『 ビジター X 』
突然、振って沸いた話題。
予告なしに頭の天辺目掛け、金タライが落ちてきたのかと思った。
エザリアが小さく漏らした悲鳴が耳に飛び込み、イザークは我に返る。
「す、すみません。 直ぐに片付けます。」
慌て、席を立ち、彼は割れた食器を始末するための袋と、布巾を取りに走る。
母上はお気になさらず、そのまま座っていてください、というイザークの言葉で、
エザリアは、息子にいらぬ気世話を焼かせては・・・と思ったのか。
イザークが割れた器を片付ける間、黙して彼を待った。
片付けが終わり、彼がソファに戻ってくる頃。
ふと、イザークは、猫たちが居たはずの、部屋の隅に視線を何気に向けた。
・・・居ない。
時間が時間だ。
自分達の寝床にでも、潜りにいったのか。
そう考え、彼は妙な焦燥感を覚え、溜息をひとつついた。
「・・・あの、・・・母上。」
「なにかしら?」
優美な笑顔で応える、母親に、彼は口篭った。
がさがさと、エザリアは自分が持参していた、ブランド物のトートバッグを探り、
一枚のお見合い写真をイザークに手渡す。
「いきなりで驚かせてしまったみたいね。」
苦笑を浮かべる、母の顔は・・・途轍もなく美しい。
「でも、お写真を見るくらいなら、構わないでしょう?」
「・・・はあ。」
促され、彼は渋々写真のパネル表紙を開いた。
開いた刹那。
彼は、驚き・・・ いや、その表情は驚愕に近い顔。
「シ、シホ? ・・・ハーネンフース!?」
なんで、自分の隊の部下の写真!?
とにかく、絶句しか出来ない。
どう感情を表わして良いのかすら解らなかった。
「遺伝子の相性は良いみたいよ。」
・・・なぜ、下調べが済んでいるんだ?
あまり、母親の前では険な顔をしないイザークですら、眉根を寄せずにはいられなかった。
「明日、確かお休みのはず、だったわよね? イザーク。」
先ほど、夕飯を共にした時、確かに聞かれ、その答えをしたことを彼は思い出す。
「ちょ、ちょっと待ってくださいッ!母上ッ!!」
エザリアは多くを語らず、一枚の紙片を彼に差し出した。
待ち合わせ場所が設けられているのだろう、ホテルの名前が記されている。
「時間は午前11時。遅れず来るのよ、イザーク。」
いくらなんでも、急過ぎるだろう!!
俺には拒否権も与えられないのかッ!?
心の中で、絶叫しながら、イザークは母親を宥めることもできず、身悶えた。
すっかり、準備万端。
否定を許さない、エザリアの態度に、彼は初めて、怒りを覚えた眼差しを向けた。
「そんな顔しても駄目よ、イザークさん。」
実の母親が、まるで魔女のように見えるのは、眼の錯覚と思いたかった。
用件の本筋を終わらせるなり、エザリアは席をたつ。
括りの挨拶は、『おやすみなさい。』
呆然としてる間に、玄関扉が閉まる音が遥か彼方に聞こえ・・・
彼は、覇気を失った、力の抜けた身体でソファに深く身を沈めた。
見合い、ということは・・・
多分、迷う事無く、ストレートに『結婚』への片道切符を握ることになるだろう。
プラントでは、早婚は極々当たり前に執り行なわれていた。
国事として。
が、国の執政でも、どこか腑に落ちない気持ちもあり、イザークは座っていた姿勢から、
身を横たえた。
なぁ〜〜ん。
足元から聞こえる、猫の鳴き声。
とんとん、と身軽に猫はイザークの身体のうえに飛び乗り、彼の胸元に擦り寄ってくる。
「・・・寝たんじゃないのか?」
んなぁ〜〜ん。
イザークの頬に、摺り寄せられる猫の小さな頭。
「・・・なんだ? 餌はやっただろ?」
その言葉に、猫は反応するように頭を擡げた。
鮮やかな翠の双玉。
・・・動物の身空で、少しは慰めでもしてるつもりなのか。
イザークは苦笑を浮かべ、猫の頭を撫でてやった。
ごろごろ。
嬉しそうな、喜んでいるような、そんな風に聞こえる、喉から鳴る音に、彼は再び苦笑を浮かべた。
結婚は、プラントに住まう以上は義務にも等しい問題。
しかし、彼には今の段階、まったくもってその気持ちは皆無だ。
少しは、ちゃんと考えて欲しい。
エザリアの言いたいこともわかる。
あのディアッカですら、想い人のために軍規違反までしでかし、・・・傍目、追っかけにしか
見えないが、一応は両想いだ。 ・・・アスランは早々に身を固め、残っているという表現を使えば、
今は自分が最後である。
別に、寂しいとかそんな気分にはならない。だが、『好き』と呼べる異性が居ないことも事実。
悶々とした思いを抱いたまま、彼は次の日を迎えた。
プラントの中心部に位置する高級ホテルの前で、彼は小さく溜息を漏らす。
気を引き締めるように、ネクタイを直し、彼は入り口を潜った。
フロントで待ち合わの旨を伝えると、個室に案内された。
時間に遅れたわけではないが、室内には既にエザリア、そして、この話の主役である、
シホ・ハーネンフース。その母親と思しき女性が和やかなムードで会話を楽しんでる最中に出くわす。
なぜか、主であるシホの顔がぱっとしないのが気になったが、イザークは気にせず、一礼をした。
「申し訳ありません。遅れました。」
エザリアは手招きし、イザークを自分の隣の席に座らせた。
場が硬直する。
母親同士は、ソツなく話題に勤しんでいたが、当の本人たちは、一向に口を開こうとしない。
痺れを切らし、エザリアは促す視線をイザークに向ける。
「ミセス・ハーネンフース。」
突然、貴公子前とする、イザークに言葉を掛けられ、シホの母親は驚き、瞳を開く。
「今日、私がここに来たのは、このお話をお断りするためにきたこと、お許しください。」
「イザークッ!!」
なにを言い出すのだ、この息子は! と、言わんばかりに、エザリアの金切り声があがった。
「女性である、シホに恥をかかせないようにするには、私自身がきちんとお断りをしなければ、
彼女の名誉に関わる、と判断しました。 シホ・ハーネンフースは、私にとって部下であり、
それ以上でもそれ以下でもありません。」
おろおろとするエザリアの口を塞ぎ、イザークは淡々と言葉を紡ぐ。
「今、地球のオーブに住む友人には、婚姻制度によって決められた相手が居ました。
ですが、彼はその制度に縛られず、自分が本当に愛した女性と結ばれ、幸せに暮らして
います。・・・私は時々、そんな彼を羨ましいとさえ思う時がある。・・・まだ、自分には
そういう対象の女性はいませんが、できるなら、私も国の法に縛られず、心から
好きになったひとと添えれば、と考えているのです。」
はっきりと、澱みのない、きっぱりとした声で、イザークは自分の思いをシホの
母親に告げた。
慌てたのは、当然エザリア。
こんな予定はしてない。
丸く治め、大縁談で話は『結婚』に向う予定が・・・
水の泡だ。
場を収めるかの如く、エザリアは、若い者同士は若い者で、とふたりを追い出すように
ホテルの中庭を散策するよう命じた。
追い出され、当てもなく、散歩にふけながら、イザークは歩を止め、シホの方を振り返った。
「すまなかったな。」
「い、いえッ!とんでもありません、隊長ッ!」
普段の習慣とは恐ろしい。
思わずでてしまう、敬礼に、イザークは苦笑を漏らす。
「今はプライベートだ。ファーストネームで呼んでも構わないぞ。」
そんなことを云われても、彼は直属の上官であり、なお年上だ。
名前を呼んでも良いと云われても、呼べないのは・・・悲しい軍人の性。
シホは戸惑い、視線を外した。
「・・・実を云えば、私もこのお話、寝耳に水のようで、昨日初めて聞かされて・・・」
「なんだ?お前もか?」
可笑しそうに、イザークは一笑した。
シホが知らなかった、というのなら、恐らくそれは嘘ではないだろう。
どうりで、見合い写真という前提でありながら、にっこりともないアピールの少ない
写真だったはずだ。
あの写真を撮るの自体、多分、もっともらしい理由をつけられ、本人の望まぬ方向性で
写されたものなら・・・ あの憮然とした表情は納得できた。
「俺の気持ちは、さっきも云った通りだ。 お前は俺にとって部下。・・・これからも
それは変らない。・・・すまない。」
「なぜ、謝るんですか? 私にとっても隊長は隊長です。尊敬しているこの気持ちに
偽りはありません。」
シホの言葉は、イザークに苦笑いを齎すだけだった。
「・・・明日、09:00(マルキュウマルマル)ミーティングを行う。 遅れないように。」
「はっ!」
「だから、敬礼はイイ。」
「す、すみませんッ!」
「謝るな。」
「は、はいッ!すみませんッ!!」
なんども繰り返される、珍問答に、イザークは呆れ、空を仰いだ。
結局、野外に放りだされても、ふたりの行動に進展はなく、エザリアは暗く沈んだ顔で
帰宅の途につき、イザークはそれを見送る・・・という結末に終わった。
自宅に着き、イザークが玄関扉を開けた瞬間、翠の瞳の猫が出迎えるようにちょこんと
玄関口に座っていたのに、彼は瞳を瞬かせた。
「なんだ?腹が減ったのか?」
苦笑を零し、彼は猫に尋ねるように言葉する。
なぁ〜〜ん。
ぱたぱたと左右に揺れる、長い尻尾。
『解ってんじゃないか。』とでも言いたそうな愛猫の返事に、彼は小さく笑った。
「少し、待ってろ。」
なおぉ〜〜〜ん。
靴を脱ぎ、彼が廊下を歩き始めるのを、纏わり着きあとを追っていく、グレーの
しなやかな、小さな体。
部屋の奥からは、他の待ち猫たちが続々姿を現す。
彼は、いつものように、猫たちの食事の準備に取り掛かった・・・。
■ End ■
※ さて、これで正真正銘、終わりです。
ひょんなきっかけでスタートし、気が着けば
連載になっていた、このお話。・・・ですが、
思わぬ反応がいただけ、望外の喜びです。
(^-^ ) ニコッ 今後、拍手にあげる内容の
ものが、こんな形で5話完結とかできれば、
面白いかもな?なんて、漠然と考えている
自分がいます。長々とお付き合いありがとう
ございました。 そして、たくさんの拍手も
感謝です!!
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※この壁紙イラストは「M/Y/D/S動物のイラスト集」よりお借りしています。
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