「寝てる〜」
『寝てゆ〜』
また、どこぞで聞いた声をあげ、幼子三人は、ぐったりとメインフロアー隅の勉強スペースで
大の字で寝入っている、両親をしゃがんで見下ろしていた。
「姉ちゃん、マミィたち、とっても寒そう。」
顔を起こし、ツルギは、自分の隣にいるサクラに言葉を零した。
意見が合致し、三人は立ち上がると、自分たちが今し方まで寝ていた、部屋へと走っていった。
部屋に入り、ベッドのうえに丸まっている、自分たちが使っていたそれぞれのタオルケットを
引き摺り降ろし、居間で寝入る両親の元に運んでいく。
「ツルちゃん、ヒビちゃん、そっとだよ?」
サクラは、ふたりを起こさぬよう、細心の注意を払って、ミューズとイズミに、持ってきた
タオルケットを被せた。
しかし、大判のタオルケットは、幼い三人が完全に広げるには、力不足。
どん、とふたりの胸に塊状態で、タオルケットを置けば、その重さに、ふたりは呻く。
それでも、重い疲労のためか、瞼は開かず、寝息をたてる両親に、幼子たちは微笑む。
「完璧!」
立ち上がったサクラは、満足気に胸を反らし、両手を腰に当てる。
そんな、姉の姿を真似て、ツルギとヒビキも、同じポーズで同じ台詞を口にする。
時間は、早朝。
とかく、子供というものは早起きだ。
朝には強いカガリでさえ、まだ起きて来ない。
おなかは空いていても、それを準備してくれる、『ママ』は、まだ来なさそう。
三人は、唇に人差し指を当て、お互いに「シーシー」云っている。
文明の利器は、必要ないとは云いながら、結局、今のように子供たちも訪れるようになれば、
気を紛らす電化も必要になってくる。
買い物のついでの追加品、52型の液晶モニターのテレビが、居間の隅に据え付けられたのは、
ついこの間。
三人は、テレビの前に並んで陣取ると、音量を最小に絞って、早朝放送されるキッズアニメを
見始める。
程なくして、大欠伸をしながら、カガリが起きてきた。
真っ先に眼に飛び込んできたのは、胸にタオルケットの塊を乗っけ、寝入ったまま起きる気配の
欠片すらない、ミューズとイズミの姿だった。
「……なんだ、アレ?」
眼を眇め、カガリは立ち止まる。
刹那、幼子たちがカガリのもとに駆け寄ってくる。
「ママ、シーなのッ!」
サクラは、カガリの足元で、必死に指先を唇に当てている。
それに倣って、双子も唇に指を当てて、シーシー云っている。
どう見たって、イズミとミューズの胸に置かれた、タオルケットの塊は、子供らがやったとしか
思えない。
なんだか、傍目、巨大なモグサでも置かれているみたいだ。
あまりに可笑しくて、一笑すれば、直ぐに子供たちに注意を受けた。
「ママ、シーなのッ!」
憤慨したサクラが、シーシー言いながら、声を荒げる。
これまた、姉の真似をして、双子が追従する。
「悪い、悪い。」
くくく、っと、喉から漏れる笑い声を微かに零して、カガリはキッチンへと足を運んだ。
手早く、朝食の支度に取り掛かれば、トーストの焼ける香ばしい香りに、ミューズの鼻がひくりと動く。
重い瞼を緩く持ち上げ、空腹を知らせる腹の音に、ミューズはむっくりと身を起こした。
が、彼女の視線は、自然に自分の胸元へと落ちる。
「…重いと思ったら、…これのせいだったのね?」
ぶつぶつと言葉を零しながらも、彼女でさえ、鎮座するタオルケットを誰が置いたかぐらいは
直ぐに察せた。
のそのそと、気だるい身を立たせ、ミューズはキッチンに居るカガリのもとに顔をだす。
「…おはよう、お母さん。」
「おはよう。」
にっこり笑んで、挨拶を返せば、ミューズの腹部から、派手な食事を催促する音がカガリの耳に届く。
「メシ食って、一眠りしたらどうだ?」
「…うん。」
眠気の取れない愛娘の顔は、眼の下に濃いクマと、どろんとした鮮度を失った魚のような眼。
「まったく、酷い顔だな?そんな顔、イズミが見たら、千年の恋も冷めるぞ?」
呆れた声音で、カガリは顔でも洗ってこい、とミューズに促す。
「別に万年の恋でも、この程度で冷めるなら、所詮そこまでってことでしょう?」
明け方近くまで、教科書を広げていた彼女の機嫌は、かなりどん底だ。
これでテンションをあげろ、と注文されても、無理難題としか云いようがない。
「イズミも起こせ。丁度、朝ご飯もできるし、食ってふたりで仮眠しろ!」
同じ台詞を吐き、カガリはキッチンカウンターに、用意した食事を並べた。
キッチンを出、彼女はカウンター側に回る。
ダイニングテーブルの購入は考えていたのだが、スペース的にはやはり邪魔な代物、
という結論に達した結果、元家に居た頃、幾度となく活躍したアスランの日曜大工の腕が
活用されることと相成った。
横長のカウンターテーブルを、中央からばっさりと切断し、本島に赴いた際、立ち寄ったホームセンターで
素材だけを購入、必要がないときには、テーブルをコンパクトに収納できる、折畳み式の稼動テーブルを
手作りで作ることにした。
空いたカウンタテーブルの、スペースに取り付けられたテーブルは、女性でも力を使わず簡単に引き出し、
準備できるように造られている。
椅子は、テーブルに合わせ、ベンチタイプのものを用意する。
低めの位置に備え付けたのは、子供たちの安全を考慮して。
ベンチ椅子は、普段はインテリアとして、フロアの隅に置いてあるので、食事時はそれを皆で
運ぶ、と云った具合だ。
ミューズは、カガリに云われるまま、窓際に置いてあった、二脚のベンチを運ぶ。
運こぼうとした刹那、彼女は窓ガラスに映った自分の顔を見、眉根を寄せる。
確かに、母親が言った言葉に間違いはなかった。
酷いを通り越して、悲惨な領域に片足突っ込んだかのような顔を見遣って、ミューズはベンチを
運びながら、母親に告げた。
「ご飯食べる前にシャワー浴びてくる。」
「賛成だな。」
あっさりと、カガリは同意の言葉を零す。
「じゃあ、サクラ、ツルギ、ヒビキ!」
命令口調で、カガリの檄が飛ぶ。
「三人は、ダディを起こせ!」
『はぁ〜い!』
素直な返事を返して、幼子たちは、寝入る父親のもとに走っていく。
走った勢いのまま、サクラはイズミの腹に馬乗りに飛び乗った。
「ぐえっ!!?」
奇怪な声をあげ、イズミの眼に流星が散る。
容赦ない、攻撃は、次々とイズミを襲う。
「ダディ、ご飯なの!」
云いながら、ツルギはべちべちと、イズミの顔をはたいた。
それを真似、ヒビキは大声で、イズミの耳元で叫ぶ。
「ご飯なのッ!!」
堪らず、飛び起き、イズミは顔を両手で擦った。
「わかったよ!起きれば、良いんだろッ!」
僅かに癇癪立った声をあげ、彼は呻く。
「ママ、ダディ起きた!」
『起きたあ〜』
サクラと、双子の声が響き、カガリは満足そうに笑んだ。
「今、ミューがシャワー浴びてるから、イズミは子供部屋のシャワールームを使って、すっきりしてこい!」
義母命令では、拒否権はゼロ。
わかりました、とボケる声を漏らし、イズミはゆるりと立ち上がった。
「ほら、三人は、早くご飯食べろ!」
カガリの誘いに、幼子は、また走ってテーブルに戻った。
向かい合って、サクラと双子は、ちょんとベンチに座り、朝食の配膳を待つ。
今日のメニューは、なんだ、と云わんばかりに、幼子たちの目はテーブルに釘付け。
次々と出されていくメニューは、幼い子供たちの歓喜を誘う。
バスケットの盛られた、菓子パンと主食のパンの山。
ハニークロワッサンを始め、メロンパン、バターロール、焼いた食パン、と彩り鮮やか。
選ぶのに苦労しそうなほどだ。
それぞれが、好きなパンを取り皿に盛り付け、あとはメインディッシュを待つ。
いつも使う食事のプレートには、レタスとトマトの簡単サラダ、目玉焼きと、カリカリに焼いたベーコンが
乗せられている。
『いただきま〜す!』
元気な子供たちの声がしたかと思えば、皿はあっという間に空になっていった。
プラスチックの小さなコップに、ジュースを注ぐ間の、ほんのちょっとの時間。
その勢いに圧倒され、カガリは唖然とする。
「…よく食うな、お前ら。」
大人用のフォークとナイフは、使い難かろう、と用意した子供用の、フォークとナイフ。
けど、やっぱり子供たちの食べ方は、恐ろしく汚い。
なんだか、餌付けした小鳥が寄ってきそうなほど、テーブルは散らかり捲くっている。
はあ〜と盛大な溜息をつくと、キッチンに戻ったカガリはシンクの縁に背を向け、腰だけで寄り掛かる。
一緒に用意したコーヒーをカップに注ぎ、一息。
そうこうしている内に、シャワーを浴び終え、少しだけすっきりとした顔で、ミューズがひょっこり
顔をだす。
「私もコーヒー欲しい!」
「そんなモン、自分でやれッ!」
「え〜 イイじゃん、キッチンに居るついで。」
「…お前、家でも、イズミに同じことしてるんじゃないだろうな?」
眼を眇め、カガリはキッチンの入り口に立つミューズを睨み見据えた。
「…と、時々… かな?」
バツの悪そうな視線で、ミューズは視線を明後日に向けた、刹那。
「いつものことです、お義母さん。」
と、合流したイズミが微笑み、カガリを見遣った。
「ちょ、いつもって何よ!そんなことないでしょう!?」
慌てて、フォローの言葉を口にしても、呆れたカガリの視線は、ミューズに突き刺さるだけだった。
盛大な息を零し、カガリはちくり、とミューズを窘めた。
「ちょっとは、亭主を大事に扱わないとバチ当たるぞ!?」
「だって。」
カガリの言葉に上手に便乗して、イズミは笑み、ミューズの顔を見遣った。
「だ、大事にしてるモン!」
苦し紛れに、大声で言い返せば、カガリは可笑しそうにくすくす笑う。
「ま、今はあの家は、夫婦水入らずなんだから、ふたりで仲良くな。」
締めの、カガリの言葉に、ミューズとイズミは暫し見詰め合い、苦笑した。
「お父さんは、やっぱり寝坊?」
「多分な。 どうも、この家に移ってきてから、ルーズになって駄目だな。」
云った言葉とは裏腹に、カガリはやはり可笑しそうに笑うだけ。
追加の、娘夫婦の食事も用意し、カガリもゆったりとした姿勢で、半分残っている、カウンターテーブルの
脚高椅子に腰を降ろす。
「お母さんは、食べないの?」
「お父さんが起きてきたら、一緒に食べるよ?」
「いつ、起きてくるかわからないじゃない。」
バターを塗った食パンを頬張りながら、ミューズは視線を自分の背後に居る母親に向ける。
「ひとりで食事するの、お父さん嫌がるから…」
緩く、微苦笑を浮かべ、カガリは言葉する。
母親の言葉を受け取り、ミューズも笑む。
昔から、どんなに時間帯がずれようとも、カガリは、アスランをひとりにすることを、嫌った。
勿論、食事は有に及ばず、全ての事柄に措いて、彼女は極力、ふたりで居ることを望んだ。
「まったく、お母さんは、お父さんに甘過ぎるって、自分で思わない?」
「別に。」
けろり、と応える、母親に、ミューズは溜息をひとつつく。
これ以上、詰問をしても、きっとミューズが望む答えはでてこないだろう。
むしろ、惚気話しを聞かされるのが落ちだ。
時刻は、朝の7時半。
珍しいことは、続くもので…
寝坊確定、と踏んでいたアスランが起きてきたことに、フロアーに居た全員が、びっくり仰天する。
「…なんで、俺が起きてきて、みんなでそんな鳩が豆鉄砲喰らったような顔なんだ?」
何故、こんな状況なのか、さっぱり理解出来ず、アスランは肩を落とした。
昨夜、ミューズの勉強ぶりを確認した後、アスランはやはり寝付けず、こっそり書斎に篭ると、孫三人に
やると決めていたペットロボットの仕上げをしていた。
そんなアスランの行動を、カガリは咎めることもせず、寝た振りで、寝室をでて行く夫を黙って見送っていた。
「サクラ、ツルギ、ヒビキ。ちょっとおいで。」
アスランは、幼子たちを呼び寄せると、手にしていた、みっつの玉型のペットロボットを子供たちに見せる。
「サクラは、名前と同じサクラ色、ツルギは、眼の色と同じ、ミドリ。ヒビキは、水色な。」
優しく笑んで、アスランは、手作りの色違いのハロを、幼子たちに手渡す。
『ハロちゃんだッ!』
三人で、喜びに沸く声をあげ、受け取ったハロを抱き締める。
きゃあ、きゃあと歓喜に盛り上がる三人を見下ろし、アスランは満足気に微笑む。
「やっと、完成したんだ、アレ。」
カガリは、カウンターテーブルで頬杖をしながら、アスランの顔を見遣る。
「少し時間は、掛かったけど、今度はちょっとやそっとの衝撃じゃ…」
言葉を言い切らないうちに、ガシャーン!という、窓ガラスの割れる派手な音に、大人4人の目線は、
一斉に音源のする方向に向いた。
「ハロちゃん、バイバイ!」
割れた窓ガラスに向かって手を振っているのは、ツルギ。
がっくりと項垂れ、アスランは力無くその場にしゃがみ込んだ。
「…また、ツルギか。」
呆れた声で、カガリは深く溜息を吐く。
どっこらしょ、と掛け声を掛け、カガリは立ち上がると、割れた窓ガラスの掃除に取り掛かかろうとした。
「お母さん、私が片付けるわ!」
泡を喰った姿態のミューズに制止を掛け、まだ食事半ばの、愛娘をカガリは窘める。
家のなかで、散ったガラス片の掃除をするカガリは、外に放り投げられたハロを取りにでたアスランと
顔を見合わせた。
やはり、家外に添って繁っている、枝分かれしている、例の木の股に、ミドリのハロはピンポイントで
挟まっていた。
窓枠越しの、会話。
「なに、考え込んでるんだ?アスラン」
首を傾げ、カガリは夫の顔を見遣る。
腕を組み、アスランは必死に唸っている。
「素材は、強化ラバーにしたから、対衝撃の強度は増したけど、継ぎ目がな〜」
見れば、ハロの腕部部分を収納できる、羽翼の継ぎ目が壊れて取れかけている。
「ここの強化は、想定外だったな…」
唸ったまま、アスランは下を向いて真剣に考えて込んでいた。
「…そういう問題かよ。」
カガリは、呆れた視線で、眼を眇めた。
間を措かず、ミューズの、ツルギを叱る声に、カガリは振り向き、アスランは壊れた窓から家の中を覗く。
ベソをかきそうな、ツルギの歪んだ顔を見、カガリはミューズを落ち着かせるための言葉を紡いだ。
「そんなに怒るな、ミュー」
「だって、これで二度目じゃない!」
「男の子は、少しくらいわんぱくな方が、将来楽しみだろ?」
苦笑を浮かべる母親に、言葉を塞がれ、ミューズは怒りを閉じ込める。
「感情で怒れば、子供は逆に言うことを聞かなくなるぞ?」
ガラス片が散ってない場所に移動し、カガリは、ツルギを自分のもとに手招く。
「ツルギ、どうしてまた、ハロを投げちゃったんだ?」
ツルギは、涙が目いっぱい溜まった顔を振るだけ。
「よく、わからなかったのか?」
頷く幼子の頭を撫で、カガリはツルギの背丈に合わせ、しゃがんだ。
形が形だ。
幼い子供にとって、球体の玩具はボールと同じ感覚なのだろう。
恐らく、衝動的に投げた、としか思えない。
「ツルギ、あれは、パパが長い時間をかけて作ったものなんだ。投げてしまうと、折角作ってもらった物も
壊れてしまうんだよ?」
ツルギは、素直に頷く。
「じゃあ、今度は投げないって、ママと約束しよう?」
右手の小指を差し出され、ツルギは恐る恐る、カガリの小指に自分の小指を絡めた。
「パパにも謝っておいで。そして、二度と壊さないって、約束しておいで?」
ツルギは、再び頷いた。
刹那、小走りで外に飛び出していく。
懸命に謝る幼子の声音が、家のなかにまで聴こえてくる。
待つ間もなく、ツルギのわんわんと泣く声に、アスランが小さな身体を抱き上げ、優しく幼子の後頭部を
撫でる姿が窓から見えた。
その光景に、ミューズは深く息を吐き捨てるようにつき、カガリは苦笑する。
「お前だって、散々やってきただろう?ミューズ」
カガリは、微笑み、愛娘の顔を見遣る。
こういうことは、やはり学ぶべきことのひとつなのだろう。
ミューズは、苦笑と申し訳なさそうな顔を作って、カガリの顔を見た。
「いつもゴメンね、お母さん」
「気にするな。」
笑み、カガリは返事を返したのだった。
僅かな仮眠をとって、小一時間ほど子供たちと遊び、昼食を摂る。
それからは、また勉強と、ミューズと、それに付き添うイズミは淡々と時間を過ごす。
夕飯を食べさせてもらってからは、楽しく週日を過ごした一家は、本島の自宅へと引き上げていく。
そんな、状態を、毎週金曜日から日曜日まで過ごして、一ヶ月余り。
いよいよ、ミューズの昇級試験の日が迫ってきた。
俯く、彼女は如何にも自信無さげ。
決まりきった文句でも、イズミは、唯、励ますことしかできない。
試験も無事に終わり、断頭台に立たされたような気分に浸りながら、ミューズは結果を待つ。
上官級の試験に際しては、それほど受験者の人数が居なかったことも加味し、個々に艦長室に呼ばれ
沙汰を待った。
室外通路で、彼女を待っていたイズミは、部屋からでてきたミューズの顔を見遣って、彼女の
どんよりと黒雲が垂れ込めたような表情に、いい結果が得られなかったことを確信する。
「…駄目だったの?」
優しく訊ねたイズミの声に頷き、ミューズは額だけを彼の胸に当て、預けた。
「…もう、勉強したくない。」
ぼそり、と聞き難い声音で、ミューズの不貞腐れた声が零れた。
勢いついて、ミューズはヒステリックに叫ぶ。
「このまま、この階級でイイじゃないッ! 別に、今困ってるわけじゃないんだし、一生、
貴方の部下でもイイわよッ!」
一気に捲くし立ててから、ミューズは幼い子供のように、びーびー泣き出す。
慰めを施す、イズミの手は、優しくミューズの背を撫でる。
「…でも、このままじゃ、俺が困るんだ。」
さりげなく零れた、イズミの本音。
ミューズは、いずれ、カガリの跡を継いで、オーブの元首となる身。
軍属に属する以上、その当人の階級が、夫君より下というのは、あってはならないことだった。
シンボリック的には、カガリが将軍位であることは変わりないが、どんなことがあっても、ミューズには
根性で准将位まで昇ってもらわなければならないのだ。
そうでなければ、対面的にも格式の順は、侮られる原因になり兼ねない。
人々を導くべき立場の人間が、格下であってはならない、というジレンマ。
難しい処だ。
それは、痛いほどミューズにもわかっている、事実。
「悔しいっーーーッ!!あんなに、勉強したのにッ!」
生来の負けん気の強さが、ミューズを怒りに駆り立てた。
「次は、絶対受かってやるわッ!」
がばり、と顔を起こし、ミューズは涙でぐしゃぐしゃになった顔で、イズミを見遣った。
「頑張れ、その意気だ。俺も、協力するから。」
「また、迷惑かけるけど、勉強みてくれる?」
「ああ、勿論。」
微笑み、イズミは、涙で潤んだ、ミューズの金髪を大きな手でくしゃりと掻き混ぜたのだった。
中途半端な気持ちでは、決して達成することが出来ないことを、ミューズは身を持って知った。
次こそは!
執念にも似た感情は、次トライに、大きな飛躍を齎すこととなった。











                                                                  ◆ End ◆


















※漸くお目見え、翼シリーズ新作です! いや〜 いつになく時間が掛かりました。
なにはともあれ、楽しんでいただければ幸いです。 …しかし、アスランとカガリは
すっかり子供のお守り専任状態です。;; まあ、こんな状況はなるのはわかって
いても、書いてる自分がなによりも楽しい。(笑)ははは!









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