『 ひまわり 』 U





コツコツ。
細い指先が苛立たしげに、ダイニングのテーブルに打ち付けられる。
「おっ〜そぉ〜〜いッ! ・・・もう、なにやってんだよ、アスランのヤツ!」
壁掛けの時計に視線を移せば、刻は7時10分前。
自分よりも二時間も早く官僚府をでたくせに、一体どこでなにをやっているのやら。
愛すべき、夫は未だ帰宅していない。
カガリは、時間ぎりぎりまで仕事をこなし、その足でスーパーに向かい、
今日の夕飯の食材を買い込んで帰宅した。
時間に追われながら、全ての準備を済ませ、あとは彼が帰ってくるのを待つだけ
なのだが・・・ 思いの他、なにかに手間取っているのか、アスランが帰ってくる
気配がないことに、彼女は怒り心頭中だった。
午後7時を知らせる、壁時計のオルゴール音。
小さく彼女は溜息を漏らす。
いっそのこと、彼の携帯でも鳴らしてみようか?
考えあぐね、彼女は席を立った。
ピンポーン。
待ちに待った、玄関の呼び鈴の音。
「アスラン!?」
さっきまでの曇り顔はどこへやら。
カガリは顔を綻ばせ、玄関に走った。
「おかえ・・・ うわぁッ!?」
扉を開けた途端、視界に飛び込んできた景色は・・・ 黄色一色。
彼女は驚き、眼を瞬かせる。
その黄色の彩色の横から、アスランが首を遠慮がちにだした。
「ただいま。」
あまりに凄い量の向日葵に、彼女は驚いて口が床に届きそうなほど、あんぐりしている。
この量、半端じゃない。
花屋の押し売りでも来た感じだ。
あまりの花の量に彼女はふと思う。
店の向日葵、全部買い占めてきたのだろうか?・・・と。
束としか言いようがないほどの量。
「遅くなった。」
淡々と言い連ねる彼に、彼女は唯、首を振るしかできない。
「ごめん。 あ、これ。」
無造作に花束を渡されはしたが・・・ はっきり云って重い。
ずしっ、と圧し掛かる重圧に彼女はうめく。
男の自分が持っても、かなり重かった。
アスランは肩代わりするようにそれを持ち直し、ダイニングに向う。
落ち着きを取り戻し、今度は呆れ顔になりながら、カガリは彼の後を追った。
とにかく、折角用意した食事が冷めてしまっては、元もこもない。
先じ、彼女は夕飯に彼を誘う。
カガリが用意してくれた食事は、どれもこれも彼の舌を満足させるものばかり。
結婚前から、花嫁修業と称して、キラの母であるカリダのもとに通い詰め、
料理の腕を磨いてきたカガリの腕前は、この段階でかなりグレードがあがっていた。
最後の締めに、ホールの生デコレーションがテーブルを飾った。
「・・・」
眉根を寄せ、アスランは沈黙する。
やっぱりホールケーキか。
ぷすり。
カガリは躊躇わず、ケーキの中央に1本の蝋燭を立てた。
火を灯し、室内の明かりを落とす。
「なんとか無事、一周年を迎えられました。また明日からもよろしくお願いします。」
ぺこり、と彼女は向かいの席に座る彼に頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。 こうやって、来年も、その次も迎えられる
ように・・・しような。」
優しく微笑み、彼は彼女を見詰めた。
カガリを手元で呼び寄せ、椅子から腰を僅かに浮かせる。
彼は明かりの灯ったケーキのうえで、彼女の唇に自分の唇をそっと重ねた。
来年も、その次も・・・ ずっと、ずっと・・・ ささやかではあるけれど、迎えられる記念日は
ふたりにとって最高の思い出となっていくだろう。
ケーキを切り分ける段階になって、アスランの顔が険しくなっていく。
「もっと、薄くッ!!」
「薄く、ってッ! 1/16だぞ!倒れちゃうじゃないかッ!!」
「俺はソレでイイんだッ!!」
「つったく。」
ぼやき、彼女はぺらん、ぺらんのケーキを彼の皿に乗せた。
濃いめ、ノンシュガーのエスプレッソで、アスランはケーキを胃に流し込む。
殆ど噛んでない。
その情景に彼女は呆れた。
しかし、残ったケーキの量は半端じゃない。
明日、モルゲンレーテにでも寄って、アサギたちが掴まれば、差し入れに持っていくか。
ひと段落ついてから、アスランは居間へ。
カガリは、アスランが買ってきた、花束を広げていた。
「・・・たく、少しは加減しろ、つーの。」
呆れながら、彼女は向日葵の包まれたセロファンとリボンを解く。
有に、50本はありそうだ。
幾ら観賞用のミニサイズとはいえ、向日葵50本はかなり強烈。
店先のバケツ、全部買い占めた、にしか思えない。
なんでも程ほどが一番だが・・・ どうも、アスランの場合は両極端な傾向が見受けられる。
20本くらいは、ドライフラワーにでもして、10本くらいは・・・家にある花瓶でなんとか
なりそうだが・・・残りは・・・と考えていると。
黄色の色彩の中に、1本だけの赤色。
「?・・・なんで、1本だけ・・・薔薇?」
埋もれるように、1本だけ向日葵の群れの中に混ざる、真紅の薔薇。
「ん?」
彼女の視線が不意になにかを見咎める。
見つけたのは、薔薇の茎と葉に絡まりつく、ネックレス。
どう見たって、特注品にしかみえない。
『幸せを運ぶ』と彼女が頑なに信じている、四つ葉のクローバーを模した作り。
葉の部分はクオリティが明らかに高い、と思われるエメラルド。周りには粒を揃えた
ダイヤで縁取られていた。
彼女はそれを見て、小さく笑った。
「こっちが本命か。」
カガリは絡まったネックレスを解き、それを自分の首に掛け廻した。
居間のソファで横になりながら、雑誌に目を向けていた彼のもとに彼女は歩みを向ける。
彼女が彼に近寄ってきた気配に、彼は読んでいた雑誌を少しだけさげ降ろし、視線を
彼女に向けた。
「ありがとう、アスラン。」
「似合ってる。」
彼は嬉しげに微笑む。
「高かっただろ?」
「値段は聞くな、無粋だぞ。」
彼は薄く笑った。
「なんか、私ばっかり貰って申し訳ないな。 ん〜〜 なにか私にできること、
言ってくれないか?」
彼女は、ソファの横で跪き、アスランの顔を緩く覗き込んだ。
「できること?・・・なんでも?」
彼も視線を彼女に合わせ、身体の位置をカガリの方に向け直した。
「・・・じゃあ、一緒にお風呂、入ろうか?」
にっこり。
悪戯小僧のような笑みを浮べ、目の前の彼女に催促する。
「却下! 毎日やってることは、条件外だ。」
「条件外ね〜・・・ あと、て云われても思いつかないな・・・」
困り顔で、アスランは彼女の顔を伺う。
不意をつき、彼は彼女の両腕を掴み、自分の身体のうえにカガリを乗せた。
「俺はカガリが居てくれるだけで良いんだ。 君が俺に対して負い目を
感じることはなにもないよ・・・」
「・・・アスラン。」
彼は彼女の背に手を廻し、その柔らかい身体を自分の胸元に抱き込んだ。
「ネックレスだって、俺がカガリにあげたかっただけなの。」
彼女は、彼の態度を素直に受け止め、緩く微笑する。
「ほ〜〜んと、お前て安上がりな男だな。」
「安上がりか?俺って。」
「偶には、なにか強請ったってバチ当たらないぞ。」
「強請って良いなら・・・ ベッドで返してもらう、ていうのはあり?」
カガリは一瞬だけ眉根を寄せた。
「お前、ってソレしか考えていないのか!?」
僅かに睨んだ、彼女の顔。
だが、アスランにとってはそれすらも可愛い仕草のひとつに過ぎない。
「俺には、カガリが居ればなにもいらないから。」
「やっぱり安上がりだな、お前。」
カガリの皮肉の篭った呟き。
彼は、嬉しげに微笑むだけだった。




                                             ◆ END ◆








★久し振りの更新です。(^。^;)
体調がおもわしくなく、執筆意欲が半減していたため、
更新が随分滞ってしまいました。
さて、お気づきの方にはもうお分かりかとは思いますが、
本作品は裏→表、という珍しい形態になっております。
裏話、『ディープラグーン』からの続きという形です。
前作をお忘れの方は、裏を読んでこっちを続きの
形で読んでいただければ、アスランが悩んでいたわけが
ご理解できるかと思います。(爆)
しかし、夫婦揃って物欲がない、というのも・・・
なんだかな〜な、話。;; まあ、私の中では、ブランド物とか
そういう物に眼の色変えるカガリ、てイメージがないんで。
こんな形に落ち着きました。イメージ崩れなら、ホンに
すんません。(/−\)ミエナイ





                                  


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