三ヶ月の待機入院の期間、カガリの身体に適合する心臓を有する、ドナーが見つかった。
不慮の事故による、青年のものだとしか聞かされなかったが、それでも今の段階、
心臓移植しか助かる望みがない、彼女の両親は迷わず結論をだす。
『娘を助けて欲しい』という言葉。
莫大な費用が必要な手術だったが、そんな患者を少しでも援助しようという国の保護政策基金に、
カガリの名も登録されていたのもあってか、手術は予定通り執り行なわれた。
あと残されているのものは、・・・手術の成功確率。
心臓、という、ひととして生命を維持するための臓器手術は成功確率が非常に低い。
仮に成功したとしても、それが身体に馴染み、適合するかどうか、ということも
問題として残されている。
彼女が、その期間を経て、身体の回復を遂げるまで、一年近くを要する。
その期間の間に、アスランは自分の希望通りの大学に再び挑み、無事に合格を果たしていた。
彼女が、自身の身体の回復を、より完璧なものにするため、アスランはそのリハビリに
助言と手助けを申し出る。
自宅から然程離れていない、河川敷。
そのサイクリングコースに、彼女を連れ出し、リハビリを促す。
「まずは、歩くことからしよう。」
「歩く?」
カガリは不思議そうな瞳で彼を見る。
「急にやっても駄目だ。 心臓に負担が掛かるから。 今日はゆっくり歩いて100m。 
呼吸が乱れたら、直ぐに休むこと。 良い?」
「うん。」
彼女は素直に頷き、彼の指示に従う。
メニューをこなし終わってから、ふたりは河べりの土手に越し掛け、ぽつぽつと会話を楽しむ。
そんなことが、日々繰り返され、次第に距離も伸び、歩きから競歩、ゆっくりしたペースで駆け足、
など、カガリの体調に合わせ、アスランは指示を与え続けた。
半月掛け、最後はランニングすらこなせるまで、カガリの身体は快方に向っていた。
全てのメニューが終了してから、スポーツドリンクを片手に、いつも通り土手に座り、話をする。
「アスラン。」
「ん?」
「泳いだり、とかも出来るようになる?」
「ああ、勿論。 免疫抑制剤は生涯飲み続けなくてはならないけど、カガリの体力がもっとつけば、
水泳だって、やることは不可能じゃないさ。」
「泳ぐか〜 してみたいな。やったことないから。」
彼女は嬉しげに小さく笑った。
「教えてあげる。」
彼は、優しげな微笑を漏らし、彼女の顔を見た。
「ちなみに、アスランってどのくらい泳げるんだ?」
「ん〜〜 普通に泳いだら、3kmくらいなら・・・」
「さ、3km!?」
「うん。 随分前だけど、街主催の遠泳もやったことあるし。 でも、さすがにアレはきつかったな。
軽く10kmはあったから、溺れそうになった。」
苦笑を浮べ、カガリを見た彼の顔を見て、彼女は口をあけたまま、呆然としていた。
「そろそろ帰ろう。風が冷たくなってきた。身体、冷やしたらまずいし。」
立ち上がり、彼は彼女に手を差し伸べる。
その手に素直に縋り、彼女も腰をあげた。
家に辿り着き、彼女を玄関先まで送ってきた彼は、その場で別れを告げた。
それを引き止め、彼女は夕飯に彼を誘った。
「・・・でも、今日は誰も居ないんだろ?」
カガリの兄であるキラは、大学で所属するサークルの合宿。 両親は、例によって夫婦で旅行。
残されたカガリは、アスランが居るから大丈夫、と言い、両親と兄を丸め込んだのだ。
「私が作った食事は食べられないのか!?」
「・・・それって、脅迫?」
苦しげな笑みを浮べ、アスランは僅かに引き攣る。
そもそも、彼女とふたりきりになる、というそっちの方がまずいのでは? と、彼は
別の心配をしていたのだが・・・ カガリはそんなことは頭の隅にもない様子。
小さく溜息を漏らすと、彼は無碍にも出来ない、彼女の誘いに、慣れ親しんだ玄関扉を潜った。
明かりを灯し、キッチンに直行。
冷蔵庫をチェックし、夕飯のメニューを決める。
終わってから、当たり前のように彼女は父親のバスローブを持ってくると、彼にそれを手渡した。
「シャワー、浴びてこい。汗流さないと風邪ひくから。」
逆らった処で、三倍返しの言葉が返ってくるだけだ。
諦め、彼は彼女の言葉に従った。
シャワーを浴び終わり、キッチンに顔をだせば、ダイニングテーブルには、食事が既に用意され、
温かい湯気が立ち昇り、食欲をそそる匂いがたちこめている。
随分と手際がよくなったものだ。
感心してる間、彼女は柔和な笑みを浮べ彼をテーブルに誘った。
食事を済ませ、片付けはアスランが担う。
その時間を利用して、カガリも身体を清めるため、浴室に向った。
やましい思いを抱いてはいけない。
そう、心の中で繰り返し、彼は着替えに袖を通す。
黙って帰るのは、やはり拙いと考え、彼はソファに座り、彼女を待つ。
身を清め、バスローブ姿で居間に姿を現した彼女。
ぎょっ、として、彼は慌てて席をたった。
「帰らないで。そのまま座っていて。」
「えっ!? あ、・・・でも。」
僅かに上擦った声。
アスランは視線を泳がせ、落ち着きなく、辺りに視線を配る。
「目を逸らさないで、・・・見て。」
彼女は彼の前に進み出、バスローブの合わせを解いた。
鎖骨の部分、胸部の中央から、右わき腹に掛けての大きな手術痕。
「・・・結婚したら、これはイヤでも見なくちゃいけないものだろ? こんな醜い傷を
持ってる女を、妻にできないと思うなら、・・・今、言って欲しい。・・・そうすれば、
早く諦められるから・・・」
カガリは震える身体を彼の前に晒し、溢れる涙と羞恥心に彩られた顔で
彼を見詰める。
じっと、目を逸らさず、彼は彼女を見た。
立ち上がり、彼女の身体を抱き締め、アスランは囁く。
「・・・カガリは綺麗だよ。 傷なんて俺は気にしない。・・・だから、無理しないで。」
堰を切ったように、カガリはアスランの腕の中で咽び泣いた。
「言っただろ?俺は結婚するなら、カガリしか考えていない、って。」
「アスランッ!」
しがみ付き、彼女は泣き続けた。
優しい抱擁。
健康な身体と引き換えに、残った身体の傷。
それを丸ごと受け止めてくれる彼が、カガリにはアスランの愛の大きさを感じずにはいられなかった。
「・・・抱いて。」
小さく洩れた、彼女の声。
恋人として付き合いはじめ、結婚を前提に、と言いながら、丸々二年近く、ふたりに
身体の接触はなかった。
口付けはあっても、彼自身がそれ以上踏み込むことを躊躇っていたから。
「・・・カガリが許してくれるなら。 ・・・君が欲しい。」
「アスラン・・・。」
抱き締め合い、深い口付けを交わし、彼女は二階に位置する、自分の部屋へ彼を誘う。
アスランは、まるで壊れ物を扱うように、彼女の身体を優しく愛していく。
初めて異性に身体を開いた彼女を怯えさせないよう。
走る傷痕に唇を落とし、愛してると幾度も囁く。
女としての悦び。
受け入れることを気持ち良いと感じる、自分の身体。
打ち震える快楽を全身で感じながら、彼女は大人の女へとなるステップを踏んだ。
アスランの手によって。
だが、身体の痛みは感じても、それがどんなに幸福な想いに浸れるのかも、彼女は知ることになる。
翌朝、目が覚めれば、彼の腕の中で眠りに落ちていたことに、カガリは今更焦りを覚えた。
それを起きた彼に笑われ、彼女はどう身を振っていいかわからず、おろおろするばかり。
「可愛いな、カガリは。」
あっけらかん、といい連ねるアスランの言葉が、益々彼女の顔に朱を走らせ、蒸気する。
それでも、それが幸せで、幸せで・・・
満たされていく想いが、ふたりを虜にしていった。
求め、求められ・・・
甘い彼の腕の感触を感じ、カガリは嬉しげに微笑んだ。







                                                ■ End ■









※ さて、今回はキリリクです。
40000番。順番が前後してしまいましたが、とりあえず
アップです。以前、書いたお話し、「グラフィティ」のその後の
お話希望とういう事で・・・
こんなんで、どうでしょう? 倫さま。;;
話の展開で、裏テイスト部分がありますが、それほど
表現がきつくないので、表アップにしちゃいます。
反応があって、やっぱ裏行きの方が・・・とかいう
意見がでれば、お引越しも視野にいれて。






          


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