月面都市『コペルニクス』
アスランが、13歳まで過ごした場所だ。
ここの幼年学校を学び舎とし、そして、親友だったキラとの別れも・・・
今では、全てが懐かしい思い出。
アスランが迷わずカガリを連れてきた処は、キラと最後の別れをした、
あの桜並木の道だった。
しかし、思い出に刻まれていた筈の風景は、随分と様変わりしていた。
桜。
あんなに、花びらを散らし、大樹ばかりが整然と並んでいた、並木は
成長途中の若木ばかり。
困惑の顔色を隠せず、彼は緩く眉を潜めた。
カガリを伴なって歩いていく中で、彼は一本の桜の樹に視線を落とした。
「・・・多分、ここだと思うんだ。・・・キラと最後に別れた場所は・・・」
その時だった。
彼を背後から呼び止める、男性の声に振り向き、アスランは瞳を開く。
「・・・先生?・・・ウッド先生?」
「ああ、やはり。見間違えたかと思ったんでな。」
50代後半くらいに見える、初老の紳士。
頭は白さで覆われ、顔には深い皺が入り始めているが、その顔にアスランは
見覚えがあった。
「誰?」
アスランの傍らにいたカガリは、素直な質問を彼にする。
「幼年学校の時の恩師だよ。 ショウ・ウッド先生。宇宙物理学の担当で
俺のクラス担任だったひとだ。」
ウッドと呼ばれた紳士は、ぺこりとカガリに対し一礼をした。
「先生、紹介します。婚約者のカガリ・ユラ・アスハ嬢です。」
アスランは僅かに上気した顔で、傍らに立つカガリを恩師であるウッドに教え告げる。
「ああ、知ってるよ。君たちの婚約会見はテレビで見たんでな。」
「はぁ・・・」
アスランは照れ、頭を指先で掻いた。
「アスハ嬢。 アスラン・ザラは優秀な生徒でしたよ。私の自慢の生徒でした。
彼の生真面目さ、素直な心は、この先もきっと貴女を助けてくれるでしょう。私が保証します。」
「ありがとうございます。 ミスターウッド。」
カガリは、優美な笑顔で、ウッドに応える。
「まずは、おめでとう、と云わねばならんかな?アスラン。」
ウッドに云われ、アスランは益々赤らんだ顔を俯かせた。
「ところで、先生。 昔とは随分この辺も様子が・・・」
アスランは周りを見渡し、素直な疑問を恩師に問う。
「ああ、これも戦争の名残りの一部だ。三年前、終戦間際に放たれた、『ジェネシス』のせいだ。」
ウッドが漏らした言葉に、一瞬アスランもカガリも背筋に冷たいものを感じ、身を強張らせた。
「ジェネシスが撃ち込まれた、月面基地は壊滅状態だったのは、君たちも知っているだろう?」
知ってるもなにも、彼らは当事者だ。
止めることが叶わなかった、狂気の光。
それを撃ったのは・・・ アスランの父。
なぜ、こんなことを。
あの時は、絶望感と怒りしか抱けなかった。
なんとしても、止めなければ。
その思いだけに突き動かされ、アスランは自分の命さえ捨て去る覚悟だった。
それを留めたのは、今は婚約者となり、近い未来には妻に成り得るだろう、彼女。
淡々と語られる、恩師の言葉は、ふたりの心臓を鷲掴み、過去のこととはいえ、
取り戻すことの出来ない現実を突きつける。
「月にはマグマによるようなエネルギー源はないから地震が起こらない。基地が撃破された
衝撃による余波の振動で近隣に存在する施設は壊滅的な打撃を被った。
勿論、このコペルニクスも例外ではなかったさ。・・・マグニチュード9クラスほどの衝撃と訊いた。
私はその時は地球に居たので、難を逃れたが・・・戻ってきた時は声もだせないくらいの
惨状だったよ。」
鎮痛な面持ちで、ウッドは辺りに視線を向けた。
「終戦を迎え、三年。漸く、ここまで復興に漕ぎ着けた、というのが現状だ。」
「・・・そう、・・・だったんですか・・・」
アスランは痛々しい表情で、小さく声を漏らした。
幼い頃から、自分が思春期の入り口に差し掛かるまでの年齢、ここに住まい、心ならずも
離れなければならなかった、地。
その後は、本国に戻り、苛烈さを増していったプラント、地球間で起こった戦争に
身を投じた、アスラン。
離れていた年月の長さに、あまりにも様変わりしてしまった景色は、その長さを雄弁に物語る。
知らなかったこととはいえ、画像で見た、月基地からあがったキノコ雲の破壊力の凄まじさ。
それを考えれば、周りの施設にだって被害が及んでいるのは、あると考えるのが
普通なのだが・・・
あの時は、精神的にも加味し、そこまで考えるゆとりすらなかった。
出来れば、カガリをキラとその両親が居住していたエリアまで連れていくつもりだった。
しかし、この場所すら、アスランが驚く程様子が変わっているのならば、住居エリアはもっと
変貌しているだろう。
幼少の記憶を掘り起こしても、一軒の家を探すとなれば、思い出だけで探し出すのは
不可能だ。 ちゃんとした正規のルートで調べるしかなければ、今日明日中、という
わけにはいかない。
・・・それに。
今は、キラの両親とその本人はオーブに居る。
徒労に終わる、と始めからわかれば、わざわざ探す手間をかけるのは時間の無駄だ。
ほんの、数十分の時間だったが、懐かしい恩師と話す機会に恵まれたのは運が良かった。
ウッドはちらり、と腕時計を気にし、そろそろ、と話を切り上げるのに、ふたりは揃って
苦笑を漏らした。
「ああ、そうだ、アスラン。」
「はい?」
最後になるだろう、恩師の言葉。
アスランは、静かな目線で、ウッドを見た。
「こんな話は、君たちにして役にたつかどうかはわからないが、私の妻はコーディネイターでね、
かれこれ30年連れ添っているが、今も問題なく上手くやっている。・・・ アスハ嬢はナチュラル、
君はコーディネイター、・・・有史、その境を交じらわせることは不可能と云われてきたが・・・
実際、私たち夫婦のようになんの問題もなくやってきている者もいる。 だから、君たちも
押し付けられる概念に囚われず、相手を慈しみ、尊敬し、労わる心を持ちなさい。」
ウッドは爽やかな笑みで、ふたりに実体験をもとに諭した。
「ふたりとも、末永く、幸せに。」
ウッドは最後にそう言い残し、背を向ける。
アスランもカガリも、揃って頭を垂れた。
「良い先生だな。」
「ああ。」
「そっか。お前、自慢の種だったのかぁ〜」
カガリはおかしそうに笑う。
「そんなの、今始めて聞いたよ。 俺の方が驚いたさ。」
アスランは、カガリの顔を伺いながら、照れくさそうに苦笑いを浮かべる。
「でも、俺自身、そんなに優秀とは思わなかったけど、カガリの前だから持ち上げて
くれたのかな?」
「はあ!?」
「他の科目はちゃんとこなしていたけど、美術と音楽だけはどうしても苦手でさ。・・・キラとよく
エスケープしてたから。 ま、テストだけはでてたけど。他が良かったからお目溢しされていた
みたいだったけど。」
アスランが漏らした衝撃の告白。
カガリはそれを聞いて、腹を抱えて爆笑する。
目尻に浮んだ涙の雫を、カガリは指先で拭い、アスランを皮肉る。
「大した、『優秀』な生徒だな。」
言い訳する理由もない。
アスランはバツが悪そうな表情で空を仰いだ。
落ち着きを取り戻し、会話がまたもとの話に戻り、再開しだす。
アスランは目の前にある、桜の若木に再び視線を落とした。
「多分、ここにあった樹だと思う。 昔は俺もキラも小さかったから、幹にふたりで手を廻しても
廻りきらないほど立派な桜の木があって・・・ 夕方、その木に登ってさ、沈んでいく夕日を
見るのがとても好きだったんだ。 ・・・ここは月だし、映る夕日がスクリーンに投射される
作りものだ・・・って、わかっていても、・・・好きだった。」
アスランは彼方を見上げ、懐かしそうに眼を細めた。
「・・・アスラン。」
「そんでもって、夜遅くまで居座って、キラのお母さんにふたりして怒られてたけどね。」
悪戯っ子のような笑みを浮べ、アスランはカガリに視線を向ける。
「おいおい。 折角、感動しかけたのに、オチはそれかよ。」
カガリは呆れて、息をついた。
だが、呆れながらも、この場所がアスランにとっては、なによりも大切な場所である、
ということも教えてもらった。
「この木がもっと成長して、また手が廻らなくなる程、大きくなるまで・・・頑張ろうな。」
彼は彼女の言葉の意味を直ぐに解し、緩く笑む。
二度と同じ愚を犯さない努力をしよう、という意。
共に、力合わせ、未来を築くという誓い。
「この木が大きくなって、花をつける頃、今度は三人で来たいな。 いや、四人?・・・
それ以上でも構わないけど・・・」
「はあ?」
始めは、キラとラクスのことを言っているのだ、とばかり思っていたが・・・ どうやら
違うみたいだ。
アスランは、小さく首を傾げた。
「お前、子供は欲しくないのか?」
ずばっ、と斬るカガリの台詞に、アスランは赤面した。
ふたりの人数は、自分たち。残りは・・・未来、出会えるだろう、想定の新しい家族を差すのだと
彼女が遠回しに云ったことに、彼は赤くなったまま呆然と佇んだ。
「・・・子供、・・・産んでくれるの?」
「あ、当たり前だろ!!お前以外の誰の子供、産むんだよッ!」
カガリは真っ赤になり、言葉を荒々しく吐く。
彼は思わず彼女の小さな身体を引き寄せ、抱き締めてしまう。
殆ど、無意識に。
「・・・嬉しい。・・・めちゃくちゃ、嬉しい。」
「・・・馬鹿。・・・つったく、鈍いぞ、ホント。」
カガリは抱きすくめられた状態で、胸の中でアスランを詰った。
「・・・でもさ、カガリ。」
「なんだ?」
「子供、作るなら、・・・その、・・・作るための努力も、・・・いるよね?」
「お、お、お前ッッ!!」
カガリは今にも湯気が吹き出そうな程、顔を真っ赤に染め、彼の顔を凝視する。
「努力しようね? 俺は、カガリさえ準備OKなら、いつでも良いから。」
「あわわ・・・ うわぁぁ・・・はわっ・・・」
にっこり、アスランに微笑まれ、カガリは恥かしさのあまり、どう言葉を発していいか解らず、
縺れる口先だけが妙な羅列の言葉を紡ぎだす。
「差し当たり、今夜あたりから、頑張ってみる?」
悪気の欠片も見せず、アスランは腕の中の彼女に微笑み掛ける。
「ば、馬鹿っ! お前、気、早過ぎッ!」
子供作るのは、式あげてからだッ!
と釘を刺し、彼女は彼の身体を強く押し、逃れた。
スタスタと、早足で歩きだす彼女を追い、アスランも歩を進める。
「カガリ? 怒ったの?」
甘えた声をわざとだし、彼はカガリの背後から首筋に両腕を廻した。
「怒ってないッ!お前の馬鹿発言に呆れただけだッ!」
「そっか。」
「そっか、じゃないッ!」
じゃれ合いながら、ふたりは市街の宿泊先のホテルへと歩を向けた。
・・・その夜。
ふたりが甘い夜を過ごし、未来をベッドの中で寝物語代わりに語りあったのは・・・
当然、・・・かも知れなかった。
半ば、アスランに強引に押し切られて、というのはあったが。
勿論、子供はもう少し先にの約束事は交わして。
逞しく、力強い腕に抱かれ、カガリは雲間に漂う心地よさを感じ、言葉を紡ぐ。
・・・お前を好きになって良かった。
優しい、アスランの微笑が、それに応えた。
・・・俺も、カガリに逢えて、良かった。
降ってくる、柔らかい唇を受け止め、カガリは緩く瞼を落とした。






                                      ■ FIN ■







                                     



※ひさびのお題でございます。
一応、タイトルは訳「見つけた道」なので、
お互い、見つけた『かも』しれなそうな話を
書いてみました。
(*°ρ°) ボー 相変わらずの、いちゃこいぶりな
ウチのバカッポー。;; まあ、本編の展開が
氷河期状態で終わりそうなので、せめて
自分が見る夢くらいは、見させてよーーー!
の叫びをあげた、一本でありました。
ちゃんちゃん。( _ _ ).。o○






                                     


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