く、緩いカーブの大理石造りの階段をあがりながら、ふたりは
ぽつぽつと会話を交わす。
「なぁ〜 なんで誰も居ないんだ?」
これだけの広さと規模の屋敷なら、使用人のニ、三人はすっ飛んできても
おかしくはない。
「母が居た頃はそれなりに居たけど、父もあまり帰って来ない家に使用人ばかり居ても
仕方ないだろう?・・・それに自分の部屋とかあんまり俺は触ってもらいたくないからな」
よくよく聞けば、忘れた頃にハウスキーパーが来て掃除するだけに何時の間にか
なっていた、という話にカガリはため息を漏らした。
お坊ちゃんはお坊ちゃんでも、どうもアスランの場合はケースが違うみたいである。
13歳でプラントに戻っても、留守がちな父親。
母親が居た頃は、まだマシな生活だったようだが、その母も仕事の為に留守が多く、
自然にアスランはこの広い家にひとり、という形が多かったことが伺えた。
二階の部屋を案内しながら、アスランはひとつの部屋を指差した。
「俺の部屋はここ。で、向かいは母の部屋だけど、ゲストルームもあるから、
好きな部屋使って」
アスランの部屋の位置を聞いた段階で、カガリは迷わず彼の母の部屋を選択する。
少しでも距離が近いに越したことはない、と彼女は考えただけなのだが。
廊下の奥は書斎だと聞き、カガリは無性に興味をそそられた。
アスランは苦笑を浮かべながらも、素直にカガリを書斎に案内した。
扉を潜って直ぐに眼に飛び込んできたのは、正面に備え置かれた大きな木製の机。
両サイドは天上まで届きそうな程の本棚と、分厚い書籍の群れ。
その壁の中央には暖炉がある。
雰囲気はなんとなく亡き自分の父、ウズミの執務室に似ていた。
幼い頃、仕事中の父を煩わせ、構ってもらいたくて遊びに行く自分の姿を思い出し、
カガリは苦笑を浮べた。
暫く、そこで時間を過ごした後、ふたりは外に食事にでることにする。
長く戻らなかった家には、なんの買い置きもされてない、というのも理由ではあったが。
プラントの中で調節されている時間帯が深夜に移る頃、カガリは貸し与えられた部屋で
シャワーを済ませ、アスランが母の物だけど・・・と云いながら貸してくれた婦人物の
パジャマとナイトガウンを纏い、ベッドに横になろうとしていた。
不意に、廊下での微かな物音に、彼女は身を起こす。
静かな足音は、夕方、この家に着いた時、アスランが父親の書斎だ、と教えてくれた
方向に向かっているのにカガリは首を傾げた。
そっと、扉を開き、様子を伺うと、その視界には書斎に消えていくアスランの姿を捉える。
「・・・なにやってんだ?あいつ・・・」
微かな彼女の好奇心は、自然に彼の後を追う形になる。
一方、書斎に入ったアスランは暖炉に火を熾すと、その前に座り、片足を抱え込み
思案に耽っていた。
やること、成さねばならないことが多くありすぎて、どこから手をつけていいか解らない。
それが、今の彼の現状だった。
考える時間は充分あるはずだ。
はぁ、とため息ばかりが漏れるのは仕方がないことかも知れない。
不意に、扉の所でした微かな物音に、アスランは静かに視線を向けた。
そこから覗く金の髪の少女の姿に彼は苦笑を浮べる。
「どうした?眠れないのか?」
「まぁな。枕が変わると寝れないタチなんだ」
「だったら、少し話でもするか?」
「ん。」
そそくさと、機嫌よく、カガリは書斎に入ると、扉を閉め、アスランの横にちょこんと
腰を降ろした。
暗闇の室内には、暖炉の火の明かりのみ。
静寂の中にも、神聖な灯火にも思える感じがした。
「これから、どうする?」
ふと、カガリが口火を切ると、アスランに問うた。
「解らない。」
「・・・そうだよな。・・・私もなにから手をつけて良いか・・・」
はぁ〜、とタイミングを計ったようにふたりしてため息をついたのに、思わず、互いの
口元から笑いが漏れた。
「・・・今更、過去のことを振り返っても仕方ない、と思うけど、もっと父と話す時間が
持てたら、って考えていたんだ。」
「アスラン?」
「一体、何時から、眼を合わせて話さなくなったんだろう・・・かな・・・って」
彼の語る言葉に、カガリは静かに耳を傾けた。
「もっと、時間を掛けて父と話せたら、ひょっとしたらこんなことにはならなかったのかな?」
アスランは暖炉の火を見詰めながら、静かに言葉を紡いだ。
彼のその脳裏に甦るのは、父親の暴走を止めようと、ヤキン・ドゥーエに乗り込み、
司令室に入る寸前で側近の将校に撃たれ、無重力の空間に浮かんだ父の姿。
息絶える直前、アスランは父親を看取ることは出来たが、その父の口から漏れた
言葉は・・・ 息子の自分を心配する言葉ではなく、復讐に満ちた怨嗟の言葉。
『・・・撃て・・・ジェネ・・・シス・・・』
それが父の最期の言葉だった。
何故、このひとは最後まで自分の過ちに気付いてはくれなかったのだろうか、という想い。
取り戻すことなどできはしないのに・・・失ったものは。
辛かった。
自分の無力さが、父をここまで追い詰めてしまったのだろうか?
後悔の涙が空間に漂ったのは、今もなお、生々しい記憶でしかない。
「・・・どうだろう・・・それは私にも解らないな。」
カガリは暗く、考えに耽るアスランに静かに応える。
「俺が4歳の頃、母と月にいくと決まった夜、父は今の俺達みたいに、この暖炉の前に座って
俺を膝に抱きながら言っていたことがあるんだ」
「どんなことだ?」
「その頃は、父もまだ平の議員だったけど、何故ナチュラルは自分たちを支配することだけを
望むのかと、・・・言っていた。きっとその時はナチュラルもコーディネイターも共に生きていける
道を、父は父なりに模索していたんじゃないかな?」
アスランは顔をあげ、カガリを見つめる。
「ユニウスセブンでのことが・・・母が巻き込まれなければ・・・父は狂わずにすんだのかな?」
「愛と狂気は背中合わせ、てことか?」
「・・・どうだろう。・・・カガリとこうやって話せるようになって、君のことが好きになって・・・
だから、父の気持ちも解らなくはない、とは思うけど・・・。俺自身、もしカガリを失ったら
狂ってしまうかな?」
苦笑を浮かべ、アスランはカガリの顔をじっと見る。
それ程、今はカガリに夢中だと云いたいのだろうが、余りにも質問の内容がナーバス
過ぎたのか、カガリは僅かに眉を顰めた。
「そんな弱気なことを云うお前は嫌いだ。」
「カガリ?」
「ホントに、相手を好きだと思うなら、失うことを考えるな。万が一そうなったとしても、その分も
生きる、と思うのは人としての義務じゃないか? いや、義務は変だな。私もアスランのことが
好きだ。でも、仮にアスランが私の前からいなくなったとしても、その恨みや憤りを周りに
ぶつけることは違うやり方だと私は思うぞ。・・・憎しみは何も生み出さない。」
くすっ、と微かに笑い、アスランは思った。
カガリに同じようなことを云われたのはこれで二度目だと。
キラとの壮絶な死闘を繰広げた後で負傷した自分を助け、救命艇の医務室で激しく捲くし
立てられたことが鮮明にアスランの脳裏に甦った。
殺したから殺されて、殺されたから殺して、それで最後は本当に平和になるのか!という言葉。
カガリはいつでも自分が欲しい、という言葉をくれる。
アスランはふと、そんな風に思った。
迷った時、自分がどうしようもなく憤りを感じても、彼女の存在に救われたことは、キリがないほど
多くあった。
「過去のことをくよくよ考えても仕方ない。今は前を、未来を見よう。」
カガリがにっこり笑うと、アスランも攣られて微笑み相槌をうった。
「そうだな。」







                       ・・・To be continued



■ と、いうことで、このお話は続きデス。ププッ ( ̄m ̄*)
同時アップした『磨羯宮寝室』の中のジャンルで分けたコンテンツに
格納してあります。・・・そうです。内容が段々ヤバイ方向に
流れていくからです。
続きはそちらの方でお楽しみください。フフフ ( ̄+ー ̄)キラーン