『 君の瞳に恋してる。』
始めて、彼に会ったのは、ホントに自分が幼い頃だった。
長い療養生活を終え、医師の許可のもと、自宅に帰ることが出来た、
そんな矢先での出会い。
窓から覗く、草原と山しかない風景で育った、とも言える環境にいた彼女は、
その出会いがいつかもっと成長を遂げることを望むようになる。
出合った頃は、『憧れ』 だが、年月を重ね、日々を過ごしていく中で、
その気持ちは淡い恋心に変貌していく。
ひとつ年上で、自分の実兄、キラの幼馴染。
隣家に住まう、少年。
印象の強い、濃紺の髪と優しい翠の双眸は、その穏やかな人柄を素直に表していた。
貿易商という、海外での仕事が中心の彼の両親は、滅多に家に戻ることはなかった。
強いられた家庭環境。
それが望んだ環境でなくても、彼がそのことで不満を言っているのを聞いたことがない。
そんな環境が齎したもの・・・
実兄を含めての、家族ぐるみの親密な付き合い。
高望みをしてはいけない。
自分は彼にとっては、『妹』くらいにしかみてはもらってないのだから。
言い聞かせてみても、想いを止めることは出来なかった。
彼と同じ学び舎で、高校生活を過ごし、自分が抱える持病で倒れた時も、
命を救ってくれたのは、彼だった。
担ぎ込まれた病院で目覚めた時、彼の告白を聞き、溢れる涙を止めることが
出来ず、随分彼を困らせてしまったのは、まだ新しい記憶。
一学年上の彼が卒業する時、制服の第二ボタンをもらったのは・・・
嬉しくて、涙が溢れた。
「カガリは泣き虫だな。」
そう言って、頭を撫でてくれた、彼の微笑が忘れられない。
・・・アスラン。
大学を卒業したら、結婚しようと言ってくれた、彼。
でも、時々思う事。
本当に、私なんかが結婚なんて出来るのだろうか?
という、不安。
まだ、完治しない身体は、いつ発作が起こるかわからない、危うい状態だったから。
医師の薦めで、カガリは三ヶ月の待機入院をすることになった。
その出来事は、彼女が高校を卒業してから直ぐにでも、という内容だった。
三ヶ月の入院期間の間に、ドナーが見つかれば、即手術が出来る事を
スムーズに行うためだ。
アスランは、日を空けず、ほぼ毎日にも近い状態で、カガリの病室に顔をだしてくれる。
「今日は天気が良いから、外にでて話そう。」
優しい笑みで誘われ、彼女は頷く。
無機質の白い壁に囲まれたベッドは、退屈以外のなにものでもない。
だが、彼が訪れてくれるだけで、なんでこんなにも空気が穏やかになるのか
彼女は不思議でならなかった。
病院の中庭のベンチにふたりで腰掛、彼は彼女に語り掛けた。
「これ、頼まれていた本。」
そう言って、彼は自分が手にしていたナップザックから、一冊の本を取り出し、
隣の彼女に手渡した。
「ありがとう。」
嬉しそうに笑み、彼女は本を胸に抱き締める。
「図書館の返却日が2週間後だから、それまでには返してね。」
彼の柔らかい言葉に、カガリは頷く。
「大学の方は、もう慣れた?」
何気に、彼女は彼に問う。
「・・・」
「?・・・アスラン?」
「俺、大学辞めようかと思っている。」
「え!? な、なんで?突然?」
高校在学中も、高い成績を収めていた彼は、都内でも優秀な学生を輩出している
大学の経済学部に推薦入学をしていた。
「このまま、父の跡を継ぐなら、今の学校に居た方が良いんだろうけど、・・・
自分のやりたいことをするには、あそこでは駄目なんだ。」
「・・・でも、大学辞めて、それでどうするんだ?」
「一年、みっちり勉強して、医大受けようかと思うんだ。」
「医大!?」
驚き、彼女は隣の彼を凝視する。
「医大に入って、もっと専門的な知識を身に付けたい。 そうすれば、カガリの
身体のことだって、なにかあっても焦らずに対処できるんじゃないかと思って。」
「・・・アスラン。」
「それに、カガリの身体のことだけじゃなくて、いずれその知識をもっと役にたてれば、
と思ってさ。 世の中には、カガリと同じように、病や不遇の事故とかで身体の一部を
失ったり、そんなひとがたくさんいる。 そういうひとたちを助けてあげられるような、
リハビリテイションを出来るような医者になりたいんだ。」
彼がそんなことまで考えてくれていたなど。 はじめは驚きしかなかった気持ちも、
どんどんと温かい感情に覆われていくのをカガリは感じていた。
「大体、貿易商なんか跡継いだって、なにもメリットがないしな。」
「なんで、そう思うんだ?」
カガリは可笑しそうに笑い、彼を見詰める。
「一年中、海外で飛び回ってのホテル暮らしだぞ。 カガリと結婚したら、君を仕事で
連れまわすことになるのなんて、俺は絶対イヤだ。 もし子供ができて、両親不在の
家が当たり前、なんて環境にもしたくない。」
彼の幼少の頃の古傷。
口にはださなくても、それがどんなに辛い日々だったのか、彼女は改めて思い知らされた。
くすっ。
彼女は小さく笑う。
「・・・俺の言ってること、・・・変?」
カガリは小さくかぶりをふる。
「全然、変なんかじゃないさ。 むしろ、将来の生活設計がちゃんとしていて、褒めて
やりたいくらいだ。」
彼女は嬉しげに、それでいて可笑しげに笑い続けた。
「それと・・・」
「ん?」
「カガリが無事に手術が受けられて、退院できたら、君の両親に会いにいきたいんだけど。」
彼女は小さく首を傾げる。
「また、なんで改まって。」
幼い頃から出入りして、我が子のようにヤマトの家では接してもらっていた彼が、なんで?
という疑問。
「ちゃんとした挨拶、まだしてないから。」
アスランは真っ赤な顔をして俯いてしまう。
「挨拶?」
とことん鈍い彼女に、彼は恥かしげな瞳を向けた。
「結婚を前提に付き合いたい、ていうの、まだおじさんとおばさんに言ってないだろ?」
彼の言葉を聞いて、彼女は赤面した。
そういえば、恋人同士という認識は、確かにふたりの中だけの出来事であって、
彼の存在は、いくら親しくてもまだ隣家の幼馴染でしかない。
正式に付き合っていく、というのは手続きが色々必要のようだ。
それに、アスランの今の態度を見ていればわかる。
いい加減なことはしたくない、という意思表示を示したい、という思い。
彼女は満面の笑みを浮べ、彼の頬に唇を触れさせた。
「ありがとう。」
突然の、カガリの行為に、彼は赤面したまま固まった。
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