木立が立ち並ぶ茂みの前に来ると、雌鹿はしきりに鼻を鳴らした。
フェリスとシュラは、そこが目的地なのだと察し、その茂みを掻き分け
中を覗き込む。
その中には、まだ産まれて数ヶ月しか経っていないと思われる小鹿が
うずくまっていた。
だが、立ち上がる様子は見せず、しきりに後ろの左足を気にしている。
ふたりは、その場に跪くと、様子を伺う。
シュラは小鹿が気にしている後ろ足に手を差し伸べ、軽く調べるように
触った。
「・・・足が折れてる・・・。」
「大変だわ、どうしよう・・・。」
フェリスはオロオロするばかりで、どうしたらいいか解らず、焦った声を
漏らす。
そんな彼女の身体を引き寄せ、シュラは柔らかく後ろから抱きしめた。
そして、彼女の手を取ると、折れている小鹿の足にその手を翳させる。
「ヒーリング?! 無理よ、私やったことないもの!」
「俺が手伝ってやる。 母鹿は君に助けを求めたんだ。・・・出来るよ。
君はアテナに最も近い人間なんだから・・・。」
彼の優しい弄えに、フェリスは頬を染める。
「俺に、呼吸を合わせて・・・」
彼に促され、フェリスは呼吸を彼に合わせる。
小鹿の足に翳したふたりの手のひらが、柔らかい光を灯す。
フェリスは、シュラに同調した自分の身体が彼と一緒に溶け合ってしまいそうな
感覚に捉われた。
数分の後、治癒が完了すると、ふたりは手を離す。
その瞬間、小鹿はすくっと立ち上がり、まるで何事も無かったように、彼らの目の前
で飛び跳ねたのだった。
小鹿に近寄ると、母鹿は嬉しそうに小鹿の顔を舐める。
そして、シュラとフェリスに近づき、ふたりの顔を交互に舐めた。
その仕草は、まるで礼でも言ってるかのように。
何度も礼をするように、親子鹿はふたりの方を振り返り、やがて森へと消えて行った。