それから間もなくして、病理に廻されていた、採血されたアスランの
血液検査の結果報告を見て、フォーリーは苦渋に満ちた顔を隠せなかった。
「やはり、診たことのない新種の型だな。」
カガリはベッドで意識のない、アスランの寝着を着替えさせ、素肌を
湯で絞ったタオルで拭きながら、じっとフォーリーの診断報告に耳を傾ける。
新種のウィルスなら、カガリに感染しなかったことは、研究者としての
彼の興味をそそる対象。
だが、その探求は後回しにすべき事柄。
考えられる、全ての抗生剤を投与し、アスランの容態を見守る以外、今は
術がなかった。
彼の顔には酸素マスクが取り付けられ、その腕と胸には、心拍数を計測できる
機器が取り付けられていた。
不安定な波。
安定しない、計器の目盛りに、フォーリーは細かいチェックをしながら、患者である
アスランの様子を伺うように視線を移した。
苦しげな彼の吐息。
なんとか打開すべき方法はないものか・・・
呟くように漏れたフォーリーの言葉。
「・・・ワクチンさえ、作れれば・・・なんとかなるかもしれないのに・・・」
「ワクチン?」
ぴくりと、カガリの身体が反応を示す。
「彼が噛まれた、と私に君が云った、猿。 この結果を見る限り、恐らく、それが
第一感染体ではないのかな?」
「・・・第一 ・・・感染体?」
「その猿の血液が入手できれば、それから抗ウィルス剤を作ることが出来るはずだ。
『毒を制するには、毒』という言葉があるだろう?」
「・・・先生? ・・・それを入手できれば・・・ 助かるのか?」
「保障はできないが・・・。この現状よりは回復させられるかもしれん。」
虚ろなカガリの瞳が、生気を取り戻したような眼に移り変わった。
くるり、と踵を返し、彼女は隣室に控えていたキサカの名を呼んだ。
呼ばれたことに、素早くキサカは部屋に入ってくる。
「すぐに高速ヘリを準備させてくれ。」
「カガリ様?」
「アマゾンにいく。」
「カガリ様!?」
焦った声音で、キサカはカガリを見た。
「迷ってる時間はない。 フォーリー先生、アスランをお願いします。」
頷くフォーリーを眼で確認してから、カガリは早足で部屋をあとにした。
「空路を確保してくれ。医師団を結成して、処置が素早く行えるように。」
決めれば、判断と行動はカガリがもっとも得意とする分野。
彼女の指示に従い、すべての物事が動いていく。
死なせない。
絶対に手放したりなどしない。
彼を救える手段が、どんなに低い可能性であっても、試してみなければ
彼女自身が納得出来なかった。
なにも出来ず、唯手を拱いていては、後悔だけが残ってしまう。
異例の速さで、アスハ邸の裏庭に高速ヘリが到着した。
それにキサカと乗り込み、カガリは次の指示をテキパキと下していく。
移動した先は、アスハの専用機が格納されている飛行場。
そこで、カガリは音速がだせる機体を用意させ、乗り換えた。
本来であるなら、空路には決められた航路というものがある。
が、人命救助の旨を説明し、空路の確保を行い、直通経路でアマゾンまで
飛行できるルートを確保することに成功した。
時間にして、5時間程。
驚異的な速さで、カガリは再びアマゾンの地を訪れた。
休む間もなく、彼女は動き易い姿をとり、現地に詳しい通訳兼、案内係りを雇う。
自分が遭遇した、あの猿の目撃情報を辿り、彼女は迷うことなく密林に
踏み入っていった。
道なき道。
生い茂った、草叢を掻き分け、奥に進む。
案内係りの男は、あまりのカガリのスピードの勢いについて行けず、途中で
へばってしまった。
「ありがとう。・・・お前は戻って良いから。」
約束の報酬を渡し、彼女は更に奥地に踏み込んで行った。
着いたのは、早朝だった。
彼方に視線を移せば、夕闇が辺りを包み始めていた。
暗くなってから動き回るのは危険だ。
彼女はその日の探索を諦め、テントを張り、野宿を決行する。
本当なら、こんな処でのんびり時間など喰いたくはない。
自分がこうしてる間にも、アスランの生命は削り取られていってるのだから。
疲れはピークに達してるはずなのに、眠りはなかなか彼女には訪れなかった。
シェラフに包まりながら、彼女は彼のことを想う。
待っててくれ、と心の中で呟き、カガリは瞼を落とした。
翌朝。
彼女は陽が昇ると同時に、行動を開始した。
行けども行けども、うっそうとした木々の群れが彼女の行くてを遮る。
「くそッ!」
雑言を吐き、それでも歩む歩を緩めはしない。
突如、目の前には切り立った岸壁が出現した。
見上げれば、上部は霧で閉ざされ、一体、この崖が何メートルあるのかも判断できない。
辺りを見渡したが、迂回ルートはなさそうだ。
「・・・昇るしかないか。」
決心し、彼女は命綱なしのロッククライミングを開始した。
出っ張った岩を手で掴み、足掛かりにした岩端をステップに上を目指す。
どのくらい昇ったのか検討もつかなかった。
自然な反応で下を見て、彼女は震える。
落ちたら・・・ 多分、怪我なんて可愛いもんじゃ済まないだろう。
だが、ここで躊躇っている訳にはいかない。
手掛かりにした、岩に右手を掛けた刹那、足元の岩が崩れた。
「!!」
奇跡的にも、出っ張った岩だなに引っ掛かり、彼女の身体は滑り止る。
「痛っ・・・」
痛みに顔を歪め、彼女はずきずきと痛む、自分の右足を見た。
岩で擦れた太腿。
ざっくりと裂けたアーミーパンツからは、白い肌に噴出すように血が滴っていた。
「・・・このくらい・・・」
病床で死と闘っている彼に比べたら、軽いもんだ。
きっ、と彼女は傷口を見、頭にしていたバンダナを外し、それで傷口を縛る。
上を見上げ、彼女は再び崖を昇り始める。
やっとの思いで頂上が視界に入ってくると、安堵の息が漏れた。
「・・・あと ・・・少し。」
昇り切り、ぜいぜいと忙しく漏れる息を整えようと彼女は座り込み、肩で息をつく。
視線を上げれば、視界には神々しいまでの僅かに開けた、眩しい緑の草原と木々。
「・・・綺麗。」
緩々と立ち上がり、彼女は足を引き摺りながら、前進した。
くん。
鼻腔を擽る匂い。
「水だ。・・・水がある。」
這い蹲った身体で、草叢を掻き分け、彼女は匂いを追った。
現れた湧き水のほとり。
カガリは無我夢中で、その水を掬うと喉に流し込む。
貪るように、口を水面につけ、彼女は水を飲んだ。
一息ついてから、改めて廻りを見渡せば・・・
ここに入る前、情報として得ていた、現地の人々が『聖地』と呼んでいた場所で
あることに彼女は気がついた。
キキッ。
聞き覚えのある、鳴き声。
音源は何処?
きょろきょろと見渡し、ぼろぼろになった身体を持ち上げる。
泉を越え、カガリは横倒しになった倒木のうえに佇む、あの猿の姿を見つける。
「・・・見つけた。・・・お前だ・・・」
特徴のある右肩の金の毛。
愛らしい瞳は変らず、彼女を見詰めていた。
カガリは無意識に手を伸ばす。
「・・・頼む。・・・お前が必要なんだ。・・・彼を・・・アスランを助けるために・・・」
搾り出すような苦しげな彼女の声に、猿は、始めてあった時と同じ様に彼女に
怖れもせず近づいてきたのだ。
カガリはその温もりを胸に抱き締める。
知らずに彼女の頬を涙が伝う。
カガリは胸に抱いた猿に話し掛けるように言葉を紡ぐ。
「・・・ほんの少しで良い。お前の血をわけてくれ・・・」
きょとん、とした視線が彼女を見た。
ナップザックに携帯した注射器を取り出し、彼女は猿から採血を始めた。
驚いたことに、猿は嫌がる素振りも見せず、大人しくカガリに身を任せている。
全てのことが終わると、彼女は猿を解放してやった。
試験管一本分の血量。
やっと手に入れた。
これさえあれば、血清を作れる。
彼女は腕時計に仕込んだ発信機のボタンを押した。
これでキャンプを設置した場所から、直にキサカが迎えにきてくれる。
幾らも待たずに頭上近くを飛行するヘリの音が確認できた。
発煙筒を取り出し、カガリはそれに着火した。
彼女の居場所を確認し、ヘリはその頭上でホバーリングをする。
伸ばされたザイルを伝い、キサカが彼女の身体を抱き寄せた。
機内に収容され、カガリは血液の入った試験管をキサカに渡した。
「・・・早く、これを・・・フォーリー先生に届けて・・・」
それだけを告げると、彼女の意識は途切れた。
溜まりきった疲れが、彼女を襲ったのだ。
飛行騒音が凄まじい機内の中なのに、カガリは深い眠りの底を漂っていた。
キャンプにヘリが到着してから、怒声混じりのキサカの声が飛んだ。
採取した血液を専用の保管箱に詰め、先発でそれだけがオーブに空輸される。
届けられた品は、すぐにフォーリーに託された。
病理研究所に運ばれた、カガリが手に入れた血液はすぐさま、分離され、血清と
呼ばれる形にされる。
臨床試験もされていない薬を投与するなど、無謀に等しい行いではあるが、
今は躊躇っている時間はない。
望みを託し、フォーリーは血清をアスランの腕に注射する。
病床の彼の反応を見ながら、与えた薬。
僅かではあったが、アスランの顔に血の気が戻った感が伺えた。
効果がどれだけ期待できるかは・・・ 今しばらくの観察を必要とした。





「・・・うっ ・・・んっ・・・」
小さくうめき、彼が瞼を持ち上げたのは、三日目のこと。
ベッドの縁には、カガリが自分の組んだ両手の中で顔を伏せ、眠りに落ちている
姿が眼に入った。
そっと、その金髪に指を絡ませると、彼女はその刺激に瞼を緩く開く。
顔をあげ、彼の顔を見、彼女は優しく笑んだ。
「気分はどうだ?」
「万全ではないけど、・・・大丈夫だ。」
「・・・そっか。」
嬉しそうな、カガリの微笑。
アスランも攣られて微笑む。
「ごめんな。」
ぽつりと漏れた、彼の囁き。
彼女は緩く首を振った。
「お前が謝ることはなにもないだろ?」
無償の愛。
信じあい、心を通わせた者だけが感じる喜び。
カガリは身をアスランに寄せ、静かに彼の唇を塞いだ。
触れるだけのキス。
「今、先生呼んでくるから、待っててくれ。」
彼女をベッドから見送り、アスランは視線を窓辺に向けた。
一体、何日、自分はベッドに臥していたのだろうか・・・
記憶がはっきりしない中で、現状の把握を試みた。
ぼう~とした意識。
扉が開く音に、彼は視線を向け直す。
入ってくる、白衣の医師。
顔見知りのドクターの姿に、彼は苦笑を浮かべた。
「お世話になりました。」
「いや、私はなにもしてはいないさ。君を助けたのはカガリだからね。」
「カガリが?」
「私だってなにもしてない。」
カガリは赤面して、ヒロイン紛いに持ち上げられたことに照れを隠すように
顔を背ける。
「彼女の武勇伝は本人から直接聞きたまえ。その方が感動も一入だろ?」
フォーリーはアスランのバイタルをチェックしながら、カガリにウィンクをした。
「だ、だからッ!なにもしてないって云っているのに!」
益々赤く熟す、カガリの頬。
それから、また幾日かが経過した。
アスランはベッドのうえで、身を起こせるまで回復を遂げていた。
カガリが運んできた食事を眼にすると、彼は渋い顔を作る。
「・・・また、ミルク粥?」
「五月蝿いぞ、病人。」
さっさと口を開けろ、と言わんばかりに、彼女はスプーンで掬った
粥をアスランの口元に運んだ。
そんな最中、フォーリー医師が、アスランの診察に訪れた。
「ああ、済まない。食事中だったか?」
「構いません。」
アスランはどさくさに紛れ、嫌々していた食事の器をさり気無く
ベッドの隅に追いやる。
それを見て、今度はカガリが渋面を浮かべた。
軽く、ふたりを見、フォーリー医師はアスランの検診を始めた。
「今日は天気が良い。30分程度なら、外での日光浴を許可するから。
カガリ、彼を庭に連れ出してやりなさい。」
頷き、カガリは彼に肩を貸そうとする。
しかし、彼はそれをやんわりと断った。
「ひとりで歩けるから。」
心配気な視線が彼を射る。
ずっとベッドに縛り付けられていたせいか、足元が少しふらついたが、
感覚を取り戻すと彼は周りが驚く程、しっかりとした足取りで歩を進めた。
「じゃあ、少し、外にでてきます。」
カガリは笑み、フォーリーに会釈し、アスランの手を握って部屋を後にした。
庭の真ん中、芝生の緑が濃い、ふたりのお気に入りの場所に来ると、彼女が
先に腰を降ろした。
ぽんぽん。
自分の膝を叩き、彼を見る。
アスランは瞳を開いて、彼女を見下ろした。
「早く。頭はここ!」
「は、早く、って・・・ 」
僅かに躊躇ってから、アスランは小さく言葉を漏らした。
「・・・失礼します。」
「素直でよろしい。」
くすっ。
彼女は笑んで、彼の頭を膝に迎えた。
気持ちが良い。
彼女の膝枕で横になりながら、アスランはうっとりとした視線を彼女に向けた。
「・・・アスラン」
「ん?」
「・・・もう、こんな思い・・・二度とさせるなよな。」
「・・・悪かった。 本当にごめんな。」
「謝るのはなしだ。私はお前を失いたくなかった。唯、それだけだったんだから。」
彼女は、言葉を紡ぎながら、彼の髪を指先で梳いた。
柔らかい感触。
彼はゆるりと瞼を閉じる。
「意識がない間、とても不思議な夢を見たよ。」
「夢?」
「そう。・・・見たこともない花畑に居て、歩いていたんだ。そしたら、簡単に渡れそうな
川の対岸に父と母が居て、川を渡ろうとしたら怒られたんだ。」
「怒られた?」
「ふたりとも、見たことがないくらい怖い顔してて、『お前はまだ、やることをちゃんと
やり終えていないから、こっちに来ることは許さない。』て云われた。」
黙って、彼の髪を梳きながら、カガリは彼の話に耳を傾ける。
「そうしたら、カガリの『帰って来い!』ていう声が聞こえて・・・ 戻ろうと思って
振り返ったら、ふたりとも、すごく優しい顔になってて『頑張れ』て云ってくれた。」
「そうか。」
「夢・・・なんだろうけど・・・あまりにもリアル過ぎて。・・・カガリの声が聞こえて、
眼が覚めたんだ。」
「私の声?」
「泣いてた。・・・だから、戻らなくちゃ・・・って思って・・・」
「・・・そう。」
彼女の指先が彼の頬を撫でる。
「・・・俺、カガリを泣かせてばかりだな。」
「なんだ?責任でも感じているのか?」
「・・・うん。・・・ちょっと。」
「ちょっと、かぁ!?」
彼女は可笑しそうに声をあげて笑った。
寝返りを打ち、彼は彼女の腹部に顔を押し付け、片腕でその細腰を抱いた。
「アスラン?」
「・・・もっと体力回復したら、・・・しような。」
「する?・・・なにを?」
「・・・つったく、本当に鈍いな、俺の奥さんは。」
廻した手先が、彼女の臀部を撫であげる。
「こらッ!どこ触ってッ!」
慌て、赤面した顔で彼女は彼を詰った。
「こういうことです。」
ああ、と彼女は納得し、空を仰ぐ。
「やりたかったら、ちゃんと元気になれ。」
「了解。」
アスランは同意し、更に深く顔を彼女に擦りつける。
・・・のどかなひと時。
戻り始めた日常に、ふたりは幸せを噛み締めた。








                                    ■ END ■











★さて、今回はお題からのチョイスです。(^-^ ) ニコッ
いや~~お題やるのは久し振りなんで、ちょっと
ドキドキしちゃいました。;; でも、とても楽しめました。
今回のお話のヒントは、随分前、種クラの超再放送で
スタッフのお偉いさん(名前忘れた。;;)が出演してた
時の言葉がネタです。『伝染病とか流行ったら、
コーディネイター全滅するだろうね。それくらい、脆い
種族』というのが元です。・・・ま、折角書くんだから、
風邪ひいたとか、蕁麻疹でた、とか簡単なお話には
したくないな、と漠然と考えていたんだけど。
終わったら、すげー重い話になってて、ぎゃふん!
みたいな感じっス。ヾ(@† ▽ †@)ノうわーん
アスランとカガリの会話の中で、アスランが見たと
云った川はそのものずばり『三途の川』です。
西洋人の感覚に近いと、思い込みにも近い感じで
自分はアスランというキャラを捉えているので、
三途の川、ていっても多分、理解はできないでしょうが。
色んな本とかを読むと、どうやら川という表現は万国共通の
模様。まあ、早い話、臨死体験というヤツですな。
そして、これは裏に続きます。色々な意味楽しんで
いただければOKです。(o^<^)o クスッ





                             


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