『 ひまわり 』 T





コツコツ・・・
デスクに置かれたメモ紙をアスランは睨みながら、手にした
ペンを打ち付けていた。
「これも、ダメ。・・・こっちも・・・ダメだな。」
ぼやきながら、紙に書いた文字に斜線を引く。
『レストランで食事』 ・・・斜線。
ありきたり過ぎて話にならない。
『コンサート』 ・・・互いに忙しすぎて時間が取れない。
二重線でダメ出し。
はぁ〜〜
漏れる溜息。
一ヶ月前、カガリとオーブ領内にある無人島に、彼女に誘われるまま
同行した場所での、夢のような一夜。
その時、彼は彼女に約束をした。
直、訪れる、ふたりの結婚一周年記念日。
なにか、思い出に出来るイベントを・・・という彼からの提案。
彼の言葉に、彼女は自分が考えている以上に喜びの表情を浮かべてくれた。
がっかりだけはさせたくない。
しかし、物をプレゼントするにも、手頃に良い品物が思いつかない。
プレゼント、と名のつくものは特に。
カガリ自身、普段からバッグを買えとか、靴や服が欲しい、とか
その辺にいる女性と同じく、物欲が適度にあれば、こんな苦労はないのだが。
生憎と、この国の首長であり、彼の妻である彼女には物欲の『ぶ』の字もない。
ヘタをすれば、『お前が居てくれるだけで幸せだ』などと云われただけで、自分は
地面と足が着かなくなるくらい喜んでしまうし、『アスランがくれるものなら、
その辺に生えてるぺんぺん草でも嬉しいぞ』と言われる始末。
再び漏れる溜息。
困った。
本当に困った。
・・・なにも思い浮ばない。
毎日毎日、同じことばかり考えているおかげで、仕事は滞りがち。
そろそろ、お目付け役のキサカから、小言の一言でも貰いそうだ。
「ああ、もう!クソッ!!」
癇癪を起して、アスランは手元の紙を丸め、ポンッとくず入れにそれを放った。
カッコン。
ナイスキャッチ。
軽い音を響かせ、丸めた紙くずはくず入れに吸い込まれる。
後ろ手で投げたくせに、なんとも恐ろしい程、命中率の高い投擲技術。
記念日までの、日数を確認するように彼はデスクカレンダーに視線を向けた。
笑ってるカガリの写真を飾った、写真立ての横に並び置いた、小さな卓上カレンダーには
まじかに迫る日付に赤丸が書き込まれている。
指先で、残りの日付を確認するよう辿り、彼はデスクにつっぷした。
「・・・ホント、・・・どうしよう・・・」
言った手前、なにも出来ませんは・・・ あまりにも具合が悪い。
それでなくても、忙しさにカッコつけ、彼女の誕生日プレゼントさえ用意してやれなかったのだ。
残り、1週間強。
ありきたりだが、無難な処で装飾品にするしかないかな・・・?
考え、空を仰ぐ。
とにかく、文句は言われない程度に仕事は片付けておかないと・・・。
後々面倒だ。
彼は諦めたように、デスクに置かれた紙束を手元に引き寄せた。
黙々とペンを走らせ、考え事に時間を喰ってしまった事を取り戻すかの如く、ペン先を滑らす。
今日は、ちょっとだけ早引けさせてもらうとしよう。
行き着けの宝石商に頼み込めば、なにか良いものを提示して貰えるかもしれない。
カガリの婚約指輪も、そこで見繕ってもらった、という経緯も含め、ヘタな品物はださない
だろうことは予測できたから。
彼女に相応しいものを贈りたかった。
そして、それが似合い、栄えれば尚嬉しい。
真っ白になった彼の頭の中には、もうなんの案も浮ばない。
足掻いて無駄なら、さっさと諦めた方が利巧だろう。
漸く、思考の果てに辿り着き、彼は小さく息をついた。
定時まで、仕事を終わらせ、アスランは隣に隣接する、カガリの執務室の扉を
軽くノックした。
入室受諾の声。
扉を開けると、彼女は緩く笑んだ。
「どうした?」
「・・・あ、・・・ん〜 今日、ちょっと寄りたい処があるんだけど、帰りは誰か
別のひとに送ってもらう、て・・・ダメか?」
アスランは日課のように通勤を彼女と一緒にしている手前もあり、少し躊躇いがちに
言葉を漏らした。
「構わないけど・・・ どこ行くんだ?」
「言えない。」
「隠し事!?」
彼女はむっ、として彼を緩く睨んだ。
「・・・追求はしないでくれ。 楽しみが減ると思うから。」
その彼の言葉を聞いて、彼女はぴんときた。
小さく笑みを浮かべ、カガリは椅子から立ち上がった。
佇むアスランに近づき、彼女は彼を見上げる。
「夕飯には家に戻れる?」
「勿論ッ!」
即答し、彼も笑む。
「じゃあ、食事、作っておくからな。」
「ありがとう。」
自然な仕草で、ふたりは軽く唇を合わせた。
アスランはカガリの許可を貰い、仕事場である官僚府を後にした。
彼を見送り、彼女は僅かに頬を染め、嬉しげに微笑んだ。
なにやら、怪しい彼の行動。
それは、全て、ふたりの記念日に絡んだことであることを彼女は察していた。
だから深くは問わない。
問えば、彼が困るのは目に見えているから。
カガリは、壁に掛けられた、予定が赤ペンで書かれたカレンダーに視線を移した。
「・・・あと、12日か・・・」
ふふふ・・・、と小さく笑い、彼女は嬉しげに、印のついてる日付を指先で辿った。




CE76 6月18日。
アスランとカガリが結婚式を挙げてから、丁度一年目のこの日。
彼は、またも例によって早引けをカガリに申し出てきた。
「夕飯までには帰るだろ?」
優しい微笑みを浮べ、彼女はいつも通り彼を見上げた。
「うん。」
返事をし、彼も柔らかい笑みを零す。
「今日は頑張って、ロールキャベツ作るからな!」
「ケーキはカットにしてね。」
「なんで!?記念日なのに、カットケーキじゃ蝋燭立てられないじゃないか!」
「別に誕生日じゃないんだからイイじゃん。・・・それに、ホールにしたら、食べきれないだろ?」
甘いものはかなり苦手の彼。
できることなら、いくら記念日でも生クリームたっぷりのケーキは遠慮したい。
良くて、チーズケーキどまりなら、なんとか我慢もできるのだが・・・
なんだか、カガリの顔を見てるだけで、意地でもホールの塊にされそうだ。
一番小さな5号のサイズでも、割り当て半分とかされたら、食べ切るのに何日かかるか。
考えただけでも、ぞっとする。
まぁ、黙っていれば、カガリが全部食べてはくれるだろうけど。
女の子は甘い物には眼がない、とか別腹だとかはよく聞くけど、カガリだって勿論、
例には漏れていない。
その辺は彼女に一任して、自分は目的の場所へと歩を進めた。
愛車に乗り込み、車窓を降ろせば、執務室の窓からはカガリが大きく手を振っている。
それに小さく手を振り返し、彼はエンジンを吹かした。
市内にある、こじんまりとした宝石店。
店は小さいが、確かな商品しか扱わない店なので、信頼度もグレードが高い。
名のある、名家がお得意様というのは当たり前ではあるが、その名の中に
アスハ家も含まれているのは当然のことであった。
車を店の専用駐車場に停め、アスランは店の扉を潜った。
「これはザラ様。」
店のオーナーらしき中年の紳士が、アスランの姿を認め、近づいてきた。
「あの・・・ 過日頼んでおいた品を取りにきたのですが。」
「ええ、勿論、仕上がっております。こちらへ」
接待専用の特別室に案内され、革張りのソファに腰を降ろす。
アスランはそこで閲覧用ビロード布が張られた、ケースを硝子テーブルのうえに
置かれ、視線を落とした。
「いかがでございましょうか?」
自信ありげな表情を浮べ、オーナーはアスランの顔を伺った。
「注文通りです。 これで良いです。 日数がないのに、我侭を言って申し訳ありませんでした。」
眼にしたのは、オーダーメイドの特注のネックレス。
華美でなく、質素でもない。
アスランのひとつ返事を聞き、オーナーは笑みを浮かべた。
「では、これを包ませていただいて、よろしいでしょうか?」
「はい、お願いします。」
「失礼ながら、お支払いはどのように。」
「私の口座のカードで。」
「承りました。」
さり気無く、差し出された卓上計算機の表示を見、彼はスーツの内ポケットから財布を取り出し、
中から自分が使っているキャッシュカードを取り出し、オーナーに手渡した。
「暫くお待ちください。」
挨拶を済ませ、オーナーがプレゼント用に彼が選んだ装飾品を整えるため、室内をあとにする。
アスランはほっ、と息をつき、接客に持成されたコーヒーを口に含んだ。
待ち時間、10分少々。
扉が開き、オーナーが再び顔をだし、贈り物としてラッピングされたケースを彼に渡した。
それに、軽い会釈をし、アスランは渡された品を懐のポケットにしまい込んだ。
店をでる頃には、陽が傾く、夕暮れ時。
彼は確認するように腕時計に視線を落とす。
7時40分前。
早く帰らないと、カガリに怒られてしまうな・・・
漠然と考えてはいたが、なんだか妙に両手が寂しい。
胸には、彼女に贈るべきプレゼントが忍ばせてあるけど・・・
何かが物足りなかった。
ぼぉ〜・・・と耽り、視線を巡らせた先に見つけたのは、一軒の花屋。
『花』は、自分が色々と思案していた時、いのいちに候補から外したものではあったが・・・
花を贈られて、喜ばない女はいないだろう。
安直だが、両手の空間を埋めたい一心で、彼は通りの向かいに面した店先に
歩みを向けた。
「いらっしゃいませ!」
若い女性店員は、店先に立ったアスランに、接客の挨拶をする。
「・・・あっ ・・・え〜〜っと・・・」
この手のものはかなりの苦手ジャンルだ。
花なんて、スタンダードな種類しか知らない。
戸惑い気味の彼の様子を察し、若い店員は用途を彼に聞き尋ねた。
「・・・き、記念日なんです。・・・結婚一周年の・・・」
「まあ。それはおめでとうございます。 それでは薔薇なんかが喜ばれますが、
お色は何にいたしましょうか?」
「色ッ!?」
赤面し、戸惑う彼を尻目に、店員はくすくす笑う。
どもりながら、あ〜とか、う〜しか言わないアスランは、照れながら頭を掻いた。
視線を外し、俯く。
不意に彼の瞳にとまったのは、店の軒先に飾られた観賞用のミニ向日葵。
彼の目線が釘付けになる。
鮮やかな黄色。
その色は、カガリ・・・ 自分の最愛の想い人の姿に重なる。
「・・・あ、あの・・・ 薔薇はやめて、アレを。」
指差し、彼は小さく言葉した。
店員は、にこやかに笑み、彼が指し示した花の前に移動する。
「・・・あ、・・・それで・・・」
アスランは紅葉した顔のまま、店員に相談を持ち掛けた。
内容を聞き、店員は僅かに驚いた顔をしたが、直ぐに笑み、彼が選んだ花を
ラッピングするため、店の中に花の桶を運び込んだ。











                               


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