夜も更け、別荘の周囲に聴こえるのは、虫たちの奏でる、夏の演奏だけ。
辺りは外灯ひとつなく、頼りになるのは月明かりのみ。
そんな環境で始まるものといえば。
『怪談』である。
蒸し暑い夜の空気を、涼しい話で冷やそうという、若者達の集まりには
付き物の行事だ。
別荘の居間のフローリングに直に座り込み、輪を作る。
その中央。太めの蝋燭を一本だけ立て、部屋の明かりを落とせば、
雰囲気は嫌がおうでも盛り上がってくる。
キラの横にはラクス。
カガリは、アスランの横にちょこんと座り、その両サイドには、ミーアと
ルナマリアが座った。
「じゃあ、一番手は誰から?」
催促する形で、キラが口火を切る。
「怪談、なんて言われても、知ってる話なんかないぞ?」
アスランはおもむろに、不機嫌そうな顔を作った。
「それじゃ、盛り上がらないじゃん!」
キラは不平を漏らし、目の前のアスランをきつい目線で睨んだ。
「だったら、主催者のお前がすればイイだろ?」
「喧嘩はおよしになってくださいな。アスランもキラも。楽しい雰囲気が壊れて
しまいますわ。」
ラクスに窘められ、ふたりは口を閉ざした。
ひとつ咳払いをし、キラは場の仕切り直しを計る。
「それじゃ、ボクが先にするね。」
ごくり、と一同が息を呑む。
空気がピーンと張り詰め、寒さが駆け抜けていく・・・ そんな感じ。
「・・・昔、・・・」
キラは表情を強張らせ、周りに佇むひとたちを自分の話に引き寄せていく。
「まだ、この地球が中世と呼ばれていた頃の話なんだけどね。・・・ひとりの王様が、
新しい妃を迎えたくて、邪魔になる第一夫人の首を嘘の口実を作って、跳ね飛ばしちゃったんだ。 
そしたら、夜な夜な首を無くしたお妃様が、自分の無くなった首を探して、城の中を歩き廻るんだって・・・ 
ほらッ!!後ろッ!!」
「ぎゃあああッッ!!」
唯の威かしで、キラはカガリの背後を指差しただけなのだが、思っていた以上の過剰反応に
目を見開いた。
カガリは絶叫をあげた途端、アスランに飛びつき、彼を押し倒したからだ。
ごん!という鈍い音。
強かに、頭を打ちつけ、アスランはうめいた。
「・・・痛っ・・・」
カガリは、恐怖のあまり、アスランの身体に馬乗りになる形で、震えている。
その彼の首筋に、両腕を廻し、しがみついた格好。
見た目、すごいふたりの姿態に、ミーアも、ルナマリアも、不機嫌そうな視線を向ける。
しかし、下敷きにされているアスランの顔は、もっとだらしなく緩んでいた。
なんて、美味しいシチュエーションなんだッ!
カガリの胸が当たる!
カガリ、意外と胸が大きいし、とにかく柔らかいこの身体は、彼女の素肌を知ってるからこそ、
味わえる至福感で満たされていた。
ちくちくと、小さい針が刺さるような視線を感じ、アスランは緩く身を起こす。
本音は、このままカガリに抱きつかれていたかったが、ふたりの女の子の視線に
耐え切れず、やもえなくといった感じだが・・・。
「カガリ、・・・カガリ・・・ 大丈夫だから・・・」
彼女の名を優しく呼び、そっと背中を撫で擦る。
ぎゅっと、彼女の身体を抱き締め、とにかく落ち着かせることだけに専念した。
覗き込んだ、彼女の顔には、薄っすらと涙が浮んでいた。
モビルスーツを自分の手足とし、勇猛果敢な彼女が怖れるものなど、ないと思っていたのに・・・
本当に意外としか、云いようがない。
硬く瞑った両の瞳。
かたかたと震える、小さな身体。
ああ。
もう、これだけで、アスランの保護欲は全開だ。
可愛くて仕方ない。
普段でも、そう感じているのに、これはフェイントだ。
でも、嬉しい誤算としかいいようがない現状。
「そんなに怖かった?」
驚いた声音で、キラはカガリに訊き尋ねる。
「・・・わ、私・・・ ダメなんだ・・・こういうの・・・」
小さな、小さな、カガリの声。
震える声音は、キラの苦笑を誘った。
「まだ、ひとつしか話していないけど、他のひとたちはなにか話はある?」
確認の言葉を漏らすと、一同は首を横に振った。
「じゃあ、怖がり屋さんのカガリには、もう少し付き合ってもらって、最後の締めだけは
しないと終わらないから。」
「最後の締め?」
カガリは怖る怖る、確認の言葉を反覆した。
「肝試し!」
「えッ!?私、ヤダッ!絶対、やんないからなッ!」
抵抗をめいっぱいした処で、それはかえって逆効果だった。
底意地の悪そうな、よっつの瞳が耀く。
「折角のメインイベントなんですもの!欠席なんてみとめないわよ!」
声をあげたのは、ミーア。
べりっ、と音がでそうな強引さで、アスランにしがみついていたカガリの身体を
引き剥がすと、彼女の腕をとり、先陣を切って、別荘の外に連れ立って
でて行ってしまう。
あまりの勢いに、アスランはすっかり声をかけるタイミングを失い、呆然とするがまま。
勢いが削がれない内に・・・と場の空気が動く。
別荘の中に居た面々は、暗がりの広がる野外へと向った。
それぞれが、足元を照らす、懐中電灯を手に、別荘裏手の小高い丘を目指す。
キラとラクスが道先案内を受け持ち、その後は、ダンゴ状態。
ミーアは、態と悲鳴をあげ、アスランに身体を寄せてくるが、その声は全然怯えなど
微塵も感じさせない。
最後尾を着いてくるカガリとの距離が離れだしたことに、アスランは心配気な視線を
ちらちらと後ろに向けた。
「あそこ。」
丘の麓の位置で歩を止め、キラは指をさす。
「あそこに教会が見えるでしょう? 昼間の散策で見つけたんだけど、廃屋になって
いるから、この蝋燭を持って行って、灯してくるの。」
キラは手にしていた蝋燭を、それぞれに見せた。
「順番は?」
眉根を寄せ、ミーアはキラを見る。
「クジで決めよう。」
予め、用意しておいたのか、紙縒りをズボンのポケットからだし、順番に引かせていく。
できたカップリング。
ルナマリアとミーアの組み合わせに、ふたりは不満気な表情を匂わせた。
残りは、アスランとカガリの組み。
そして、キラとラクスのペアリングだ。
「女だけで行っても詰まんないわ!」
ミーアは不満たらたらな言動で、文句を言い出す。
「じゃあ、どうすれば良い?」
キラは、困ったような笑みを漏らす。
「するなら、やっぱり男のひとが混ざらないと面白くない!」
そう言って、彼女はアスランを見る。
ぞわっ。
嫌な寒気を覚え、アスランは視線をずらした。
「じゃあ、アスラン・・・」
キラは、遠慮気味な言葉を紡ぐ。
「折角、クジ引きしたのに、そんな勝手なことしたんじゃ、フェアじゃないだろ!?」
カガリと引き離されるのが嫌で、アスランは焦って声をあげる。
「ふたり組み同士のペアがお嫌でしたら、いっそのこと、4人で行ってきたら、
いかがでしょうか? その方が時間も早く済みますし。」
ラクスの、仲裁案。
渋々ではあったが、先発で、ミーア、ルナマリア、アスランとカガリの組みが歩を進め出す。
アスランを中心に、右腕にはミーアが。
左腕は、ルナマリアががっちりと掴まり、身動きしにくい。
その後方を、とぼとぼとついてくる、カガリの姿が、アスランは気になって仕方がない。
なるべく、ゆっくり歩こうと思うのに、ぐいぐいと両腕をふたりの女の子たちに引っ張られ、
あっという間にカガリとの間に距離が生まれてしまう。
人一倍、怖がりな、彼女。
このまま引き摺られて、両腕のこのふたりの言いなりなんて、出来ない!
そう思った瞬間、アスランは両の腕を振り解いた。
「離せッ!!」
突然、荒げた声をあげられ、ふたりは驚いた視線でアスランを見た。
カガリに走りより、そっと彼女の身体を抱き締めると、彼は彼女の耳元で囁いた。
「帰ろうか? カガリ?」
その言葉を聞いた、刹那。
我慢し、抑え、耐えていたカガリの両の瞳から涙が溢れた。
「・・・う・・・ん。・・・帰りたい・・・帰りたいよぉ・・・」
カガリは、アスランに縋り、その胸に顔を埋めた。
佇むふたりに視線を向け、アスランは冷たく言葉を突きつけた。
「教会には、ふたりで行ってくれ。俺たちはここでリタイアする。」
『そんなぁ〜!』
がっかりした、ふたりの声に目もくれず、アスランは、カガリの身体を抱き上げると、
辿ってきた道を引き返し始める。
「アスランッ!」
引き止めるような、ミーアの声が闇間に木霊する。
だが、アスランはその声に反応することなく、歩を進めた。
途中、キラとラクスにすれ違う。同じ道を辿って戻っているのだから、当たり前だが。
「悪い、キラ。俺たち、やっぱり帰るよ。」
「えっ? 帰るって・・・」
「帰る、って別荘の方じゃないからな。身支度して、街に帰るから。」
「折角来たのに?」
「折角、だからさ。こんな状態じゃ、休みに来たのに、逆にストレスになってしまうよ。
カガリだって可哀想だ。」
それだけを伝えると、アスランはカガリを腕に抱いたまま、丘を下って行ってしまった。
その途中で、カガリはアスランの腕の中で謝罪の言葉を零す。
アスランは、彼女の言葉を緩い笑顔で遮る。
「折角もらった『夏休み』なんだから、ちゃんと楽しまないと。 そうだろ?カガリ?」
「・・・うん。」
小さな相槌。
彼女は、抱かれた胸の優しさに、甘える仕草で顔を摺り寄せた。
ふたりがすっかり車に荷物を積み込み、出立の仕度を済ませた頃、他の4人も
別荘に戻ってきた。
「なに、やってるの?アスランッ!」
抗議の様相で、飛び掛ってきたのは、ミーアだ。
「見てわかれよ。帰るんだよ。」
冷たく言放ち、アスランはミーアを一瞥した。
「なにも、こんな夜に!」
ルナマリアも、声を荒げ、アスランを見る。
「こっちの事情を優先したいんだ。ふたりは、残りの滞在を楽しんで。」
言残し、アスランはカガリを助手席に導くと、ドアを閉める。
自分も運転席に廻り、同じくドアを閉め、顔だけをキラに向けた。
「また、連絡するから。」
エンジンをふかし、アスランは振り返ることなく、車を走らせ始めた。
帰途につく車中で、カガリは小さく言葉を漏らす。
「・・・本当に、・・・良かったのか? せめて、アスランだけでも残って・・・」
「カガリだけ帰す、なんて出来るわけないだろ?それに、ふたりでもらった
休みなんだから。俺にとって、カガリが居ない休み、なんてあったって意味ない。」
彼の、断言の言葉を訊き、彼女は驚いた瞳をアスランに向けた。
やがて、その顔は柔和な笑みに変わる。
山道を下り、舗装された国道までくれば、あとは道成り。
真っ直ぐな山道を下った処で、分岐がある。
その手前で、アスランは車を車道脇に寄せ止めた。
「右に行けば、オーブ市街。左は、温泉街がある。・・・決めて、カガリ。」
「決める?」
「このまま帰るのも、方法のひとつだけど。・・・休みは、あと6日あるから・・・」
「・・・アスラン。」
カガリは頬を染め、運転席の彼を見詰めた。
アスランは、真っ赤な顔で彼女を見返す。
「ずっと考えていたんだ。あの別荘をでて、カガリと違う場所に行きたいって・・・」
見合った視線の中。
カガリは、小さく頷く。
「・・・このまま帰るのは、・・・私も嫌だ。」
「・・・カガリ・・・」
「左の道を行ってくれないか?」
喜び勇んで、アスランはカガリに抱きつきたい心境をぐっと抑え込んだ。
車のエンジンをふかし、彼は辿ってきたアスファルト道に戻り、車を走らせた。
ハンドルをきる。
左へと・・・
彼女の望み。
それは、自分の望みでもある。
高鳴る、胸の鼓動は、抑えようもないものだった・・・。












※さて、今回はなが〜〜らくお待たせした、10万リク。Nami様に
捧げる一品となっております。こんな年明けから、なぜに真夏の話?
と思われるでしょうが、リクエストを貰ったのが、去年の8月だった
からです。『女難なアスランと、涼しい話な、アスカガ!』というご注文
でした。(*°ρ°) ボー そんなわけで、やっとこさ、書きました。
で、キリリクだけど、これが『裏』に続くんだな。(爆笑)
だって、書き始めたら面白くてさ!つーことで。
裏も合わせて読んでいただける内容、というおまけ特典つき
な、ひと作品になってしまいました。
こんなんでましたけど、これでどう?Namiさん。(笑)








                                      トリビアの種A   back