「煌めきの時」3

案内された家、もとい屋敷の広さは鬼ごっこしても簡単には
掴まりそうもない広さを保ち、ゲストルームやらなんやらと
ごちゃまんとあり、装飾品も一級品揃いときたのに、シュラも
フェリスも息を呑む。
中庭には当然と言っていい程、プールの設備もなされているので
子供達を遊ばせるには充分事足りた。
家の鍵をデスマスクから受け取ると、暫くはここが仮の我が家に
なるという事に、妙な沈黙と不思議な感情が三人の顔を彩った。
「・・・と、取り合えず、もう食事の時間も過ぎてるから、何か
簡単なものでご飯にしちゃいましょ。」
明るく振舞う、母、フェリスの言葉に、シュラとアテナの腹の虫が
勢いよく鳴った。
備え付けの巨大な冷蔵庫を開けると、誰の為の用意だか解らない
食品が山のように詰め込まれている。
「・・・すげぇ〜な・・・高級食材ばっかじゃん」
一緒に覗くシュラの口からも、感嘆のため息。
取り合えず、食品に関しては、オールフリーということなので、
ありがたく頂戴することにした。
スペイン産の生ハムにキャビアなど等、普段の食卓で滅多に口に
入らないものが広いテーブルに並んだ。
ここまで来たら、遠慮するだけアホらしい、とばかりにシュラは高級
シャンパンを持ち出してきて、フェリスと一緒に飲み開けてしまった。
食事が済めば、後は入浴である。
離れた岬にポツン、と建ってる家なので人の眼もなく、ゆっくりと
羽根を伸ばす事が出来た。
普段なら水着着用の、野外ジャグジーに裸で三人で浸かり、疲れを癒す。
ちょっとしたリゾート気分感覚に、やっと、この家の空気に慣れてきたのか、
何時ものように和やかな笑いが漏れ始めてくる。
そして、残るは就寝につくことだけだ。
磨羯宮でも、アイオロスの特技を生かし、子供部屋と夫婦の寝室とで
区切りをつけてもらったので、アテナは自分の選んだ部屋でひとりで
寝ることとなった。
シュラとフェリスは勿論、同室なのは当たり前の事で、部屋の前で
それぞれが、お休みのキスを交わすと部屋に向かう。
ゲストルームのキングサイズのベッドに横になりながら、フェリスは呟く。
「・・・枕、変わっちゃったせいかな?何か、落ち着かない・・・」
「じゃあ、落ち着く為に、ちょっと運動しようか?」
「あのね〜」
すっかり妖しい雰囲気に傾れ込みそうになった途端、開く入り口の扉に、
シュラもフェリスも赤面しながら、慌てて身体を離した。
「・・・ママ・・・パパ・・・」
「アテナ?・・・どうしたの?」
「ベッドが広くて眠れないの・・・今日だけで良いから、一緒に寝ちゃダメ?」
ふたりは顔を見合わせると、同時に苦笑が漏れる。
「おいで。」
そう言って、シュラは掛け毛布を捲った。
歓喜の表情で、アテナはふたりの間に潜り込むと、安心したのだろう、
幾らもしない内に安らかな愛娘の寝息が漏れ始めるのに、またふたりは
苦笑を再度漏らした。
アテナの身体越しに、シュラとフェリスは優しく、互いを信頼しあい、愛情を
深め合うようにキスを交わす。
唇が離れ、お休みと、互いに言葉を紡ぐと、ふたりはその身を睡魔に
委ねたのだった。



やっとの思いで、この家の間取りと、仕組みを覚えた三人は、いざ本番へと、
ゲストたちの為に当日を迎える。
迎えた学友は全部で五人、何れもアテナとは学校でも一番の仲の良いグループ
の子たちである。
女の子たちは、自分の家と違った余りの豪華な設備に感嘆の息を漏らした。
「すご〜い・・・あの〜アテナのお父さん、仕事は何してるんですか?」
ひとりの女の子の質問に、シュラは冷汗をかく。
「え〜・・・あ〜・・・フリーのカメラマンだよ。」
と、作り笑いで咄嗟に答える。
「へ〜カメラマン、って儲かるんですね〜」
「ま、まぁ・・・ね・・・」
なかなかシビアな質問が飛び出し、シュラは内心焦りを隠せず、その言動の
不自然さに、フェリスに目線で叱咤を受ける。
そうこうする内に、あっと言う間に時間は過ぎ、子供達に充分楽しんでもらって
から五人を自宅へと帰したのだった。
シュラもフェリスも勿論だが、作られた家族の家にどっと疲れを感じ、三人は
その場にへたりこんでしまった。
漸く、難関をクリアー出来、小難しい宿題でも完成させたかのような安堵感が
三人を包み込む。
「・・・御疲れさん、ふたりとも」
と、シュラ。
「・・・いえ、貴方こそご苦労様。」
と、フェリスも言葉を口にした。
「・・・パパ、ママ・・・我がまま言ってごめんね・・・でも、凄くみんな喜んでたから、
明日学校で自慢できるわ。」
愛娘のこの言葉が、ふたりには一番の妙薬だった。
笑顔を取り戻し、また何時もの日常を取り戻すことができるから。
だが、まだデスマスクから借りた、この家の滞在日数は4日程残っていた。
「明日は学校だけど、次の日は休みだから、みんなで遊園地にでも行くか?」
突然のシュラの提案に、驚くアテナとフェリスだったが、直ぐに歓喜の声を
上げるとふたりしてシュラに抱きついていった。
よくよく考えてみれば、聖域をでた事のないアテナの為に、思いつきで
言っただけだったのだが、ふたりがこんなに喜ぶなら、もっと早く実行してれば
良かったかもしれないな、とシュラは心の中で呟く。
翌日のアテナの登校日は、勿論注目の的で、加えて美男美女の両親の話が
途切れる事はなかった。