『 春 待 草 〜 Story of “Pursuit” secnd 〜 』
その品が届いたのは、一週間ばかり前のこと。
ディアッカからのアスラン宛の冊子小包。
開封した封書からでてきた物は、如何わしい一冊の書籍。
ディアッカ曰く、結婚して一年半、そろそろ子作りに励め、という
いらぬお世話の産物であった。
アスランとカガリは、その品に呆れ、頭を抱えたものの、その時は
さして気にした素振りは互いに見せず、笑って場は終結していた。
そんな出来事を忘れたか、忘れないかのうちに、今度はラクスからの
宅急便がアスランあてで送られてきた。
さして大きさはない。
30cm四方のダンボール箱。
自分のデスクに送られてきた品物を置き、それを前にアスランは眉根を寄せ、
両腕を組んでじっと視線を向けていた。
彼の傍らに居るカガリも、なんだかアスランと似たり寄ったりな表情だ。
「・・・なんか俺、これ開けるの、すご〜く嫌なんだけど。」
アスランは、小さく言葉を零す。
「同感。」
珍しく、カガリも同意を唱える。
友人である、ラクスからの贈り物だというのに。
どうやら、先の出来事もあり、ふたりは届けられる『荷物』の類に、妙な警戒心を持つように
なってしまった様子だ。
嫌な予感を覚えていても、このままここに放置しておく訳にもいかない。
意を決し、アスランはダンボールの封印を剥がし始めた。
開き、中を覗く。
視線の先に映ったのは、ピンクの薄紙に包まれた、『いかにも』と形容詞がつきそうな
品が鎮座していた。
妖しいオーラを撒き散らし、薄紙に沁み込ませた甘い香りが鼻を擽る。
包装を解くと、・・・中からでてきたのは、スケスケのベビードール。
「・・・」
言葉がでない。
これでアスランを誘え、とでもカガリに言っているのか?
包みの下を更に覗けば、1ダースの赤マムシドリンクが入れてある。
こんなレトロな品物、ラクスはどこから調達してきたのだろうか。
どっちにしても、箱からでてきたのは、いずれもディアッカ同様、『励んでくださいね』
という意味らしい。
アスランは大きく溜息をつき、品々を箱に戻した。
「まったくラクスまで。 ・・・一体、何を考えて・・・」
呆れた声音が彼の口から零れた。
何気に彼は傍らのカガリに視線を向ける。
彼女に顔を向けた途端、ぽろぽろと金の両眼から滴り落ちる涙を拭いもしない
カガリの顔が彼の眼に飛び込んできた。
アスランは、彼女の涙の理由が解らず、おろおろするばかり。
「カガリ?」
「・・・なんだよ。みんなして、子供、子供って。・・・そんな催促めいたこと言われるのなんか、
頭の硬い長老連中だけでたくさんだッ!!」
「・・・カガリ。」
小さく、彼は彼女の名を口にし、カガリの両腕を掴み、自分の胸にカガリの身体を抱き込んだ。
一瞬だけ、彼女の瞳は驚きに見開く。
が、その彼の胸の温かさに安堵を覚えると堰を切ったように泣きじゃくった。
薄々は感じていた。
オーブの重鎮である、長老たちが嫌味のようにカガリにチクチクそれとなく子供のことを
催促していたのは。
それでも彼女は、自分の心のなかの苦しみを片鱗も見せず、気丈に振舞って躱していたのを。
責められるのならば、自分も同罪なのに・・・
何故、彼女だけ。
自然に、アスランの腕に力が篭る。
子が成せないと世間はいのいちにその責任は女性にあると批難する。
カガリですら、その例に漏れることはなかった。
ふたりが結婚という形で結ばれる前、それぞれが健康な身体を維持しているかどうか、
ということで検査を受けさせられた。
結果、いずれも損傷なく、問題はない、との判断が下され、今に至る。
検査の結果が『白』であっても、未だふたりの間には子は授からず、そろそろ周囲の
視線も厳しくなってくる時期。
「泣かないで、カガリ。 君だけの責任じゃない。俺にだって、罪はあるんだから。」
現存する、コーディネイターたちが抱える、原因不明の少子化現象。
神の領域と云われ続けてきた、遺伝子に人の手が加えられたことへの神罰
なのだろうか?
科学の最先端を進み、強固な身体、優れた頭脳を得たが故の代償か。
子孫を残す、という人としての能力が衰え、仮に得られたとしてもそれは一握り。
年々、人口の減少は否めない、コーディネイターたちの今の現状。
共に添い、永遠の愛を誓い、未来を築こうと約束し、睦ましく夫婦としての関係も
正常なふたりなのに・・・
お互いが望んでいる『答え』にはまだ辿り着けない。
彼女には、問題はないはずだ。
恐らく、原因は自分にあるのだろうことは、アスランは感じていた。
だが、男として認めたくない、という自分も何処かにあった。
だから、無意識に眼を瞑り、避けていたのだ。
そして、その負い目をカガリひとりに背負わせてしまった。
彼にしがみつき、その胸ですすり泣く彼女が痛ましい。
「・・・ごめん、カガリ。 ・・・本当にごめん。」
緩々と、彼女はアスランの胸のなかで首を振る。
「お前のせい、なんかでもないよ。・・・神様が意地悪なだけだ。」
抱き込んだ、彼女の身体に廻した、彼の腕に更に力が篭った。
優しく、左手で彼女の髪を撫でてやると、漸く落ち着きを取り戻したのか、
カガリの泣き声が静かなものへと変わっていく。
「・・・ごめん。お前の軍服に鼻水つけちゃった。」
「気にするな。そんなモン、洗えば落ちる。」
起した彼女の顔に、アスランはそっとハンカチを差し出しす。
受け取ったハンカチで、カガリは思いっきり鼻をかんだ。
アスランは苦笑を浮かべ、宥めるようにぽんぽんと数度、彼女の頭を叩いた。
「美人台無し。」
くすっ。
緩く彼は笑い、彼女の頬に唇を寄せる。
小さな音をたて、彼の唇がカガリの頬に当たった。
「さて、仕事も切り上がったし、そろそろ家に帰るか。」
促すように、彼は微笑みながら彼女の顔を伺う。
頷き、カガリも泣き潤んだ瞳で微笑み返す。
帰宅し、遅い時間の夕飯を済ませ、ふたりは身支度を整えてから就寝の準備にはいった。
寝入る前、クッションを背に読書を楽しんでいたアスランに、カガリはベッドによじ登りながら
声を彼にかける。
届けられた荷をそのまま官僚府に置きっ放し、という訳にいかない。
中身が中身だけに尚更。
持ち帰り、整理していると箱隅にあったんだけど、云い、見つけた品を彼女はアスランに
手渡した。
アスランに渡された、手のひらに収まるサイズの小さな小瓶。
コルクの栓で閉じられ、封印されている。
中には、赤い毒々しい色を放つ、ふた粒の錠剤。
あの荷物にはいっていたものだ。
まともに考えたって、これが唯の風邪薬やビタミン剤の類だとはお世辞にも思えない。
恐らく、強精剤か媚薬。
カラカラと小瓶を振り、アスランはそれを自分の目の前に翳した。
「こんな妖しい薬、飲んでなにかあったら困るだろ?」
それに、これがコーディネイター用に調整されている薬なら・・・
カガリに飲ませて、もし万が一なにかあっては取り返しがつかない。
止めておいた方が無難だ。
「・・・それ、・・・飲んでみたい。」
「カガリッ!?」
彼女の漏らした言葉に彼は驚き、瞳を開く。
「でもッ!もし、副作用がでたらどうするんだッ!」
「それでもッ! ・・・それでも、良いッ! ・・・ほんの少しでも、子供が得られる可能性があるなら!
・・・縋りたいんだ。」
僅かに潤んだ彼女の瞳が彼を見詰める。
「・・・カガリ。」
「協力してくれ、頼む。 ・・・アスラン。」
一呼吸於いてから、アスランは彼女を見た。
「・・・わかった。」
緩く笑み、彼はベッド脇のミニサイドテーブルに備え置かれたピッチャーを手にとる。
汲みおいた水をグラスに注ぎ、先に自ら錠剤を口に含み、カガリの身体を引き寄せる。
口移しにそれを彼女に与え、アスランは唇を離した。
「今度は、カガリが俺に飲ませて。」
グラスを渡し、カガリも彼がしたように薬を口に含み、彼の唇にそれを流し込む。
こくん。
錠剤を飲み下し、彼は間をあけず、カガリの唇に吸い付いた。
始めから、欲を含ませた口付け。
舌を絡み合わせ、彼女の口内を蹂躙していく。
「・・・ふぅ、・・・んッ アス・・・ランッ・・・」
甘い声音を漏らし、カガリは彼の求めに応える。
口付けを施しながら、彼は彼女の身に纏っているバスローブの肩を肌蹴させ、
柔らかい肢体をベッドに押し倒した。
薬の影響か。
ふたりの漏らす吐息は、早く忙しいもに変り始める。
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