細い小川に沿うと、岩棚から清水が流れ出しているのを見て、
シュラは眼を見開いた。
「水だ・・・飲めるかな?・・・コレ」
と、呟き、その水源に近づく。手のひらで溢れ出す水を掬い、
口を付ける。
「大丈夫そうだ。」
そう言って、フェリスの方を振り返ると、また彼は手のひらに水を
汲み、彼女の口元に持っていく。
その差し出された水に、フェリスは海水で喉の渇きをめいっぱい感じて
いたので、縋りつくように口に運んだ。
何度かその行為を繰り返し、ふたりが喉の渇きを癒すと、お互いに
安堵のため息を漏らす。
取り合えず、水は確保出来た。水さえあれば、当座はなんとかなる。
「もう少し、奥に行ってみるか・・・」
そう、シュラが呟くのに、突然フェリスの身体が空に浮く。
彼が、有無言わさず、彼女の身体を抱き上げたことに、フェリスは赤面
した。激しく彼の腕の中で暴れるのに、シュラは苦笑を漏らす。
「意地っ張り、・・・辛いくせに・・・」
まるで、心の中を見透かされているような感覚がフェリスの心に溢れる。
大人しくなった彼女を抱き、シュラは更に道なりに歩を進めた。
「・・・ねぇ〜・・・何か、硫黄の匂いしない・・・?」
彼女の言葉を聞かずとも、シュラもその事は感じていたので、黙って
頷く。そのまま、その匂いを辿るように歩み続けると、前方に大きな
鍾乳窟を見つけた。
抱き上げていた彼女を下ろすと、シュラは足元の水源に手を入れる。
何と驚いたことに、自然の鍾乳洞の中に、その積みあがった、鍾乳岩により、
池のような状態になってるではないか。
「こりゃ、イイや・・・天然の露天風呂だ!」
先ほど、手を水に入れた時、熱くもなく、温くもないのを確認していたシュラは
フェリスを伴って温水に身を飛び込ませる。
心地よい湯の温かさに、ふたりは地獄から生還する人間の気持ちを
体感していた。
人心地ついてから、シュラはフェリスに近寄ると、彼女の右足を湯の中で
揉み解し始める。
「・・・痛みが薄れていく感じがする・・・気持ちいいわ。」
「筋肉が緩んだみたいだな・・・もう、大丈夫だ・・・」
「・・・うん」
彼女は微笑んで、シュラの顔を見つめた。
一度は死を覚悟したふたりだったが、宿に、水、そして風呂付、となれば
中々快適ライフな島暮らしになりそうな予感がふたりの間に過ぎる。
身体を清め、天然の温泉を後にして、ふたりは最初に見つけた小屋に
帰る帰途についた。
辿ってきた道を逆に戻りながら、シュラは辺りに視線を走らせる。
一本の木を発見すると、シュラはニッと笑った。
「今夜のメシ、確保。」
そう言って、彼は木に手を伸ばす。
だがフェリスのリアクションにシュラは眼を剥いた。
「・・・知らなかった・・・バナナって木になるんだ・・・」
「おいおい・・・」
シュラは呆れた表情を作り、彼女を見据える。
よく熟れた房を一束取ると、彼女に放って寄越した。
「じゃあ、どういう風に実がなると思ってたわけ?」
疑問をそのまま彼女にぶつける。
「え・・・?・・・あ〜・・・お花が咲くみたいに、地面からポン!と・・・」
赤面しながら言葉を漏らすフェリスに、シュラの大爆笑が響きわたる。
「芸能雑誌しか読まないから、こんなことも知らないんだろう?」
冷やかす口調で彼女を嗜めるシュラに、フェリスは赤い顔で睨み返し、
「ポルノ雑誌しか読まないひとに言われたくない!!」
と怒鳴り返す。ウルトラ天然お嬢のフェリスを一頻りからかった後、
シュラは道を再度辿り始め、行きに初めて発見した清水を、持って来た
ペットボトルに詰め、持ち帰る。
温泉でのマッサージが良い効果を齎したのか、フェリスの歩みもしっかり
したものに変わっていた。
小屋に着き、火を興し、暖を取る準備にふたりで取り掛かる。
その時、海岸であのイルカ達がふたりを呼ぶように、鳴いているのを聞き、
シュラとフェリスは浜辺へと足を向けた。
姿を見せたふたりに、イルカ達は待っていました、とばかりに鳴く。
そして、ふたりの足元に海から何かを放って寄越した。
ドサッ、という音と共に降ってきたのは、どこかに漂流していたのだろう、
ココナッツの実が二つ。最大の極めつけは丸々と太ったロブスターだった。
まるで、今夜の夕飯だ、食え!とでも言わんばかりに、イルカたちはけたたましく
鳴く。思わない大きな土産に、シュラとフェリスは驚き、顔を見合すと、次第に
その顔が歓喜の表情を作る。
「ありがとう!今夜はこれをご馳走になるわ!」
そう言って、フェリスはイルカ達に手を振ると、それを見たイルカ達は何度も
海上でのジャンプを繰り返しながら沖へと戻っていった。
辺りはそろそろ闇の時間帯へと、移りゆく。
だが、幸いな事に今日は満月。自然の明かりが今夜は寝ずの番をしてくれそうな
夜が訪れる。
小屋に戻り、ふたりはイルカ達の差し入れに舌鼓を打ち、自分たちが確保してきた
バナナで夕飯を済ませる。
それが済むと、後は何も娯楽を楽しむものがないので、仕方なく就寝に
つくことにした。藁束を積み上げ、その上に布を引いただけの簡素な寝床。
だが、今のふたりにはそれで充分だった。