二週間後。
ミューズとディアナは、久し振りに帰る、我が家への道を、楽しげに会話を
弾ませ、歩を進めていた。
ほぼ、二ヶ月ぶりの、長期休暇。
仲良く、姉妹揃って、一週間の休日を得られたことに、ふたりの笑みは絶えない。
「ただいまーーーッ!」
玄関を潜り、ミューズは元気な声で、帰宅の合図をした。
「お帰り。 食事の用意、してあるから、庭にいきなさい。」
カガリは、微笑み、リビングから続く庭の方に視線を向ける。
家のなかにまで、食欲をそそる、美味しそうな匂いが漂い、ふたりは
喜んだ笑みを零した。
等身大の窓扉を通り抜け、ミューズとディアナは、庭に作り置かれた、
レンガの炉の前で、バーベキューの肉を焼いている、父親のもとに駆け寄った。
「うわあ〜 美味しそうッ! 食べたいッ! 早く、焼けてるの、頂戴ッ!!」
ふたりは、用意されている皿を取るや、我先にと、皿をアスランに差し出す。
「なに、がっついてんだ? みっともない。」
アスランは呆れながら、肉の刺さった串を、ふたりの皿に取り分けてやる。
「早く、食べようッ!お姉ちゃんッ!」
「わかってるわよ!」
ふたりで、ガーデンテラスの、丸くデザインされた、大理石のテーブルに坐り、
色気もなく、焼き立ての肉を頬張る。
その光景に、アスランは呆れ、苦笑を零した。
こんな姿では、まだまだ『愛』だ、『恋』だと、不要な噂で心配することもなさそうだな、
と彼は思う。
夕食の刻。
家族と過す、宴の時を過し、団欒の時間へと移っていく頃。
カガリは、摂取し過ぎた、アルコールの心地良さに、テーブルにつっぷし、転寝を
し始めだした。
「お母さん、こんなトコで寝ちゃ、駄目だってば!」
ディアナは、母の身体を揺すり、起そうと試みる。
「いいよ、ディアナ。 母さんは、俺が部屋まで運ぶから。」
アスランは微笑み、坐っていた椅子から腰をあげた。
「ああ、イイってばッ!お父さんは坐ってて。私が運ぶから。」
云うなり、ディアナはカガリの身体を背におぶった。
「おい、大丈夫か?」
「お姉ちゃんほど、俊敏じゃなくても、これでも軍人の端くれよ! お母さんくらいの
体重持てなきゃ、話になんないわ!」
どっせいッ!と、力士のような掛け声を掛け、ディアナはカガリの身体を持ち上げた。
「私、お母さん寝室運んだら、寝るよ? 疲れた。」
「わかった、お休み。」
アスランは笑んで、そんなふたりを見送る。
庭の炉は、まだ赤々と火が灯り、残ったミューズとアスランの顔を照らしている。
ビールの缶を片手に、ふたりはぽつぽつと会話を交わしていた。
「ねぇ、お父さん。」
「ん?」
「ちょっと、訊きたいことがあるんだけど、イイかな?」
「訊きたいこと?」
アスランは、瞳を開き、テーブル越しのミューズの顔を見た。
「マードックさん、知ってるよね?」
「ああ。 『アークエンジェル』に乗艦していた頃、随分世話になったからな。 今は、
確か、『アマテラス』の整備主任、だったか?」
「うん。 で、その色々あって、マードックさんからちらっと訊いたんだけど、“セイバー”って
機体のこと、詳しく知りたければ、お父さんに訊けって云われたの。」
一瞬、アスランは眉根を寄せ、顔を曇らせる。
その表情の変化に、ミューズは戸惑った。
「あ、あのね? 拙い話なら、別にイイんだよ?」
「・・・いや、いいさ。 別に隠さなくちゃいけないこともないから・・・」
呟き、俯いた父の姿に、ミューズは躊躇う。
しかし、思い切って口火を切った。
「見てみたいの! 今、その機体が何処にあるか、教えて!」
愛娘の上気した顔を見て、アスランは苦笑を浮かべた。
「もう、ないよ。」
「ない? 何故!?」
「あの機体は、修理もできないほど、バラバラになってしまったから。」
「バラバラ?」
信じられない。
確か、“セイバー”を駆っていたのは、父であるアスランだと、マードックは云っていた。
一騎当千の力を持っている、と信じていた父の口から、およそ出る筈はないと疑いも
しなかった言葉に、ミューズは呆然とする。
「俺も若かったからな。 戦争を一日でも早く止めたい、やめさせたい、そんな思いばかりが
強すぎて、本来、なにが一番必要だったのかを、見失っていたんだ、あの時は。」
「・・・お父さん。」
ミューズは、こんな風に翳を持った父の姿を眼にしたことなど、今まで一度たりともなかった。
「当時、プラントの議長を務めていた、デュランダル氏の言葉を鵜呑みにするまま、
俺は“セイバー”を受領した。 力が欲しかったんだ。 母さんを、・・・カガリを守るために。」
アスランは、所在なげに、手のひらのなかでビールの缶を弄ぶ。
「でも、機体を受け取る見返りに、俺は軍への復隊を拒むわけにはいかなくてな。
結局、これではなんの解決にもならないとわかっていて、同じ轍を踏んでしまったのさ。」
アスランは呟き、視線を深く落とした。
「その御蔭で、随分、母さんを泣かせてしまった。 ・・・だから、あの時の罪を償いたい、
とずっと思っているし、その気持ちは今もあるよ。」
ミューズは、父親の語る言葉に、じっと耳を傾ける。
「当時、“セイバー”は、機構変換システムを持った、最新鋭の機体だった。 望んだ結果では
なかったが、戦況の成り行きから、連合の条約に加盟した、オーブ軍と剣を交えなくてはならなく
なってしまって、俺は、“セイバー”で出撃したんだ。 その時、キラの駆る“フリーダム”とも
交戦状態になってしまった。」
「・・・」
淡々と語る、父の言葉に、ミューズは沈黙でもって応える。
「その時にキラに云われたんだよ。『カガリが守ろうとしているものまで、君は撃とうというのか!』とね。
『カガリは泣いてる、何故わからない!』とも。 ・・・でも、その言葉をちゃんと理解するには、軍に
復帰した俺には出来るほど、ゆとりも余裕もなくて。 ・・・キラの逆鱗をマトモに喰らったんだ。」
そういえば、叔父であるキラと、若くして国の元首となりながら、その地位を剥奪された
母であるカガリを伴ない、アークエンジェルと行動を共にしていた、という経緯は、漠然とミューズも
知ってはいた。
が、その複雑な内容までは到底理解できぬものだ。
やはり、彼女にとって、あくまでそれは『過去』のことであったと、思うしかない。
ミューズも俯き、父の次の言葉を、黙って待った。
「あれは、キラの、俺に対する制裁だったんだ。 融通とか、柔軟性とか、今でこそ少しは養われて
きたけど、その時は自分自身でも呆れるくらい皆無でね。 唯、自分の思いだけを貫きたいと、ある意味
意固地になっていたのかも知れない。本末転倒だよな? 止めたいと思って得た力が、結局、役立たせる
どころか、泣かせるだけのものになってたのに、それでも俺は気がつけなくて・・・」
アスランは、過去の痛みに耐えるように、片手で目元を被う。
「“セイバー”を失って、始めて考えた。・・・自分はなにをしたい、と望んでいたのかという疑問。
なにが本当に欲しかったのか、という思い。 迷いは迷いを生み、終局面を迎える頃、その思いは、
デュランダル氏への疑惑に変っていったんだ。 結局、俺は都合のいい、マリオネットでしかないと
気づいた時は遅くて。 ザフトを脱走して、アークエンジェルに保護されてさ。・・・情けなかったよ。
でも、そんな情けない俺でも、カガリも、アークエンジェルのひとたちも温かく迎え入れてくれた。」
次々と明かされていく、父親の過去の古傷。
ミューズは、初めて訊く、父の語る言葉に固唾を呑んだ。
自分にとって、父、アスランは常に『光』。
英雄であり、畏怖堂々とし、揺るぐことのない、力の象徴。
その父親の持つ『痛み』。
今もまだ、その傷は癒えることなく、しこりとして存在することの、重さ。
咎人のように、告白をする、父の姿は、ミューズにとって、見たこともないものだった。
「だから、今度はこのひとたちの力になろう、と決心したんだ。 カガリを支え、本物の『力』を
使いたいと、思った。 ・・・そんな時の俺に与えられた新しい剣が“インフィニットジャスティス”だ。」
“インフィニットジャスティス” ・・・父である、アスランの機体。
4年前、ミューズの申し入れを受け、実地対戦として、刃を交えた、真赤のモビルスーツ。
多様な装備と、なによりも驚愕したのは、アスランの操舵技術の素晴らしさだった。
唯のメカと侮るなかれ、あの動きは、今も眼に焼きついて離れない、強烈な、映像。
貴重な経験をさせてもらったと、感謝すらした。
僅か、ミューズの心に沸き上がる、悪戯心。
「・・・お、お父さん?」
遠慮気味な、ミューズの上擦った声。
アスランは、目元で伏せていた手を僅かにずらし、愛娘の思惑に気がつく。
「やんないぞ?」
「へっ!?」
「顔に、『頂戴』って書いてある。モビルスーツは、玩具じゃないんだぞ?」
「え〜と・・・ ははは! ・・・なんで ・・・わか・・・」
「お前は、母さん以上に、顔にでるからな、考えてることが。」
す、鋭い・・・。
流石、・・・と、云いたい処だが、ミューズには笑って誤魔化すしか術がなかった。
「『アカツキ』、母さんからせしめたくせに、まだ欲しいのか?」
悪戯っ子をしかるような目線で、アスランはミューズを軽く睨んだ。
視線を逸らし、ミューズはバツの悪そうな表情を浮かべるだけ。
「あ、そうそう!もう、ひとつ訊きたいことがあるんだ!」
話題を強制的に変え、ミューズは苦しげに笑みを浮かべる。
「どうぞ。」
アスランは、苦笑し、温くなってしまったビールを一気に飲み干し、缶をテーブルに置く。
一呼吸於いて、ミューズは言葉を紡ぐ。
「オーブは、どうして新しい機体の開発に着手しないの?」
アスランは、娘の口から飛び出した言葉に驚愕の色を示す。
「・・・なんで、そんなこと訊くんだ?」
確かめるように、呟かれた父親の声に、ミューズは躊躇った。
「・・・マードックさんに云われたの。 私の腕のレベルでは、“ムラサメ”の機体レベルは
劣り過ぎてて、カバーしきれなくなってきてる、って。」
アスランは、心のなかで僅かに得心する。
ミューズが何故、“セイバー”のことを訊き尋ね、新鋭機の開発のことを気にするのか、
ということに。
アスランは、唯、複雑な表情で、苦笑するしかなかった。
「カガリが、・・・母さんが、させなかったんだよ。」
「お母さん?」
アスランは頷き、瞳を開く愛娘を見詰める。
「二度の戦争というものを、俺たちは・・・ 地球の人々も、プラントの人々も経てきた。
その辛い経験に終止符を打たせるために、武器、及び兵器の過剰開発をストップさせる
条約を締結させたのは、他でもない、カガリ自身さ。」
ミューズは、母の強く、逞しいまでの、炎を宿した金の瞳を脳裏に思い浮かべた。
「牽制、抑止力としての、生産、製造以外は、絶対しない、という条約をね。 国を
守れるだけの力があれば良い。 少なくても多くても、残るのは不幸な結果だけだ。
あれば、それを悪用しようとするものが必ず現れる。 二度と同じことをしてはいけない、
と言ってね。」
「・・・そっか。」
ミューズは、緩い笑みを浮かべた。
「オーブは、技術国だ。 勿論、観光や自然物資も豊富だが、他国に比べ、『技術面』は
抜きん出ている。やろうと思えば、新鋭機など、いくらでも造れるさ。 でも、闘うための
技術でなく、それを反転利用して、人々の役に立てる方向性での開発に変えたのさ。」
ミューズは、頭のなかで、使われているオーブの技術力の様々なことを思い描く。
砂漠化のすすんだ地域を、緑地化することや、水の汚染が酷い国には、井戸を掘る、
などの人員と工事の提供。その他にもたくさんの事業に参加していることを。
ミューズは、テーブルに両肘をつき、頬杖をついた。
そして、ぽつりと言葉を紡ぐ。
「お母さんらしい。」
彼女は、そう云って苦笑を漏らした。
久し振りの語らいは、実に有意義で、ミューズは、またひとつ勉強になったと言残し、
席を立ち上がった。
「色々、話せて嬉しかった。 ありがとう、お父さん。」
アスランは、小さく微笑む。
お休み、と云って、背を向けた愛娘の後ろ姿を、彼はいつまでも眺めていたのだった。




休暇を終え、ミューズは、慣れ親しんだ、母艦へと帰る。
あまりにも、心地良すぎる、自宅のベッドで、休みの殆どを寝て過していた、
という体たらく。
「ん〜〜! ディアナじゃないけど、やっぱり、我が家のベッドは最高ね。
広いのと、柔らかさは、あのコじゃなくても、文句云いたくなるわ。」
独り言を呟き、ミューズはフライトデッキの端で大きくひとつ伸びをする。
刹那、彼女の背後から、右肩を叩き、声を掛けられたことに、全身の肌が
寒気とともに泡だった。
「よっ!久し振りだな? ミューズ・アスハ・ザラ。」
二度と、聞きたくないと、願った声。
これは、絶対悪夢だッ!!
と、彼女は心のなかで叫ぶ。
恐る恐る振り返れば、視線の先に捕らえたのは、イズミ・ドゥジャイル、そのひと。
「・・・なんで、アンタがここに居るのよ?」
怖気を感じさせる、ミューズの声音。
「研修。」
悪びれた様子もなく、イズミはにこやかに笑っている。
「研修ッ!? ここは、海軍よッ!貴方、空軍でしょう!? オマケに、大佐なんて、
地位にある高級士官が、今更なんの研修よッ!!」
イズミに怒鳴り散らし、ミューズはこめかみに怒りマークを浮べ、叫んだ。
「細かいことは、あんまり訊かないで。 使えるコネはなんでも使う主義だから、俺。」
「ふざけるなッ! 大体、こんな処で油なんか売ってないで、さっさと国元の奥さんの
処に帰りなさいよッ!」
「ああ、それ? だったら、心配しないで。別れたから。」
「はあっ!?」
「だって、君が、俺と結婚してくれるの、考え直してくれる条件に、独り身ってあったし、
俺、婿養子にはいっても全然、構わないからさ。」
「な、なに、云ってんのよッ!貴方ッ!」
「君のだした条件は全部、呑んだ。 文句はないだろ?」
にこにこ。
イズミは、相も変らず、嬉しげな笑顔。
ざーと、ミューズは身体の血の気が一気に引くのを感じた。
一歩、後ず去る。
その間合いを詰めるように、イズミは歩を一歩進める。
二歩、ミューズが後退すれば、彼もまた二歩、詰め寄った。
くるり、と回れ右をすると、ミューズは脱兎の如く走り出す。
「待てよッ!ミューズ・アスハ・ザラッ!」
「こっち、来ないでッーーーッ!!」
顔面蒼白で、ミューズは走り逃げた。
それを、追いかける駿足。
「来るなっ、て云ってんでしょうッ!!この、馬鹿王子ッ!」
「君が逃げるから、追っかけているだけだ!」
バタバタと、慌しい音を響かせ、ミューズは甲板デッキの通路を駆け抜けていく。
通路の隅に、ドリンクボトルを片手に、体育坐りで、座り込んでいた、ナギサとサキは
駆け抜けていった一陣の風に瞳を開いた。
「・・・今、なにか通ったわ。」
「ええ、通ったわね。」
ちゅ〜〜〜。
ストローで、中身の液体を吸い上げ、ナギサの問いに、サキは答える。
「・・・ミューズも、とんでもないひとに気に入られちゃったわね。」
「ホント。」
ちゅ〜〜〜。
ふたりは、言葉を交わしながら、交互に話し掛け、ボトルの中身を啜った。
艦、後部の展望デッキに追い詰められ、ミューズは短く、荒い息をつき、安全バーの
手摺に身体を押し付けた。
もう、絶体絶命。
残された方法は、・・・海に飛び込むしかない。
三段で仕切られた、バーに右足を引っ掛け、ミューズは身を乗り出す。
「ば、馬鹿ッ!なに、やって!?」
イズミの焦った声が、彼女の背後であがる。
「アンタが追っかけてくるからでしょうッ!?」
彼女の身体が傾いだ途端、力強い腕が、ミューズの身体を背後から抱き締めた。
一瞬、ミューズは驚愕に瞳を開く。
一体、自分になにが起こっているのか、理解できなかった。
逞しい胸板、抱き込まれた、腕の力強さ。
そして、微かに香る、柑橘系のコロンの香り。
「・・・逃げないで、・・・ミューズ。」
とくん。
囁かれる、男の甘い、低い声に、ミューズのなかで、違うなにかを体感させる。
父である、アスランには、幾度も抱き締められた。
でも、この感覚は、今まで自分が感じてきたものとは明らかに違う。
なに?
なんなの?
・・・これは。
わからない。
わからない・・・
胸が締め付けられるように、熱い理解のできない感情が、ミューズの全身に走る。
あんなに、嫌っていた筈の男なのに。
・・・わからない。
「『85C』? 結構、着痩せするタイプ? ミューズ?」
はたっ、と我に返った瞬間、自分の胸元に感じる違和感に、ミューズは視線を落とす。
彼女の胸に置かれた、イズミの両手。
硬直した刹那、それは瞬時に羞恥心に摩り替った。
「なにすんのよォォーーーッッ!この、セクハラ痴漢男ッッ!!」
後ろに左足を滑らせ、ミューズはイズミの片足を払うと、彼の片腕を握り掴んだ。
一気に自分の肩に彼の体重を乗せ、放り投げる。
見事に決まる、ミューズの一本背負い。
イズミは、奇怪な雄叫びをあげ、そのまま海へと落下していった。
つくずく、高い処から落ちるのが、好きな男のようである。
どぼぉーーーん!
派手な水飛沫をあげ、イズミは海中に没する。
ぜーぜーと息をつき、ミューズは赤面した顔で、仁王立ち。
一瞬でも、あんな男にときめくなんて、きっと気の迷いだ。
彼女は踵を返し、自室へと道を辿った。
部屋に戻り、彼女は自分のベッドに寝転がった。
頭が重い。
寒気も。
身体がだるくて、手足を動かすのさえ、苦痛に感じる。
きっと、体調の悪さは、あの騒ぎのせい、だと思ったのだが・・・
「・・・頭、・・・ガンガンする・・・」
ふうっ、と意識が途切れ、ミューズは意識を手離した。
どのくらいの間、そうしていたのか。
ひやり、と額に感じる、冷たい濡れタオルの感触を感じ、ミューズは緩々と瞼を開けた。
霞む視界。
「・・・ディ ・・・アナ?」
ようやっと、視線の先がはっきりすると、眼に飛び込んできた顔は、イズミだった。
「・・・っつ! なんで、ここにッ!」
慌て、身を起こそうとするミューズに、イズミは優しく静止の声を掛ける。
「まだ、寝ていた方が良い。 発熱して、意識がなかったから、看病に寄った。」
彼は、そう云って、微笑む。
「余計な御世話よッ! ディアナに頼むわ、そんなこと。」
「彼女は、勤務時間だ。だから、代わりに俺が来た。」
「でていって。」
「怒ってる? さっきの。」
「当たり前でしょう? 第一、貴方の申し入れは断ったのに、なんでそんなに
しつこく付き纏うわけ?」
「好きだからに決まってるだろう?」
イズミは、緩く笑んだまま、ベッドのミューズを見下ろす。
「好き、って! だから、なんでッ!?」
彼女は、叫び、彼の真意を確認する言葉を口にした。
「一目惚れ、って云ったら、信じてくれる?」
「へっ?」
ミューズは、すっとんきょんな声をあげる。
「君が・・・好きなんだ。 俺と、・・・結婚してくれ。」
真剣な眼差し。
今まで見てきた、おちゃらけた、彼の態度とは真反対な、真摯な態度と声に、
ミューズは戸惑う。
とくん。
ああ、まただ。
さっきも感じた、胸の鼓動。
わけのわからない感情が、再びミューズの身体を被い始める。
「どんなに時間が掛かっても構わない。 君が、俺の妻になってくれるなら、
なんでもする。」
「・・・イズミ。」
ミューズは、躊躇った声を紡いだ。
「好きで、好きで、堪らない。 こんな風に思ったの、・・・始めてなんだ。」
告白。
僅かに上擦った声と紅葉した彼の頬に、ミューズは微笑を浮かべた。
「前向きに検討してみるわ。」
瞳を開き、驚いた彼の顔に、ミューズは苦笑を浮かべる。
「散々、追っかけまわしておいて、なんでそんな顔するわけ?」
「・・・いや。 ちょっと、びっくりしちゃって・・・」
「喉、渇いた。 悪いんだけど、デスクに置いてある、ドリンク取ってくれない?」
「ああ。」
頷き、イズミは置かれていたドリンクに手を伸ばした。
ボトルを受け取り、ミューズは喉を潤す。
彼女の唇の端についた、水の雫。
その雫が、光り、艶を持ったことに、イズミは頬を染め、視線を注ぐ。
「・・・ミューズ。」
「なに?」
「・・・キス、しちゃ、駄目か?」
彼は、見たこともないような、気恥ずかしそうな瞳でミューズを見詰める。
「うえっ!? ・・・そ、それは・・・ まだ、早いわ!」
一瞬、彼女は視線を外した。
耐え切れず、イズミはミューズの上半身に覆い被さると、彼女の唇に吸い付いた。
ミューズは、驚愕の色を浮かべた瞳で、沈黙する。
柔らかい、唇の感触。
段々と深くなっていく、それに、彼女はくぐもった声をあげた。
「・・・やっ ・・・誰が、して良いって ・・・云ったの!?」
「・・・我慢、出来ないよ。」
キスなんて、今までの人生のなかで、数え切れない程してきた。
父から、母から、そして、妹から・・・
でも、それはあくまでも、肉親の情愛のキス。
挨拶や、コミュニケーションでしかない行い。
ミューズの逃げる舌先を追いかけ、イズミは更に深く口付ける。
「・・・んっ、・・・はっ・・・」
自分の漏らす、聞いたこともない声に驚いて、ミューズは彼の身体を押しやった。
ようやっと、離れた、彼の唇に、ミューズは赤面した顔を背ける。
「・・・キス、・・・初めてだったの?」
彼女は、答えない。
「教えてあげるよ? ・・・もっと、たくさん。」
彼は、そう云って、緩い笑みを称えた。
「また、後で来るから。」
言残し、イズミは、ミューズの部屋をあとにした。
ぼう〜とした、思考のなかで、ミューズは思う。
身体が熱いのは、きっと熱のせいだ。
そう、努め、思いながら、彼女はシーツを頭から被る。
知らなかったことがあまりにも多すぎた。
仄かに感じる、身体の疼きに、ミューズは戸惑うだけ。
「こんなの、・・・知らない。」
呟き、彼女は身体を丸め、ちじこませる。
意識し始めた感情。
だが、その想いは、本当の意味での、自覚に至るまでは・・・
まだまだ、彼女にとっては、・・・時間が必要だった。




                                                   ■ END ■








※さてさて、「その背に〜・・・」も、お話、佳境に入って
管理人の個人趣味も混ざり、ザラ家(主に長女)大騒動
になっておりまするぅ〜 ( ̄ー ̄)ニヤリ で、続きは、
なんと!裏になってしまいました!! パパっ子、究極の
ファザコン、ミューズが、イズミにどう傾いていくのか。
その、娘御のこれまたメインのお話です。
続けて読んでいただければ、嬉しい限り!
そして!!今回も、「Half Moon」かずりんさんの
ご好意で、また挿絵を頂いてしまいました!v(≧∇≦)v イェェ〜イ♪
イズミがめちゃくちゃカッコええッッ!!(^з^)−☆Chu!!
そんな、かずりんさんの素敵絵サイトは、下記バナーよりジャーンプ!
                                        






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