それからの数日間というもの、シュラにとっては地獄のような
日々であった。例の如く、悪夢に魘され、遂には堪忍袋の緒が切れた
フェリスに寝室を追い出され、居間のソファで掛け毛布を被りながら就寝につく、
という日々が続いていたからだ。
燦々と降り注ぐ陽の光が黄色に見える。
身体がだるく、動かすのさえ億劫なほど、彼は疲れきっていた。
今のシュラにとって、何より必要なもの。
それは自分の欲求を満たすほどの、心地の良い眠りであった。
自宮の石柱に座り込み、日課にしていた筈のコロッセオでの運動も
ここ何日か、サボり気味なのは、今の彼の状態を見れば明らかだった。
そんな彼の横を、天蠍宮の主であるミロが通り掛かり、ぐったりと項垂れ、
座り込んでいるシュラの姿が視界に入ってくると、その異常な彼の姿に
ミロの足も自然と止る。
「具合でも悪いのか?・・・シュラ。」
「・・・眠い・・・」
「はあ!?」
彼の質問と、シュラの答えの陳腐さにミロは眉根を寄せる。
シュラの横に膝を折って、背の高さを合わせると、ミロは覗き込み
彼の顔に、心配気な視線を投げた。
「・・・もう、一週間、ずっと変な夢ばっか見て、まともに寝てないんだ」
シュラの目の下の隈に、ミロはため息をつく。
「フェリスにベッドは追い出されるわ、ソファだから寝付けないわ、で
最悪・・・」
小さく言葉を漏らすシュラに、屈んだ距離が少し近かったのか、ミロの顔色が
変わり、突然シュラの両肩を掴むと、鼻を近づけ、匂いを嗅いだ。
「な、何だ〜!??」
すっとんきょんな声をあげ、シュラはミロの突飛おしな行動に眼をむく。
「・・・シュラ、・・・フェリス、香水は何使ってる?」
「香水?・・・ああ、ミント系のすっきりした香りを好んでいるけど・・・」
「フローラル系は使わない?」
「甘ったるい香りは、合わないってあんまり使ってるのはみたことないが・・・」
「・・・移り香、・・・金木犀の匂い、しないか?」
「そう言えば、よく眠れるから、って最近彼女、寝室に香楼持ち込んでたな。」
「それ、誰に貰った?」
「え?・・・確かシャカにって聞いたけど・・・」
「やっぱり・・・」
立ち上がったミロの漏らしたその言葉に、シュラは驚きの表情を作る。
「やっぱり、って何なんだよ!」
「その持ち込んだ香楼、早く処分した方がイイぜ。」
ミロの言葉の意味が理解出来ず、シュラは焦った表情で身を起す。
「ちゃんと説明しろ! ミロ!」
「俺も、シャカに騙されたんだ、その「香」にさ。」
ミロは腕を組むと、言葉を紡ぐ。
「まあ、確かに女性には安眠剤だろうけど、男にはとんでもない副作用が
あるんだよ、ソレ。」
「副作用?」
「まあ、つまり性的欲求が強ければ、尚のことなんだけど、自分の深層心理
なんて、普通は自覚しないだろ?」
シュラはコクコク頷く。
「俺も・・・その恥ずかしい話なんだけど、・・・カミュと随分ご無沙汰でさ。
悶々してたんだ。で、そん時シャカにその香りの香を「眠れる」というの真に受けて
使ったんだ・・・とんでもなかったよ、ありゃ」
「とんでもなかった、って?」
「笑うなよ、・・・アルデバランに両腕押さえ付けられて、カミュに犯される夢、ていうの
連日見てさ・・・気が狂うかと思った・・・」
赤面しながらミロは片手で口元を被うと、シュラから視線を外した。