ふっと、その歌声が途切れる。
「シュラ!」
彼の姿を見つけ、フェリスは微笑んだ。
彼女に近づき、シュラは微笑みながら、言葉を紡ぐ。
「もっと聞きたいな、君の歌」
「もういいわよ、・・・恥ずかしいもの・・・」
頬を染め、フェリスは俯く。
「何で? とってもいい声だったよ。」
「貴方の方が上手よ。」
数日前、アテネの街に買い物を目的とし、街を歩き、逢瀬を楽しんでいた
シュラとフェリスだったが、フェリスの現状はと言えば、聖域を一歩出て
しまえば「行方不明者」のレッテルが貼られていた。
その姿を彼女の友人に見咎められ、通報を受けた父親が彼女を連れ戻す
為に自分のボディガードを差し向けてきたのだ。
間一髪で、その追跡を逃れ、疲れた身体を癒す為に辿り着いた草原で
シュラは自分の生活を捨て、聖域に行かねばならなかった彼女を慰める為に
歌を贈ったのだった。
彼のその声は、声量もその幅も広く、彼女の寂しさを慰める為には充分過ぎる
ものだった。
もっとも、その彼の歌声にフェリスが二度惚れしたのは、言うまでもない。
「今の歌、何て歌なの?」
シュラの質問に、フェリスは首を振る。
「知らない。ママが幼い私を寝かしつける為に歌ってくれてた歌なの。
子守唄だと思うけど、歌のタイトルは解らないわ。」
そう言って、彼女は寂しげに笑った。
そのふたりの間を割るようにして、一頭の雌鹿が近寄ってきた。
雌鹿はフェリスの長衣のスカート部分を咥えると、しきりに引っ張る。
その様子に、ふたりは顔を見合わせた。
「何所かに、連れて行きたいみたいだな・・・」
シュラが言うのに、フェリスも同調して頷く。
導かれるままに、ふたりはその雌鹿に付いて歩みを進める。