『 ビジター 』






碧玉の二個の瞳が、彼を見上げた。
雨露に濡れた、銀髪が僅かに揺れる。
驚きに見開く、アイスブルーの瞳が自分の足元を見詰めた。
にゃ~~あ。
プラントで調節されている、雨の時間を忘れ、イザークは仕事場から走って
自宅までの道を辿った。
入り口の玄関門前で遭遇した、奇妙な対面。
アメリカンショートヘアーの一匹の猫。
淡いグレーの毛色。
だが、どこかで飼われていたのか、毛並は悪くない。
手入れが行き届いている感じだ。
どこからどう見たって、捨て猫、という雰囲気は微塵も感じられなかった。
ぱたぱたと、雨脚が早くなっていくなかで、暫し呆然としていたが、思い出したように
彼はあとわずかで辿り着く、自宅の扉に歩を向けた。
玄関扉を開け、中に入ろうとした刹那、猫は彼の足元をするり、とすり抜け、
ちゃっかりと玄関口のタイルのうえに座り込んだ。
「な、なんだッ!?ずーずーしいヤツだッ!!」
憤り、イザークは怒鳴り散らす。
にゃ~あ。
猫はまるで、イザークを小馬鹿にしたように再び鳴き、小さく欠伸をする。
「でていけッ!」
怒鳴りながら、彼は玄関扉を開け、猫を追い出そうと手で追い払い始めた。
しかし、猫は身軽にその手をかわし、玄関口に居座り続ける。
数十分、そんなことを繰り返して、彼はとうとう諦めたように扉を締めた。
「勝手にしろッ!」
主の許可が下りれば、あとは勝手しったるもの。
猫は揚々と玄関から通じる廊下に身を躍らせ、とことこと、居間に続く部屋に向う。
イザークはその様に呆れたが、文句を言うのもウザったく感じたのか、閉口したまま
雨の訪問者を受け入れた。
プラントにある、イザークの自宅は一軒家。
独身の彼が使うには広すぎる敷地ではあるが、独身貴族の優美さをそれなりに楽しんでの
今の生活環境であった。
とりあえず、雨に濡れた身体をどうにかしたかった。
シャワールームに足をむけ、着替えがてらに身体を清める。
浴室をあとにし、バスローブを纏い、濡れた髪をタオルで拭いながら、彼は溜息を漏らす。
はぁ。
小さく息を零し、イザークは冷蔵庫の扉を開けた。
ドリンクコーナーに牛乳のリッタービンが置いてある。
それを手に取ると、彼はミルクパンにそれを注ぎ始めた。
レンジの火を灯し、細火でミルクを温め、温く沸かしたそれをシチュ皿に移す。
居間でくつろぐ、来訪者の傍に皿を置き、彼は再びキッチンに踵を返した。
じっ・・・。
碧玉の瞳が皿のミルクを見詰める。
直ぐに口をつけないのは、なにかを警戒してなのか。
イザークは関心なさそうな素振りをしながらも、横目でちらちらその様子を伺っていた。
夕飯の支度をしながらではあったが、自分ひとりの口を賄うなど、簡単にすることができる。
文明の利器、といえば、それなりの言葉に聞こえるけれど、インスタントとレトルト食品が
夕食のテーブルを飾るのは、毎度の光景。
今夜はスープとピラフ。
三分もあれば、夕飯の完了である。
テーブルにつき、彼は持ち帰ってきた仕事の資料に目を通しながら、食事をはじめ・・・
そして、忘れた頃に、ダイニングから続く、居間に視線を向け、あの猫の様子に視線を配る。
けふっ。
シチュ皿のミルクを平らげ、猫はご満悦のご様子。
ゲップをひとつし、毛繕いを始めだす。
苦笑を浮べ、イザークはまた資料の紙束に視線を戻す。
資料から視線を外した時、彼の脳裏にはある男の顔を連想させた。
濃紺の髪に、碧眼の瞳。
軍の同期で、年下のあの男。
我が物顔で、自宅を闊歩する、一匹の猫の瞳が同じ色だったせいなのか、それは解らなかったが。
くぁぁ~~っ。
奇怪な声に振り仰げば、猫は長ソファの中央に陣取り、体を丸め、今度は居眠りをし始める。
その日から、この一匹のアメリカンショートヘアーとイザークの奇妙な同居生活が始まった。
家の主である、イザークが仕事から帰ってきても、迎えもせずごろごろしている姿はカチンときたが、
それを咎めることを彼はしなかった。
猫の性質上のことか、べたべたもせず、遠回りに相手を監視するような関係。
それが成立していた。
ある日のこと、自宅に戻れば、いつもは居間のソファで転寝している、猫の姿がない。
不意に居間から庭のテラスに通ずるカーテンが揺れた。
首を傾げ、彼は開きっぱなしの窓にぎょっとした。
朝、確かにロックしていったはずなのに、何故開いている。
泥棒!?
疑ってはみたが、よくよく見れば、なんだか窓の開き方がおかしい。
しいて言えば、丁度猫一匹が通り抜けられる隙間サイズ。
ひとが入った形跡があれば、もっと幅が広いはずだ。
にゃ~~あ。
声に驚き、彼は庭に視線を走らせた。
隣家と自宅を仕切る、蔦の張った壁の前。
居候中のあの猫がしきりに壁のうえを気にしながら、鳴いていた。
壁のうえには、居候と同じ種のアメリカンショートヘアー。
瞳は金色。
見上げる碧玉が、愛おしそうに、甘い声で鳴くと、金の瞳の猫も返事をするように鳴き返していた。
翠の瞳に、金の瞳。
イザークには、その姿がなんだか、今、オーブで新婚を満喫してるだろう、あの男と姫君をまたもや
連想させた。
壁うえの猫が、身を躍らせ、庭に佇む、碧眼の猫のもとに飛び降り、身を擦り寄せる。
「・・・」
どうみたって、ラブラブに見える。
まさに、被るではないか。
同期のアイツの幸せそうな顔とオーブの姫の顔が。
が、その色恋沙汰が、喩え畜生のものであっても、水を差すのは無粋のなにものでもない。
その日を境に、イザークが自宅に戻る・・・。庭に続く窓は、ロックを確認して出勤するのに、帰れば
必ず開いている、という光景が日常化するようになる。
そんなことがほぼ毎日続けば、イザーク自身、窓が開いていても別段気にしなくなっていく。
そして、それから半月程経ってからか。
イザークは金の瞳のアメリカンショートの体形の変化に眉根を寄せた。
・・・なんだか、おなかが微妙に丸みを帯びてる気がする。
「・・・気のせい?」
仕事が忙しく、あまりその辺のことには頓着しなかったが、忘れた頃に仰天することになろうとは
誰も考えはしないだろう。
居候と、その恋人らしき、金の瞳の二匹の猫の姿をここ何日か、見ることがなかった。
どこへ?
考えてはいたが、探すという行為も面倒で。
もともとが、勝手に入り込んできたのは、あの猫の方なのだから。
そこまでしてやることはあるまい、とは彼が思ったこと。
この処、あまりにも仕事が忙しすぎてベッドでまともに寝てない日々が続いていた。
偶には、横になって寝たい。
そう考え、彼は寝室の扉を開けた。
その瞬間、ベッドの下から漏れ聞こえる、猫の鳴き声。
だが、その声は聞き慣れていた、居候の声ではない。
か細い、小さな鳴き声。
嫌な予感を覚え、ベッドの下を覗けば、あの金の瞳を持った牝猫が小さな生命を産み落としていた。
絶句。
言葉がでない。
口をあんぐりと開け、イザークは呆然とする。
にゃぁ~ん。
不意に、彼の背後で声がする。
イザークは、ゆったりと振り返り、眉根を寄せた。
見合った、アイスブルーの瞳と碧玉の瞳。
「・・・父親はお前か?」
にゃお~~ん。
その居候の声は、なぜかイザークには、『当然だろ。』と、アスランの声で聞こえたのは・・・
幻聴と思いたい出来事だった・・・。





                                               ◆ End ◆








※ さて、今回は拍手用に書き下ろした短編です。
ウチのサイトの傾向にしては、大変珍しい、イザークメインの
お話です。(笑) まあ、サイト内の小説とは別に、こちらも
楽しんでいただければ大変嬉しいです。
読んでいただいてありがとうございました。
そして、拍手感謝でございます!!





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※この壁紙イラストは「M/Y/D/S動物のイラスト集」よりお借りしています。
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