『 真夏の夜の夢 』





正月休み返上。
ゴールデンウィーク? 何、それ?
思わず口をついてでる皮肉。
この半年あまり、カガリもアスランも、押し寄せる仕事の荒波に
真っ向から向いあっていたせいで、まともな休みなどないに等しかった。
人間、生きてる以上、ロボット以上にメンテナンスが必要なのに・・・だ。
息つく暇もなく、働きずくめが続けば、当然、溜まった疲労のせいで
かえって効率が低下してくる。
普段なら在り得ないような小さなミスが連発するようになれば、
・・・限界の、赤信号点滅サイン。
溜息をつきつつ、キサカは目の下にクマをつくったカガリの顔を凝視する。
虚ろな目で、カガリは書類とにらめっこの最中。
「カガリ?」
「・・・なんだ?」
声をかけたキサカを見上げた、その瞳は精気すら失っていた。
「1週間程度だが、少し休養をとるように・・・と言ったら、どうする?」
「・・・は?」
一瞬、自分の耳がおかしくなったかと思うくらい、カガリはおどろきの視線を
キサカに向けた。
「・・・今、・・・なんて言った?」
「だから、休みをだな、取れと。・・・盆休みからは大分ズレてしまったが、
君はよくやってくれたのでな。」
《鬼の眼にも涙》と云うことわざがある。
信じられない言葉を訊き、カガリは暫し呆然とする。
はっと我に返り、肝心な一言を遠慮気味に口端に乗せてみた。
「・・・ア、・・・アスランは?」
「勿論、彼も一緒にだ。彼も、貴女同様、よくやってくれているからな。」
「・・・マジ?」
「嘘をついても仕方あるまい? それに、休む時に休まなければ、かえって
仕事の能率もあがらんからな。」
憮然とした態度をとりながら、キサカはその態度とは真反対な言葉を紡ぐ。
どこか、こそばゆく感じるのか、カガリとは視線も合わせようとしない。
「・・・今、8月だよな? 4月1日に逆戻りでもした気分だぞ。」
「なんとでも解釈すれば良い。 アレックスにも伝えておきなさい。」
それだけを言残し、キサカは執務室をあとにした。
キサカが退室するのとすれ違いざま、アスランが別の書類を片手に
執務室へと入ってきた。
「・・・明日から、1週間、夏休みだってさ。」
「は?」
アスランは、先ほどのカガリと同じ表情。
びっくり目でカガリを凝視する。
「だから、あ・し・た!から休みッ!お前も私も夏休みだって!」
「・・・はぁ。」
とことんボケた顔のアスランを見、カガリは自分の額を抑える。
「どうする?」
「・・・急に言われても。」
働くことは義務。
国のために。
そこに住まう人々の安らぎのために・・・
それこそが、ふたりが日々の仕事のなかで思うことの糧そのもの。
アスランがぽつりと漏らした言葉に、カガリも確かに・・・と同意する。
あまりにも今までが忙し過ぎたのだ。
休みは欲しい!と常々思ってきてはいても、それでは「いざ、どうぞ。」となると・・・
正直、どうして良いか解らないのだ。
なんとも因果なものである。
「・・・キラのトコでも行くか?」
「キラなら、今、ラクスと旅行だって、訊いているよ。」
「・・・そっか。」
はあ〜と溜息をつき、カガリは革張りの椅子の背に体重を預ける仕草で体を
押し付けた。
「なんでも、一年間契約で、使いたい放題の別荘に行くって言ってたけど・・・」
「・・・別荘?」
アスランが話の経緯で口にした言葉に、カガリの瞳が耀く。
「だったら、その別荘に私たちもお邪魔する、っていうのはどうだ?」
「え!?」
「別荘、っていうくらいなんだから、私たちふたりくらい増えたって、
大したことないんじゃないか?」
「・・・ん〜〜〜」
空を仰ぎ、アスランは唸る。
「あとで連絡とってみるよ。」
「今だッ!!」
「は?」
カガリの強行発言に、アスランは眉根を寄せた。
「時間が惜しい。でられるなら、明日の早朝出発だッ!」
思いたったら吉日。
カガリは椅子から立ち上がり、アスランのジャケットのポケットを弄ると、見付けだした
彼の携帯を突きつけた。
「早く!」
「・・・あ、・・・うん。」
気迫に押され、アスランは携帯のメモリーを開き、キラの携帯の番号をプッシュする。
繋がった電話で、事情を説明すれば、あっさりとした快諾の返事が返ってきたことに
彼はほっと息をついた。
一度話が滑りだせば、トントン拍子に話が進みだしたことにカガリは上機嫌で微笑んだ。
だが、その決断は、ふたりにとっての悪夢の序章。
あとで痛く後悔することになるとは、この時のふたりは夢にも思わなかった。






オーブ本島の丁度真反対側。
都市部、軍事、政府関係施設が密集する地域が、普段ふたりが居る場所。
そこからヘリを使って、島を横断すれば、小一時間程の距離なのだが、
ふたりは敢えてそれをせず、ドライブも兼ねて、本土の海沿いの道を迂回
していくルートを選択した。
足は、勿論、アスランの愛車だ。
空路とレンタカーを使えば、短時間で目的地に着ける処を、わざわざそれを
しない選択。 実にふたりらしい。
所用時間を5時間ほどかけ、ふたりはキラに教えられた別荘を目指す。
天気は良好。
今まで鬱積してきた暗い気分が、顔を撫でていく風に全てを洗い流して
いくような、そんな気分。
海沿いの道から、山道に入り、周りの景色が深緑に変っていけば、カガリは
子供のようなはしゃいだ笑顔をアスランに向けた。
大まかな到着時間を知らせておいたせいか、別荘につく頃、食欲をそそる
良い香りが、漂ってくる。
どうやら、庭先でバーベキューでもやっているようだ。
そのラクスとキラの姿は、直ぐに見つけることが出来た。
しかし、その他にふたり。
ラクスと同じピンク色の髪、落ち着いた雰囲気のラクスとは対照的な
派手な衣装を纏った、同じ顔。
そして、印象的な赤毛の女の子の姿を見、アスランは背筋に寒気を覚える。
ミーア・キャンベルとルナマリア・ホーク。
・・・なんで、あのふたりがここに居るんだ?
と、アスランの頭の中は、『混乱』の一文字しか浮ばなかった。
「アーーースラァァーーーンッ!!」
車から降りたアスランの姿を見つけ、目敏いミーアが彼に走り寄ってきた。
げっ!
心の中の、アスランの絶叫。
彼の隣に立ち並んだカガリは、始めて見る、ラクスにそっくりの違う女・・・
見て直ぐにわかったことだが、ラクスはアスランのことを、こんな風には呼ばない。
しかも、喜び勇んで駆けてくる、その姿が・・・ 僅かな憤りをカガリに齎した。
顔が引き攣り、今にも恐怖の叫びでもあげそうな姿態のアスラン。
カガリに抱きつかれるなら大歓迎だが、『アレ』はお呼びではない。
3m・・・ 2m・・・ 残り、1m!
アスランは咄嗟の反応で、カガリの背の後ろに身を隠した。
ずざざーーーッ!
見事なスライディング。
アスランが抱きとめてくれるとばかり思っていたミーアは、ものの見事に地面に
顔からダイブする。
・・・沈黙。
一体、どれくらいの時間が過ぎたことか。
顔も起こさず、ミーアは地の底から湧きあがるような声音を漏らした。
「・・・なぁ〜んで、避けるのぉ〜〜 ア〜スラァ〜〜ン・・・」
「うえっ!?・・・いや、・・・ごめん、・・・ちょっと・・・」
カガリの背の後ろに隠れたまま、アスランはミーアを冷や汗を浮かべた顔で見下ろした。
むっくりと身体を起こし、ミーアは泥だらけの顔でアスランににじり寄った。
「誰だ?」
突然、カガリは問う。
冷めた視線。 目の前の女が一体、アスランとどんな関係なのか、知りたい、という
表情で彼をねめつける。
「あ・・・。ああ、・・・えっ、と・・・ ミーア・キャンベル。ラクスの・・・ え〜と・・・ラクスの・・・」
そこまで言って、アスランは口ごもった。
偽者さんです、と紹介して良いのかどうか解らなかったからだ。
「・・・ラクスの、・・・熱狂的なファン?」
やっと繕った言葉は、甚だしく陳腐。
ミーアは、挑戦的な瞳を燃やし、カガリを睨んだ。
「貴女、アスランのなに?」
「それはこっちの台詞だ。」
本能なのか。
カガリは、アスランとの関係に一癖ありそうな、このラクスそっくりの女の子にあまり
良い印象を抱かなかったらしい。
見えない火花が、ふたりの間で飛び交う。
そして、呼びもしないのに、災いの原因、その2登場。
「お久し振りです、アスラン。」
「ルナマリア。」
アスランは複雑な面持ちで、近寄ってきた赤毛の少女を見た。
彼女には面識がある。
それでも、カガリの表情は硬い。
女3に対して、男ひとり。
この勢力圏争いは、苛烈の一言。
まるで、ガマの油絞りのようだ。
アスランは流れ続ける冷汗に、とにかくこの場の状況分析をきちんと把握しなければ・・・
とそれだけを考え続ける。
「ミーア、それに、ルナマリアまで。 なんで、ふたりがここに居るんだ?」
「ラクス様の招待です。」
にっこり笑み、ルナマリアが透かさず答えを返す。
「・・・そう、・・・なの・・・」
不承不承な返事。
アスランは頭痛がしてきた自分の額を片手で被った。
ラクスと、このふたりがそんな関係だったなんて、知らなかった。
てっきり、この別荘に居るのは、キラとラクスだけかと思って・・・
いや、始めから疑いもせず、思っていた。
・・・なのに。
こんな現状、想定外としか言いようがない。
嵐の予感。
カガリとの楽しい夏休みが、一転して修羅場になりそうな気分になっていく。
俺のことは。・・・否、俺たちのことは放っておいてくれッ!!
と言ったところで、それは通用しそうにない。
このふたりのことだ。多分、『糠に釘』だろう。
ちらり。
カガリの方に視線を向ければ、彼女の顔は不機嫌そのもの。
やれやれ。
なんで、こうなるんだ?
アスランはがっくりと肩を落とし、深いため息を漏らした。
「みなさ〜ん!お肉がこげてしまいますわ。こちらにいらしてくださいな。」
本家本元。ラクスの声掛かりに、一同はぞろぞろと移動する。
その間も、ミーアはちらちらとカガリに不信気な視線を送り続けた。
アスランは、態と自分たちの関係を誇示するようにカガリの肩に腕を廻す。
それが益々気に入らない、というよなミーアの視線。
抱き寄せられたことに、カガリは一瞬驚きの視線でアスランを見る。
だが、その視線は直ぐに柔和な微笑に変る。
ふたりの『恋人』という関係に胡座をかく気は毛頭なかったが、それでも
アスランの気遣いには、ほんの少し感謝の気持ちが頭を擡げた。
昼食を済ませ、別荘の中をラクスに案内されることになり、アスランとカガリは
素直にそれに従った。
「部屋数は充分にありますが、ご希望なら、御一緒のお部屋でも構いませんよ?」
「えっ!?」
カガリは赤面し、アスランの方に視線を向けた。
見れば、アスランもカガリに負けないくらい顔が茹っている。
「どうしますか?」
「・・・あっ・・・ 俺は、カガリが良いって言ってくれるなら、・・・」
「ダメっ!絶対ダメッ!」
「えっ!?」
思いっきりカガリに否定され、アスランはがっかりした表情を漂わせる。
「・・・だって。」
「だって?」
なんで?と聞きたそうな、彼の表情を見て、カガリは俯く。
「と、とにかく、ダメなモンはダメだ! 大体、あのふたりがなに言うかわからないじゃないか!」
「そんなの関係ないだろ!? 俺たちのことなんだからッ!」
納得がいかない、とアスランは言い張り、カガリはカガリで、言い返す始末。
閉口し、ラクスは部屋の場所だけを指示し、その場をあとにする。
ラクスが行ってしまってから、ふたりは話し合いを続行する。
「なんで、ダメなんだよ!?」
「だ、だってッ!ひとつの部屋ってことは、ひとつのベッドにふたりで寝るんだぞ。・・・お前、
変な気分にならない、って保障どこにあるんだよ!」
「うっ!」
図星を突かれ、アスランは赤面した顔で小さく唸る。
「・・・わ、わかったよ・・・」
不満気な表情。
アスランは、小さく声を返して、目の前の扉を潜った。
彼が部屋に消えてから、カガリは寂しげな表情を漏らす。
本当は、自分だってアスランと同室が良いに決まっている。
ここに来るまでは、確かにそれで良かったのだ。
しかし、その甘い気分は、ふたりのアスランに纏わりつく女の子たちに阻まれてしまった。
本来なら、大手を振って、『自分がアスランの恋人だ』と示せば良いことなのだが・・・
カガリにはそれが出来ない。
『女』ということを武器にしているような、そんな浅ましさが過ぎるから。
小さく息をついて、カガリはアスランが入っていった、隣の部屋の扉を潜った。
僅かに身の重みを感じ、カガリは与えられた部屋のベッドに身を横たえる。
すると・・・ 隣の部屋、アスランが居るだろう、部屋の扉を忙しくノックする音に眉を潜めた。
聞き覚えのある、ラクスそっくりの声音。
確か、ミーア・キャンベルと言ったか。
壁が薄いのか、微かに漏れる話し声。
カガリは、その会話が聞きたくなくて、うつ伏せになって枕を頭のうえから押し付けた。
もやもやした、とても嫌な気分。
それが『嫉妬』と呼ぶのを、カガリは自覚する。
それでも、言葉にはだせない、もどかしさ。
取らないで。
彼は、アスランは、・・・私のものだッ!
そう叫びたい想いを、彼女はベッドのシーツに押し付け、殺したのだった。
一方、隣室のアスランは・・・
ミーアの来訪に、辟易とした顔。
「ミーア、悪いんだけど、俺疲れているんだ。少し、ひとりにしてくれないか?」
「え〜〜 でも、話するくらいならイイでしょう?」
「だから!ここまでくるのに車ずっと運転してきてるし!」
とにかく口実なんてなんでも良かった。
疫病神紛いの、彼女さえ追い出せるなら、なんでも構わない。
遂にぶち切れ、アスランはミーアの背を押すと、部屋の外へと彼女を押し出した。
「あ〜〜ん。」
ミーアは艶かしいまでに、艶の効いた声音をだす。
「また後で。」
無情なまでに扉を閉め、鍵を掛けた。
アスランは背にした扉の内で、深い溜息に暮れる。
気が重い。
こんな環境で、1週間の滞在? ・・・悪夢としかいいようがない。
到着したばかりだというのに、早くも彼は『帰りたい』と願ってしまう。
こんなことなら、なにもここにこなくても、折角カガリと一緒なら、別の宿泊先を
探した方がよっぽど有意義な時を過ごせたはずだ。
溜息に暮れまくり、アスランはきっかけを作って、早めにこの妥協案をカガリに
伝えたい、と心密かに思ったのだった。









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