『ディザイア ー前編ー』@


ジェネシスが宇宙に散った。
内部に残されたジャスティスの自爆装置が作動し、誘爆の形で。
眩いばかりの巨大な光が炸裂した。
破壊されたあと、間を措かずに全周波放送にのってアイリーン・カナーバの
停戦を訴える声が宇宙に響き渡った。
その二日後のこと、異例とも呼べる秘密裏の会談の要請がプラントから
ラクス・クライン宛てに申し込まれてきた。
当然、まだ今は停戦という形であって、正式な「終戦」とはなっていない現状。
申し出があったから、と言って迂闊にプラントへ出向くには、今の現状は
危険と背中合わせには違いない。
申し出は穏健派、そしてクーデターの立役者であったアイリーン・カナーバの
名前で送ってこられたものであった。
当然、その内容に関しては、プラントにも地球軍にも属せず、第三勢力として、
この戦争に携ったメンバーが顔を揃えることとなる。
「危険だ!ラクスひとりをプラントへ行かせるなど!」
第一声を上げたのはアスランである。
言葉にわざわざだされなくても、それは誰もが思っていることに、顔を揃えた者たちの
表情は暗い。
しかし、その雰囲気を裂くように、面談を求められたラクスは、ゆったりとした表情で
静かに言葉を紡いだ。
「・・・この申し出、わたくしは受けようと思います」
「ラクス!」
焦った声と心配した声音が混ざった言葉を漏らし、名を呼んだのはアスランであった。
婚約を解消した仲とはいえ、まったくの無関心を装えるほど、アスランは非人情家ではない。
その場に居合わせたのは、エターナルの艦長であるバルトフェルド、デッアッカ、キラ、
カガリ、そしてアスラン。
「そんじゃ、俺が護衛も兼ねて・・・」
ディアッカが挙手するように静かに手を上げた。
「どのみち、一度は戻らなきゃならないトコだしね。それが早まっただけだから」
あっさりと云い連ねるディアッカに、アスランも同調するように声を上げる。
「俺も・・・行きます」
「ありがとう、ふたりとも」
ラクスはやんわりと微笑んだ。
「・・・あの・・・ラクス・・・私もついて行きたいんだけど・・・その、一度プラントを
この眼で見ておきたいんだ」
静かな言葉の中にも、はっきりとした強い意志を匂わせ、カガリも声を上げた。
その言葉にアスランは驚いて、ダークグリーンの双眸を見開いた。
暫く考えてから、ラクスはカガリの意志を尊重し、彼女も同行することを許可したのだった。
結局、話し合いの末、万が一の備えに、バルトフェルドとキラはエターナルに残り、現状の
様子を見る、という役目に落ち着き、プラントへは、ラクスをはじめとする名乗りをあげた
面子が赴くこととなった。
話し合いが一段落すると、アスランは強くカガリの右腕の二の腕を掴み、エターナルの
ブリッジを素早く抜け出た。
「ア、・・・アスラン!!痛いッ!!離せッ!!」
暴れて、その彼の手を解こうともがくカガリであったが、その抵抗など、何の意味も介せず、
唯、無言のアスランの表情だけが、彼女を戸惑わせた。
怒っているのが解る。
無言だからこそ、アスランの激しい怒りが肌を突き刺す・・・。
艦の展望室まで来ると、アスランは彼女の意思を無視し、無理やり室内に引っ張り込み、
宇宙の眺めが一望できる硝子窓にカガリの身体を押し付けた。
「俺たちと一緒に行く、って、どういうつもりだ!!」
「・・・ラクスは許可してくれた。」
少しだけ、拗ねたような声でカガリは小さく言葉を紡いだ。
「今の現状が落ち着いてからだって、プラントに行くのは遅くない」
アスランの激しい叱責の中に、彼が心配をするからこそ、カガリを気遣うからこそ、
その危険を侵させたくない、という感情が激しく彼女にぶつけられた。
そのアスランの言葉に、カガリは俯く。
暫く言葉もなく黙り込んだ彼女の表情を伺うことはできない。
間を於いて、カガリは言葉を漏らす。
「・・・もう・・・イヤなんだ・・・」
「カガリ!?」
カガリはぎゅっ、ときつくアスランの軍服の胸元を両手で握り締めた。
その胸に項垂れた頭を押し付けると、ふわふわと小さな水の玉が無重力の空間に浮かんだ。
「・・・以前、お前がプラントに戻る、って言ってジャスティスを置いていった時だって、本当は
いってなんてもらいたくなかった。・・・ジェネシスを止める、って言って、ひとりで飛び込んで
いった時だって・・・なんで、なんで・・・なんでもひとりで決めるんだ。・・・私はいつも置いて
いかれっぱなしで・・・もう、イヤなんだ・・・ひとりは・・・」
小さく消えいりそうな声。
哀願するようなカガリの声にアスランは困った表情を浮べる。
「・・・ひとりに・・・しないで・・・」
カガリの震える小さな身体をアスランは無意識に抱き締めた。
「・・・どんなにお前に懇願されたって、今回は残れ・・・危険すぎる。
何があるかは解らないし、俺はどのみち、軍を脱走したものとして正式な処罰を
受けなくちゃならない身なんだから・・・その時期が早まっただけ・・・」
全ての言葉を云いきらないうちに、カガリは涙で溢れた顔を起す。
「だったら、尚更だッ!!」
「俺を困らせるな・・・頼むから」
困った表情の中に、アスランは気持ちを分かち合えた金の髪の少女を抱き締める
腕に力を込める。
万が一にも、最悪の予想が的中したとしたら、もう二度とこうやって互いの温もりさえ、
感じることのない距離になってしまうことだって充分考えられた。
カガリの曲げようのない、ストレートな感情がアスランを揺り動かした。
どのくらいの間、互いの視線をぶつけあったのか・・・
睨みつけるような、カガリの表情にアスランは苦笑を漏らす。
「・・・解った。・・・けど、ひとつだけ約束してくれ」
「・・・アスラン?」
ぱっと、カガリの表情が喜びに変わると、それを見計らってアスランは言葉を告げた。
「俺の側を絶対離れない、ということ」
「アスラン・・・」
「万が一、カガリに害が及ぶなら、俺は自分を盾にしてもお前を守るから」
「縁起でもないこと言うな!」
「約束しろッ!」
強く激しくアスランは言葉を吐いた。
僅かな時間を置いてカガリは返事を返した。
「・・・解った・・・」
柔らかい微笑を浮かべ、カガリは潤んだ瞳をアスランに向ける。
「泣きむし。」
「五月蝿いッ!女は涙腺緩くできてるんだッ!!」
ごしごしと、手で涙を拭うカガリにアスランはそっと彼女の頬に唇を寄せる。
そして、もう一度確認するようにカガリの耳元で囁く。
・・・守る、お前を・・・と。