『 花一輪 』












「え? カガリのイメージ?」
不意な、問いかけに、アスランは眉を寄せた。
打ち寄せる波を避けながら、散歩と称して、キラとふたり、浜辺を歩む。
久し振りにとれた休暇を利用し、アスランは、カガリを伴ない、マルキオ師の
住まう島を訪れていた。
子供らで溢れかえる、騒々しさを含んだ部屋をほんの少し離れ、幼馴染と語らう、ひと時。
今頃、世話に振り回され、カガリもラクスも、キラの母親である、カリダもてんてこ舞いだろうに。
わかっていて、手伝いをサボって、ふたりでこうやって浜辺をぶらついているのだ。
キラの唐突な質問に、自然、アスランの足は止まった。
「ん〜〜」
考える仕草で、アスランは、自分の顎に右手を翳し、その腕を左手で支え、空を仰ぐ。
「やっぱり、カガリが自分の紋にしている、『百合』かな?」
ぱっと、彼の頭に浮んだのは、戦時中、カガリが愛機としていた、ストライクルージュの左肩に
掲げられたエンブレム。
「『百合』かぁ〜」
キラも、カガリの顔を脳内で浮ばせ、そのバックに、アスランが云いあげた百合を描いてみた。
「・・・悪くないイメージだ。」
にっこり笑んで、キラはアスランの顔を見遣る。
大事な、愛姉の評価を高くつけられたようで、気分は決して悪い気はしない。
「あ、でも百合は百合でも、花屋で売ってるような、チープなもんじゃないからな。」
「は?」
アスランの訂正を促す言葉を訊き、キラは怪訝な顔を作った。
「だって、お前、イメージって云っただろ? なんて、云うか、カガリの場合は、あれでも一応、
お嬢様なわけだし、かと云って温室、というわけでもないから、山百合っていうか・・・ そんな、カンジ?」
「山百合ねぇ〜」
にやり、とキラは薄く笑い、アスランの顔を目を細めて見る。
若干の、からかいを含んだ視線に、アスランは、僅か口篭った。
「・・・なんだろう。 どう表現したら、ちゃんとカガリの形になるんだろうな?」
頬を薄く紅潮させ、アスランは俯く。
「山の頂き近くに咲いて、誰もが簡単に取りに行くことのできない、至高の花?」
「まさか、そんな風に考えているんじゃ、カガリは高嶺の花だから、諦めるってこと?」
「馬鹿云えッ!誰がッ!! 大体、お前の発想は転換し過ぎなんだ!」
ぽろり、と本音を口走ってしまい、勢いで滑った口を、アスランは慌てて両手で塞いだ。
にやにやと、そんな表現が相応しく、キラは妖しい表情を醸し出す。
「そろそろ、プロポーズ、考えてる、ってこと?」
「秘密。」
「隠し事?」
「秘密って、云ったら、秘密だッ!!」
興奮通り越して、キラの尋問に、アスランは僅かな怒りを撒き散らす。
「なにが、秘密なんだ?」
『わっ!!』
背を向けていたふたりは、気づかず、突如自分たちの間に割って、首を突っ込んできたカガリに
激しく動揺の色を孕んだ声音を同時にあげた。
珍しくも、そんな風に驚かれ、カガリは両耳を塞ぐ。
「なんだよ、もう。」
「ご、ごめん。」
取り繕う様で、アスランはカガリの両肩を優しく掴む。
「どうした?」
半分、誤魔化しの意を含んで、アスランはカガリに問う。
「メシ、できたらから、呼びにきた。」
極、安直な彼女の答えが返ってくる。
頷き、了承をすれば、カガリは準備を手伝う、と云って、すぐさま来た道を駆け戻って行ってしまった。
あまりにも呆気なさ過ぎて、アスランもキラも取り残されたことに、僅かな物寂しさを感じる。
ほとんど、置いてけぼりを喰らった、飼い犬の心境にも似た、感情。
通り過ぎていく風が、男ふたりの間を凪いでいった。
どちらともなく、ふたりで肩を叩き、「戻るか・・・」と呟く。
キラにとっては、大事な『きょうだい』でも、カガリは、何処かアイドル的な立場にある。
早い話が、マスコットに近い感覚。
だから、肩透かしを喰らうと、そのがっかり度は、かなりの確率でカウンターになる。
アスランにとっては、愛しくて、大事な存在。
普段からだって、もっと親密度を構築させて、甘い時間を持ちたい。
はあ〜 とふたりで大きく息を吐き、カガリが辿って行った道を、ふたりは忠実に引き返し始めたのだった。


夕飯を済ませ、満天の星空を瞳に写し、カガリはポーチの木階段に座っていた。
夜の9時を廻り、子供たちは、早々に就寝の準備に入れば、おのず、残された時間は、大人同士の
語らいの時間に移行していく。
静かな軋みをあげ、扉の開く音に、カガリは首を向けた。
佇んでいたのは、アスラン。
にっこり、笑んで、カガリは首だけで、彼を招く仕草を見せる。
それに応じ、アスランはカガリの横に腰を降ろした。
ぽつり、ぽつりと交わされる会話に、時折混ざる、苦笑。
そして、遂に、確信の話題に移った途端、アスランの鼓動は一気に跳ね上がった。
始めは、上手く捲こうかとも考えたが、食下がるカガリに逃げることが出来ず、素直に話の経緯を、
たどたどしくはあったが、語り始める。
「私のイメージが、『百合』?」
瞳を瞬かせ、カガリはほんの少し、すっとんきょんな声をあげる。
「まあ、百合は嫌いじゃないし・・・」
唸り、カガリは思案する顔で、両頬を手で包み込み、自分の膝を軸にし、支えた。
「お前的な表現を使えば、他に、私のイメージってあるのか?」
「・・・そうだな。 やっぱり、『白獅子』?」
「単純。まるっきり、ルージュのエンブレム、まんまじゃないか。」
僅か、呆れ、カガリは目を閉じた。
「だって、他に表現のしようが・・・」
「ほ〜んと、お前って、物を作ることに関しては、誰よりも上手いけど、発想力、貧困だよな。」
「・・・ほっといてくれ。」
いじけた声で、アスランは自分の美的センスや、感覚まで問われた気がして、拗ねた。
「じゃあ、カガリに訊いて良い?」
「ん?」
「俺のイメージは、カガリの眼から見て、どう見える?」
「お前?」
「うん。」
最高に優良の答えを貰えるはず、と期待し、アスランはにこやかに笑む。
暫く考え、カガリは言葉を紡いだ。
「随分前にさ、お前の名の由来を聞いたことがあっただろ?」
「あ? ・・・うん。」
キラ以上に、唐突な話口調で、カガリが口火を切る。
アスランは、瞠目したまま、瞳は開きっぱなしだ。
「その時にさ、お前の名前は、古い古語で、“獅子”と“暁”の意味を持つ、って教えてくれたよな?」
「・・・ん。」
「私が小さい頃に、とっても好きなファンタジーの本があってな、その本には、『アスラン』て云う、
ライオンの王様がでてきて、悪い魔女に支配された国の民を助けるお話なんだけど・・・
ぶっちゃけ、そのライオンが、お前に似てると私は思うんだよ。」
「・・・ライオン。」
悪い気分ではないが、あまり良い気分でもない。
アスランは、心中複雑なまま、カガリの話を促した。
「で、国のピンチや、主人公たちの危険を自らが命を賭けて救う。 そこのシーンなんか、もう私、感動
しちゃってな! 涙、ぼろぼろ。」
「わ、わかったから、続き話して。」
やや、興奮しかけて、熱く語るカガリに、アスランの顔は引き攣る。
「で、最後は悪い魔女をやっつけて、自分の役目は終わったからって、放浪の旅にでちゃうんだ。
な? お前にそっくりだろ?」
「どこが。 俺は、放浪の旅なんかにでた覚えはない」
「違うってば!まったく鈍いよな〜 だって、なにかあれば、自分を犠牲にして色んな災いから
皆を守ろうとか思う処とか。」
「ふ〜ん」
カガリの語り口調と反比例して、アスランのあまりにも冷めた表情に、カガリはがっかりした顔をした。
「怒ったのか?」
「い、いや、怒っちゃいないけど、なんか同じ表現でも、“獅子”って云われるのと、唯の“ライオン”って
云われるのと、受け取る感覚が違うな〜 と思ってさ。」
妙な彼の拘りを訊き、カガリは噴出した。
「あとは?」
追従するように、アスランはカガリに問う。
「・・・そうだな。 “薔薇”?」
「薔薇? 俺が?」
「うん。 それも、赤と白のダブルで。」
にこっと、カガリは照れて微笑む。
「赤と、白? 随分とまあ、おめでたいカラーだな?」
眉根を寄せたまま、内心とあまりにも掛け離れた、カガリのイメージする『自分像』に、アスランの
感情は上手くついていけない。
「赤は、“情熱”。普段、冷静なくせに、秘めてるだろ?そういう感覚。」
「え?」
カガリの言に、途端、アスランの頬は真っ赤に染め上がる。
「白は、“純粋”で真っ直ぐで、なんにでも一生懸命・・・ かな?」
くすり。
彼女は、はにかんだ笑みを零した。
・・・こ、これは・・・
とんだ爆弾だ。
なんて、嬉しい発言をしてくれるのだろう、彼女は。
さっきの、ファンタジー話で、ひとのことを『ライオン』と連呼したのは、帳消しだッ!!
アスランは、嬉しさのあまり、緩んだ顔で、カガリを見遣った。
「ちょっと、そこのラブラブビームを発し合ってる、おふたりさん。」
身体ごと、ふたりの間に割って入ってきたのは、キラ。
邪魔する気かッ!!
アスランは、キラの突如の乱入で、また不機嫌面になっていく。
「いい加減にしてくれないと、ギャラリーが全然寝てくれなくて、ボク、困るんだけど。」
『・・・ギャラリー?』
アスランとカガリの声が、同時にハモった。
ふたりが向けた視線の先、開いた扉からは、子供たちが事の展開に興味津々の瞳を爛々と耀かせて
群がっていた。
ふたりで蒼白になり、ついで感じたのは、背を伝う、いや〜な冷たい汗。
カガリは、思いっきり起立すると、ぎくしゃくとロボット歩きになりながら、家に入っていく。
「ふ、風呂!そうだ!! 風呂に入らないとなッ!! 今日は泊まりだしっ!」
がたぴしと、オイルを差さないゼンマイ人形のまま、彼女はバツの悪い、誤魔化し言葉を吐き捨てた。
ぷっ、と噴出すキラを他所に、アスランは、やはり機嫌悪そうな表情のままだ。
「なんだ〜 もう終わり?」
「詰まんないの〜」
子供達が、口々に言葉を漏らすのを訊き、アスランは口をへの字に曲げた。
・・・俺たちは、見世物じゃないッ!!
「ほらほら、もう、遅いから、皆、寝ようね〜 今日は、お終いだってさ。」
悪魔のような、子供たちを促す、キラのからかい声に、アスランは益々ヘソを曲げる。
キラまで、なんと云う言い草だ!
渦巻く怒りは、やがて、呆れ、という言葉でアスランの内心で鎮火されていく。
ひとりポーチに取り残され、アスランは、時間差をつけて、室内に入る方が無難だろう、と判断した。
腰をあげたものの、覚悟も薄かったので、そのまま、また木製のベンチに腰を降ろした。
雲ひとつ浮ばぬ、闇空には、変らずの、満天の星の海。
綺麗な耀きに、思わず苦笑が洩れる。
そういえば・・・
ひとつ、カガリに云い忘れていたことがあった。
カガリに一番、相応しいイメージを。
豪奢な花束を抱くよりも、その胸にあるのは、白い一輪の花がにあう。
そう、純白の花びらをいっぱいに広げた、大輪の白百合が。






                                                    ・・・ Fin ・・・








☆久し振りのお題です。(^-^ ) ニコッ なんとなく、ぽっとでた
お話で、突発思考のまま書きなぐってしまいました。
でも、やっぱり、お題は楽しいわ〜〜



                                                


・・・オマケ。
※このお話の続き、その後をお楽しみください。(=^^=) ニョホ