『 FIND THE WAY 』










C.E 74 10月29日。
アスランは、19歳の誕生日を迎えた。
そして、この迎えた、誕生日に彼はカガリから、この世に生まれて良かった、
と実感できる報を訊くことになる。
「アスラァーーーンッ! アスランっ!!」
珍しく、息せき切って駆け寄ってきたカガリに呼び止められ、不思議そうな顔を
した彼が通路で振り返った。
「ああ、やっと追い付いた。お前、歩くの早過ぎッ!」
官僚府の通路で呼び止められ、彼は緩く首を傾げる。
「どうした?」
何気な、アスランの問い。
ぜいぜいと息を切らせたカガリは両膝に手をつき、屈み込み言葉を紡ごうと
しているのだが、上手く言葉がでず、四苦八苦している。
「少し落ち着いたら?」
苦笑を浮べ、アスランは彼女の背を優しく撫で擦る。
「あ、あのさ。今週の末、なんだけど。記者会見やる、って今、ホムラ叔父上が。」
「・・・はあ!?・・・記者会見!?・・・一体、なんの?」
アスランは眉根を寄せ、首を更に捻った。
「なんの?って、なにトボケてッ!私たちの婚約発表に決まっているだろ!?」
「えっ・・・あっ・・・そう。」
「なんだよ、その返事はッ!」
長い年月を重ね、アスランとカガリは、ようやっと自分たちが結ばれる、という約束事を
つい何日か前にしたばかり。
もっとも、それはほんの僅か、身内のみでのお披露目だったのだが。
「その記者会見で、正式なものとして、・・・ということらしいんだ。」
カガリは起こした顔で、嬉しそうに笑んだ。
「・・・それって、俺もでなくちゃ・・・駄目?」
つつつ・・・と、彼の顔に冷汗が一滴、滴り落ちる。
「当たり前だろ!?」
カガリは強く、誇張するように声を張り上げた。
・・・当たり前なのか・・・。
アスランは視線を外し、カガリの顔をチラチラ伺いつつ、どうも納得していない様子に
彼女は首を傾げた。
「・・・嬉しくないのか?」
その質問は、アスランにとっては間違いだ。
嬉しくないわけがない。
カガリとの結婚は、自分の目標のひとつでもあるわけだし、その過程で通過した、
婚約パーティーは天にでも昇れる気分になる程嬉しかった・・・
でも、・・・それだけで終わり・・・じゃなかったのか?
・・・ないんだな。
なにせ、自分はオーブという国家を背負った女性を妻にするのだから。
しかし。
しかしだ!
記者会見、・・・とは・・・また。
身内にお披露目したら、終了というわけにはいかない・・・らしい。
今度は報告なのだろう。
それは、国民に知らせるべき、事柄として当然・・・なのだ。
カガリの場合は。
「・・・あのさ、カガリ?ちょっと相談が・・・」
遠慮がちに、アスランは言葉を漏らす。
「・・・それは、どうしても俺もでなくちゃ、いけないものかな?」
『どうしても』の部分がやたらと強調されている。
引き攣り、アスランはうなるように彼女に問う。
「当然だろ?何度も同じこと言わせるなっ!それとも・・・」
そこまで出掛けた、彼女の台詞に嫌な予感を覚え、彼はストップを掛けさせた。
「わ、わかったッ!わかったからッッ!!」
アスランは、カガリの口から飛び出しかねない、不吉な言葉を聞きたくなくて、
思いっきり身体で否定した。
カガリの立場上、会見は義務にも等しいこと。
しかし、彼女は慣れていることでも、アスランには未知の経験でしかない。
それほど、自分は価値のある女性と結ばれることを許された身。
改めて襲ってくる、不安感。
同時に抱く、嬉しいまでの昂揚感。
・・・正直、複雑な心境である。
小さく息を吐き、アスランは額を抑える。
「・・・頭痛でもするのか?」
間抜けな質問だ。
カガリの、純粋な金の瞳が彼を見上げる。
その瞳に気後れし、彼は小さく呟く。
「・・・ちょっとね。」
気が重い、などとは口が裂けても云えない。
だが、それが通過しなければならない関門のひとつならば・・・
しなければならないだろう。
彼は、またひとつ息を吐いた。



用意されたスーツに袖を通す。
この後に及んで、アスランはまだ悪足掻きをしている自分が情けなかった。
いっそのこと、なにかのアクシデントで会見は中止、とかならないものだろうか。
人前でしゃべる・・・ことになるのだろうことは、大体予想がつく。
まあ、差し当たって、聞かれることは、『出会い』からだろう。
その後は・・・きっと芋蔓式だな。
こういう時、どう答えれば、当り障りがないのか・・・よくわからない。
カガリは、そんなに気負うな、とは云ってくれたが・・・。
自分の一言で、彼女に恥をかかせたら、取り返しがつかない。
とにかく、動揺せず、彼女のリードに身を委ねるのが得策だろうな。
ネクタイを締め、アスランは鏡の前で、気を引き締めるように頬を一度
両手のひらで叩いた。
「アスラン!?」
隣の控え室から聞こえる、自分を呼ぶ、カガリの声。
「準備、できたか?」
「うん。」
彼の部屋に入ってきながら、カガリはあまりにも覇気のない彼の顔を見、
心配気な瞳を向ける。
「あんまり緊張するな。質問は全て私が受ける。お前は、頷くか、『はい』だけ
云ってれば良いから。」
「・・・ホントに、それだけで良いの?」
アスランの瞳は、益々不安の色を濃くしていく。
「本当なら、これは私ひとりだけでも良かったんだろうけど、やっぱり全世界への
メッセージとして送りたいんだ、私は。」
「カガリ?」
「地球の人々にも、プラントの人たちにも・・・な。 お前を巻き込んでしまった形には
なってしまったけど。・・・私は思うんだ。 常に異種族としてコーディネイターとは
垣根を作ってきた、私たちナチュラル。 でも、そんな考えを無くして、私たちのように
結ばれることも出来るんだ、てことを知らしめたい。」
「・・・俺たちは、『掛け橋』になれる・・・かな?」
不意に、アスランはぽつりと言葉を漏らす。
「かな?・・・じゃなくて、するんだッ!・・・そうだろ?アスラン。」
彼女は満面の笑みを彼に向けた。
「・・・うん。」
その言葉に背を押されるように、彼は薄く頬を染め、頷く。
「ほら!しゃんとしろッ!背筋を伸ばせッ!」
発破を彼女に掛けられ、彼は背を伸ばした。
ちゅっ。
突然の、彼女の不意打ちのフレンチキス。
アスランは驚いて瞳を開いた。
「勇気つけのまじないだ。」
真っ赤な顔で、カガリは顔を伏せた。
仮にも婚約は済ませた仲なのに、彼女は自分から彼に『なにか』をする時は
未だ抵抗感がある様子。
彼は、その初々しさに苦笑を浮べる。
カガリのサポートを受けながら、会見を無事に済ませたのは、昼過ぎ。
それから、更に規模を拡大した、お披露目パーティーと、一日中息つく暇もなく、
時間に追われ、ふたりが安らぎの時を得たのは、深夜に掛かる時間帯だった。
着替える時間もなかったのか、ふたりはまだパーティーに参加したままの状態。
アスランは白いタキシード。
カガリは、唯一御気に入りのグリーンのドレス姿だ。
涼しい夜風に黄昏、ふたりはアスハ邸の庭園で肩を寄せ合っていた。
大理石造りのベンチに腰掛、ぽつぽつと続く会話。
だが、その会話は明るい未来を目指し、夢見る物語にしか聴こえない。
緩く握り合った、ふたりの手が、絆の深さを指し示す。
「あのさ、アスラン。」
「ん?」
「ひとつ、お願い事があるんだけど。」
「お願い?」
珍しい、カガリの強請る言葉に彼は視線を彼女に向けた。
「連れていって欲しい処があるんだ。」
「連れて?・・・どこ?」
「あそこ。」
彼女が指差したのは、天空。
白光耀く、月。
「私、一度も行ったことないから。 昔、お前はキラと月で生活していた、って云ってたろ?」
「うん。」
「見てみたいんだ。お前がどんな処で、・・・どんな場所で、幼い頃を過ごしてきたのか。」
彼は、カガリの言葉を訊いて、緩く微笑んだ。
「いいよ。連れて行ってあげる。」
彼の快諾を聞き、カガリは嬉しげに声をあげる。
余程嬉しかったのか、彼女は今にも飛び上がりそうな勢いで、彼の首筋にしがみついた。
そんな話題がでてから、幾日かが過ぎた。
カガリが望んだ、月行きの話は、思いの他、早く現実のものとなる。
正式に結婚まで至ってしまえば、外交関係などでの政務が急務になることは予想されていた。
ならば、いくらかでも自由が利く、婚約期間であるならば、大目にみよう、という温情。
ふたりは、ありがたくその名に便乗することにする。
「遠慮したって、仕方ない。」
カガリはそう言って、おかしそうに、楽しそうに笑ったのだった。








                                       


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