『獅子の牙』@
俺はふと天井を見上げ、共に戦場で戦った友達のことを思い出していた。
イザーク、今だけ君の自信たっぷりな態度を分けてくれないか?
ディアッカ、今だけ君の皮肉を俺に教えてくれ。
キラ。俺が怒ったら怖いっていうの、お前が一番知ってるよな?
ねっとりした声が、全身を撫で回す。
不敵な笑みが浮かんだ唇は、ひどくいやらしく、馬鹿げていた。
俺の肩を強く掴み、廊下の角に押し込んで、壁に叩き付けるように何度も揺さぶる。
声は低く、囁くように小さい。低い声は、捉え方によっては唸り声に聞こえる。
相手が荒い呼吸をする度、互いの鼻先が触れそうになった。
……勘弁してくれ。
俺はサングラス越しに見えるその顔を、うんざりして眺めた。
唇を交える前の恋人たちじゃないんだ。そんなに顔、近付けないでくれる?
それに、俺も貴方も、そうしたい相手は別にいるだろう?
なにが楽しいんだ、俺とこんなことして……。
ユウナ・ロマは、大きく肩で息を吐き、言った。
「アレックス。君はもっと、立場を改めるべきだよ」
「……どのように改めろと? 具体的におっしゃっていただかなければ、わかりかねます」
「へぇ、君はそんなに頭の回転が悪いボディガードなのかい?」
「貴方の前では、そうらしい」
さすがに鬱陶しくなって、俺は顎を引き、ユウナ・ロマの鼻先から逃れる。
本当に困りましたというように、肩を竦ませ、相手の目を下から覗き込む。
眉がぴくり、震えるように動いたのが見えた。
……昔、ディアッカに言われた事がある。
その気がなくても、俺の興味なさそうな態度は、癪に障る奴にはたまらなく癪に障るのだと。
それが天然の、最高の皮肉で嫌味だと。
意図的なものを加えれば、俺は最強になれるって意味でいいのかな? ディアッカ。
信じるよ、もちろん。
どうやら、ユウナ・ロマも俺のそういう態度がたまらなく癪に触るらしい。
「なら、しょうがないね。もっと詳しく言ってやろうじゃないか、アレックス。さっき君は、僕になにをした?」
ユウナ・ロマは、緩く首を振ると怒りに瞳を尖らせた。
この人は、いつも皮肉から入ろうとする。そんなことをせず、今のように感情を剥き出しにした方が
脅し顔になるんじゃないか?
親切ではないから、そんなこと教えてやらないけど。
……俺、こんなに口悪かったっけ……?
俺は一瞬、戸惑うような素振りをして見せてから、軽く頭を下げる。
「失礼ながら、貴方の尻を加減無く力いっぱい蹴っ飛ばしました」
俺は冷静に、ゆっくり、穏やかな口調でそう言うと、顔を上げるのと同時に場に相応しくない
『微笑み』を口元に用意した。
ラクス、貴女の冷静で穏やかな口調、微笑みを、今だけ俺に貸して下さい。
そんなことを思いながらね。
ユウナ・ロマの歯軋りする音が、鼻先を掠めた。
でもこんなの慣れっこ。イザークのに比べれば可愛いもんだよ。
まぁ、ね……。自慢出来るようなことじゃ、ないけどな。
「なぜそんなことをしたのかな? 君はただのボディガードだろう? そんな権利も権限もない。
身の程知らずも程がある。コーディネーターとはなんと、物分りが悪いのか」
ユウナ・ロマの顔が、自らの言葉に勇気づけられ、どんどん笑みで輝いていく。
「なぜ? なぜ、と聞かれましたか? その理由は、貴方が一番ご存知なのでは?」
今度は俺が、自身の言った言葉に勇気づけられる番だった。
そう、本当はイザークの自信満々の態度やディアッカの皮肉、使い方は違うけどラクスの口調と微笑み、
そんなものは必要なかったはずなんだ。
子供だよな、笑われそう。
だけど、俺は目の前のどうしようもない男と喧嘩をしたくて仕方ない。
理由なんて簡単だ。
カガリが拒絶出来ないことを知っていて、それを利用した。
カガリに触れた。
触れたなんてやさしいものじゃない、いやらしい手つきで身体を撫で、中途半端な拒絶しか出来ない
カガリを見て笑った。
男性の性があるものにしかわからない、性欲に満ちた笑み。
汚したいんだろう? 自分の手で、自分の血で。
支配したいという欲、手に入れるという欲、心と相反する肉体の欲、それらすべてで彼女を見ていた。
赦せるわけないだろう。
俺は、怒るとこの世で一番怖いと、世界最高のコーディネーターであるキラに言われた男だぞ?
お目にかけようじゃないか。
イラストページ NEXT