「煌めきの時」2

巨蟹宮からアテナが戻ってくると、時間はそろそろ夕食の時間である。
「ふたりとも、ご飯の前にお風呂、入っちゃってね。」
夕飯の支度をしながら、キッチンと続き間になってるダイニングのテーブルで
トランプ遊びに興じていた、シュラとアテナは一言返事を返すと、
浴室へと向かう。
湯船にふたりで浸かりながら、シュラは微笑を漏らして、娘を見詰めた。
「アテナは何時まで、パパと一緒にお風呂に入ってくれる?」
よくある、父親の娘に対する質問。
「ん〜・・・パパが嫌、って言わなきゃ、ずっと!」
可愛らしく微笑む娘の笑顔に、シュラは蕩けそうな程の幸福感を
感じていた。
身体をよく温め、身体を清めると、身支度にふたりでパジャマを着込み、
ダイニングに戻る。
タイミングを計ったように、テーブルには今夜の食事が用意されたいた。
シュラは何時ものように、食事と共にワインを、アテナは子供らしく、
牛乳を口にし、湯上りの水分補給をすると、今夜の食事を口に運び始める。
それを見詰める、両親の温かい瞳に守られ、優しい風景が存在する。
ふと、フェリスが言葉を告げた。
「アテナ・・・この間の学校の事だけど、パパとちゃんと話合ったんだけど、
行ってみても良いと思うの。それで、手続きしても良いかしら?と思って」
「ホントに?」
飛び上がるように、アテナは椅子から立ち上がる。
余程、嬉しかったのかその頬は紅潮し、輝きを増した。
そんな訳で、ひとつ返事で話は纏まり、月変わりからアテナは小学校へ
通うこととなったのだ。



新しい月に変わり、めでたくアテナは学校への道を通うこととなった。
送り迎えは一週間のウチ、入れ替わり立ち代りで手の空いてる黄金が
アテナを送り、迎えにいく。
しかし、何故だか、学校に行く度に、アテナの学友ばかりでなく、父兄、
特に母親たちが歓喜の悲鳴をあげる。
始めのウチこそ、一週間の内、毎日違う顔ぶれがアテナを迎えに
くるものだから、学校側も不信感を抱いたりもしたが、その度に叔父だの
親戚のひとだのと言いくるめ、今では何故か心待ちにされている、という
奇妙な絵図が成り立ってた。
一番人気は勿論、アテナの実父のシュラ、そして二番手は何故かデスマスク、
というのが可笑しいのだが。
シュラはよく自分の愛車のバイクで、娘、アテナを迎えにでた。
ジーンズにタンクトップと相変わらずの格好だが、甘く優しい美丈夫な
顔立ちに、逞しく盛観な身体つきは女生徒のみならず、母親たちの視線も
釘つけにする。
そして二番目に迎えに来る率の高い、デスマスクに至っても、真っ赤な
派手なスポーツカーで学校に横付けし、如何にもイタリア人が好みそうな原色
カラーのYシャツ姿、勿論ボタンは第二までは開けっ放しで、首には金のネックレス
と洗いざらしのジーンズが普段着だが、そんな格好で来た日には、大騒ぎだ。
行きと帰りに至っては、アテナはため息に暮れる。
帰りのチャイムと共に、学校中が騒がしくなって行くのが若干鬱陶しかったが、
逆に自慢が出来るとも出来ないとも、いかんともし難い状況に少し鼻が
高かったりもした。
教室の窓から見える校門の方向がざわつく。
「ねぇ、ねぇ、アテナ。今日のお迎えは誰?」
「ん〜〜パパだったハズだけど・・・」
「パパ!?みんな〜 今日はアテナのパパだってさ!」
きゃあ〜とクラスに広がる女の子たちの黄色い悲鳴に、面白くないのは
男子生徒である。
そんな妬みのような気持ちは、軽いからかいに発展した。
クラスのリーダー格の少年は、やっかみから、アテナを批難する言葉を
呟くが、そんな事は何時だってクラスの女の子たちに妨害されるのは
日常茶飯事と化していた。
もっとも、そんな男の子はアテナに対しては、好きだからこそ意地悪・・・
の典型パターンの何物でもなかったが。
「パパが呼んでる。また明日ね。」
そう言って、アテナは教室を走りでて行く。
校庭でシュラはアテナの姿を見つけると、微笑む。
その姿を垣間見ながら、少女たちはほ〜と頬を染め、ため息をつく。
「アテナのパパってカッコイイよね〜」
「私もあんなパパ欲しい〜」
何時もと同じ会話がし、ケッと舌打ちが男子から漏れる、教室の一風景。
アテナがシュラに片腕で抱き抱えられながら、バイクに戻り、アテナを
タンデムシートに降ろし、彼がバイクに跨る姿を見て、また少女たちの熱い
ため息が漏れた。
「ほら、メットちゃんと被って、しっかり掴まる!」
シュラは極々当たり前に、愛娘に指示する。
「パパこそヘルメットは?」
「髪が潰れるから、俺はイイ」
「また、お巡りさんに怒られるよ」
「今日は警官の居ないとこ走る。それなら問題ないだろ?」
と、ウインク。
「そういう問題じゃないと思うけど・・・」
娘の呟きに耳も貸さず、シュラはバイクのエンジンを吹かした。
もの凄い急発進でバイクが走り出しても、アテナは怖がる素振りすら
しない。肝が据わっているのだ、流石にこの親にして、この子あり、
の状態だが、そこがまた女生徒たちのハートを鷲掴みにしてるなど、
ふたりは気付くはずもなかった。
別宅にバイクを置き、そこからは聖域の入り口までテレポートする。
12宮への自宮までの道のりを、アテナはシュラの片腕に抱っこされながら、
今日の学校での出来事を事細かに伝え、説明する。
それは彼が迎えに出る時は習慣化していた事だった。
「ねぇ〜 パパ、今日ね、学校でお友達が、私の家に遊びに来たい、って
言われちゃったんだけど・・・どう返事したらイイ?」
「き、来たい、って言われても困るぞ・・・」
「やっぱり、そうだよね・・・」
アテナの家、と言えば当然、磨羯宮が自宅だ。
幾ら、愛娘の学友とはいえ、一般人を聖域に踏み込ませるなど、
出来るハズもない。
ふたりで困った表情をしながら巨蟹宮に差し掛かると、折よく、私室から
出てきたデスマスクと鉢合わせしてしまう。
「よお!今帰りか?アテナ」
「デッちゃん!」
何とも情けない呼び方だが、今ではそれがアテナがデスマスクを呼ぶ時の
愛称と化していた。
始めの内こそ、デスマスクは情けない呼び方するな!と、怒ってはいたが、
数を呼ばれているウチに何時の間にか馴染んでしまっていた。
「なんだ〜ふたりとも、何、深刻そうな顔して。そんな顔してると
ママが心配するだろ」
デスマスクの言葉に、グチに近い心境だったが、シュラは事の経緯を
説明した。
「な〜んだ、そんな事なら、エーゲ海の岬にある。俺の家、貸してやるよ」
あっさりと問題解決に至ってしまった事に、シュラもアテナも呆然とする。
「一週間もあれば、他人の家でも使い勝手は解るだろ?
取り合えず今夜にでも行けるなら、行って二、三日滞在したら
友達とやらを呼べばイイじゃないか」
その申し出に、早速、自宮に戻るとフェリスに事の経緯を説明し、家族と家主
であるデスマスクを伴って行く運びとなったのだ。
噂の家に着くと、三人は揃って唖然とした。
岬の突端に建つその家はちょっとした高級ペンション並みの外観と豪華さを
持っていたからだ。
「おい・・・この家、って・・・まさか・・・」
シュラは不振な表情で眉根を寄せる。
「そのまさかさ。勿論、これもティナからの貰いモンさ。」
ニヤニヤと笑うデスマスクに、シュラはため息を漏らした。
「・・・お前、あの資産家婦人とまだ続いていたのか?」
「俺は自分の年齢中心にして、上下10歳が許容範囲だから、
問題はないだろ!」
「そう言う事じゃないだろ・・・」
随分前、まだアテナが誕生する前、デスマスクの誘いを受け、シュラとフェリスは
この家のホントの持ち主にあった事があった。
ちゃんと合ったのは、彼女が主催する仮面舞踏会での席でだけで、以来、
合ってはいないが、未だにその女性とデスマスクの縁は切れてないらしく、
ベッドで彼女を悦ばせる代わりに、デスマスクは報酬として、高級車やら、
今、目の前にある豪邸やらを与えてもらっている関係なのだ。
世間では、そういうのを「ヒモ」とか「ジゴロ」と、言うらしいが、当の本人は
至って気にした様子もなく、貰えるモンは貰っておくさ、という始末である。
もっとも、長いこの男との付き合いで、彼の周りには噂の資産家婦人だけで
なく、その他複数の女の影が絶えず纏わり付いてるのは、今更なのかも
しれなかったが。
取り合えず、目先の問題をクリアーするのが先決だ。
シュラとフェリスはこの際、自分たちの不信感を持った気持ちよりも、
愛娘の事情を優先したのだった。
「車庫の車は好きに乗ってイイぞ。但し、傷付けたら自腹で修理
してもらうからな。」
止めの言葉に、シュラは口を噤んだ。
案の定、案内された車庫には、フェラーリ、BMW、ポルシェなどの高級車が
ずらりと並んでいた。
生来からの車好きのシュラに取って、正に目の前にある宝そのものだ。
だが、自腹修理の言葉に、自ら自粛をすることにする。